PandoraPartyProject

SS詳細

何処ぞの果てより生まれいずる少女

登場人物一覧

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人

 ––ふふんふんふふんふん~♪

 整頓はされている筈なのにどこか散らかっている様にも見られる机の上。機材が常に何らかの反応を示し、豆電球が安全色である黄緑で知らせてくれる。くすんだ灰色の壁が四方を囲み、小さな換気口では熱気から放たれる熱を逃がしきれない。壁を背にして置かれる本棚には、なにやら難しそうな文字列が様々。
 暖色強めの照明は優しくその場を照らしてくれているというよりは、部屋全体の怪しさを増幅させてくれる舞台装置と思われても仕方のないこと。

 ––ふふふふふふんふふーん、ふぅん? ふぅ! ふぅ! ふぅん!

 その照明も今は消灯され、中に居るスーツ姿の男達は唯一の光源となっている箱──
 何かを映し出しているモニターを見つめていた。

「あら、あらあらあら……あなた達はだぁれなのだわ? というかここは何処? 私はだれ?」

 男達の中、見つめていたというよりは呆然としていた、が正しい状態であったろう一人が我を取り戻し呟く。


 自身を桜衣 瑠依と名乗った少女。見目麗しいと形容して良い彼女は、練達が首都であるセフィロト、二次元実体化をテーマとした研究所の一室で突如その姿を表顕したのである。
「あの時は驚いたのだわね……あんな視線が集まるとは思ってなくて、焦って記憶喪失作戦の途中で名前を明かしてしまったのも、もう昔のことなのだわ」
 突っ込む余裕も無い彼に、瑠依は気にした素振りも見せずに、会話を修復せんと声を掛ける。
「そういえば、ここは一体どこなのだわ? 結局何も聞けないままここで清楚トレーニングするしかなかったのだけれど」
 ぴくり、と眉を顰める白衣姿の男。決して清楚トレーニングがどの様なものか、そもそも電子の存在がトレーニングをする必要があるのか気になったわけではない。
「それはまだ言えない。此方としても貴女の存在がはっきりとわからない以上、出せる情報が無いんだ」
 余りにも突然そこに現れたものだから研究室側としても何処から触れて良いものか探りあぐねているのだろう。
「で、でもでもでも! このままあなたと話すにしても、名前が分からないと不便じゃないのだわ!? せめて、名前だけでも! ちょびっとだけだから!」
 何をちょびっとなのかは理解しかねるが、男としてもこのままでは呼びかけるにも不便で、名前を呼び合うくらいなら。
 首を振り、自らの甘い思考を飛ばそうとするも。
「だめ、なのだわ……?」
 本当に困っているような、交流を取ろうとしているのが分かるから。
「ツバキ……そう呼んでくれ」
 上長からの叱責はあるだろうか、今から憂鬱になりながら白衣の男、ツバキは先に待つ、機嫌悪そうな上司の機嫌悪そうな顔を思い浮かべながら溜め息混じりの自己紹介を始めるのであった。


「ぷちょへんざー!!!」
「うわっ、びっくりした」
 ある夏の研究所、モニターの中に住まう擬似生命体と呼称される何か。美少女であり、目視出来るカラパイア。何処から出したか鉛筆と紙が乗ったちゃぶ台をバシバシ叩きながら叫び出す。
 疑問符を浮かべるも、ツバキは薄々と察してはいた。先程から横目で此方に視線を送りつつ、ソワソワと身じろいでいたのだから気づかない方がおかしい。
「辛い、辛いのだわ……! もうどれだけこの書き写しをしなきゃならんのだわ! 最初こそ、ここに置いてもらうなら出来ることは協力しようと思ったけれど! もう何時間やってると思うだわよ!」
 15分と伝えれば。
 え、まだそんなもの? と唖然とした表情を浮かべながら、ちゃぶ台に置いてある目覚まし時計に視線を移してみれば、確かに分針が15度動いていただけである。
「た、単純作業故の時間の進みの遅さ……!」
 わなわなと震えながら涙目を浮かべる様は肉体のあるツバキ等人間と変わらぬ感情が窺えてくるだろう。
 何せ突然発生した存在なのだ、何が出来て何が出来ないのか、何処から構築されたデータなのかも分からない今、一挙一動、集められるデータは全て収集しなければ彼女は安全と定義付ける事も出来ない。
「終わったら休憩してもいいのだわ……?」
 此方としても不安定で不明確な彼女を理解したいからこそ、このカリキュラムを依頼している。本来管理されている上で、現れる筈の無い構築データの中から現れた。出来れば友好的で在りたいという人間側の希望であり傲慢。
「あぁ、本日のカリキュラムはそれで終わりだ。後はその中であれば好きにしてもらって構わない」
「やったぁ! お茶にするのだわ! おやつは酢昆布が良いのだわ!」
 そこに気がついているのか、相互理解は未だ遠い。


