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月と木漏れ日と金平糖
登場人物一覧
ふらりふらり、あてもなくランドウェラは夜の町を歩いていた。強いて言うなら散歩だろうか、とはいえ目的がないことには変わりがない。暗くはないが辺りは人気もなく、風の音と虫の声がよく聞こえるぐらい静かだ。
帰ろうか、そう思ったとき公園のベンチが一つだけ明るくなっているのを見つけた。まさにその場所だけ夜を忘れてしまったかのような暖かい光。興味を持ったランドウェラが近づいてしまうのは当然といえた。そしてそこにいたのは……。
「おや、オデットじゃないか」
「あら?」
ランドウェラの知り合いであるオデットだった。といっても過去に何度かローレットの依頼で一緒に仕事をしたぐらいでそれもいくらか昔だ。少なくとも年単位で昔である。声をかけられたオデットは驚いたようにパチパチと瞬きしてから誰かわかったらしく、ニコリと笑みを浮かべた。
「もしかしてランドウェラ?」
「そうだよ、会うのは久々な気がする。元気にしてたかい?」
「えぇ、もちろんよ。あなたも元気そうで何よりだわ」
よかったら、とベンチの開いてる部分を叩かれてランドウェラは隣に座る。すると暖かい陽光が体を包んだ。オデットの翼から放たれているその光は、二人の座るベンチを昼下がりの時間に連れて来ていた。
お昼ご飯を食べて、のんびりベンチで一休み。周囲では公園で遊ぶ子供たちやそれを見守る大人の声が聞こえてくる。なんて、目を閉じればそんな情景が思い浮かぶのに、再び目を開けばそんなこともなく真っ暗でがらんとした公園が広がるばかり。
「それならよかった」
と言いながらも、不思議だなぁとオデットと光る翼と公園を見比べる。なんだかその様子が未知のものを見つけた子供のように面白く映った。
「こんなところで何をしてたの?」
「ああ、月を見ていたのよ」
見上げるオデットに合わせるようにランドウェラも顔を上にあげた。白くて丸いいつもより大きな月がそこにあった。小学生のような身長のオデットと見た目だけなら大人な身長のランドウェラが並んで座り、空を見上げているのはなんだか不思議な光景だ。通りがかる人がいれば親子? それとも刀を持っているし護衛か何か? と首でもかしげたかもしれない。実際のところは仕事仲間だし年齢的に言えばオデットのほうがかなり年上ではあるのだが。
「月が綺麗だねぇ」
思ったままを口に出すとオデットが顔を動かすような気配があって、一瞬の間。
「そうね、でも私は太陽のほうが好きよ」
「そうなの?」
パタパタと今度は背後で翼の動く気配がする。動くたびにわずかな風と暖かい風が頬をくすぐった。
「だって私は木漏れ日の妖精だもの、近しい光のが好きだわ」
「そういうものなんだ」
納得したようなよくわからないような。月は太陽の光で輝いてるってどこかの図鑑に書いてあったような気もするけど、実際のところはわからない。もし図鑑の言うとおりだったのなら月だって変わらないんじゃないか? と思うのだけど彼女的には違うらしかった。
「こんぺいとう食べる?」
しばらく月を眺めてからついと金平糖の入った小瓶を取り出してランドウェラが問うた。甘いものは嫌いじゃないからと頷いたオデットの手の上に小さな金平糖が転がり出る。
白、白、黄色、赤、白、青。
「なんだかお星さまみたいね。ちょうどよかったわ」
「ちょうどいい?」
微笑んだままオデットは手のひらの金平糖を空へ掲げた。その先には真ん丸のお月様。
「今日はすごく月が明るいからお星さまが全然なかったの。お月様が一人でなんだか寂しそうね、って思ってたのよ」
言われて再び視線を月へと動かす。なるほど確かに、先ほどは月しか気にしていなかったから気づかなかったが、月は綺麗に輝いているもののその周辺には何も見えない。いくらか離れた場所でようやく星たちが小さくその存在を主張しているぐらいだ。煌びやかさに負けた星たちが月から逃げ、離れてしまったようにも見える。『お月様が寂しそう』というのも頷ける光景だった。
だがそこに金平糖をかざしてみるとどうだろう。色とりどりの砂糖の星が月の周りにやってきた。にぎやかで楽しそうな月の光景に変わっていく。
「なんだかいいね。こんぺいとうもいつもよりキラキラしてるみたい」
ぱくりと口に入れた金平糖はいつもより甘い気がして、コロコロと口の中で踊る。投げ上げて口でキャッチすれば流れ星を食べているみたいだ。ぱくぱくと器用に金平糖を投げ上げては食べるオデットを真似ようとして、右手……では難しかったので左手で金平糖を投げ上げる。
「あっ」
が、それはこつんとランドウェラのおでこに着地した。
しばらくお月見と月見団子代わりの金平糖を食べて、気が付けばランドウェラの取り出した小瓶は空になっていた。食べ終わってしまうのは残念なのだが、それに加えて今回は寂しい気持ちがする。だから、というわけではないのだろうか不意に思い立って食べ終わって空になった金平糖の空き瓶を空にかざしてみた。ちょうど丸いお月様が瓶の中央に入って金平糖の代わりになったようだ。
「月を閉じ込めたみたいで面白くないか?」
どう? とあまりにもランドウェラが楽し気に見せてくるものだから、つられて覗き込んだオデットもつい笑ってしまった。時折見せる子供っぽい無邪気さがオデットには愛らしく感じて好ましく映る。
「あら、いいわね。このまま持ちかえりたいぐらいだわ」
そういえば……と思い出したようにオデットが続ける。
「ところで知ってた? 月が綺麗ですねって『愛してる』って告白の意味があるのよ」
「へぇ、そんな意味があるんだ」
一つ勉強になったなぁと頷いているとふと思い当たった。つい先ほど自分が月を見て言った言葉はほぼ同じことを言っているのではないだろうか。あの時、一瞬だけ間があったことを思い出して、あれはこのことを考えていたのかと気づく。
「……あれ、僕、似た言葉を発しちゃってないか???」
全然そんなつもりはなく、普通に月を綺麗だと思っただけなのに、どうしようと慌てるランドウェラ。それを見てオデットはくすくす笑った。
「大丈夫、あなたにそんなつもりがないことぐらいわかるわよ」
「よかった。それにしても月をほめるのって難しいんだね……」
「それは……」
好きなら好きって言えばいい、とはオデットも思うところなので素直に褒めたと思ったら勘違いされてた、という事態は確かに面倒くさい話ではある。とはいえ、素直になれない乙女心というのもさんざん経験しているのでわかるのが難しいところだ。
「月って言うより恋が難しいのよ」
「恋なのかい?」
「そうよ、恋」
唇に指を当ててオデットは微笑んだ。
気持ちを素直に伝えるのが難しい、だから他の物の力を借りたくなる。その一つが『月が綺麗ですね』という言葉であり、月という存在なのだ。
ピンとこないならそれでもいいわ、と首を傾げたランドウェラを見てから続けたオデットはコロコロと笑った。
「じゃあ私そろそろ行くわね。金平糖ごちそうさま」
ふわりと重力なんて無いように浮き上がり手を振ってオデットは飛び去っていった。バイバイ、とこちらも手を振って見送る。その翼はやっぱり明るい光を放ったままで、月や星とは違う輝きに『太陽のほうが好き』と言ったオデットの気持ちがちょっとだけ分かったような気がするのだった。