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怪談喫茶ニレンカムイ

登場人物一覧

エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
エマ・ウィートラントの関係者
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エマ・ウィートラントの関係者
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エマ・ウィートラントの関係者
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 再現性東京・希望ヶ浜のとある町の一角にある、落ち着いた雰囲気の古民家。
 如何にも一昔よりもずっと前から存在していたであろう町家を改装し、趣のある木製の立看板が柔らかい日差しに照らされている。
 これは、そんなカフェ──怪談喫茶ニレンカムイの、始まりのお話。

「さて、どうしたもんでごぜーますかねぇ」
 エマはため息交じりに、それまで集めてきた古書が堆く積まれている部屋を見渡す。
 ようやく夜妖に関する情報を集めてイレギュラーズに提供するための「箱」は手に入ったものの、これから先どうするかという方針は何も決まっていない。
 彼女が店を経営すればいいじゃないかと声がきこえそうだが、エマ自身一か所に留まれない根無し草放浪の身だ。それに幻想の彼女の領地の管理のこともある。
 おそらく双方とも滅多に顔を出すことはないのだろうが、そうなってくると自分の代わりに店を経営してくれる人材が必要である。 ──店を潰さなければ、売り上げは好きにしていい。
 そんな条件で求人を出してはいるものの、ニレンカムイの事業内容がやや特殊ということもあってだろうか、応募の状況は芳しくない状況が続いていた。
 困ったもんでごぜーます、と少し眉を下げながらエマが呟いた時、玄関の方から女性の柔らかい声が呼び掛けてくるのが聞こえた。
「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」
「あーはいはい、今行きやすよー」
 ガラガラと戸を開けると、髪の長い綺麗な女性が目の前に立っている。
 結月と名乗ったその女性の話聴けば、彼女自身仕事を探してここを訪ねて来たらしい。
 終始物腰が柔らかく腰の低い結月に、エマは問いかけた。
「結月様、でありんしたか……店さえ経営できてれば良いとはいえ──この店、やろうとしていることは結構特殊でありんす。そこのところはよござんすか?」
 ただのカフェではなく、夜妖に関する情報を集め、提供する場。もちろんカフェである以上はドリンクや料理も提供するが、店としての価値の主眼はそこではない。
 エマの言葉には、その意味が込められているが、結月は柔和な笑みを浮かべ、それでいて真剣な眼差しで頷いた。
「……希望ヶ浜の現状は、完璧ではないにせよ理解しているつもりです」
「なるほどなるほど……それは『夜妖』のこともひっくるめて、ってことざんす?」
「はい。住んでいる人に危害がある。ですが、一部を除いて人々は『夜妖なんていない』と思っている……このような状況を看過したくはありませんから」
 それに、料理もそこそこできるので、お役に立てるのではないかと。
 結月が話し終えると、エマの困った笑みは何かを得た笑みに変わる。
 こうなれば、即決だ。2人の間で利害が一致している。彼女もやる気があるみたいだし、経営者兼情報屋として最適じゃないか。
「じゃあ、話は早い──案内しやしょう、海洋から出てきたばかりなら、土地を分かっておく必要がありんす」
「……はい、ありがとうございます」
 そういうと、エマは結月の手を取り、お互い笑顔で握手を交わす。
 研修と称したもの……は、情報収集は希望ヶ浜の情報屋に教えてもらえばある程度のことはできるだろうし、料理は彼女が心配ないというなら考える必要はない。となれば、情報屋という仕事上襲われる可能性があることを考え、万が一の時に備えた護身術用の魔術だけいくつか手ほどきしておけば、あとはどうにでもなるだろう。経営については素人、ということだが本人も勉強する気でいるし、経営の話にあかるい自分の知人を頼ればいい。

