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あたたかな夏の太陽
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……ところで、晴明さま。そのお姿ではだいぶ暑いのでは……?
そう告げたメイメイは視察を快適に行う為にも夏の装いである方が良いのではないかと晴明を見上げていた。かっちりとした衣服に身を包むのは神威神楽より招喚された要人であるという意思表示なのだろう。シレンツィオ・リゾートは夏の気配が濃く、誰もが軽装でリゾート地特有の空気をその体にめいっぱいに浴びている。どちらかと言えば汗の滲んだ彼は目立つ方である。
了承する晴明にメイメイは早速だとブティックの立ち並ぶショッピング街へと脚を進めた。友人との買い物とあればわくわくと心躍るものである。
晴明自身も洋装には余り馴染みもないだろう。浴衣を着用して欲しいと告げれば郷土から何かしらの準備をしてくれそうなものではある。ならば、だ。どちらかと言えば潮騒の香りがするこの場所では水着の一着位は用意した方が無難だろうか。
「……その、晴明さま、水着はお持ちですか……?」
「いや……そうか。必要であったか」
「そう、ですね……つづりさまや、そそぎさまも……ビーチを楽しむなら、ある方が……」
「庚に伝えておこう」
頷く晴明は準備を怠ってしまったと命名を見て申し訳なさそうに頬を掻いた。真面目なところが彼らしいのだ。
一先ずは水着を見に行こうと晴明を手招いたメイメイは並んだ品々を見て首を捻る。どれもこれも彼には似合いそうな気がしたのだ。水着だけではない。夏らしいシンプルな
「……メイメイ殿?」
「あ、いえ……晴明さまは、どれでもお似合いになる気がして……」
あれやこれやと選んでみて、試着してみてくださいと提案するメイメイの背後にはいつの間にか店員がついていた。様々な衣服を手に取っては悩ましげなメイメイに痺れを切らしたのだろう。店員が後押しをするように「これもお似合いになりますよ」「これも」とメイメイそっちのけで晴明に押し付けて試着室へと押し込んで行く。
「晴明さま、その……ご負担ではありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。着用してみるから、貴殿が選んでくれるだろうか」
選択肢は広い方が選びやすいだろうと試着してはメイメイに確認を仰ぐ晴明に、メイメイははっとしたように陳列されていたサングラスを差し出した。デザインもシンプルなそれを手にして晴明は「これは?」と首を捻る。
「晴明さま、これは絶対、似合います、よ……!」
どの服装よりもサングラスを推すメイメイ。彼女にとってサングラスは『なんだかとてもかっこいい一品』なのだそうだ。晴明は似合うのだろうかとサングラスをかけてから鏡へと向き直る。脳内で主君が「良く似合っている」と笑いを堪えながら告げてくる様子が再生されて晴明は「ふむ」と呟いた。
「幾許か強面過ぎやしないだろうか」
「いえ……素敵、です」
「そ、そうだろうか……」
その際に彼が着用して居たのは和のテイストを感じさせるアロハシャツである。水着はシンプルに、髪を結わえる組紐はシャツと同じ色彩を選ぶのが良いだろうと店員がメイメイにアドバイスし続けて居る。
晴明が危惧したのは破落戸などのように見えてしまわぬかという不安である。鬼人種であり、高圧的な雰囲気を有する彼はメイメイと共に視察に赴けば人攫いなどと間違われやしないかと店員に何度も確認し続けて居た。
「その……お似合いだと、思います、よ……?」
「メイメイ殿。やや高圧的には見えやしないか?」
「だ、大丈夫かと……?」