「本が欲しい?」
 そろそろ風が肌寒さを知らせてくるある日の事、いつも通り鍵を開け、研究室に足を踏み入れれば、ガサガサと電子音が耳について自然と其方に視線が向くだろう。
「だわだわ、流石に本を何回も読み直すのは飽きてきたのだわよ。何か無いかなぁ〜って」
 挨拶もそこそこに、首を傾げる。持ってきたと言ったが、何処にそんな書籍データがあったのだろうか。自分が考えても仕方ないと要望について思考に耽るも、先ずはどんな本が読みたいのか聞いてない事を思い出し。
「えぇと、ぶ、文学……? 恋愛というか……あの、その、青春でもどろどろでも何か触れ合いがあるっていうかぁ……」
 中々要領を得ず、まごまごし始めた瑠依を訝しげな視線を送ってみれば、慌てたような素振りを見せ。
「決して嫌らしい意味ではなくね? 女の子と、もう一人の女の子の距離が短くなっていくのだけれど、それは友達としてのものだった筈なのに恋心と勘違いしてしまい、お胸がドキドキしてしまうことが多くなってしまうのだわ。でも、相手の子は普通に自分のことを友達として思っていて、その気持ちにも気づいてるから内心に秘めておこうと我慢するのだわよ。だけど、ある日図書室でいつも通り声を掛けようとした所で、相手の子に違う女の子が話しかけてるのを見てしまうのだわ。それだけでも心が嫉妬で高鳴ってしまうのに、たまたまの事故で本棚の上段から本が落ちる所を庇った女の子が後輩ちゃんを抱きとめる姿を見てしまい、遂に我慢の限界がきてしまうのだわ。彼女を呼び出した女の子ちゃんは、感極まって涙目のまま腕を伸ばし相手の背に回し抱きとめ耳元で清楚チェックアウト!!!!」
 熱い解説をなるべく漏らさないように必死に聞いていたのだが、最後の最後で我に返ったのか目を見開き、叫び出す瑠依に一瞬身をすくめてしまう。
 えらく具体的な内容を指定された気もするが、凡そ娯楽小説みたいな物かと推測し、聞いてみる。
「そそそそそうね!? ここにはどんなお話があるのか気になるし、出来ればそういうのが欲しいのだわよ。で、できればさっき言ったみたいな絡みがあ……ぐぉほん! ごほん!」
 そこまで言って誤魔化す必要があるのか分からないが、ツバキは頷き、上部へ掛け合ってみると口にする。
 ここまでの調べにおいて、彼女こそアンノウンな部分が多いのだが、出来ること自体はそこまで多岐に渡る万能さは無いと分かっていた。二つのボタンを押せばコピーが出来ること。何かしらの機械に潜り込み、その性能を多少は向上させることはできたとしても、一から他にデータを書き換えることは出来ないということ。
 何より、彼女自身が研究員に対し、非常に協力的な姿勢を見せていることが、ブラックボックスな部分を有していながらある程度の自由を与えられているという理由である。
 縛るよりも、その行動一つを研究材料にしてしまえという大胆な処置であった。
「私? うぅん、此処には無い何処かに本体があるのだけれど、秘匿事項なのだわよ。覚えてないだけだけど」
 嘘か真か、モニターの中で菓子を頬張る彼女が、此方を騙すような存在にはどうしても見えなかったのだ。
 相互理解までは、まだ少し遠い。


「ほあーっ!? か、か、かわいいのだわ……!」
 研究所の一室、ヨチヨチ歩くふわふわすべすべな生き物を眺めながら、わなわなと震える瑠依がそこに居た。
 今にもがばつきそうな彼女にも、怯える様子が無いふわふわすべすべはマイペースにモニターの中を歩いている。
「こ、このペンギンは、私の好きにして良いのだわ?」
 聞く者次第では語弊が生まれてしまいそうな言い方だが、なんやかんやと長い付き合いになるツバキは苦笑いしながら頷いてみせる。
「ひゃほー! 怯えない良い子なのだわね?」
 抱き上げてもその電子ペンギンは怯えるでも暴れるでもなく、大人しく瑠依の腕の中に収まっている。
 それもその筈、簡易的なプログラムしか入れてないペンギンは最低限の動きしか見せないのだ。データプログラムという、バーチャルの存在である瑠依に与える事により、同場所に置いたプログラムの推移を観察する目的もあった。
 最もこの時、彼女を敵外プログラムと疑う者も、この研究所内には存在しないのだが。

