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ハメ外し
登場人物一覧
●通りゃんせ
「クウハさん、いいかげん話してくださいよ。」
暗い道を行く青年二人。時刻はすでに0時を回っている。
これが村々や、あるいは幻想や鉄帝の主要都市であったならば、遅くまで飲み明かす若者かあるいは家畜や畑を見回る自警団の類かと一瞥したことだろう。
けれど、二人が往く道は街を外れて久しい。そして二人からは酒気は感じられず、明らかに素面のソレだ。しかも二人ともに明らかに武器の類も持たず、背嚢などの荷物も身につけていない。いくら男性二人とはいえ、こんな時刻にこんな道を、こんな軽装で、『明かりもつけず』に。さて、この光景だけで、見るものが見れば違和感を覚えることだろう。
当の本人たちはなんとも思っていないのだが。
「あん? 何をだ?」
「はぐらかさないでください。手伝ってほしいことがあるというから来てみれば、目的地も言わずに引っ張ってきて。」
暗い夜道、足元は決してよくはない。にも拘わらず、パーカーのポケットに手を突っ込んでマイペースに前を行くクウハに、水月は呆れ混じりに声をかける。そこに苛立ちの色が感じられないのは、二人の距離感というか、「クウハはそういう人物だ」という水月の理解故だろうか。
「焦んな焦んな。急がなくたって、メインディッシュは逃げやしねぇよ。」
そう言いながら口角を上げるクウハの表情は、いつになくいきいきとしている。実のところ、その様子に水月は一つの予想はついており、それ故に、無意識に溜息もこぼれる。
「また何か悪いことを考えているんですか? 僕を巻き込まないでくださいよ。」
クウハが時折裏で何かをしていることは、『似た者』故に察していた。そして、それがクウハにとってとても『楽しいこと』であることも。けれどそれはつまり、あまり表では口にできないことなのだということも水月には容易に想像できた。だってクウハだから。
「ハッ! 信用ネェなぁ。悪いコトなんてしたコトもねぇヨ。『俺がした』って証拠がネェからな。」
そういってクツクツと笑うクウハの様子に辟易するでもなく、怒りを覚えるでもない水月も、実のところ『同じ穴の狢』であるのだが。一見すると、そうは思えない人も多いかもしれない。そう見えないように、彼は演じているから。
「それで。何をするんですか? 別に止めも逃げもしませんから、教えてくださいよ。」
止めも逃げもしない。それはある意味、クウハに対する信頼でもある。どうせろくでもないことだろうが。
「お互い、たまにゃハメを外したくもなんだろ?」
「……ハメ?」
風が吹き、木が揺れる。隙間からのぞく月明りが、夜道に佇みこちらを振り返るクウハの姿をぼんやりと浮かび上がらせる。その口角は吊り上がり。その表情はとても蠱惑的に、水月を誘う。
「たまにゃ、外そうゼ。人の箍をヨ。」
ドクンと。混沌で初めて得た心臓ではない、もっと根底に眠る何かが跳ねた気がした。
●ここは〇〇への一本道か
『こちらの村は悪霊に呪われている。』
ちょっとばかし家畜に毒を盛ったり、村の連中、できれば女にじわじわと薬をキメさせてやったところで、旅の司祭を装ってそう言えば、田舎村の馬鹿な連中はその話を鵜呑みにして、嬉々として貢いでくる。
昔ヘマを踏んだ時にお偉い坊主に賜ったご高説やらそれっぽい祈りなんぞを適当に読み上げて、家畜は焼いて、薬漬けにした奴は一晩預かる。たっぷり楽しんだ上で、『強い悪魔がとりついている。これ以上苦しまないよう、退治してあげるしか。お嬢さんもわずかな理性でそれを望んでいます。家族を傷つけてしまう前に、と。」とか言ってやれば、涙ながらに向こうから「お願いします」とくるもんだ。後には何も残らねぇ。毒も薬も、もろとも焼いちまうんだからな。金も食いもんももらって、楽しめて、こんなに美味しいことはねぇ。
悪霊なんざ、いるわけねぇだろ。本当に怖ェのは生きた人間。悪いのは騙される弱いゴミ。
――そのはずだった。
「な、なんで……なんでオマエ、そんな平気な顔していられるんだ!!」
「あん? なんだ? オニーサン、まさか本物? つっても、見えるだけ、ッテ感じ?」
廃れた教会。神の彫像の前で情けなくも床を這う司祭服の男の前にいるのは、場に似つかわしくない飄々とした男一人。
けれど司祭服の男の目にはソレが映り込む。
目の前の男の周りに纏わりつく、尋常ならざる数の、この世ならざるモノが。
「く、くるな化け物! おい! 起きろ!! 仕事だぞ!!」
「……まったく、うるさいねェ。寝られやしないじゃないのさ。ったく。」
男の叫びで、扉の向こうから姿を見せたのは、女だった。
用心棒だろうか、腰には剣を下げている。その雰囲気から、こういった稼業は長いんだろうとは感じられるが。
(つっても、素人だろうしなぁ。あんま面白くなんねェかなぁ。)
などと思っていたクウハだったが。
「相手は二人、か。じゃあ、僕がこっちの女を請け負うから。クウハはそっちを頼むよ。」
スッと自分の横を通り抜けていく、顔なじみ。その横顔を見て自然口角が緩む。
(アァ、ご愁傷様だな、あのネーチャン。)
「こんばんは、お姉さん。僕が相手になるよ。」
(気づいてっかなぁ、鏡禍。オマエ、今めちゃくちゃいい顔してんゼ?)
