PandoraPartyProject

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11月―日

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


 落ちていく。落ちていく。
 水であるような、透き通った泥であるような、あるいは薄まった血であるような。そんな中を落ちていく。
 見渡す限り、見上げた限り、赤と黒だけの透き通った原風景。身体に力は入らない。手を伸ばすことも出来ず、もがき苦しむことも出来ず、只々落ちていく。
 このまま落ち続けることが、けして良いものでないことはわかっていた。わかっていたのだが、どうにも抗えず、どこか朦朧としたまま身を委ねてしまっている。
 何かを言おうとして、口からこぽりと空気が漏れた。落ちていく自分とは正反対に、泡の塊は上へ上へと昇っていく。何を言おうとしたのか思い出せず、何を言おうとしたのか取り戻せず、大切なものが零れ落ちてしまったような感覚に囚われて、手を伸ばそうとしたが、やはり動くことは出来なかった。
 ぱしゃりと、空中へ投げ出された。落ちてばかりいたので、液体の層が終わったのだ。身体が加速する。落ちているのだから、それが増していく。風切り音は聞こえず、ただ目に映る赤と黒が色濃くなっていくばかりだ。
 ちかりと、視界の隅で何かが瞬いた。僅かな光ではあったが、暗い暗い闇の底ではとても際立ったので、そちらに眼を向けようとして。
 地面に辿り着いた。ぐじゃりと、踏み潰された虫のように弾け飛んだ。

 目を開くと、サイズは硬い地面の上にうつ伏せになっていた。
 視界を巡らせるが、この姿勢で首だけを横に向けた格好では、得られる情報にも限りがある。
 冷たい床の上で寝ていたような凝り固まった身体に痛みを覚えつつ、ゆっくりとした動作で身体を起こしあげた。
 前頭部に鈍い痛みを感じる。動けないほどではないが、意識せざるを得ない程度の痛みが家蜘蛛のように巣食っている。顔をしかめながら、細く長く息を吐いた。
 落ちて潰れて、ひしゃげたような夢を見た気がする。かと言って、ここがまだ夢でない保証もないのだが、さて、痛みと夢との関係は確かに実証されたものだったろうか。
 ただ、現実にしては、と。現実にしてはこれもまた、酷いものだと思う。見渡す限り赤と黒しかない世界。赤い部屋に閉じ込められれば発狂する、というのは眉唾ものの話だが、そうは除いてもおどろおどろしさを感じる光景ではあった。
 立ち止まっていても仕方がなく、かと言ってどちらを向いても同じような景色であるので、ひとまずは当てずっぽうに、適当なあたりをつけて歩き始めることにする。
 それほど時間も立たない内に、足元が水たまりのようになっていくのを感じていた。何かの液体だ。触れればその感触から水のようではあるのだが、赤と黒ばかりの世界では薄まった血液のようにも思えた。
 歩き続け、やがて足首まで液体に浸かった頃だ。
「困るんだよ」
 後ろから声をかけられた。
 振り向いて、その姿に目を見張る。
「…………俺?」
 それは自分とそっくりなものだった。服装や細かな身体的特徴等、細部は異なっているが、それでも顔つきは自分のものだ。鏡を見ている時と違い、自分の意志とは違った動きをするものだから、自分が奪われたようで気持ちが悪い。気持ちが、悪い。
「僕は悲恋の呪い……いいや、お前が理性で封じている呪いや、狂気や、それらを内包する負の集合体、かな」
 変に芝居がかった物言いだ。何か演出を狙っているのか、それとも明確に伝える心づもりを持っていないのか。
「困るんだよ。誰とも親しくするな、なんて言わないさ。それでも一部、境界を超えてしまっているじゃないか。親しくなりすぎちゃあいけない。自分も、相手も、不幸にするだけなんだから」
 やはり、どこかぼかしたような、こちらが理解していることを前提にしているような話し方をする。このまま聞いていても埒が明かず、仕方はなしに口を開いた。いい加減、自分の顔でそういった物言いを続けられるのが不快だというのもあったが。
「境界を超えてるって、どういうことだよ? 友達を作るのがいけないことなのか?」
「そういうことじゃあないよ。言ったじゃないか、誰とも親しくするなってわけじゃあない。適度な距離を置くのなら、何も問題はなかったんだ。それがなんだい、ここ最近の……ん?」
 相手が何かに気づいたような、困惑したような顔をした。いい加減、こちらがその物言いに参っていることに気づいてくれたのだろうか。ならばもう少し、理解の出来る説明をして欲しいものだが。
「まさか、無自覚なの……? いや、そんな筈は、悲恋の呪いを意識しすぎてそういうことへの……?」
 今度は何かを考え込むように俯いてしまった。勝手に出てきて、勝手なことを言って、勝手に考え込むのはやめて欲しい。なまじ自分の顔をしているものだから、捨て置いてどこかに行くわけにもいかない。そもそも、こんな赤と黒ばかりの世界でどこに行くもないのだが。
「ええ、二回もふたりで連れ立っておいて……? 無自覚で呪いが成就されたら周りも迷惑すぎない……?」
 完全に自分の世界に入っているように見える。用がなくなったのなら、自分のことを帰してほしいものだ。
 そう、帰して欲しいものだ。
 このような、赤と黒ばかりの世界など知る由もなく、その中で突然現れた自分とそっくりの何か。
 悲恋の呪い、いいや、負の全て。そんなものが居るのだから、この場所に連れ込んだ者もこれであると考えるのは自然なことだろう。
 だから用がなくなったのならば帰してほしい。こちらはこのような世界になど興味はないのだ。
「なぁ――」
 その時だ。そいつから、殺気が膨れ上がったのは。
 咄嗟に大鎌を構える。戦闘にあたり、意識的なスイッチが切り替わるのは色濃く戦いの場に身を置いた結果だろうか。
 しかし、
「…………?」
 血が溢れない。
 妖精の血を操り、魔術的な効果を駆使するのがサイズの戦法である。しかし、込めた念は確かにあるはずなのに、血の一滴も見当たりはしなかった。
 疑問。疑問。
 だが敵は気を抜かせてはくれない。とっさに飛び退った後、自分の残像を貫いたのは氷柱の群れだった。
「いや、いいや。封じられた状態での精神干渉ってのは楽じゃないんだ。だから手っ取り早く、身体に叩き込んであげるよ」
 またそれだ。自分勝手な言い回し。説明が不足している。こちらからすれば、わけもなく剣を向けられているのと変わらない。いい加減、苛立ちのひとつも沸こうというものだ。
 しかし術式の類は使えない。大鎌を振り回しはしたが、体術のみの戦法は得手とするところではなく、氷術と剣技を操る動きに翻弄され、数戟の後には膝をついていた。
「僕に勝てるわけないじゃない。呪い、狂気、お前の戦う力はそれだろう。じゃあそちら側の僕に、戦って勝てるわけがない。そうだろう? 幻想を失った大鎌なんて、骨董品もいいところさ」
 息が荒い。たった数度の打ち合いでしかなかったのに、ごっそりと何かを持っていかれたような疲労を感じている。
「今は鎖で封印されているから、おとなしくしているけどさあ……調子に乗っているんじゃあないよ。こっちに来てから、こんな世界に来ちまってから、何だって言うんだい。なんなら、僕が奪ってやってもいいんだ。僕が全部、乗っ取ってやってもいいんだ。築き上げたものをさあ、ぶち壊してやろうか?」
 築き上げたもの。大切なもの。
 どうしてだろう。それを言われて、騒がしくも可愛らしい、幽霊の姿が頭によぎったのは。それを思えば、立ち上がる力も湧いてくるのは。
「あー……こうまでしてやっと自覚が、いや、その手前レベル?」
「くそっ、いくら俺の狂気でも、いくら悲恋の呪いでも、好き勝手にやらせて貯まるかよ……!」
 膝が笑っている。喉がひりついている。頭はまるで明確ではない。それでも、立ち上がらない理由はない。
「良いから聞いておきなよ。そのままで一線を超えるな。悲恋の呪いは、何時だってお前の中にあるんだ」
 足首まで浸かっていた液体が持ち上がり、強度を持ってサイズに絡みついていく。引き倒し、引きずり込み、液溜まりの中へとサイズを連れ去っていく。
「待っ――――!!」
「じゃあね、なまくら」
 そのまま身体は沈み込み、深い深い底へと落ちていく。
 落ちていく。落ちていく。


