PandoraPartyProject

SS詳細

執着は切り捨てて

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣


 その日。依頼を探していたその日。
 口の中に溶けた甘みはこんぺいとうのもの。仕事をしないとこんぺいとうだって買えないのだから、そろそろ仕事を探しに来たというわけだ。
 しかし依頼というのは楽しくなくてはやりがいというものもない。それからそこそこ割の良いものでないとなおさらだ。
(うーん、微妙かな……)
 今日はだめか。ならば明日来ることにしてみようか、なんて逡巡して。
 ランドウェラの目に止まったのは割の良い依頼でもなくて、一風変わったありえない依頼でもなくて。
『貴方のお悩み全部切ります! ~縁切りならヴェルグリーズまで~』
 手書きらしいシンプルなポスターだった。
 概要は至ってシンプル。場所も時間も問わず訪れるので、縁を切る、ということらしい。
 なんてうさんくさいポスターだろう。うなずく。荒手の詐欺っぽい。
 けれどローレットの依頼板に貼ってあるのならばとりあえずはちゃんとしたものなのだろう。名前も聞いたことはある。たしか『世界で一番いい男』だとかなんとか。
(ふーむ、縁をねえ)
 ランドウェラはひとりそのポスターを眺める。子供が描いたようなイラストが添えられたポスターはいかにも怪しいのだが。
「ま、ものは試しかな」
 興味があったならば行ってみるのが良い。子供の情緒のまま行くことを決意する。
 切ってもらう縁にも検討がある。これならばきっと、誰にも迷惑をかけることはない。
「もしもし、これってヴェルグリーズさんの番号であってる?」
 思い立ったが吉日。練達の番号であろうその電話番号にコールをかけたのだった。


「で、君が縁を切ってくれるんだっけ。よろしく!」
「よろしく。俺はヴェルグリーズというよ」
「僕はランドウェラ、よろしくね!」
 なるほどこれは美青年。名前もそのまま、声も電話で聞いたままのおとこがランドウェラ指定の待ち合わせ場所へとやってくる。
 とはいってもカフェ、特に気負う要素もない。美味しいケーキと紅茶を頼んでおいたのだ。
「ふふ、よろしく。それにしても案外軽いんだね。もちろん切るのは、俺は構わないんだけど」
 紅茶に口をつけたヴェルグリーズは顔を上げて。
 ローレット経由で知り合った二人。ランドウェラの情報は予め聞いてある。
(にしても故郷との縁を切りたいだなんて)
 変わっていると思う。
 混沌にて生まれ育ったならばまだしも、旅人である彼が自ら故郷との縁を手放すのだから。
 これまでの主の中にも過去との未練を断ち切ろうとしていた主は居たから驚きは少なかったけれど、帰れるかもしれない元の世界とのよすがを断ち切るのは半ばアイデンティティの喪失に近いような気もして。
 ともあれ本人が納得しているのであればモノであるヴェルグリーズが干渉する理由も咎める理由もないのだけれど。
「本当に、いいのかい?」
 とやかくいう理由はないはずなのに、気にしてしまうのは。
 きっと今日までに出会った人々の想いがヴェルグリーズを形成しているから。これまでにない変化だとも、思っている。
「うん? なんで?」
「元の世界とのつながりを断ってしまうということは、縁も切れてしまうということなんだ」
「うん」
「これまでに抱いた感情も、想いも消えてしまう。踏み込んで言うなら執着や帰りたいという思いを抱くこともなくなってしまうんだ」
「……うん、そうだね」
「それでも、平気かい?」
「うん! だいじょーぶ、ありがとうありがとう。心配してくれたんだね」
「まぁ、一応はね」
 あまりにもあっけらかんとした態度。それがランドウェラのスタンスなのであろうと一人合点して。
 であるならば、と己に概念の付与を始める。全てとの縁を断ち切る切断の概念。
 一方のランドウェラはヴェルグリーズを眺めながらぼんやりと物思いに耽る。世界とのつながりを切る、とは。どういうことなのかさっぱり検討もつかない。
 混沌に来てから色々な体験をしたけれど、まさかこれまでに居た世界とのつながりを断ち切ってしまうとは一体どういう感覚なのだろうか。
(未練はない。未練はないはずなんだけどなー)
 今は帰れるかもわからない状況。そして帰りたいとも思ってない。
 だったら斬っても大丈夫なはず。それに場所との縁であり人との縁ではないから良い。多分。何もわかっていないがいいのだ。
「よし、準備ができた。はじめても構わないかい?」
「うん、よろしく頼むよ」
 風が冷たいような気がした。
 己の手に手のひらを重ねるように促したヴェルグリーズ。それに従って、ランドウェラも手のひらを重ねて。
 冷たいのに温かい。不思議な心地だ。
 ヴェルグリーズが糸を手で切るような動作をした。まるで刃のように。
 するとどうだろう。あれだけ頭を悩ませていたこころも、気持ちも、すべてがふと消えたのだ。
(故郷……うーん)
 あれだけ気がかりだったのに。なんて他人事。
「切れたのかー……どこも変わった感じはしないがそういうものか」
「うん、そういうひとが多いね。あまり変わった感じはしないと思うけど、徐々に感じていくんじゃないかな」
「ほほう。流石はローレットで依頼人を探すだけのことはあるね」
「まぁ、長いからね。沢山の人の縁を切ってきたからね」
「そっか。まぁしばらくは変化を楽しむことにしよう」
 紅茶を一口。甘い。
 そういえば、と言いかけたような気がして。でもそれはどうでもよかった気がして。
 少しずつゆるやかに消えていく大切だった何か。恐ろしいものだ。
「お礼になるかはわからないが今度食事に行こう」
「いいのかい? それじゃあお言葉に甘えて」
「依頼を受けてくれたわけだしね、大したものじゃなくて悪いけど」
「いや、縁を紡ぐのはいいことだしね。俺としては断る理由もないよ」
「おっけー。じゃあいつが空いてる? また予定を調整しないと」
「あ、そうだね。ええと……少し予定を確認してもいいかい?」
「うんうん。いろんな都合があるもんね。依頼の帰りとかでもいいし」
「あ、そうだね。となると……うーん、このあたりとか?」
「お、じゃあそこにしようか。僕もちょうどあいてた!」
 穏やかな談笑は夏のはじまりにふさわしい軽さ。
 背負っていた重みを捨てたのならばあたらしい日々がやってくるだろう。
 きっともう戻ることはないだろう。あの世界に。だけどそんなこともうどうだって構わない。
 今のランドウェラにとってのいちばん大事なものは己と、この世界の平穏と、それからこんぺいとうくらいのものなのだ。
 動かした右手がわずかに痛む。けれど、そんなこともどうだっていい。少なくとも、それを気にしなければならないほどの理由と執着は、すでにランドウェラの中から消えていた過去の縁になったからなのだった。

  • 執着は切り捨てて完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月25日
  • ・ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788
    ・ヴェルグリーズ(p3p008566

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