 チェック項目を見直し、次の作業に入ろうとデバイス近くの椅子に座れば、物珍しそうに瑠依が此方を見ている。
「最近忙しそうなのだわよ。何か大きなことでもあるのだわ?」
 ペンギンをもふもふしながら聞いてくる彼女に、答えて良いものかと数瞬言葉に詰まる。しかしそれも、瑠依の協力あって出来る実験である。深くは言えずとも、知らせるべきものは言っておいた方が良いだろうと。
「今はまだ全部言えないのだけど、瑠依さんにも協力をお願いしたい事があるんだ。その為の準備、というところかな」
 彼女自身を使っての実験なのに、概要も説明出来ない。上の指示だとしてもそれは、ここまで友好的に接してくれた瑠依に対しての不義理と、罪悪感と仕事の妥協を重ねた説明だ。
 半端な言葉であろう。
 誠意を語るには余りにも短く拙い言葉であろう。
 感情がある彼女は、怒っても仕方の無いことであろう。
 しかし。
「わかったのだわ! その時までにコンディション完璧にしておくのだわよ!」
 いつも通りのほわほわ笑顔で答えてくれる瑠依に、多大な感謝と僅かな謝罪を飲み込み、言葉短く「ありがとう」と呟いて、誤魔化すように次の仕事へ没頭するフリをしたのだ。


 本格的に寒くなってきた日。遂に先日から準備を重ねてきた実験を行う時がやってきた。
「はぁはぁ……緊張するのだわ……動悸と目眩と百りがごほんおほん!!」
 データである瑠依に動悸も目眩も無いとは思うのだが、彼女なりに緊張しているのだろうと解釈する。
「えぇと、違うお家にお邪魔するってことだわね?」
 研究員の一人が頷き答える。
 桜衣 瑠依を構築しているプログラムを他デバイスに移す。単なるデータ移動ではあるが、瑠依という一つの生命を一つのデータとして他の媒体に移す。つまりは魂を分解し、再構築させるも同義である。
 元が突発的に発生した生まれた存在であるが故に、トラブルがあった際の対処に限りがあるのだ。彼女のプログラムバックアップは取ってあるとはいえ、此処に生き、笑い、手伝ってくれた瑠依という個体はこの子だけ。無事に終わらせる為の入念な準備は、彼等の中で当然となっていた。

「ドキドキ……」

 胸の高鳴りを口に出す瑠依は固唾を呑んで結果を待った。
 ギュッと目を閉じ、ペンギンを抱きしめ時を待つ。
 何秒か、何分か。
 何時まで経っても、変化の感じられない己の身体に不安を覚え薄目を開けた瞬間。
 わっとざわめく声の中で、成功だというツバキの声が聞こえて目を開く。
 手も足も顔もペンギンも変わりなく、周囲を眺めてみれば、脳内に入ってくる情報の波。何時ものデバイスとは違う其れは、確かに今居る場所が前とは違う事を示してくれる。
 実験は、成功したのだ。

「ふわぁ……ここはどこなのだわ?」

 元のデバイスに、もう一人の桜衣 瑠依が発生する、というイレギュラー以外は。


 調査の結果、これまでの瑠依も、新たな瑠依も全く同じ存在であり、記憶以外の性格等も同等の物であった。
 何らかのバグなのか、仕様なのかは分からないが、どうやら彼女は気軽にコピー&ペーストで分裂できる存在であるらしい。
 まだまだ全てが判明した訳では無いが、ちょっと先の未来。桜衣 瑠依は、その笑顔で特異運命座標の活躍を眺めるデバイスサポーターとして、練達に広まっていく……のかもしれない。
 此処に、相互理解は成った。

  • 何処ぞの果てより生まれいずる少女完了
  • NM名胡狼蛙
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月05日
  • ・華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864
    ※ おまけSS『決着をつけねばなるまい。この闘争に』付き

おまけSS『決着をつけねばなるまい。この闘争に』

「接続されたのだわ」
「二人以上揃えば必然……」
「どちらが真の清楚なのかを決めるのだわよ」
「「いざ!」」

 ツバキは生気の失った目で、その光景を眺める。
 二人の瑠依がぽこぽこと痛くなさそうな効果音を鳴らしながら互いにしっぺし合っている。
 痛いどころか、痒くもなさそうなそれは互いにダメージも入ることも無さそうだ。

「はぁはぁ……」
「中々やるのだわね……」

 双方息が切れているが、ここまでしっぺをする時に叫んだぐらいしか体力を消費していないのである。

「清楚チェック……」
「はぁはぁ……せーふ!」

 るいるいバトルと名付けられたやり取りの意味は、基本的に無い。
 相互理解は、やはり遠かった。

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