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銀色のティーパーティー
登場人物一覧
一面の銀化粧。溶けることのなき万年雪。幻想王国のガイドブックにも載るその場所に訪れて焔はあんぐりと口を開いた。
「え、と」
「焔ちゃん」
美しく、荘厳な気配を宿していた『氷の女王』エリス・マスカレイドは幼い少女の姿をして焔のことを出迎えた。イレギュラーズのために森の一部を開き、魔種が使用していた空間を精霊の力で安全に固定して場を設けるとエリスが決めたという情報を耳にして真っ先にやって来たのだ。
銀の森が可笑しな事になってやしないかと心配になった焔は弁当や菓子を用意してエリスの様子を伺いに来たのだが――「焔ちゃん」という呼び方には驚愕を禁じ得ない。
「エリスちゃん、その『ちゃん』付けって」
「はい。オリオンがイレギュラーズちゃんにはその様に呼びかけると言って居ました。
今まで私はあまり考えた事がなかったのですがオリオンがその様に学んだというのならば私も彼に倣いその様に呼びかけるべきでしょう」
外見こそは少女に転じていても、彼女は『氷の女王』。真面目にオリオンが深緑で学んだというイレギュラーズとの関わり方を踏襲したつもりなのだろう。
焔の知っていたエリスとは様変わりした雰囲気と外見ではあるが、凍て付くような気配を宿し配下として連れていた精霊達を包み込む母の姿から等身大の少女に変化した事である朱関わりやすくなったとさえ感じられる。
「焔ちゃんは心配して此処まで来て下さったのでしょう? それでは特別にわたしのお部屋にお呼びしますね」
「えっ、い、いいの?」
「はい。お菓子を持ってきて下さったのでしたらお茶を入れましょう。
ラサの商人がこの森を通る際に私への謁見を望み茶葉を下さいました。あの方、ファレン殿は良い方ですね。精霊にも礼を尽くす、故に成功者なのでしょう」
「そうなんだ……」
イレギュラーズとの協力を結び、ラサに何かあった際に『今回の支援への対価』として働いて欲しいという意図を丸出しにしていたラサの大商人は銀の森の妖精女王にもその様に気を配っていたのだろう。
ファレンがそう言うのだからラサに何事かの危険が迫る日が来るのかも知れないが――其れよりも嬉しそうに茶葉を手にしているエリスの笑顔は何とも可愛らしい。
「エリスちゃんってあんまり人間の食事とか慣れてないんだよね? ずっと此処に居たんだっけ」
「はい。わたしは銀の森で生まれ、この場所に吹き込むラサの風を感じながら育ちました。鉄帝国の古代兵器とも一緒に育ったのです」
「兵器と?」
「銀泪に眠っているあの子もよい子だったと思います。兵器ではありますが、精霊であるわたしは、なんとなくそう感じていました。
今はもう、朽ちてしまいましたが……銀泪に眠ってくれているのはこの森を護ってくれているようだとそう感じますし……
それだけ、長い歳月を此処で暮らしたのだと思えば感慨深いです。あの子はどれ位前に眠り、朽ちたのでしょう。
精霊達も随分とこの場所から旅立ってしまいましたから……寂しかったのです。
それ以上に、わたしがこの地を統べるようになってから初めてです。あれだけの人々が此処に訪れるのは――」
微笑むエリスに焔は「そうなんだ」と呟いた。確かにガイドブックなどに掲載されるほどに美しい場所ではあるが、今のようにイレギュラーズが多数訪れて議論を交し、時には笑い合う風景をエリスは知らなかった。
心優しいが故に魔種に心を操られたこともある精霊女王は案外寂しがり屋だったのだろう。冬の王と呼ばれていたオリオンがこの地に舞い戻ってからは其れなりに楽しく暮らしていたそうだが、それ以上にこうやってイレギュラーズが銀の森を拠点に過ごしてくれていることが楽しくて堪らない。
エリスはウキウキとした様子でイレギュラーズの様子を眺めているのだと自室の壁を指先で突いた。其の儘円を描くように指を滑らせればイレギュラーズ達が楽しげに茶を飲み、語らう姿が見える。
「これは?」
「この場所はわたしの領域です。だから、私は何時だってイレギュラーズちゃんの姿を見ているのですよ」
楽しげであるから、見ていて嬉しいのだとエリスは目を細めた。この喧噪は心地良い。精霊女王として感じた事の無い喜びにエリスはうっとりと微笑んだ。
「さあ、お菓子を食べましょう。他のイレギュラーズちゃんには内緒にして、こっそりと」
「ふふ。エリスちゃんって欲張りだね。気に入った物があれば何だって持ってくるよ!
それに何時だって呼んでね? 直ぐに駆け付けるから! それじゃ、頂きます!」
直ぐに駆け付けると焔が言葉にしてくれるだけでエリスは酷く安心できた。だからこそ、彼女とは秘密のお茶会を。
何時の日か、この地が危険になっても護ってくれる人が居ると安心できるから――