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武器商人と子供たちとシスターの話~キミへ贈る~
登場人物一覧
そろそろ日もくれようという頃合いだった。武器商人はいかめしい正門をくぐった。
「いらっしゃーいでち、武器商人さん!」
「わーい、いらっしゃーい!」
庭で手毬をついていたチナナとロロフォイがかけよってきた。この屋敷へ足を運ぶのはもう何度目だろうか。道順も覚えてしまった。もっともそのものが歩こうと思えば、煮えたぎるマグマの上だろうが、深海の底だろうが、どこへでもいけるのだけれど。
挨拶をかわすと、チナナはほうとため息をついた。
「今日はいちだんときれいでちねえ。浴衣でちか」
武器商人は長い髪を結い、蛍の揺れる浴衣をまとい、兵児帯を結んでいた。ふしぎなことに蛍は本物のように布地の月夜を飛び回り、そこここで光ってみせるのだった。
「おや、聞いていないのかい?」
「なにを?」
ロロフォイがくびをかしげる。武器商人は小さく微笑んだ。
「おんやァ? あのシスターときたら忘れてるのかな? 今夜は花火大会があるから一緒に行こうって誘われたんだよぅ、我(アタシ)は」
「えっ、そうなの? シスターに聞いてこようっと」
「あ、まって! チナナもいくでち!」
「武器商人さんもいこうよ!」
「はいはい」
年少組ふたりに両手を引っ張られ、武器商人の微笑みは深くなる。玄関で靴を脱ぎ(この行為もすっかり慣れてしまった)、屋敷を取り仕切る忍たちへ挨拶しながら、武器商人は廊下をずるずるとひっぱられていく。
その先では……。
「ちょっとまったー!」
「おや出たねミョール。今日もハートの女王は絶好調だ、ヒヒ」
「ちがうわよ、今日は花火大か……あ」
「……なにしてるんだよミョール。秒バレじゃねえか。年少組には、準備ができるまでだまっていようってあれほど言っただろ」
ユリックとザスが呆れ顔で部屋から出てくる。そして武器商人をみあげてふたりしてにっと笑った。
「おっ、ようやくご到着か武器商人のにーちゃん」
「ねーちゃんこんばんは。主役はそろったね」
「こんばんは。ということは、みんないるわけだね、重畳重畳」
武器商人が部屋にはいると、そこではリリコとベネラーが座布団でくつろいでいた。ベネラーはきちんと折り目正しく正座で。リリコはすこし足を崩している。
「……こんばんは、私の銀の月。来てくれてうれしいわ」
「お久しぶりです、武器商人さん。僕とミョールはそうでもないですけど……」
武器商人さんも怒ると怖いんですね、と。ベネラーは苦笑いしながら付け足した。あの時、他の院生は姫とともに眠りの淵に居たはずだ。武器商人も苦笑で答えた。
「まァその事は忘れておくれ。我(アタシ)にも頭に血がのぼる時があるってだけさ。で、さて」
武器商人はこほんと咳払いをした。
「まだ籠もっているということは、準備が終わっていないのかな。それとも鶴になって反物を織るところから始めているのかな。シスター?」
言うなり武器商人は隣へ続くふすまを開けた。そこにはいろとりどりの布地を前にして、懸命に切った張ったしているシスターの姿があった。ロロフォイとチナナがのぞきこみ、あ、浴衣だ、とつぶやいた。
「あら武器商人さん。おほほ、和裁というものをなめていましたわ。いつもの調子でできると思いこんでいましたの」
「裁縫ならここの旦那が得意だから任せてしまえばよかったのに」
「でもこの浴衣はわたくしが作りたかったのです。作って、送りたかったのです」
わたくしの子供たちへ。
「では手伝おうか。手伝いくらいならできるさ、大抵のことはまあなんとかなるんだよ、我(アタシ)。そのくらいはよかろ?」
「そうですね。このままでは肝心の花火大会にまにあわな……」
額の汗を拭って振り返ったシスターは……。
「ロロフォイとチナナがいるっ!?」
院生達全員から、遅いよ、とつっこまれた。
「なるほどなるほど、年少さんには花火大会のことを内緒にしておいて、浴衣ごとお披露目しようって魂胆だったのだね」
武器商人がそう言うと「たくらみ、もろくも破れました」とシスターは笑った。
セレーデのもあわせて8人分の浴衣。ちゃんとひとりひとり柄も丈も変えてある。さっそくみんなで着付け大会。シスターは女の子を、武器商人は男の子たちを手伝ってやる。そうしているうちに、セレーデの浴衣をカバンに入れ、よいしょとザスが肩にかけた。
「その子もいっしょに祭りへ連れて行くのかい」
「もちろんだよ、ねーちゃん」
「死者をかまいすぎるんじゃないよ、逝くべきところへ逝けなくなるからね。それはともかく、今回の花火大会、いい場所を押さえてある。なんと屋形船だ」
こいつなら子供たちの行動範囲も制限できて目も届く。つまり、比較的安全なのだった。
「ちょっと武器商人さんというコネを使わせてもらいました」
ベネラーがうんうんとうなずく。この子、最近図太くなってきたなと武器商人は思った。
