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Just for you.
登場人物一覧
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いいかい、星穹の方。『ヒト』と『モノ』が交わるのならばソレは宿命だ。アレの性質もあるからね、一層縁には気をつけることだ。
……大丈夫。星穹が選んだなら。なんだって……心が、籠もってる。貰って嬉しくないなんてこと、ない。俺も紫月に……そう、言って貰えた。だから。
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「すみません。商会の取引で忙しいでしょうところを」
「いいや、気にすることはないよ。丁度魔術回路も『視』ておきたかったしね。ま、見たところ問題はなさそうだけど」
「ええ。頗る快適です。それから、ええと……」
「ヨタカ。ヨタカ・アストラルノヴァ……話は、紫月から。色々聞いているよ。どうぞ、宜しく」
「ヨタカ様ですね。私は……商人様に聞かれているのであれば、自己紹介の必要もないでしょうか。どうぞ上がってください」
スリッパは二人分。星穹の家に招かれた二人は、柔らかな夏風を浴びながらソファに並んで腰掛ける。聞いていた限りでは定住は初めて。なんとも不思議な言葉ではあるのだが、それなりに生活らしい生活も出来ているらしい。
今日の彼女の相談内容たる『彼』に渡す予定の品であるらしいウィークエンドシトロンをお茶菓子に。
(……なるほど。努力家、ね)
魔力操作の練習の為に魔力を結い上げては手紙を出す練習をさせていた。文面によれば『あまり上手くできない』と肩を落としていたのに。普通に。少なくとも、『良いものを沢山食べている二人が問題なく美味しい』と感じられる程度には練習したのだろう。
「ふむ。中々に張り切っているね」
「ええ、まぁ。彼の誕生日は特別なものにしたいですから」
「笑った顔が見られると、嬉しい……」
「ええ、ええ。そうなのです」
ヨタカは。己の醜さを嘲うヒトを何人も見てきた。その為か、相手の表情から何を考えているのか、少しだけ感じ取ることが出来る。それは悪癖でもあり護身術でもあり。
(…………大切、なんだな)
武器商人から聞いていた『潔癖すぎるほどに丁寧』という印象を上重ねするように、彼女は彼の話題で笑った。
表情が和らぐ瞬間。
それは人それぞれのもので、武器商人にもヨタカにもそれぞれ弱点がある。守りたいもの。大切なもの。それを想うと、ヒトは柔らかく笑うことを、ヨタカは知っている。
――小鳥。少し変わったコに呼ばれたんだけど、おまえも来るかい?
――変わった、コ?
――ウン。
――でも、変わってる……?
――ああ、ええと……うーん。潔癖すぎるくらい、丁寧で……良い子ちゃん、って言うのかな。
――うーん……?
――良くも悪くも不器用で。ま、面白いコでもあるねぇ。
鈍く輝くアイスブルーの結晶を手のひらで転がしながら、武器商人は笑っていたか。
『面白いコ』。その評価に違わぬ変人だ。
アイスティーを口に含む。彼女のお気に入りなのだろう、やや不安げに此方を伺う様子からは『潔癖すぎるほどに丁寧』を体現するようで、笑ってしまった。
こほん、と咳払いをひとつ。
「それで、星穹は。何を渡すかは決めているの?」
「ああ、そうさね。それは大事だ」
この様子なら大丈夫なのだろう。そう慢心していた。星穹は瞬いて、紅茶を飲みながら。
「未定なのです」
「え?」
「……決まっていないので、お二人に話を伺えればと思いまして。今日、お呼びさせて頂いたのです」
やや申し訳無さそうな。そんな顔をして。星穹は告げたのだった。
「でも、ある程度の準備は済んでいるんじゃないのかい?」
「まぁ、ケーキは終わりましたが……彼に何をあげれば喜んでもらえるのか、解らないのです」
真面目な顔をして告げる星穹に二人は顔を見合わせて。どうしたものかと、結露したグラスを置いて。
「何か検討しているものは、ある……?」
「ええと……壊れにくくて丈夫なもの、でしょうか」
「うぅん……」
「逆に、そこまで決まっているならどうして選べないんだい?」
武器商人が問うた。
「……何を渡したら。彼が、忘れないでいてくれるのか、」
わからない。
悲痛なことばだった。
ヨタカには覚えがあった。
(……そうか。星穹は、)
怯えているのだ。
いつか大切なひとの記憶から、自分が消えてしまうであろう未来を。
それはいつかのヨタカの姿にも重なる。
愛おしい武器商人はヨタカの最期をきっと看取るだろう。だけどその後は?
……焦りでもあり毒でもある。武器商人は自分よりも遥かな時を生きる。そんな未来がある。
彼に何を残すことができるだろう?