●生きはよいよい
なんども繰り返される斬撃音。
狭い教会の中。長い得物を振り回せば、時折朽ちかけた椅子や柱を巻き込んで、あたりには鈍い破壊音が響く。
けれど。
「……なんで、なんでよ……」
荒れた息を整え、右手の震えを抑えるように左手をかぶせ、一度腰にためた剣を大きく振りかぶる。
「なんで死なないのよアンタ!!!」
振り下ろされる剣を、目の前の男は避けようともせず。袈裟斬りの一撃は”今回も”たしかに手ごたえがあった。
けれど、倒れない。
「……痛いなぁ。ひどいことするね。」
息が荒れるのは、繰り返し剣を振ったから。
手が震えるのも同じ。
そう自分に言い聞かせても、言い聞かせても。
目の前の現実が、それを否定する。
「なん、なのよ……知らないわよ、こんなの……」
部屋の隅では依頼主の男がさっきから「なにしてる! 早く殺せ!!」「俺を助けろ!!」とか喚いて煩いが、それどころじゃない。
目の前の男から目を逸らすことができない。逸らしたら、何か良くないことが起こる。
命の取り合いを生業にしてきた自分の勘がそう言っている。
「そ、そいつもオマエの仲間の悪霊か! 化け物め!!」
「いい加減うるさいね! 悪霊なんてのはアンタの詐欺の常套句だろうが!! 黙ってなさい、よ……」
荒唐無稽なことばかり喚く小物な依頼主のがなり声に苛立ちが募り、思わず一喝する。
その時、見てしまった。
いや、見れなかった。
教会のガラスに映る自分たちの姿。
そこにあるはずの。
鏡の中にいるはずの、目の前の男の姿が。
それは、つまり。
「……ヒッ……イヤァアア!!!?」
目の前の男は、ヒトではなかった。
多少は腕の立つ用心棒。そう自負していた。けれどそれは所詮、『ヒトの括り』でしかない。
まして、女はもう十分知っていたから。目の前の、いくら斬っても死なない男の異常性を。
大事な剣すら手放し、腰を抜かして、無様に後ずさる。そんな目の前の女に、鏡禍は一歩、また一歩、静かに歩みを進める。
「あれ? どうしたの? もう折れちゃったの? 剣はまだ折れてないのに。」
転がる剣を拾って。
手の中で遊ばせて。
くるりと、剣先を自分の胸に当て。
「ほら。よく狙ってごらんよ。無防備な相手を殺すなんて、簡単なことだろう?」
そう”微笑み”かける、鏡には映らない彼の姿。
女の一杯に開かれた瞳には、もしかしたらその”笑顔”が映っていたかもしれない。
●還りは怖い
「おぅおぅ、お楽しみだぁな。俺もあっちがよかったナァ。」
目の前では、折れた女を嬲る友人の姿。
すっかり静かになったのは、声を出したくても塞がれているからだろう。
じわじわと首を絞められる恐怖。
いたるところから垂れ流す体液と同じように溢れる感情は、そのまま衝動に身を委ねたくなるほどだ。
「っと、悪ィ悪ィ。仲間外れは寂しいよナァ? オニーサン。」
そう声をかけるクウハの足元には、すでに足を捥がれて息も絶え絶えな司祭服の男が。
気だるげに寄りかかる大振りな鎌が、差し込む月明りに照らされ、不気味に赤黒く光る。
刃から滴る雫が一滴、頬に垂れる。
ベロリと舌で舐めとれば。
「アー、やっぱ飲むなら女の血だよな。嫌、どうせなら……」
そう言いながら思い浮かべるのは、自身が『旦那』と呼ぶ主の姿。
けれど、その血を飲めば只ではすむまい。
正直、それでどうにかなったところでそれもまたいいんじゃないかと思う自分がいる。
