PandoraPartyProject

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9月_日

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


 赤い部屋。
 赤い部屋だ。
 いつもの、赤い部屋だ。
 それだけで、これは夢、あるいは自身の中であるのだとサイズは勘づいていた。もう、ここに来るのも何度目だろうか。
「…………あれ?」
 しかし、いつもと様子が違う。もっとこう、底の浅い平面の池のようになっていなかったろうか。それに、もっと広々としていたはずで、壁など見えていた記憶はない。
 床も壁もガラス質というか、ただ赤いだけのものに思える。もっとなんというか、生々しかったはずだ。
 それはそれとして、この部屋の主はどこだろう。
 自分と同じ顔をした、呪いそのもの。悲恋の呪い。そんな名前のやつが、いつも通り、悪態をついてこの夢は始まる筈なのだ。
「おっと、居たか」
 周囲を探っていた視線を、正面に向け直すことで、その存在に気づいた。しかし、何時もと様子が違うのは部屋だけではなく、悲恋の呪いも同様であるようだった。
「居たか、じゃあないよ」
 悲恋の呪いは、メイプルシロップのような甘い液体に塗れ、壁に背を預け、その場で座り込んでいた。同じ顔とは言え、どろりとした液体をかぶったその出で立ちは、ともすれば煽情的にも見えるものだが、あちこちに巻かれた包帯が、脚に取り付けられたギブスが、肩に釣られた腕が、そのような様子を取り払ってしまっている。
 実際に、そうすることで傷が癒えるような存在には思えないが、分かりやすい損傷の表現なのだろう。ここは呪いの部屋で、サイズの中とも言える。わかりやすいイメージ表現は家主に合わせているのかもしれない。
 この夢に入ると、呪いから攻撃を受けることも珍しくはなく、何度切り結んだかはもう覚えていない。しかし、この様子では戦えるとはとても思えず、サイズは佇まいを直し、警戒を解いていた。
「敵対の王達に一撃も浴びせられず、庇うべき相手に庇われ、果てには二股や奇跡のしくじりとは……」
 どうやら、そのなりでも憎まれ口は健在のようで、口を開けばいつもの調子だったものだから、サイズはどことなく心のうちで胸をなでおろした。
 しかしそれが、どうやら癇に障ったらしい。
「酷すぎて攻撃する気も起きないね。僕がフォローしてなかったらどうなってたことやら」
 とても、武器を構えられるような風体には見えないが、藪を突くような真似はすまい。怪我人は労ろう。流石にこのような姿を見ると、同情的にもなるものだ。
 しかし、フォローという言葉が引っかかる。同時に、やはりとも思う。生命を賭したパンドラの消費。あのとき自分は、妖精女王を救うことしか考えてはいなかった。だというのに、思考、思慮の外にあった別の問題まで同時に解決してしまったのだ。
 誰かがその奇跡に手を加えなければ起き得ないことである。そのうえで、誰ができるかと考えれば、答えはなんとなく、導き出せていた。
「やっぱり虹の架け橋はお前が……でもお前は混沌に干渉出来ないんじゃないのか?」
「そこは奇跡のご都合主義というやつだ。悲恋の呪いとして縁切りの力で妖精女王と虹の架け橋の呪いの縁を切って、鍛冶屋の力で虹の架け橋のエネルギーにも手を加えて。お陰さまで、死にかけたわ……」
 存在を代償とするパンドラの消費。その中でなお多くを願うのだから、自身という最大の担保を差し出すしかない。この風体も、その結果というわけだ。
 それでもと、思わずにはいられない。羨まずにはいられない。どうしてこいつ、自分の中にいるくせに自分より活躍しているんだろう。
 口に出したつもりはないが、それでも筒抜けであるらしい。
「まあ所詮、僕はここでしか確固たる自己表現ができないあやふやなもの。広義で言えば、僕もキミだ。だから、僕の功績は全部キミのものさ。別に、羨むようなものじゃないよ」
 それでも、頑張ったのは僕だけどね、なんて付け加えてくれる。
 嫌味は憎ったらしいものだが、その弁が立つならばひとまずは心配ないのだろう。呪いのおかげで最悪が防げたのだ。恩人に感謝こそすれ、マイナスの感情を持とうとは思わない。
「感謝ねぇ。僕の行動も一概に、良い効果しかないとは言いがたいんだけど、ね」
 不穏なことを口走る呪いだが、こちらもその意味を尋ねようとはしない。きっと、まだ教えてはくれないだろうから。
 そんなことよりと、悲恋の呪いは壁に預けていた身を起こし、その場で立ち上がる。
 怪我をしている身で、動いて大丈夫なのかと心配したが、やはりオーバーなダメージ表現はイメージであったらしい。立ち上がった頃には、ギブスも包帯も、どこかへ消え去っている。
 その動揺を悟ったのだろう。悲恋の呪いがしてやったりという顔をする。攻撃するような力は残っておらず、おそらくはこうして話をしているのも消費でしかない筈だが、それでも一矢報いたことに満足をしたらしい。呪いは懐からそれを取り出すと、こちらへ放り投げてきた。
「これを持っていけ。避けるなよ」
 言われるままに、その身でそれを受ける。それは赤黒い光を放つ何か。光はサイズに触れると、そのまま身体の中に溶け込んで、水面に液体がひとつ落ちたような錯覚を残し、そのまま消えていった。
「これは?」
「キミを強化してやったんだよ。本当は僕の方を強くしたかったところだけど、奇跡の残光じゃあ、これが限界でさ。余らせて、腐らせるわけにもいかないし、遠慮しないで持っていけよ」
 どうしてそこまで、と。
 最初は、攻撃をしてきたはずだ。自分の行動を戒めていたはずだ。敵対をしているようにすら感じていた。それが、どうしてそこまで助けてくれるのか。どうしてここまで、存在を削ってまで守ってくれるのか。
 その言葉に、呪いは「はんっ」と厭味ったらしく笑ってサイズの思いを撥ねつける。
「流石にさあ、妖精郷でこれ以上負けたら、武器としての品質が疑われるんだよねえ。自覚あるの? 妖精武器なんだぜ? そろそろ胸張って、威風堂々と、勝ってくんないかなあ」
 武器の本質は敵を切り裂くこと。装備者に勝利をもたらすこと。そして、所有者を生かすこと。悲恋の呪いは、全てを叶えろという。
 武器であるのだ。大鎌であるのだ。だからこそ、名前をサイズというのだ。
 攻撃を防ぐだけの存在であるのなら、シールドという名前だったろう。だが、違う。
 貫くだけの存在であるのなら、スピアーという名前だったろう。だが、違う。
 大上段に振りかぶり、膂力を持って敵を裁断す。故に、その為に、サイズであるのだ。
 その矜持を、理想を、あるべき姿を、穿けと呪いは言う。自分の形を忘れるなと、呪いは言う。
 反論は出来ない。口答えは出来ない。だってまだ、思うだけの役目を果たしているとは言えないから。自分の形らしく、在れているとは言えないから。
 言われるだけを言われて、言われるだけを胸に染み込ませていたら、不意に足の裏の感触が不安定になった。
 崩れる、ではない。割れる、でもない。沈む、というのが正しく、その感覚の正体をサイズはもう理解していた。
「ふう、これ以上会話するのも厳しいや。だからも、起きろよ」
 肩を押される。同時に、液体の中に沈み込む。赤い、赤い、液体の中。
 埋もれていく。沈んでいく。落ちていく。深く、深く。夢から目が、覚めるのだから。