「さて、そんな僕たちからシスターへ贈り物があります」
「……いつもありがとうシスター。受け取って」
ここぞとばかりに武器商人はどこからともなくたとう紙をとりだした。瀟洒な香がたきしめられており、表面には誉れ高い菊の文様が漉き込まれている。
「これは?」
きょとんとしている院長先生へ向けて、子供たちはせーので声を上げた。
「「シスターの浴衣!」」
今度こそあっけにとられた様子のシスター。ミョールが嘆かわしげにため息をつく。
「だってシスター、またあたしたちのこと優先で自分はそのシスター服で済ませるつもりだったんでしょ?」
「ごめんでち武器商人さん、シスターにすてきな服を贈ろうという話がまとまった時、真っ先に武器商人さんの顔が浮かんだんでち」
「なにも謝ることはないよ子供たち。いいだろう『キミたちがそれを望むなら』我(アタシ)はそれに応えよう」
「まあ……」
シスターは何度も「まあ」をくりかえしていたが、やがていつもの茶目っ気たっぷりの顔に戻った。
「いただけるならいただきましょう。好意を無駄にするなんてわたくしにはとてもとてもできないことですもの、それが子供たちからならなおさら!」
「では、開けてみるといい。その瞬間の幸福を味わうのは受け手側と相場が決まっている」
武器商人がたとう紙をシスターへ渡す。やがて美しい紙の中から現れたのは、純白と漆黒の格子の上に鮮やかで精緻な椿が染め抜いてある、華やかでありながら年齢相応の落ち着きも併せ持った浴衣だった。
「そうそう、こういうの。こういうのすてきですわ。さすが武器商人さん!」
「お眼鏡に叶ったようでなによりだよ。最近は我(アタシ)もいっぱしに、ニンゲンの情緒が理解できるようになってきてね。あえて何も視ずに自分の感性だけで選んでみたんだ。なかなかうれしいものだね、喜んで受け取ってもらえるというのは、うん」
銀糸からのぞく切れ長の瞳は、存外に優しくて。見上げていたリリコもつられて笑顔になったのだった。
やがて髪をすっきりと結い上げたシスター、いやあえてイザベラと呼ぼう、が現れた。ダークゴールドの髪に浴衣が映えている。そのさま、まさに艶姿。うなじにたらした後れ毛がなんともなまめかしい。ふんわりとした雰囲気を浴衣が絶妙に押さえて、道行く男どもが鼻の下を伸ばしそうだ。これは少々気をつけねばなるまい。
「はい、それでは皆さん2列になって。小さい順に、前ならえ。隣の人と手をつなぎましょう」
余ったザスがイザベラと手をつなぐ。
「それでは行きましょうか。武器商人さん。あ、ちなみに、屋台の買い食いは……」
「シスターの胃袋を野放図にしていたら、サヨナキドリが倒産する。自分の小遣いの範囲にしとくれ」
「うう、やっぱりですかあ……」
などという小芝居を挟みつつ、一同はまず、屋台の列を楽しんだ。明るくもどこか切ない提灯の光。その下でぼんやりと光る様々なたからもの。それらはきっと思い出の欠片となって、いつの日か本当に宝物として心の中へ大切にしまわれるのだろう。飴細工士が見事なてさばきでうさぎを作り上げてみせる。武器商人はそれを人数分買い込み、子供たちへ渡した。
「わたくしのはありませんの、武器商人さん」
「シスターは大人だからね。それに山ほど弁当を担がされている我(アタシ)の身にもなっておくれ」
「まあ、次から次へとふところへひょいひょいと入れておいて涼しい顔をして、とても疲れているようには見えません」
「なかなか手厳しいねシスター、ヒヒ。そんなにあめちゃんがほしいのかい?」
「……シスター。飴、いる? 私まだ口をつけてないわ」
「ほらごらんよ、この献身的なことと言ったら。我(アタシ)のおきにいりなだけある。シスターもすこしは見習っちゃどうだい」
「いいです。自分で買います。それにすこしは甘いものを摂取しておかないと、屋形船へつくまでにバテてしまいますから」
「とかなんとか言って食べたいだけだろう」
「いーえ、ちがいます。栄養補給です」
などと言い合っているうちに。
どん。どおん。どん。
夜空へ花が咲いた。そんなありきたりな表現では説明しきれない美しさだった。一同は慌てて屋形船へ急いだ。その道中。
「ありゃあ、どっちだ。男か、女か」
何人かのよっぱらいが無遠慮に武器商人を指さした。にわかに始まる性別論争。そのうちのひとりが言った。
「男だろ。連れているのがあきらかに女だし。夫婦だあな。あんなに子供を作って」
「んだんだ」
納得してその場を去ろうとする男たち。武器商人としては「またか」と流せるものだった。だがしかし、これに怒り心頭だったのがイザベラだった。
「まー、失礼です事! わたくしは神に仕える身です! この方は魔法使い! ちょっとお待ちになって! 誤解を解かせてください!」
そのまま浴衣のすそをからげて走り出そうとしたイザベラ。ふくらはぎがまぶしいが、あまりに大人気がなさすぎる。まあちょっと落ち着けと武器商人は襟首をつかんだのだった。