PandoraPartyProject

SS詳細

Wish Upon a Pancake

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

 目映いふわふわが波のようにやってくるのを、ランドウェラ=ロード=ロウスは見守った。
 真っ白な二つの皿の上で揺れる黄金こがね色の山。そこにかかるのは、いつか見た夏空に浮かぶ入道雲。来る、と分かったら落ち着いてなどいられない。一目惚れしたあの輝きが、厚みのあるふんわり感が、すぐそこまで迫っていると思ったら。
 ジェック・アーロンも同じだった。迷いに迷って選んだ色と香りの訪れに、そわそわする。
 店員から「ごゆっくりどうぞ」と黄金の運び手から勧められた時にはもう、視界で出来立てのパンケーキたちが美味しそうに横たわっていて。
 二人して「わっ」とも「おお」とも聞こえる歓喜の声を零した。
「すごいね……ランドウェラ」
「うん、すごい」
 見目から香気まで、言いたいことは山ほどあるのに。出てくる言葉はどうしても単純になってしまう。二人がパンケーキに心を奪われた証拠だ。
 いただきますと、どちらからともなく告げて。似た速度でナイフを手に取る。
 生クリームの麓で、シロップの湖がキラキラと広がっている。ランドウェラがナイフを差し込むと、顔まで映り込みそうだったシロップが、滝のように切り目へ流れ込んだ。ナイフを入れた瞬間はカリッと。その後はスムーズにふわふわの生地へ吸い込まれていく。切りながらふと顔を上げれば、向かいの席でジェックがパンケーキに見入ったまま、固まっている。けれどランドウェラの頭に心配の字は浮かびもしなかった。ガスマスクが外れてからの日々を彼女がどう過ごしてきたか、それなりに知っているから。
 そんなジェックのまなこを釘付けにしているのもパンケーキだ。濃密なホイップクリームとやや薄めに焼き上げたパンケーキを彩る、チョコソース。楽しげに伸びるチョコソースが今にも踊りだしそうで、パンケーキ屋の店員というのは、皿に収まるキャンバスに絵を描くのが上手なのだろうと、ジェックは感心を覚えた。
 もはやパンケーキ城の主とも呼べるバナナたちから食べるか、チョコたっぷりの城下町から攻めるか迷うジェックだったが、すぐに作戦は決まる。早速、土台が一気に崩れてしまわないよう、ナイフで慎重に事を進めた。切っ先を入れたところから、もっちりと弾力を持った生地が沈む。
「む……加減が難しいよね、パンケーキだと尚更」
 唸りながら城攻めをするジェックの一言は、ランドウェラの目を見開かせた。
 そうか、と思わずランドウェラは呟きかける。ほんの数年前までの彼女は、当たり前に流動食生活だったけれど。今は細かく切って叩き潰す必要も、スープに混ぜこむ必要もない。最早懐かしささえ覚える嘗ての姿をランドウェラが想起している間に、ジェックは黙々とパンケーキを口へ運んでいた。
 口へ近づければ、あまい香りがジェックの鼻をくすぐる。空気を伝って唇に感じた熱さも、期待を掻き立てる要素でしかない。遠慮せず放り込んでみると、それらのにおいと熱が口いっぱいに広がった。もちもちのパンケーキに染みこんだクリームとチョコが、噛む度にじゅわりと滲む。
 おいしい、と幾ら紡いでも紡ぎ足りない。もっと食べたい、味わいたい、知りたいとジェックの好奇心が湧き続ける。湧いた気持ちのまま目線を動かし、ジェックは自分とランドウェラのパンケーキを交互に見た。
「土台は瓜二つなのに、キミのとアタシのでは違うね」
「トッピングに合わせて焼き方を変えてる……のかもしれないよ?」
 調理風景を想像しながら応えたところで、ランドウェラは首を傾ぐ。
「だからいろいろ食べてみたくて、食べ比べとかみんなやるのかな」
 同じものを分け合ったり、別々のメニューを注文してそれぞれを堪能したり。
 そんな光景を思い浮かべて話すランドウェラの前で、いいね、とジェックが眦を和らげた。
「そうだ、こないだ狭い路地にひっそり開いてるパン屋見つけたからさ、一緒にいってみない?」
「パン屋!」
 おいしいものの気配にランドウェラもやや身を乗り出す。
「全種類制覇が当面の目標だから、共闘してほしくて」
「もちろんいいよ。ジェックが気になる食べ物は僕も気になる」
 皿に零れたシロップを一片のパンケーキで掬い集めながら、ランドウェラが声を弾ませた。知らない味を知ろうと走り続けるジェックは、ガスマスクが付いていた頃よりもずっと甘味にも明るくなっている。
 ランドウェラの前向きな反応に、ジェックも頬をふくりともたげて。
「じゃ、決まり。……にしても、元は同じ小麦粉の筈なのに、なんであんなに味も食感も変わるんだろ」
 不思議に思いつつ、近頃友人に食べさせてもらっていたパンの数々を思い出しては、ジェックの瞳で光がちらつく。
「作ってるひとに聞いたら分かるかもしれないよ。いっそ自分でいろんなパンを焼いてみるとか」
「……そっか、パンを焼く……」
 食べる専門としてこの数年間を満喫してきたジェックにとって、思わぬ方針だ。在りし日の自分は想像すらしなかった、たくさんの出会いを重ねるための手段のひとつ――それが、手作りすること。
 ジェックは喉へおいしさを送りながら、ふふ、と吐息で笑んだ。するとランドウェラが「あっ」と声をあげる。
「僕もね、お菓子作りしたんだけどすっごく楽しいんだよ!」
「お菓子作り? キミが?」
 とろんとパンケーキから滑り落ちそうになっていたホイップをナイフで押し留めて、ジェックが瞬ぐ。
「そう! こんぺいとう……」
「コンペイトウを!?」
「……作ろうと思ったけど工程を知って諦めた」
「あ、そういうことなんだ」
 一驚に喫したジェックだが、すぐにほっとしてパンケーキとバナナを一緒に口へ入れる。
「代わりにフロランタンと、あと硬いクッキーつくったよ!」
 クッキーは失敗作だけどね、と嬉しそうなランドウェラを見て、ジェックは目を瞠った。そして先ほどランドウェラが呟いた案を思い起こす。いっそ焼いてみるという手段を。
 沈思した様子のジェックへ、ランドウェラは静かな笑みを湛えて告げる。
「頑張ってるってわかるから、できあがった時の喜びも、食べたときのおいしさもひとしおだよ!」
 彼がぎこちなく右腕を動かしながら報告してくれるものだから。聞いていたジェックも徐々に興味が生じてきて。
「食べるのも好きだし、パン作り……やってみよっかな」
 ぽつりと零した彼女の言の葉は、耳にしたランドウェラのこともニッコリさせる。
「お菓子も作ろうよジェック!」
「うん、いいね。しっかり準備したらコンペイトウもいけるんじゃない?」
「ん~、あれはむずかしそうだったから、どうだろうなぁ」
 何気ないやりとりから結ばれた、些細な約束。それは紛れもない日常の一場面で。きっと約束を果たすときも、一脈相通ずる二人に、まだまだたくさんの「おいしい」を教えてくれるはず。
 だから二人は今だけの「おいしい」をたっぷり想い出へ刻んでいく。「今」も、「これから」も二人を満たしてくれる大事な時間だから。

  • Wish Upon a Pancake完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月22日
  • ・ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788
    ・ジェック・アーロン(p3p004755

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