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夜長の友

登場人物一覧

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
ゴリョウ・クートンの関係者
→ イラスト


 豊穣、ゴリョウ亭本店にて。
 時は夜も半ば。人気の名店は店仕舞い。皿洗いも終わりあとは暖簾をしまえばオーケー、そんな雰囲気ではあったのだが。
 そうはいかないのが現実である。というよりも今回は本人達の希望である。
「……」
 片やオーク。
「……」
 片やチンピラ。
 危ない薬の取引か、はたまた賄賂と戦略の会議中か。見た目こそ厳ついもののその中身は至ってシンプル。
 他国におけるゴリョウ亭の経営状況や基礎となる料理レシピの共有、また各店舗の味見等を行い話し合っているのである。料理を出す店を営む彼らにとっては重要な問題だ。ゆえに手を抜くわけにはいかないが大々的にやりすぎてもしょうがない。よって二人で集まっては時間のあるときに打ち合わせや試食、味見を行い諸々を判断しているのであった。
 そして、今。
 外面は完全にヤの付く会合系であろうとも中身は真剣そのもの。どうすれば店を大きく出来るか。否、店を大きくしたいわけではない。どうすれば自分達の料理でより遠くのひとを幸せに出来るか。それを叶えるための真剣な会議なのだ。
「海洋はやっぱ塩が違えな」
「だなぁ、海の国ってこともあるんだろうな!」
「ラサの方は肉の弾力が違うと思うんだが、あんたはどうだ?」
「ぶははっ、同感だ! 恐らくは足場が砂だから筋肉がついたんだろう。食料も得にくいだろうしやや固めではあるが、うめえ!」
「歯応えもそうだけど満腹感がガツンときて良いよな……」
「定期的に安定したルートで仕入れられるんなら、何か新しいメニューを考えても良いかもしれんなぁ!」
「お、良いんじゃねえの? 俺足をスパイシーにするのが良いと思うんだが」
「角煮にしてみようかと思ってたがそれもありだな! とりあえず少し仕入れて開発してみんことにゃわからんが!」
「だなぁ」
 あーあと脱力して椅子に凭れかかるゼンシン。今日の賄いであるかぼちゃの煮付けのあまりや唐揚げのあまりをつまみに、何回目かを数えるのをやめた晩酌を開始する。
 キンキンに冷えた発泡酒じゃ物足りず結局ビールも取り出してしまう。仕事により熱をいれるための経費という換算で入れておこう。本当は良くないんだけどね! ついね! そんな日もあるよね!
 これまた冷やしたグラスにビールを並々注いでぐいっと一口。たまらないのどごし。仕事終わりの疲れたからだに染み渡る命の水!
「……っぷはぁ」
「お、良い顔して飲むなぁ!」
「うめえんだもんよ、仕方ねえだろ」
「ぶははっ、そうだな!」
 濃いめのおかずには米が足りない。美味しい米にはつまみがたりない。美味しいつまみには酒が足りない。あれよあれよという間にテーブルは賄いとちょっとした贅沢で満ち溢れていく。
「ゴリョウ、これ見たことねえ」
「それは試作中の新メニューだな。自分じゃ嫌ってくらいに食べてるから飽きてきたんだ、感想を聞かせてくれ!」
「お、久々の試食だな。弟子としちゃ期待に胸踊るってやつだ」
 テーブルの上にあったのは所謂病みつき玉子。流行っていたので作ってみたところこれがうまい。どうせならば店でも出せないかと試作していたのだという。こだわりの玉子をとろとろすぎず固すぎずの具合で茹でた茹で玉子を、薬味や調味料を混ぜた汁に長時間つけておく。それだけの単純なレシピなのだがこれがまた奥深い。料理モードになったゴリョウの話をスルーして目の前の病みつき玉子にかぶりついたゼンシン。じゅわ、と口の中に溢れる薬味の香りと濃い味付け。これはご飯が進むわけだ。
「美味い……」
「ぶははっ! そりゃ何よりだ!」
 やはり誰かが幸せそうに食事をしているところを見るとこちらまで嬉しくなる。食事にはひとを笑顔にする力がある。自分の料理で笑顔が生まれたのならば尚更に。
 それが元の世界での因縁の敵――『黒龍』のかけらであったとしても。
「なんだ、じっと見て? 米でも顔についてるか?」
「いいや。オメェさんと俺も、奇妙な縁だなあって思ってな」
「……まあ、そうだな」
 かつての世界では互いに殺し合った――とはいえ面識そのものはないが――仇敵同士。
 けれどひとつ世界を越えただけでその関係は一変した。
 得意運命座標としての先輩・後輩であり。
 料理人としての師匠・弟子であり。
 そして、何だかんだで気の合う友人。
 この世界に来てからは旅人としてかつての世界ではなかった美味を楽しんでいたゼンシンではあったが、そのうち自分でもこれらの料理を作りたいと決心し様々な門戸を叩いていた。生憎一師に恵まれなかったが、何の因果かゴリョウ亭の戸を叩くことになり――運命は流転する。
 ゴリョウと顔合わせし、互いの経歴や事情を擦り合わせた結果、両者ともに頭を抱える羽目に。
 あの日の衝撃は今もなお鮮明に思い出すことができる。
 肩を落とすチンピラと頭を抱えるオーク。頭を失った子分のような外面だっただろう。
 けれど二人にとっての意味合いは違う。世界の敵と、世界を救ったひとり。お互いに大変だった。だから今があることは不思議なのだと笑って。
 口のなかでほろほろと崩れていくかぼちゃの煮付けは甘い。けれど甘過ぎない。その作り方を教えてくれたのも、ゴリョウだ。
 かつては世界の命運をかけて戦った関係だったのに。事情を擦り合わせた結果、ゴリョウは笑ってゼンシンを受け入れてくれた。
 奇跡のような物語だ、と思う。そうでなければこんな出会いは有り得なかった。そして今、副店長のように各国の店舗を覗くような立場になることもなかっただろう。
 後々遅れてやってきた黒龍のかけらたちの間で走り回ることになっているのはご愛敬。せめて残してきた世界の分は、受け入れざるを得まい。苦労人であるとは、まだ認めたくない。
 酒に酔ったのか。感傷に酔ったのか。
 どちらにせよ構わない。今となりにいるのはもう憎まなくてはならない敵などではなく、信頼できる友人なのだから。
「妙な関係だよなぁ俺ら」
「ぶははっ、そうだなぁ!」
「あ、煮卵上手かったぜ。俺は薬味多めがいいが」
「その辺は調整できるようにするのもありかもしれねえなあ」
「別のものでしゃきしゃき感が欲しいところだ。メンマとか……」
「試すだけの価値はありそうだな、よし、作るか!」
「おいおい今からかよ」
「ぶははっ! 思い立ったが吉日ってワケよ」
「仕方ねえな、俺も手伝うぜ、ゴリョウ」
「お、助かるな! じゃあ玉子を茹でてくれ」
「わかった。ゴリョウは何をするんだ?」
「薬味を刻むんだ。流石に同じ汁につけるわけにゃいかねえからな!」
 秋の夜長。
 穏やかで優しい風の吹く夜。
 美味しいご飯と友との会話。きっと元の世界ではなし得なかったことだ。
 だから今はこの夜を楽しもう。くだらなくとも、中身がなくとも。楽しいという気持ちだけは何にも勝る事実なのだから。
「お、おい、ゼンシン」
「んぁ?」
「それは……固茹での茹で玉子だ……」
「あっ」
「……もっぺんだな!」
 笑い声が月夜に木霊する。それは秋の夜長。食卓を共に出来る友人との、なんてことない夜の話。

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