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ファントムナイトの武器商人の話
登場人物一覧
通りを歩けば五言絶句。愛しのあの子は今頃どこへ? 空には月が10といくつか。月虹光りて瓦を照らす。
唄えや踊れのほろ酔い気分。琥珀のミルクはグラスへ注げ。夜空に向かって乾杯したら。祝い寿げファントムナイト。
からろろ。からろろ。道をゆく骸骨の群れ。からろろ。からろろ。整然と行進して。旗を掲げる白骨、喇叭を鳴らすスケルトン。その豊かで陽気で、なのに胸かきむしられるような音色。行列の中央には山のようながしゃどくろ。下半身はなく、全身を覆う茨でどうにか四肢をつないでいる。右腕で這いずり、左腕には大事な主人を抱いて。その喪服にも似た黒いドレス。長い裾を地までひきずり、黒いベールで顔を隠す姿は、かの大罪ベアトリーチェ・ラ・レーテそのもの。地獄の底から蘇ったか。それともこの世へ復讐に来たか。いやいや、心配ご無用。彼女の髪はこんなにも銀色ではないし、前髪の下透ける瞳は宵を思わせる紫でもない。そのモノは武器商人。ファントムナイトの魔法にかかり、少しばかりそのカリスマが形をなしただけの話。
からろろ。からろろ。骸骨マーチは進みゆく。小高い丘を登り、港町ローリンローリン、そのさきの孤児院目指して。
先頭を進んでいた骸骨が孤児院の木戸をキイと開けると、屋根の上で影が動いた。豊満な肢体を扇情的な衣装で包んだサキュバスだ。パームワインを片手にとろんとしたまなざしをこちらへ向けている。
「あらこんばんは、武器商人さん」
「こんばんはシスターイザベラ。いい夜だね」
「ちょうどよいところにいらしてくださいましたわ。じつはちょっと困りごとがありまして」
庭へ入った武器商人は「なにかな?」とこくびをかしげた。イザベラがコウモリのような翼をはためかせ、屋根から降りてくると、いたずらっぽい笑みを浮かべて孤児院の扉を開いた。
とたんにあふれ出てくる緑色の毛玉。ひとつ、ふたつ……全部で8つ。草原みたいな緑の毛皮に、ひょろりと長い翠の耳。ざくろのように真っ赤な目。翠の兎たちだ。それらが駆け回ったり飛び回ったり草をはんだりごろごろしたり、思い思いに遊んでいる。
「さて、リリコはどれでしょう」
「今年のファントムナイトは子どもたちみんなに同じ魔法がかかったようだね。せっかくだから我(アタシ)はこの謎解き(トリック)を楽しもう。正解が「視えて」しまってはつまらない」
武器商人は大判のハンカチを器用にたたんで目隠しをすると、危なげなくがしゃどくろの左腕から地に降り立った。まるで見えているかのように危なげなく歩き、兎たちの群れへ分け入っていき、一羽一羽を膝の上に乗せた。背中をなで、頭をつつき、顎下をくすぐると、どの兎も気持ちよさそうにする。一通り兎たちの感触を確かめた武器商人は目隠しを外して一羽を抱き上げた。
「キミがリリコだ」
「……当たり」
ぽんと音がして、武器商人の膝にリリコが座っていた。間近から武器商人を見上げながらリリコは問うた。
「……どうしてわかったの、私の銀の月?」
「キミだけが頭をなでた時、もっとと言うように顔を上げてきたからさ」
「……そんな理由」
リリコが面映ゆそうに目を伏せ、武器商人は喉の奥で笑った。
「でも正解だったろう? お望み通り頭をなでてあげようね、リリコ」
「……いじわる」
なんてつぶやきながらも、されるがまま。ちょっとうつむいて前かがみになって、武器商人の細くて白い手がリリコの黒髪のすくように撫でてくれるのを楽しんでいる。その手が止まると、リリコは再び武器商人を見上げた。
「今日は一段と綺麗ね、私の銀の月」
「ヒヒヒ、そうかい? キミがそう言うのならそうなのだろう。そういえば我(アタシ)のかわいい所有物たちも褒めてくれていたね。赤狐の君はいつものことだけれど」
夜風にさざめく武器商人の銀の髪に、いくつもある月の光が乱反射して紫がかって見える。細い雨糸のような髪は毛先に行くほど紫紺に染まり、夜色のドレスへ溶けゆくようだ。薄絹を幾枚も重ねて縫い上げられたドレスはうっすらと肢体の線が透けて見えるかのような危うさがあり、これが白日の下ならと考えるだにひやりとする。月光と闇夜の中でこそ引き立つ美しさはたしかにあるのだ。
「さあ、残りの謎解きにとりかかろうか」
リリコは武器商人の膝から降りると、隣に座り、ぺたりとくっついた。武器商人が腕を広げると、緑の兎が一羽ずつ膝に飛び乗る。
「一番乗りだね。毛皮が芝生まみれだよ、ユリック」
「当たりっ! あー、窮屈だった」
「二番目は、うん、このふわふわっぷりはロロフォイだね」
「えへへー、当たりだよー」
人間の姿に戻ったロロフォイは見て見て、と制服を広げた。
「おや、ズボンじゃなくてワンピースになってるね」
「うん、シスターに制服つくりなおしてもらったの。カワイイでしょ?」