メイメイが大丈夫ですよね、と店員を振り返る。にこやかであった店員は「勿論、よくお似合いですよ!」と微笑んだ。
「なら、これに、しましょう、か」
「ああ。有り難う。どうやら俺の格好はこの地にはそぐわなかったようだった。メイメイ殿のお陰で視察も効率的になりそうだ」
「……いいえ」
サングラスも自分が格好いい一品なのだと提案しただけだからと見上げるメイメイに「陽射しを遮るには斯様な品も必要なのだろう」と晴明はサングラスを気に入ったように眺めている。
「それで、だ」
晴明はメイメイをまじまじと見詰めた。晴明と比べれば軽装ではある。だが、折角ならば彼女にも夏らしい装いをと晴明は店員を再度呼び寄せる。
「あの……?」
「メイメイ殿にも夏の装いを」
「え、いえ、そんな……」
慌てるメイメイに晴明は自身の髪を結わえていた組紐と同じ物を用意してメイメイのふわふわとした髪へと宛がった。
「やはり、常磐色は俺よりも貴殿の方が似合うな」
「そう、でしょう、か……?」
晴明は大きく頷いた。彼が店員に申し出ていたのだろう。晴明が着用して居た和風アロハシャツと同じ柄のレディースパーカーを手にした店員がやや急ぎ足で戻ってくる。
華やかすぎず落ち着いた柄のパーカーはメンズと比べれば可愛らしくアレンジされている。メイメイは不思議そうに其れを眺めてからそろそろと袖を通してみる。
「良く似合っている」
「そ、そうです、か……?」
臆面もなく彼がそう言うものだからメイメイはぱちくりと戸惑ったように瞬いた。大きく頷く彼は何処か楽しげに笑みを浮かべて「ああ」と微笑むのだ。
「その、晴明さまに、気を遣わせて……?」
「いや、メイメイ殿も折角だ。夏の装いで共に視察をしてくれないかと――」
其処まで口にしてから晴明は何かに思い当たったようにハッとした。脳内の黄龍が『乙女に同じ柄を宛がうなど嫌がられるやもしれないぞ』と揶揄うように笑っている様子が浮かんだのだ。建葉晴明、何時も胃が苦しくなるが故に主君や神霊の反応が脳内再生できるようになって終ったのであろう。
「いや、先に了承が必要か……。
俺が貴殿に買いたいのだ。その、淑女の衣服には疎い。特に洋装となれば難しい。
……だが、揃いの品というのも何かの記念ではないだろうか? 無論、メイメイ殿が不快ではない、ならば」
メイメイはぱちりと瞬いた。揃いの柄のパーカーにシンプルな水着を選んだ晴明は少しばかり戸惑っているかのようである。
今まで贈り物などは黄龍に請われるか瑞神に何らかを捧げる程度で、つづりそそぎに贈るのも妹に菓子をあげる感覚だったのだろう。
女性に何らかの品を贈るというのは慣れず気恥ずかしいとでも云う様に目線を右往左往させている。
「めぇ……嬉しいです。おそろい、ですね」
友人同士で揃いの物を持つというのは気持ちもアガる。素直に嬉しいのだと微笑むメイメイを見て晴明はほっと胸を撫で下ろした。
早速、購入しようと店員に話しかけている晴明を眺めてメイメイは彼が喜んでくれるのならば良かったと穏やかに微笑んだ。
(わたしも、晴明さまが喜ぶお顔が、見られれば)
ともだちとお揃いは嬉しい。勿論、メイメイと晴明は大切な友人同士だ。
だが、ああやって自分のことを一生懸命に考えてくれる彼を見ていると、友情とは少し違いあたたかな気持ちがふわりと浮かんだ気がした。その感情に付ける名前はまだない。
何となく胸の中に浮かんだあたたかい気持ちは彼が特別なともだちと言うことなのか、それとも――
「メイメイ殿」
呼ぶ声にメイメイはこくりと頷いた。揃いの柄を身に纏えば、人攫いなどとは言われないと何処か外れた言葉を自信満々に告げる晴明にメイメイはくすくすと笑った。
今は、感情に名前なんてつけなくていい。あたたかな夏の太陽が注ぐこのリゾート地を目一杯に楽しめば良いのだから。