命の秒針は武器商人よりも先に止まってしまう。そんな運命に人知れず泣いた夜を数えたりもして。
そうか。同じ悩みを、抱えているんだ。
「だったら、星穹」
「……はい」
「
「え……?」
「他の店はきっと見てると思う……でも、見つかっていないのなら。少しは力になれると思う……」
「でもそれは、悪いのでは」
躊躇う星穹。ふ、と笑ったヨタカ。
「いいよね、紫月……?」
「ああ、いいよ。サヨナキドリにないものはないさ、きっと星穹の方を選ぶものもあるだろうしね」
「…………どうせその内お伺いさせていただくつもりではあったのですが。でしたらば、お伺いしましょうか」
「ウン、いいよ」
「少しお待ちください、財布と鞄をとって参ります」
「ああ、その辺は後でどうとでもなる。それよりも……うーん、そうだな。窓を開けてもらっても?」
「わかりました。少しお待ちくださいませ」
夏風が通る。爽やかな風の匂い。僅かに吹き荒ぶ風を結い上げた武器商人はそれに足を乗せ、続いてヨタカもその隣へ。
「星穹の方。キミは幸運だ」
差し伸べられた手は。以前のようにただ失い、絶望を与えるためのものではない。
彼女は既に知っている。
ソレは常に気まぐれな獣であることを。
「
風は吹き荒れる。
星穹の手が二人の手と重なった瞬間。三人の姿は忽然と消えてしまった。
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「星穹の方。もう目を開けても構わないよ」
「……此処、は」
「サヨナキドリへようこそ! ……とはいっても、この間キミが来た場所とはまた違うスペースだけどね」
なるほど、魔力で大きく空間自体が変質しているだろうことは体内回路を弄られた星穹には肌で感じとることができた。
「久々に風の精を頼ったんだね、紫月……」
「ウン。あの子も羽を伸ばしたがっていたからね。小鳥は物覚えがよくていいコだ」
微笑み合う二人は迷うことなく進んでいく。その背中を二人は追いかけて。
「ええと、でも、私、何欲しいのかなんて決まっていないのですが……」
「大丈夫、安心しおし。キミは選ぶし、選ばれるために此処にいるのだから」
武器商人は嘘を吐くようなタイプではないことは既に理解している。だから星穹には解らずに居た。選び、選ばれる、その意味が。
「……キミの相棒を含め。モノは使い手を選ぶのさ」
「はい、承知しております」
「だからね、勘違いしちゃあいけない。キミがモノを選ぶとき、モノもまたキミを選んでいる」
「モノも……?」
「ああ、そうさ。手に馴染む、さっきから目が離れない、ずっと欲しい……そんな些細な切欠は縁の結び目だ。キミの相棒との出会いだって、そうだったんじゃないかな」
「……」
「まぁ、まぁ。……それよりも。星穹は、この中で気になるものは、ある?」
ヨタカに手招かれ夜色の幕を抜ける。そこには無数のアクセサリーがあった。
「なるほど、この部屋に通じるとはね。ま、好きに見てごらんよ。悪いようにはならないさ」
「……え、ええ、では、失礼して」
そっと動き出した星穹の背中を見ながら二人は囁くような声色で言葉を交わして。
「紫月」
「ン?」
「星穹は、選ばれたんだと思う?」
「うーん……選んだし、選ばれたが正しいかな」
「選んだ?」
「ああ。星穹の方はヒトの枠からは既に逸脱しているからね。だから不思議なものが寄ってくる」
武器商人の前髪の隙間からアメジストの瞳が覗いた。
「……色々あるみたいだけど。紫月のお客さんになったことがあるなら……大丈夫」
「おや、信頼されたものだね。
「……ふふ、そうかもしれないね?」
微笑み隠れて口付ける二人をよそに、星穹は縁を引き寄せていた。
「……ん、これは?」
きらりと煌めく小さなそれ。二人分の用意もある。
目が止まった、といえばそれだけだけれど。
(……気になる、のかしら)
瞬いた。
「おや、決まったようだね」
「……いえ、目に止まっただけなのです。あら、ヨタカ様は顔が赤いような……?」
「いや、大丈夫……それよりも。それは?」
「ほ、ほんとに。見ていただけです、私、穴も開いていないし」
「二人で開ければいいじゃないか。その穴は塞がらないし、永遠に残る傷になるしね」
「……」
「星穹は……忘れられくないんだと、思う。それなら、叶うんじゃないかな?」
薄く微笑んだヨタカ。
星穹は、頷いた。
「商人様。此方、頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ、勿論。そのコも喜んでるよ」
「……それなら良かったのですが」
「いい出会いを紡げたようだね。ようし、此方においで。魔法のかけ方を教えてあげよう」
「魔法?」
「ソレは願いを刻むことが出来るのさ。魔力を流し込んで願えば、より強固なおまじないになる」
こんな風にね、と。近くのイヤーカフを手に取り魔法を流し込んだ武器商人。指を鳴らせばたちまち魔力は霧散して。
「……ま、ともかく。良き誕生日になるといいね」
「はい、ありがとうございます。……後は、渡すだけですね」
「ふふ。良かったね、星穹」
「ええ……ヨタカ様も、ありがとうございます。次はお茶菓子と茶葉を渡させてくださいね」
「うん、勿論……。紫月も、喜ぶから」