「かわいいかわいい、似合っているよ」
「えへへー」
三番目の兎はつややかな毛並みに強気なお目々。
「ミョールだね?」
「ふん、当たりよ。いやになっちゃう」
「ヒヒヒ、兎のままでも困るだろう。今度のこの子は毛並みが荒れていてやんちゃだね。ザスだろう」
「当たり! 芝生って意外と美味いのな」
「ハーモニアの舌に合うかどうかはわからないよ。こっちの子はずいぶん小柄だ、ねえ、チナナ」
「当たりでちよ。ふう、やっと元の姿に戻れたでち」
武器商人は近くによってきたもののそのまま固まっている兎をひょいと抱き上げた。
「おやずいぶんとおびえているね。そんなに怖がらなくったっていいんだよ、ベネラー」
「あ、当たりです。なんだかすみません」
「最後に残ったこの子はセレーデだ。違うかい」
「あたりなのー。ぶきしょうにんさんすごーい。ぜんもんせいかーい」
セレーデはにぱっと笑って両手を広げた。彼女を膝からおろし、一息ついた武器商人は薄い唇に笑みを浮かべる。月光が艶やかな輝きとなって、その唇へ宿った。
「トリックを解いた我(アタシ)には何が待っているのかな?」
「「もちろんトリート!」」
子どもたちが一斉に武器商人へお菓子を差し出した。クッキー、カップケーキ、スコーン、シュークリーム、若干焦げてたり飾りが傾いていたりするのはご愛嬌。リリコから贈られたのは星型のクッキー。ちょっといびつなアイシング文字で「いつもありがとう」と一文字ずつ書かれている。
武器商人はひとつひとつ受け取り、荷物持ちの骸骨がそれを絹のスカーフにくるむ。
「あとでゆっくりいただくとするよ。それじゃ、今度は我(アタシ)からキミたちへトリックだ」
言うなり武器商人の姿がぶれて五つに割れた。
「「さあ、本物の我(アタシ)を当ててごらん」」
見た目も声もそっくり同じ武器商人が五人。透き通るような白い肌も、男にも女にも見えるシルエットも、手に持つお菓子の詰まった籠も、全部同じ。
わー、これは難問だぞー。なんて子どもたちがためつすがめつしながらこぼす。ユリックやザスなんて髪を引っ張ったりドレスの裾をめくってみたりしてミョールに怒られている。リリコは端からひとりずつ順番に上から下まで眺め、どういうわけかしゃがんで足元の影をポンポンと叩いてうっすら目元を緩める。それを五人分くりかえし、最後に立ち上がって言った。
「……五人とも本物」
えっ? と、子どもたちだけでなくシスターまで目を丸くした。
「大正解」
するりと四人の武器商人が影へ戻り、中央の一人の足元へ集まった。
「まあ誰を指さされても正解にするつもりだったんだけれどね。どうしてわかってしまったのかな、リリコ?」
「……だってどの影の子も楽しそうに笑っていたもの」
武器商人は足元を見た。ファントムナイトの熱に浮かされたか、その影からは小さな手足があぶくのように出ては弾けている。
「やれやれ、ずいぶん初歩的なミスだ。これはたっぷりとトリートを振る舞わなくちゃなるまい。おいで子どもたち。竈の魔女の焼き菓子はいかが? それとも楽園の悪魔肝いりの特別品2019年版ジュエリー・ナイトはどうだい?」
わあ、おいしそう! モンブランだ、すてき! ジャック・オー・ランタンカワイイ! 子どもたちはてんでに喜びの声を上げ、まるで宝物みたいに受け取ったお菓子を夜空へ掲げた。骸骨たちも踊りだし、さながら庭はパーティー会場のよう。武器商人は籠をがしゃどくろに渡し、リリコへ近づいた。
「さて、正解したリリコには、そうだね、お菓子より甘いひと時をあげよう」
そう言って彼女の小躯を抱き上げた。すっぽりと武器商人の腕に包まれたリリコは、緊張でカチカチになったままいつもの無表情を保とうとしている。
「ヒヒヒヒヒ! ずいぶんとうぶなお姫様だ。そんなんじゃ悪い男にころりとひっかかっちまうぜ。いけない虫がつかないように茨で覆ってしまわなければ」
「ちょっと武器商人、リリコが困ってるじゃないの。離してあげなさいよ」
ミョールに強く言われて、武器商人はリリコの顔をのぞきこんだ。
「イヤかい、リリコ姫」
「……」
肯定も否定もない。リリコは石のように押し黙っている。武器商人は笑いをこらえきれず、リリコの額にキスを落とした。とたんにリリコが手足をバタバタさせ始めた。
「……離して、離して」
かぼそい声で懇願すると、武器商人の手から逃れたリリコは顔を覆って走り出した。ててて、べしゃ。こけた。武器商人が近くへよると、リリコは必死に顔を隠そうとする。そのうなじは赤く染まっていた。
「そんなにイヤだったのかい?」
「……イヤじゃないからイヤなの……!」
指の間からのぞいた顔は真っ赤で涙目だった。
「ヒヒヒ、そいつは悪いことをしたねリリコ姫」
「……その呼び方もやめて……」
消えてしまいたいとでも言いたげに、リリコは再び顔を覆って丸くなった。武器商人は苦笑しながら隣へ腰を下ろし、よしよしとその背を撫でてやった。