PandoraPartyProject

SS詳細

切っても切れぬ縁の先

登場人物一覧

ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルーキス・グリムゲルデの関係者
→ イラスト

 天義のどこかにある場所──密教集団『ウィーティス』の本部。中でも奥まった部屋で2人の女がグラスを手にぽつぽつと言葉を交わしあっていた。
「──それで。今はここの教祖様、だっけ?」
 ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)の確認とも言える問いかけにワイングラスを傾けた女──サマエルが首肯する。
「意外、という顔だな? 左目よ」
「だってガラにもないことしてるからさ」
 当たり前だろう、というように肩を竦めるルーキス。元が『魔』であり『神』でもある彼女は、決して人を正しく導くといった性質ではない。むしろ人々を翻弄し、弄び、堕とすようなそれだろう。
「気が付けばこうなっていたのでな」
 始まりはほんの小さな、偶然の出来事だった。ルーキス同様に混沌の世界へ流れつき、何者かに追われる騎士と遭遇したのだ。思えばあの追手は清廉潔白であれとする天義の者だったのだろうが、サマエルはその追手から騎士を匿ったのである。
 何者かから追われる騎士と、その騎士を捕らえんとせん追手。──邪魔をしたら面白いことが起こる予感がしたのだ。
 その結果、サマエルの持つカリスマと巧みな弁舌によって彼女の信徒は増えた。厳しい規律に嫌気のさした者、故あって嘘を重ねざるを得なかった者──天義で居場所を失くした、それでも天義から出ることの叶わない者たちがサマエルの元へ集ったのだ。
 天義より弾き出された者の集まり。そして教祖は魔神。尊重されるは規律や信仰ではなく自由であり、主観的な価値観の正義も嘘も許される。密教集団『ウィーティス』はかの白き国にとって深淵の如き闇に染まって見えるのだろう。
「天義がいつまでも黙っているとは思えないけど」
 グラスを傾けながらルーキスは呟き、中に満たされていた液体を口に含む。これはサマエルの信徒より貢がれたものらしい。聞けば彼女の身に着ける宝飾類も、全てがこの葡萄酒と同様に貢がれたものであるとか。
 宝飾類へ視線を向けると同時、金色の隻眼とも視線が合う。ワイングラスから手を放し、その瞳はす、と眇められた。
「左目、汝の言う通り……何時か『その時』は来る。不穏分子である妾らを、この国は放っておかぬだろう」
 だが、と続けたサマエルは楽し気に笑った。その笑みは告げている──この女神は今という状況を楽しんでいるのだ、と。
 血眼になってウィーティスと教祖を探す天義。それをのらりくらりと躱すサマエル。少しずつ信徒は天義の手にかかっているが──あるいはサマエルの元より逃げ出したのかもしれないが、それを問うような集団ではない──それでも増え続けていると言えるほどに信徒となる者は多く訪れる。それは同時に、天義の思想から離れる者が増えているということで。
「どちらがチェックメイトを告げるのか、それはまだ決まっていない」
 サマエルを断罪できれば天義の勝ち。その前にこの国の根底が変わろうとし、変わっていくのならサマエルの勝ち。負ければ命はないだろうが、ならば命を失っても惜しくないほどの面白い展開があれば良い。死を望まぬのは、これまで以上に面白い先を望む時だ。

「──時に、左目よ」

 サマエルの瞳が楽し気な色を宿し、ルーキスを見る。何を問いたいのか察しがつくルーキスは深いため息を隠せるはずもなく。
「河のほとりで共にいたあの男だが」
 ああやっぱりその話題か。
「随分と、面白いことになっているようだな?」
 きらきらと楽し気に、愉し気に笑みを浮かべるサマエル。ルーキスが彼女のことを意外だと感じたように、彼女もまたルーキスのことを意外に感じ──そしてそんな予想外の状況が面白くて仕方がない。
 過去を知っていれば、そんな未来が来るとは露ほどにも思っていなかったのだから。



 ──嗚呼、つまらない。
 混沌(カオス・ケイオス)ではないその世界で、ソレはひどく窮屈に感じていた。混沌ほどでないにしろこの世界は色々なものが混じりあっていて、神霊や妖精、悪魔、他世界の住人も当たり前にいる空間だった。
 種族が多ければ多いほど、意思を持つものが多ければ多いほど一枚岩とはならないもので。混雑としたこの世界でソレは、過度な干渉をしないようにと神々より封じられていた。
 ──つまらない。つまらない。
 全く干渉できないわけではないけれど、その程度はソレが満足するには程遠い。そんな世界そのものにソレは飽いてしまっていた。そんな飢餓を埋めるように、その人物との邂逅は果たされたのだ。

 この世界において科学やテクノロジーといった分野は、混沌より──というよりも、練達と比べ──遥かに劣っている。ある世界の旅人(ウォーカー)ならば中世のようだ、と表現したことだろう。
 その代わりとでも言うように魔術は多種多様に発達しており、その人物は軍属の魔術師だった。名家の出だったその者は特に召喚師として、そして呪具の作成という面で非常に優秀で──非凡すぎるほどに、非凡だったのだ。
 飛びぬけたそれには羨望、憧憬ばかりが集まるわけではない。むしろそれよりも多いのは嫉妬や疎外といった負の感情。非凡なる者に1対1では勝てないかもしれないが、同じ心持ちの者が集まれば話は違う。

