PandoraPartyProject

SS詳細

ザクロの記憶。或いは、ジュアン・ダウンの姦計…。

登場人物一覧

セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
セレマ オード クロウリーの関係者
→ イラスト

●ザクロの果実
 海洋のどこか、とある港の小さな街。
 雨の降る夜のことである。
 黒い帽子の若い女が、裏路地の入口に立っていた。
「やぁ、そこの美少年……お姉さんと少し遊んでいかないかい?」
 肌に張り付く薄絹と、鼻腔を擽る甘い香水の匂い、口元に怪しい笑みを浮かべて彼女が声をかけたのは、青い髪に陰鬱な表情を浮かべた1人の少年だった。
 美少年……セレマ オード クロウリー(p3p007790)は、つまらなそうな顔をして女の顔をジロリと一瞥。少々不躾な態度のようにも思えるが、そもそも見知らぬ赤の他人にいきなり声をかけて来たような相手である。
 多少の無礼も許されるというものだ。
「線は細く、肌は白く滑らか……でも、その険のある眼差しはいただけないな。お姉さんに声をかけられたのなら、笑顔で愛想を振りまくものだよ。そうすればきっと、素敵なご褒美が貰えるかもしれない」
 くすり、と笑んで女は煙管を唇に挟んだ。
 一口、紫煙を燻らせてそっと煙管をセレマの方へと差し出してみせる。
「煙管の雨が降るようだ……と? 生憎だが興味が無いんだ。他をあたると良い」
「んー、つれないねぇ。上物のザクロ酒もあるんだけど、少しだけでもどうかな? 何だったら、少し負けてあげてもいいよ?」
 ピタリ、とセレマが動きを止めた。
 元より陰鬱な瞳に、僅かに怒りと恐怖の色が滲む。
「ちょっと? どうかしたのかな? ザクロ酒は嫌い?」
 女が問うた。
「……あぁ、大嫌いだね」
 セレマは吐き捨てるように、短い言葉を投げ返す。
 それっきり、セレマは女に一切の興味を失ったのか……呼び止める声に耳も貸さず、人混みの中へと消えていく。

●いつかの過去
 数十年ほど昔のことだ。
 波の音が心地よい、静かな夜の話である。
 金の燭台に突き立てられた蝋燭が、優しい灯をテーブルに落とす。精緻な刺繍が施されたテーブルクロスに、数枚の紙を投げ出してセレマは「ふん」と鼻を鳴らした。
 土地の権利書。
 遺産相続についての遺言。
 貸金庫の管理表に、高価な素材の引き換え証書。
 どれもセレマが、口先三寸で手に入れたものだ。
 そして、そのどれもがセレマの師、ジュアン・ダウンが求めたものである。
「もっとも、既にどれも必要とはしていないようだが」
 溜め息を零して、セレマはテーブルの中央へと手を伸ばす。籠の中からセレマが取り出したのは、艶々とした赤い林檎だ。
 数瞬、林檎を眺めたセレマはそれを籠の中へと戻す。
「あら? 食べないの?」
 その様子を見ていたのだろう。
 ドアを開け放った姿勢のままで、金の髪をした豪奢な女……ジュアン・ダウンがそう問うた。
 セレマはそれに気づいただろう。師との付き合いもそれなりに長い。これ見よがしに置かれた林檎が、彼女の悪戯によるものだと理解した。
「アンタが用意した林檎だろう? 何の裏も無いと見る程度の目と脳みそなら、ボクは今頃、そこらの路傍で無残な屍を晒していることだろうさ」
 セレマの回答は、きっとジュアンにとって満足のいくものだったのだろう。
 にぃ、と笑みを深くして、堪えきれないという風にくっくと肩を揺らして笑う。
「別に無残な屍を晒すような結果にはならないわ。ちょっとだけ……ちょっとだけ、知性と理性を失うだけよ。素っ裸になって、笑い狂いながら往来を駆けるセレマの姿を見れば、きっと数年は笑って過ごせそうだったのに」
「……性質が悪いな。どこで仕入れた?」
「古の賢人が実を付けたから、朝のうちに採って来たのよ」
「“知恵の実”か。森羅万象を知る代わりに、やがて生きながらにして樹になるとかいう……実在するとは思わなかった」
 籠ごと林檎を遠ざけながら、セレマは問うた。
 林檎を口にする気は無いが、その由来と魔術的な効能に関しては興味が尽きない。
「本物かどうかは私にだって分からないよ。いかなる知識を得ようとも、気をおかしくして樹になったんじゃ意味が無いものね」
 知識を得たからといって、それを言葉や技術・文化という形でアウトプット出来ないのなら意味が無い。賢者と愚者は紙一重という例えもあるが、“賢者らしく”振舞えないのなら、傍から見れば救いようのない愚者と同じだ。
「この林檎はどうするつもりだ?」
「昨日、訪ねて来た娘がいただろう? 私の弟子になりたいとか言っていたあの娘だ。弟子入りのお祝いに、彼女に食べさせてあげよう。林檎1つで森羅万象を知るというなら、そこにある全部を口にすれば、一体どれだけのものを手に入れられるのかな?」
 林檎1つで負うリスクを考えれば、2つ以上を口にするなどまさに愚行の極みと言える。
 惨い真似をする。
 セレマは内心で舌打ちを零すが、わざわざそれを舌に乗せることはしない。まずもって、弟子入り希望の愚か者など、セレマにとってはどうでもいいのだ。ことさら冷遇する気も無いが、だからといって親切にしてやる義理も無い。
 その娘の自由意思による、自身の意思による選択。その結果がどうなったとしても、セレマには関りの無いことだ。
 1人で生きて、1人で死ぬ。
 どこかの国の「人」という文字は、自立する人間の姿を現しているという。
「まぁ、ちょっとした悪戯だからね。林檎のことはもうどうだっていいんだよ。それよりも、今から時間はあるかな? 私の部屋で夕食としよう」
 
