SS詳細
カジキマグロはよけて。
登場人物一覧
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お化け屋敷にも色々ある。幻想ならば没落貴族の屋敷。カムイグラなら廃城。練達ならば廃病院。再現性東京にやたらとある建売住宅的なものもオツである。
「そして、これもまた一興。廃遊園地~」
という名の原っぱである。何もない。今は。
かつては、メリーゴーラウンドローラーコースター落下傘タワーに回転ブランコ。
密集建築の代名詞。ここを作った設計技師にはジェンガの才能があったに違いない。メリーゴーラウンドの屋根すれすれを通るローラーコースターのレール。カーブの中で落下傘が自由落下を繰り返し、そのワイヤーぎりぎりをブランコがかすめ飛んでいく。
全てが計算され尽くし、それだからこそ担保される安全。乗り物のスリルと立地のスリル。客たちは積み重ねられたスリルを楽しんだ。自分が当たるとは思えないロシアンルーレットの引き金を引くように。
だから、計算外の事態に破綻すれば取り返しがつかない。
長い年月。設計技師も世を去って久しく、「どうしてそうなのか」という説明も散逸し、人は新たな要素を付与し始める。スピードアップ! ゴンドラ大容量! メリーゴーランドに新たなデコラディブ! 落下傘の素材はピカピカ光る新素材! 無秩序に積み上げられるディスプレイ。安全は神話と化し、誰も地獄の釜の上でタップダンスしている自覚はない。
そして、ある日。いつもよりちょっぴり速いコースターがいつもより風をはらむ落下傘に引っかかり布を巻き込み不自然に減速、こぼれるお客。いつもなら通り過ぎているタイミングにブランコのゴンドラが衝突。コースからぶっ飛んでいくコースター。吹っ飛んだゴンドラは客をボロボロ落としながらメリーゴーラウンドの上に着陸。メリーゴーラウンドはペッちゃんこ。
そんなことがあった野原を二人は歩いている。
刻々と七色に輝くカジキマグロと胴の長い猫。食物連鎖が発生の懸念。着ぐるみのナカノヒトの理性が捕食を始めたら、その着ぐるみは呪いのアイテム。討伐対象認定必須。ローレットに連絡取らなきゃ。
ランドウェラ=ロード=ロウス (p3p000788)が手に盛った刀を握りなおすたびに肉球がかわいい音を立てる。白ベースでゲーミング七色に光るので、ハレーションがとんでもない。さらさら黒髪付きの猫ぬい。胴が長い。明らかにナカノヒト的にそこは脚だろというところまで胴。サルエルパンツ的縫製。なぜそうした可愛いからなら仕方ないな。
「――なんでカジキマグロ?」
「え」
ランドウェラの問いにアーマデル・アル・アマル (p3p008599)はまごついた。なぜ、今。
「なんか鼻? 長いし。邪魔じゃない?」
ランドウェラがツッコミに回る程度に動きづらそうだ。胴の長い猫の比ではない。
アーマデルは、小さく唸った。
今回は「廃遊園地から聞こえてくる不審な音の原因を、できれば処置。無理なら威力偵察」というあの情報屋から回ってくる内では比較的まっとうな内容だ。「遊園地のキャストと認識されないと危険なので、着ぐるみ着用が前提」というのが付いていなければ。
どんな着ぐるみがいいかと聞かれた時、反射で答えたのが「カジキマグロ」だったのだ。
「恋人の領地の名物……が、カジキマグロ畑で」
そも、カジキマグロは畑で採れるものだろうか。
「それで、俺の領地――隣にあるから――にも、カラフルに光るカジキマグロが出たことがあって――ほら、遊園地向けになるべく派手な動物って言われたから――」
ゲーミングカジキマグロ。
「そっか。わかった」
「なら、よかった」
ツッコミ不在。潜入威力偵察。場合によっては討伐。状況がひっ迫するなら華麗な逃走が必要なのだ。胸ビレがショルダーパーツ。マーメイドライン強調してる場合じゃない。だが、この手の専門家のアーマデル的には問題ないのかもしれない。と、ランドウェラは考えることをやめた。
「――そろそろだな」
アーマデルが言う。時計を見る手を振り上げないと見えない着ぐるみ。とっさに動けないならば迅速な判断がモノを言う。
ぎゃはははははは!
