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深淵へと心を閉ざす
登場人物一覧
●別れののち
――クロバさん、私は、貴方が好きです。
……でも、この想いを受け取るべき人は――きっと違います。
彼女の言葉が脳に反芻する。
帰路。一人帰った彼女と、違えた道を歩く俺――クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は、いつのまにか覆い始めた暗雲を仰ぎ見た。
”それは望んだ結末だった”
「……ああ、そうだ。これで――これで良いんだ……」
俺は”彼女”を――銀の髪の少女シフォリィ・シリア・アルテロンドの後ろ姿を思い出しながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
彼女の視線――その特別なものに、気づいていた。
けれど、それは俺に対して向けられた物ではない。そう彼女は俺の後ろに、失った誰かを見ていた――そう思っていた。
同じように俺も、最初は彼女に妹の面影を見ていた。
互いに、傍に居ない誰かを求めあうように距離を近づけていたのだろう。知らず知らずに、近づきすぎたのかもしれない。
俺は――旅人(ウォーカー)だ。
いつか元の世界に戻る――その為に俺は今を生きている。
どのような出会いであっても、近づきすぎ過ぎず、適度な距離を保つつもりでいた。
でなければ――より近くなればなるほど、別れを惜しんでしまうようになる。
それは自分にとっても、そして相手にとっても辛く苦しいものになってしまうだろう。特別な関係ともなれば……それは、元の世界に戻るという自身の根幹的目的を揺るがせるものになるかもしれない。
だから――いつかは消えようと思っていた。
どのような関係性にあろうとも。悪い夢のように、朝が来れば消えてしまうような、そんなもので良い筈だった。
そう考えているからこそ、彼女の言葉――その結末は望んだもののはずだった。
そうだ、彼女の想いがどうであれ、俺はいつかは消える存在。
近づきすぎず、遠すぎず。そうであるべきだったんだ。
「……ッ……」
俺は息が詰まるような思いに、思わず胸の辺りを抑える。
こんな思いを感じることは、ないはずなのに。
――私は貴方に救われました。
――だから、今度は貴方が、本心から救いたい人を救って下さい。
彼女の声が、言葉が何度もリフレインする。
彼女が身を翻し、俺の傍から離れて行く、その後ろ姿を目に焼き付けて……これで良いんだと思ったはずなのに――
――なのに、なんでこんなにも、胸に穴がが空いたような気持ちなんだ、と。
「……だめだ、それに気づいては……だめだ」
独り言のように呟き、天を仰ぐ。
暗雲は、やがて心の音を響かせるように、小さな雨粒で大地を塗らした。
髪を、肌を塗らす雨水が、どうか俺の心のノイズを洗い流してくれることを祈って……ただ雨に打たれ続けた。
心の穴は――決して無くならない。
なぜ、このような気持ちになるのか。そのことに気づきはない。……気づいて、いけない。
――己の本質を思い出せ。
自らを”死神”と名乗る自身がどうあるべきなのか……わかっているはずだ。
この世界に来て、気のいい奴らに囲まれて――自身の本質が揺らいでいたのかもしれない。
俺が”死神”であるために、いま成さねばならないことは、ただ一つ。
「……ッ、ああ、そうだ……」
伏せた瞳に昏い炎が灯る。
心に空いた穴。その意味に気づいてはならない。
だから、俺は――クロバ=ザ=ホロウメアという男は心を閉ざす。
もう決して揺らがないようにと、自らの意思で心を深淵に塗りつぶして。
”死神”として進む為に。
本降りへと変わる灰色の世界の中、俺は、ゆらりと揺れるようにその道を歩み始めた。