 手を下したのは軍部だった。傍からは家系諸共事故に見せかけられ、そうとはわからないものであったが。それでも本人たちは気づくのだ。死の間際に。逃げる間際に。これは事故ではなく『嵌められた』のだということを。
 ソレがその人物と邂逅を果たしたのは、その後。復讐をするのだと言う人物に、ソレは分身を作り『復讐を見届けること』と役目を与えて付いていかせることにした。
 その人物は──いいや、人であることをやめてしまった半人半魔は軍部を潰した。指示を下した者、賛同した者、賛同せずとも何も言わなかった者、その作戦を実行した者、作戦を知っていた者──事故に見せかけたそれに関与していた全ての人間を殺し、軍としての機能ができなくなるまでに叩きのめした。
 だが復讐を終えて、元通りになるものは何もない。時間は一方通行に過ぎ去っていくのみで、過去を変えることができようはずもないのだから。
 当然、半人半魔から人へ戻れるはずもなく。自らの家を再興できるはずもなく。異端審問官や残っている軍の追手に追われながら旅に出ることとなった。
 人になりきれず、魔にもなりきれなかった半端者。または、爪弾きにされた者と言うべきか。どこへ行っても1人きりで、本人もおそらく仕方ないと諦めているところもあっただろう。大きな結界によって守られた町には人ばかりがいて、その外には常に暴れる人ならざるモノがいる。
 居場所はなく、居場所となる人もなく、ただただ旅を続けていた──そして混沌へと招かれた。



 そこから何があったのかサマエルは知らない。自らの左目を与えたこの半人半魔は、再開した時には傍らに男を連れていた。その時の様子を思い出せば、思わず頬も緩むというもので。くっくっくと笑いだすと冷たい視線が向けられるものの、残念ながらツボに嵌ってしまったようだ。
「くく、く……汝が男を連れているとは。しかも、随分と独占欲の強い、」
 言葉を絞り出しながらもまた笑いに飲み込まれるサマエルに、ルーキスは思わず額を抑えた。ワイングラスの中の葡萄酒はすっかり空になっているものの、酔いは全くと言っていいほどない。それはルーキスが人ではないためであり、魔神であるサマエルは当然強い。
(いっそ酔ってしまえたら……いや)
 酔ってしまったら根掘り葉掘り聞かれて今後のネタにされることだろう。それに比べれば、自ら判断できる今の方がずっと良い。
「ふ、ふはは……くく。ああ、腹がねじ切れるかと思ったわ。あの男、どうしてくれようか」
「いや、あまりちょいかい出さないでよ」
 ようやく笑いが収まったらしいサマエルの言葉にすかさず切り返すルーキス。その言葉にサマエルはひょいと眉を上げる。
「本当に、変わったものだな?」
 他者に関心を寄せず、添い遂げたいといった様子も見せなかった以前とは随分な違いだ。混沌という世界は、取り巻く周囲は、そしてあの男はそれほどに彼女を変えたらしい。
「だが──するなと言われると、したくなるものだ」
「子供か!」
 ニマニマと笑うサマエルの表情は、まさに悪戯っ子のそれ。サマエルが彼の前に立つだけで空気がピリピリとするだろうし、そんな彼にサマエルは敢えて挑発的な言葉をかけるに違いない。普段は穏やかな彼も、前回のあの様子からすれば簡単に挑発へ乗ってしまうだろう。
(その光景がすごく思い浮かぶんだよねぇ。ああ、頭が痛い)
 噛みつくが如くの彼と、それを愉しそうに煽るサマエル。そしてその仲裁に入るだろう人物は間違いなく自分だ。
「そもそもと言えば、世界の危機なんぞに動いたどこかの蛇が悪い! そんな性格じゃない癖に!」
「世界もこの国も関係なく動いたのだから、当然だろう? あの時の手札で最も面白い選択肢を選んだまで。ああ、そちらが面白くなければ動かなかっただろうし──もしかしたら、逆の立場だったかもしれんな」
 実際、そんな可能性もあり得てしまう。この教祖はウィーティスの方針を体現するが如く、自由で心のままだ。混沌肯定『レベル1』にかけられ、そこから経験を積んできたルーキスは決してこの魔神に負けるつもりもないが──本気でぶつかり合った時、どちらが強いのかはわからない。
「まあその時はその時。殺し合いになっても仕方ない」
 そう思えるくらいの腐れ縁だ、とルーキスは肩を竦める。そしてワイングラスを手に取って──グラスの中が空であることを思い出した。左目、と呼ばれて顔を上げると、サマエルがワインボトルを差し出していて。それを受け取って傾けると、深い色の葡萄酒がグラスへ満たされていった。
(仕方ないけど、そうならないに越したことはない)
 葡萄酒を口に含むと、芳醇な香りと小さな癖のある味が広がる。

 腐れ縁というのは、面倒なもので。決して良いことばかりではないけれど切っても切れない、また繋がってしまう縁だ。
 だから願わくば、近すぎず遠すぎず──そんな距離感のままで。

PAGETOPPAGEBOTTOM