濁った歓声が上がった。
何も入原っぱが突然遊園地になる。点滅するイルミネーション。魔導灯。くりぬいた魔獣の目玉、海の底から拾われた貝の殻。
ぶひぃ~こびぶひ~こと空気が漏れた自動手風琴が断末魔の悲鳴。
『……さんあい……のおどこの……お……ぁざんが……』
ノイズ交じりの園内放送がもはや探す者とてない迷子の呼び出しを連呼する。
ふいに頭上からゴロゴロゴロゴロと低音が響く。
ある訳がない歪みひしゃげねじれたレールの上をコースターが爆走している。
「着ぐるみで仲間扱いされてる――けど、この位置だとぶっ飛んでくる」
アーマデルは真面目に解説した。
「避けるとまずい?」
「避けたら、仲間認定消滅だな。そのまま離脱して援軍を呼んでもいい」
様子見なら問題ない。むしろ、情報を抱いたまま未帰還が一番よろしくない。情報屋が『いや~、様子見送ったんだけど帰ってこなくって~。ついでに回収してほしいかなって』と苦笑いするアレだ。生きてれば救助。死んでれば以外せめて遺品の回収だ。二人の場合オーダーメイドの着ぐるみが個人特定の決め手となる。
「倒すなら?」
「避けてる場合じゃないな。踏みとどまってぶっ放すのがランドウェラ殿の間合いだ。俺は見えてるから、突っ込んでぶっ飛ばす。俺の至近を爆心にしつつ俺は外すのはできるだろ」
見えないランドウェラがナニカを倒すなら、空間ごと攻撃するより他はない。
「今から降り注いでくるのは全部過去の再現だ。でも、現実だと誤認すると体はダメージを引き起こす」
そこにそれがあると見立てて結果を得るのが魔術の根幹。生物の仕様。ウォーカーとて召喚されてこの世界に再構成されている以上は例外ではない。
「同調するな。人はもう誰も助けられないし、何にも干渉できない」
見えるもの、聞こえるもの、血の臭いも火の熱さも人の悲鳴も助けてと服を握ってくる小さな手もすべて過ぎ去ったもの。今はないもの。ランドウェラが干渉してはならないもの。
「何も見えなくても、俺が斬りかかった所に。その隙に俺は離脱するから。後はみんな押し潰してくれ」
全てに心を閉ざし、目を背けて、自分めがけて敵を撃て。
「――この間の海では何も教えてくれなかったけど、今度は色々言ってくれるんだね」
アーマデルは怪訝そうな顔をした。
「あの時は遊びに行ってたまたま遭遇した。知らなくて構わない。でも、今日は仕事だから」
ランドウェラは、知らなくちゃならない。
「何がいるの」
「何がいるというか、ずっと事故が起こり続けてるんだよ。オルゴールみたいに。終わったらまた最初から」
アーマデルが、じゃあ。と言って走り出した。
ローラコースターに落下傘、ブランコがぶつかりゴンドラがアーマデルの体をすり抜ける。アーマデルは上手にこの世とあの世の区別をつけていた。
そして、アーマデルの一撃が呼び込む遊園地の騒音をかき消すどこかの英霊の絶叫。
胴が長い猫はカジキマグロは丁寧に避けて術を解き放った。赤い嵐が何もかもをなぎ倒す。その中をカジキマグロが戻ってくる。
そしてほどなく、鉄の星が廃遊園地に降り注ぐ。ここには誰もいない。野原からもう歓声は聞こえない。
カジキマグロは思ったより早かったな。と、胴が長い猫は思った。