 飛び起きてみれば、そこはいつもの見慣れた寝室、慣れた寝台の上だった。
 呼吸が荒い、寝間着はぐっしょりと濡れていて、風邪を引いた後のようだ。
 おかしな夢だった。おぼろげで、細部までは覚えていないが、おかしな夢であったという実感だけは残っている。
 ふうと息を大きく吐き、もう一度寝なおそうかと身体を後ろへ倒してべちゃり。
「……べちゃり?」
 嫌な予感にもう一度飛び起きる。
 周囲を見れば、寝台が、部屋中が血で染まっていた。いいや、修正しよう。部屋が血糊でぐしゃぐしゃになっていた。ずぐずぐの、ずぶずぶになっていた。
「やってしまった…………」
 魔術の暴走。寝ている間に血を溢れさせ、部屋中を汚してしまったのだ。
 どのような悪夢を見ていたにせよ、言い訳はできない。自分の制御ができない術士など、戦闘では諸刃の剣どころか火の点いた発破もいいところだ。
 ため息をつく。布団に顔を埋めてしまいたいが、顔中が血だらけになるのは避けたかった。
 まずは拭き掃除、いいや、布類の洗濯からだろうか。誰かに協力を。いやいや、血の処理を誰が好んでしてくれるというのか。
 間違いなく今日一日が潰れてしまう。その絶望的な予感を前に、夢のことは綺麗さっぱりと抜け落ちてしまっていた。

  • 11月―日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2019年11月11日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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