 目が覚めると同時に、飛び起きて、部屋の中を慌てて見渡した。
 あの夢から帰ってくるとよく、部屋の中が赤い液体をぶちまけたようになっているからだ。
 呪いの様子が心配にもなるが。これから先の戦いを思うと不安にもなるが。それでも夢の度に大掃除をさせられてはたまったものではない。
 しかし、サイズの心配は杞憂に終わる。部屋の中は血まみれにはなっておらず、寝汗ひとつすらかいてはいなかった。
 ほっと胸を撫で下ろすが、じゃらりとした感触の違和感に気づき、自分の本体たる大鎌を取り出した。
「これは……」
 鎖が変質している。錆のような赤黒いものが纏わりついているが、触れてもざらりとした感触はない。それに、金属としてダメになるどころか、とり強い魔力を感じさせる。
 これが、悲恋の呪いが言っていた、強化であるのだろうか。
 かと言って、朝も早く、夢から叩き起こされてすぐに試そうという気にはなれず、サイズはベッドにまた背中を預けて、天井を眺め見た。
「色々と」
 色々と。
「色々と、おかしな点がないわけじゃないけど。思うことがないわけじゃあないけれど。俺のやることが、変わるわけじゃないよな」
 次に、妖精郷で戦うならば、負けるわけにはいかない。大鎌としての矜持を、逃すわけにはいかない。自分という形を、示さなければならないのだ。
「このまま終わりたくなんか、ないもんな。次は、絶対に勝つ。まあ、次があっちゃいけないんだけど、まあなんだ、勝つ」
 拳を握りながらも、言葉がぐらついて。締まらないなと、自分の中で誰かに、イヤミを言われたような気がした。
 ベッドから降りて、カーテンを開ける。とっくに日が昇り、晴天。もう暦の上では季節が変わっているというのに、サイズの胸中など太陽は気にも留めず、今日も溌剌と輝くことに決めているようだった。

  • 9月_日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月27日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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