PandoraPartyProject

SS詳細

その風は識るべくして

登場人物一覧

ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)
迷走屋
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
サンディ・カルタの関係者
→ イラスト

「――承りました。
 では後ほど改めてブリーフィングを行いますので、規定に従った契約金のご用意をお願いします。あなたの活躍に期待していますよ」

 ギルド・ローレット内に常設された酒場の隅。短い言葉で締め括られたのを最後に、机上の書類にある受領欄をペン先が走る。
 立ち去る特異運命座標を見送り、彼女は小さく頷いた。
(ふむ、一人いなくなっただけなのに随分静かになりましたね)
 対面が空席となって暫く。
 湯気立つ紅茶を啜り【情報屋】ミリタリア・シュトラーセは静まり返ったギルド内を見渡した。
 大召喚以後より規模を増すローレットにおいても、こうした仕事も人も潮の満ち引きのように波が引く事が稀にあるのだった。
 彼女は億劫そうに首を捻る。
 やる事がないという事は、やらなければいけない事を片付ける機会でもあるのだから。
「……そう毎日、『彼等』が駆け付けるような事が起きないに越した事はないのですが」
 さてどうしたものか。
 早々に帰路に着いてしまうか、或いはギルドへの報告書類を片付けるか。
 紅茶の追加を注文すべく店員をベルで呼び、カップの底で揺れる雫を見下ろして、指をトントンすること数回。
 そんな時である、藪から棒に声が掛かったのは。

「お仕事ご苦労様」

 風が侵入り込む様に空いた対面席へ滑り込んだ影を見て、ミリタリアは視線を上げた。
「……珍しいですね、カルタ様。何か用事でも?」
「用事? ……そう、ちょっと用事がね。話がしたいだけじゃ駄目かな」
「いえ。珍しいとは思いましたが私もそう表に出るわけでも無いので、こういう事もあるでしょう」
 赤く、緋色に映える艶の下で瞬きする碧眼。
 整いながらも幼さの残る顔立ち。細身ではあるものの引き締まった身軽な体躯。
 『サンディ・カルタ』――目の前に座った青年が見知った人物であると彼女は数瞬後に漸く気付いた。
(何処かいつもと雰囲気が……)
 思わず同席を許したが、まだ陽も高い時刻。今頃に酒場を訪れて自分に声をかけて来るとはどういった風の吹き回しなのか。
 しかしたった今述べた通り。深く考える事はせず、漸く来た店員へ一瞥して向き直る。
「何か頼みますか」
「いいの?」
 チラと机上に置かれた書類とカップを交互に見やる青年。遠慮はしなくていいとミリタリアは言う。
「いつもブリーフィングで偶にお出ししている程度なら」
「それなら "ミリタリアさん" と同じ物をお願いしたいな」
「ではアールグレイを……? 本当に珍しいですね今日は――ああ、もしや」
 ミリタリアは、赤銅色の瞳で青年の全身を一撫でした。
「イメージチェンジというものですね」
「は?」
「そうして背筋も伸びていると平時よりスマートに、落ち着いて見えます。
 私の飲んでいる物が紅茶と見てそちらをチョイスするのもグッド。加えて物腰が柔らかくなってる所も、なるほど先程感じた違和感の正体が分かりました」
 店員が運んで来た紅茶を啜りながらドヤ顔を見せるミリタリア。
 当の本人も満更でもなさそうに「いつもよりイイってコトね」と頷き、彼女と同様にカップへ手を伸ばした。
「何か気に障ったのかと思った」
「まさか。私もローレットに来て随分経ちますので。
 しかし何故今更? あなたの快活奔放な姿も魅力だと思っていましたが」
「快活奔放ね。そんな風に見られてるんだ」
 静かにカップを置いた青年は真っ直ぐにミリタリアと目を合わせた。
「そうだなぁ……『俺』ってどんな奴なのか、今一度他人のフリして客観的に見てみようかと思っててさ。自分磨きっていうのかな。
 向き合う見方を変えれば見えて来る物が変わるのは当然でしょ、もし暇なら付き合って貰えると嬉しいね」
「そういうことでしたか」
 足元に置いていた鞄から手帳を取り出した彼女は『特異運命座標と交流』と記してから、改めて仕舞い込んだ。
 仕事はこれで休みだ、と内心微笑む。