むしろ、それで『旦那』が困るならそれもまた面白いんじゃないか。それくらい『旦那』が自分を気に掛けるのも悪くない。たとえ1番の眷属、『番』じゃなくても。
そんな歪んだ”愛情”とも言える感情が見え隠れする自分の内面に、けれど自嘲気味に「ハッ」と笑いが零れる。
せっかく鏡禍が楽しそうにしている様子につられてアガった気分も冷めるってもんだ。
「悪ィ。なんか白けたわ。あっちのネーさんもそろそろだろうし、仲良く送ってやるからヨ。」
「や、やめて……助けて……!!」
必死に懇願する男の瞳は、旨そうな感情で満たされている。
けれど、ひとたび『旦那』との蜜月を思い浮かべてしまえば、いまさら多少のご馳走くらいではなんとも食傷気味というもの。
「安心しろよ。あぶれモンのオマエのことも愛してくれる奴が、たーくさんいるからヨ。見えてるんだろ?」
視界の端で、仕事を終えた今日の相棒がこちらの様子をうかがっている。
こちらももう用は済んだとばかりに、出口へと歩き出す。
背にする礼拝堂には、もうすでに動かぬ女と、まもなく動かなくなるだろう男の「くるな……こないで、連れて行かないでくれぇええええ!!!」という叫びが木霊し、そして、静寂が訪れた。
●僕は。〇〇は。
幻想のとある都市。
自警団の詰め所の前に張り出された、お尋ね者の張り紙の中に、今日もそれは張り出されていた。
幻想の辺境の村々を点々としながら悪事を働いた偽悪魔祓いの男。
すでに当人がこの世にないとは、誰も知る由もなく。
その日、その紙の隣に、もう1枚の張り紙が張り出される。
金さえもらえばたとえ悪党であろうと雇われ、野党の手伝いだろうと用心棒だろうと請け負う、”赤髪の女”の手配書が。
依頼が達成され剥がされる日が来ることはないとも知らず。
――――――――
はじめは、また何か悪戯に付き合わされるのだろうと思っていた。
その内容も大方予想はついていた。
けれどあの夜の、久しぶりに”食べた”ヒトの恐怖は、想像していた以上にたまらなく甘美なものだった。
なにより、あの女。
『彼女』と同じ赤い髪に、思わず昂るモノがあった。
与えられる痛みなど不死の自分にとっては前菜でしかなく。
人外の妖の前に、自身の矮小さを知り、絶望するその瞬間。
そこへ流し込むさらなる恐怖。溢れる肉汁の如き旨み。
いたぶることで熟成されていくソレは、数日たった今でも、思い出しただけで喉をならしかねない。
あぁ、けれど。
けれど、足りない。
もしあれが、『彼女』だったなら。
震える手が。
荒い息遣いが。
絶望の一色に染まった瞳が。
そのすべてが、美しく、気高く、そして強い彼女によって生み出されたものであったとしたら。
それを生み出したのが、自分であったならば。
あぁ……アァ……。
……けれど、僕は彼女を愛している。
彼女を守りたい。
たとえ生きる時間が違っても。
ヒトと妖。相容れないモノがあったとしても。
願わくば。この獣性を彼女が一生知ることがないよう。
……あるいは。
〇〇は……。
――――――――
……難儀なモンだな、本当に。
普段優等生ぶってるお仲間に、たまにゃ軽い気分転換でも。そんくれェのつもりだったんだが、まさか、用心棒を雇ってるたァな。それも、女で、あの髪色とは。
悪ィなぁ。たきつけたわけじゃネェかんな?
……本当だゼ?