 ザクロの酒に、血の滴るようなステーキ、カンタリデスのフリット、それからナンテンとシナモンのサラダと、バニラビーンズを混ぜたパン。
 デザートには、最近になって市場に出回るようになったというチョコレートいう名の菓子。
 珍しい食材が手に入ったので、宿の料理人に調理させたとジュアンは言った。一流の料理人が手を加えただけあって味はいい。
「さっきの林檎とは違って、こちらの料理には警戒なく手を付けるのね」
 ワインを一口、喉へと流してジュアンは言った。
 セレマは口角を吊り上げて、空いたジュアンのグラスへ酒を注ぐ。
「これは勘と経験則だが、何となく問題ないと判断した。問題があるのなら食後だな。食事の途中から、アンタの目つきが明らかに変わった」
 詐欺師として経験を積んだセレマにとって、師であるジュアンの言動が罠かどうかを判断する程度のことは大した労にもならないようだ。
 それでも、現時点においてはまだ、ジュアンの方が上手らしい。幾重にも罠を張ったうえで、数十の分岐を視野に入れ、数百は先の手さえも読んでいるかのような手管には手を焼かされる。
 だが、セレマが“駒”として優秀でいる限り。
 或いは、ジュアンが“飽きる”までの間であれば、騙されたとしてもそう酷い結果にはならないだろうと踏んでいる。
 自身が優秀であることに間違いは無い。
 後は、ジュアンが飽きたかどうか……その判断さえ見誤らなければいい。
「そう。それは何より。いい弟子を持って、私は幸せ者だよ」
「白々しいことを言う。“弟子の性能”がアンタの幸せに繋がらないことは明白だ」
「そうかな? しかし“弟子の愚かさ”に、私は幸せを覚えることが多々あるよ」
 なんて、言って。
 ジュアンは酒のボトルを取った。
 ザクロの酒だ。ラベルの説明書きに目を通しながら、ジュアンはくっくと肩を揺らす。
「例えば、そうね……"耳長の別荘に呼ばれる"という言葉を知っているかい?」
 意地の悪い眼差しで、ジュアンはセレマの目を覗き込む。
 何を試しているつもりか。
 くだらない、と口の中で吐き捨ててセレナは答えを口にする。
「"耳長"とは幻想種…ひいては田舎者を指す言葉だ。その慣用句の意味するところは2つ」
 ひとつは『田舎者が都会の人間を誘って、満足できるようにもてなせれば一人前』という古い風習を指示する言葉。
 もうひとつは『素性の知れない田舎者に誘われることは、誘拐を意味する』という余所者に対する警戒を意味する言葉。
 セレマの答えを聞いたジュアンは、つまらなそうに目を細め、これ見よがしに溜め息を零した。
「教科書通りのつまらない回答だね」
「気の利いた答えが欲しいのなら、そこらの吟遊詩人にでも声をかけるといい。酒の一杯でも奢ってやれば、きっと上機嫌で答えを返してくれる」
 苛立ち混じりにそう言って、セレマは暫し思案した。
 ジュアンの問いは、食事の途中に挟まれる歓談の1つであるだろう。しかし、ジュアンが何の意味も無く、そのような問いを口にするとも思えない。
「……じゃあ、お前ならどう答えるんだ?」
 セレマは問うた。
 ジュアンは、にぃと口角をあげる。
 その問いを待っていたのだと、まるでそう言うかのように。

「なら教えてあげよう。そもそもその言葉には3つ目の意味がある。なぜこの言葉がわざわざ"耳長"という幻想種を指示しているか考えて見ろ」
 嗤いを堪えるかのように、ジュアンは指を立てて“問い”を重ねた。
 思案を重ねたセレマだが、問いの意味が分からない。
 幻想種だろうと、海種だろうと、飛行種だろうと、田舎者は田舎者だ。
「……わからない。売り飛ばせば金になるということか?」
 だろうね、と。
 ジュアンは内心でほくそ笑む。
「惜しいな。それは幻想種の特徴をとらえてはいるが、ずれている。それとも敢えてずらしているのか?」
 そう言ってジュアンは、何を思ったか突然にテーブル上の皿を片手で薙いだ。
 食器が床に散らばった。
 割れたボトルから酒が零れ、濃いザクロの芳香が部屋に満ちる。
 ジュアンは笑う。
 くすくすと、笑い声が途切れない。
「何を……」
 その先の言葉は、ジュアンの指に遮られた。
 セレマの唇を指で塞いで、ジュアンはセレマの肩を押す。甘い吐息に脳が痺れる。心臓の鼓動が速くなる。
 おかしい、と。
 そう思った時には既に手遅れで。
 例えるのなら、蜘蛛の巣に絡めとられた蝶と言ったところか。
 口内に香るザクロの風味を掻き消すように、セレマは唇を噛み切った。

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