「「…………」」

 返答無いまま紅茶を啜るミリタリアと青年はどちらも慣れた様子でたっぷりと、謎に優雅な一時を過ごして。
「良い場所を知っています」
「じゃあそこで」
 二人は同時に席を立った。

 ――――――
 ――――
 ――
 ギルドを出るのかと思えば、向かう先は陽射し漏れ入る出口ではなく階上へと往く階段だった。
 階段はいつの間にか通路途中にあった梯子に変わり、気付けば無垢な天井は青空に変わっていった。
「――……屋上ね」
「時々来ているのでは? よく見かけていたのでこちらに移したつもりでしたが……
 まぁ本来メンテナンス以外で上がる事を禁じられていますし、誰にも気づかれなければ問題無いでしょう」
「職員としてどうなの、それ」
「"何事もバレなければ縄を見ずに済むもの"ですよ」
 幻想貴族の間で偶に聞く冗句だね、と青年は呆れた様に呟く。
 二人は適当に屋上の縁沿いへ腰を下ろした。
「まずは何からお話しましょうか」
「情報屋でもあるミリタリアさんがどう思ってるか、聞いてみたいね」
「なるほど。こんな事もあろうかと、こちらに簡単な解説ボードを用意しておいた甲斐がありました」
「なんで用意してあるの……」
「家柄、凝り性でして」
 ドン引きである。
 びっしりと真っ黒に記された板を渡された青年は、『次』を待つように彼女へ視線を投げる。
「では……ん。
 非公式の活躍を除いたカルタ様のローレットでの任務完遂率は高く、大規模召喚時に空中庭園を訪れて以降の公式記録でも非戦闘以外も含めれば100件以上の依頼を達成。
 特異運命座標となってから実力も日に日に増しており、実力名声共に充分な実力を持った特異運命座標と私は認識しています」
「ローレットから見てかなり好印象なのかな」
「はっきりとは言えませんが、私の目線を通した限りではその様に考えています」
「ふぅん……そういうもの?」
「そも、特異運命座標に悪感情を抱く人物の方が少ないかと」
 ミリタリアは風吹く町並みを見下ろしながら続ける。
「あなたのスタイルは元々、遠方の町でアウトローながらに磨き上げた所謂我流が基礎となっているとお見受けします。
 シーフ系に見られる器用さに限らず、環境利用型の戦場を殆ど選ばない汎用性が売りでしょう。
 そこに兄貴分らしい気質ながらも培った独自のコネクトにより、各地に『舎弟』を作っていたり、依頼中においても非戦闘面での活躍は多いです。
 依頼にそぐわぬ行動を取らない辺りも私からすれば信頼が置ける要素だと思えます」
「――こっちに来てもそんな感じなんだ」
「……?
 また、依頼中に命を救ったり、奔走した事であなたに恩義を感じている人も今や少なくありません。
 いつかの村人の子供達もとある孤児院で元気にしていたり――」
「……ふぅん。そういえば俺って酒場によく顔を出してたりする? さっきそんな反応してたけど」
「余り私は自宅とギルドの行き来以外で人には会いませんから。実際、酒場で遠巻きに見かける方が多いです。
 ただカルタ様は今となっては顔が広いイメージですので、酒場で交流を広げるというよりもご友人等と来ている気もしますか」
 ミリタリアは「丁度あんな感じです」と眼下に見える人々を指差して言った。
 示した先を辿れば、そこには王都を往く雑踏に混ざる和気藹々とした複数の男女の姿。人間種が多いのは勿論だが、見た事もない種族の姿も在った。
 言われるまでもなく彼等はいずれも特異運命座標――イレギュラーズだ。
「彼等のようにカルタ様も人と人を結ぶ糸の中に在る様な気がします。
 例えば、あなたは自身の住んでいた町で自警団を組織していたとか? 名声の裏返しとして今ではそういった過去も密かに知れ渡りつつあるのですよ」
「自警団、ね。まあそんなとこかな。
 スラム街の暗闇に集まったアウトローをまとめ上げたのもそうだし。緊張感の欠けた治安担当の騎士と連携したり……本当に、上手くやれていたと思う。
 今となっては外部の流れ者が悪事を働く以外に暗い話は聞かなくなったしね」
「――?」
 随分他人事の様に言うので首を傾げかけたミリタリアだったが、直ぐに思い出す。
 "これ"はそういう話だったではないか、と。
「……後は何がありましたかね……そう、交友関係についてなど如何でしょうか」
「それはいいよ。その辺りは別の人に聞いて見た方が良い事も多いだろうしね」
「そうですか、では」
「?」
 肩を竦める彼の前からひょいとボードを取り上げ、ミリタリアがまじまじとその顔を見た。

「あなたの魔種と関わった――また、魔種との交戦記録は七度。
 今やローレットの評価は大規模召喚以前に比して『不可能を可能とする』とまで言われる程になっています。何かが起きる度に、魔種という狂気の域に身を置いた者達の強烈さを知らしめると比例して高まっているのでしょう。
 ですが、あなたも元を質せば私達と変わらぬこの世界に生まれ育った人間です。現在は経験を積み研鑽すれば並みの戦士を越えるあなた方でも、その魂や心は『人』の筈です」
「……」
「――砂蠍の事変で起きた事は大筋ながら知らされています。
 誰にだって力及ばぬ事は在るはずなのです。だから、もしもそうした事が因子となってあなたの根底に根付いてしまっているのなら……それは」
「英雄みたいな評価だね。イレギュラーズは他にも沢山いるのに」
「ええ、英雄と言って差し支えないはずです。幾つもの魔種との戦いだけでなく砂蠍から生還して――」
「だったらその心配は違うと思うな」
 ぴしゃりとした声に、思わずミリタリアは言葉を詰まらせる。
 青年の表情は穏やかで、自信に満ちたままだ。
「力が無いとか、誰かに出来て自分には出来ないとか。あれもこれも無いのが嫌だからって自分を捨てるくらいなら、きっとスラムをまとめ上げるなんて出来なかったでしょうね。
 それは逆も然り。英雄だ何だと陰で囁かれたってサンディ・カルタの目指す所がそれで変わる訳じゃない、納得するような奴じゃないわ」
(……!)
 いつの間にか。
 ミリタリアの視界から外れ、屋根上の頂上に足を掛けた青年が彼女を見下ろしていた。

「よく分かったわ。破落戸で終わらなかった理由も、『特異』になっても何一つ変わってないって事も――
 ――それでこそ私の "__" よね」
 風の奔流が、青年とミリタリアの間に壁となって通り抜ける。
 愉快そうに告げるサンディ名乗る青年の声は囂々と鳴る風音によって掻き消されてしまうも、ミリタリアは眼前の光景に言葉を失い、思考に空白を停止させてしまう。

――「あれ、なんで開いてんだここ」

 そこへ偶然が連なり引き合わせる。
 僅かな気配しかなかった階下のギルド内から微かに届く、間の抜けた声。ミリタリアが遂先まで隣に座り話していた人物と同じ赤い髪が屋根上にひょこっと現れた。
 ミリタリアと青年の丁度中間で、吹き荒れる風に煽られ悪態を吐きながら見せたその姿、その口調は紛れも無く。
「カルタ様――……?」
「ん? なんだ情報屋の……ミリタリアだっけ、こんな所で何してるんだ?」
 見知った顔を見つけて目を細めるサンディの表情は、今日ミリタリアが見て来た青年のそれよりも遥かに馴染みがある物だった。
(一体どういう……この風、微かに魔力を帯びて……まさか!)
 二人のサンディ・カルタ。
 それが意味する所に思い至った直後、風の奔流が意思を持っている事にミリタリアは気付いた。
 つい、と視線を向けた先でやはり同じ碧眼と目が合う。
 その口元に添えられた細長い指先は、この瞬きの間だけの沈黙を囁くようで。
 呆気に取られた刹那、何らかの魔術が成る機を満たしてしまう。

 ―――― ッ!!
 音を置き去りに、目に見えぬ奔流が一点に殺到しペールグリーンの眩い閃光が周囲を埋め尽くした。

「~~! ……消えた?」
「オイオイ、今のは何だよ!? どっかで――」
 立ち尽くし、驚き振り向いた二人の視線の先に『一人目のサンディ』の姿などは無く。
 残された気配や香りすらも風に散らされてしまっていた。
「なあ、ここに誰かいたのか?」
「……」
 乱れた髪を雑に直しながら訊いてくるサンディを前に、ミリタリアは何と答えた物かと天を仰ぐ。
 あれが何者だったのか、それを知る術は皆無に思われた――が。



 それは奇縁となるべくして、風に乗ることなく残されていた。
 暫くして階下に戻ったサンディの足下に小さな青い薔薇の靴飾りが落ちていたのだった。

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