 そんなこんなでお互いの条件を満たしたスカウトは成立し、3か月ほどが経った。
 散らかっていた店の建屋も改装やインテリアを工夫し、カフェとしても経営をスタート。
 それなりに情報収集もしつつ、この日2人はエマの知り合いに経営についての勉強会をしてもらっていた。
「経営ともなると、ただの従業員とは違った視点でお店のことも見なければならない……常に私もアンテナを張って、もっとしっかりお店のことも見ていかないといけませんね」
「本当に、結月は勉強熱心だからかなり助かりやす。この調子で、頑張っておくんなまし」
 帰り道、今日学んだことのメモを取ったノートを見返しながら、結月はエマに語る。
 結月もエマのことは張り付いたアルカイックスマイルに多少の胡散臭さは感じながらも、やることはきちんとやっているのでビジネスパートナーとしては信頼しているようだ。
 エマ自身は実際結月が勤勉で、店の運営についても改善を積極的に提案・実行してくれることもあり、かなり店のことは結月任せにはしている。現にカフェの置物やメニュー構成ついては結月がほとんど考えたものだ。
 そんな諸々の雑談を交わしながら店への帰路についていた、その時──2人の背後の民家から、何かが破壊されたような音と、腹の底から震えるような咆哮が聞こえてきた。
「これって、もしかして」
「ええ、その通り『夜妖』でありんしょうねぇ……わっちが中を確認してきやす。だから、結月はここに」
 結月が頷いたのを確認するとエマは彼女を残して民家の中に入っていく。
 派手に暴れたのであろう、家の中はテーブルや家具が破壊し尽されており、そこら中にガラス片や木の屑が散らばっている。
 そして、リビングと思しき部屋には、無残にも原型をとどめないほどに爪で引き裂かれた、夫婦と思しき男女の物言わぬ身体が転がっていた。
「おやおやこれはまた……ん?」
 状況を確認しようとエマが部屋を見渡すと、物陰から人の息遣いが聞こえる。数は、2つほど。
 周囲を警戒しながらエマは息遣いが聞こえる場所に近づいていく。リビングの隅に弾き飛ばされたでソファーの物陰に、姉妹が目の前に広がる惨状に呆然としている。その瞳の奥にあるのは、それを受け入れたくない現実逃避と恐怖だ。
「生きてる人は確認できやしたが……さて」
 2人に声をかけようとしたその瞬間、彼女の背後から獣のうめき声が聞こえた。
「グルルルル……」
 後ろを振り返ると、犬のような姿をした……否、犬というには大きすぎる獣が、膿んでいる緑色の涎を垂らして錆びた鉄のような臭いを漂わせてエマの方に向いている。折角の獲物を横取りしやがって、といわんばかりに、彼女を睨みつけている。
「数は1匹でありんすね……他は多分いやせんでしょう」
 この状況でも、エマは表情を崩さない。エマの方に注意が向いている夜妖を、姉妹の方から引き離し一対一の状況にもっていく。
「これだから野犬は好かねぇのでありんす」
 夜妖躾のなってない野犬がとびかかってくるのをさらりとかわし、魔術で着実に仕留める一撃をお見舞いする。
 キャウン、と最後は小型犬のようなか弱い声を上げて、夜妖は跡形もなく消えていった。
「さて、お嬢さん方、怪我は……ござりんせんね」
 2人の少女の顔を改めてみてみると、双子なのかよく似ている。
「あの、お姉さん、助けてくれてありがとう。アタシは翠、こっちは妹の蓮」
 赤いリボンを後ろ髪につけた翠と名乗る少女が、震えながらもエマにお礼を述べる。
「……お父さんと、お母さんは?」
 もう一人の蓮と呼ばれた少女は、今のこの状況を受け入れられないらしく、両親の安否を心配している。最も、2人とも物言わぬ屍となってしまったわけだが。
「残念でありんすが、翠様と蓮様のご両親は……」
 2人ともその事実にショックを受けているが、いつまでもここにいる訳にはいかない。2人を連れて、──両親の遺体を2人の目に入れないように、エマは結月の所へ戻っていく。
「エマさん、戻られましたか」
「えぇ、2人生存者がおりなんし……親御さんは、亡くなってしまいんした」
「そうでしたか……」
 暗く、沈んだ空気が4人の間で流れる。翠・蓮の姉妹は今にも泣きだしそうな顔をしており、このまま外にいるのも忍びない。
 一度、落ち着ける場所に移動しようということで、一度ニレンカムイに向かうこととした。
 結月がホットミルクを2人に出し、優しく語り掛ける。
「さぁ、怖かったでしょう……今はゆっくりなさって、ね」
 年も母親と近い結月を前に、2人の頬にきらりと光る雫が伝う。二人を観ながら、結月はエマに次をどうするか尋ねる。
「この後お二人はどうなさるんです? 一度孤児院で保護して」
「いや、孤児院に連れて行くのも忍びないし、わっちの方で保護させておくれやす」
 結月の言葉を遮って、エマは自分の所で保護──つまり、ニレンカムイの従業員として雇うということだ。
「ちょっと待ってください……! こっちで保護するということは、うちで仕事をしてもらう……つまり、夜妖に関わることになります。怖い思いをして、これ以上関わる必要はないかと」
 思わず、結月はエマに噛みつく。エマが「ただのアルバイト」を欲しているわけではないことはわかっている。しかし、両親をむごたらしく目の前で殺されているこの2人に、それはあまりに酷なのではないか。
「言わんとしてることは分かりんした。ただ、夜妖の被害は翠様・蓮様に限らず。……であれば、こっちも人でも足りてないというのもありんす。怯え続けるよりその方が余程マシでありんしょう」
 エマは翠・蓮姉妹に向き合うと、そのままの笑みで語り掛ける
「2人とも、それでよござんすね?」
「うん……! アタシも、このまま怯え続けるなんて嫌だもん。アタシは、頑張りたい。蓮は?」
「……この人はなんか胡散臭いけど、こっちも住むとこがないからね。頑張らないってわけじゃ、ない」
 力強く答える翠と、ぶっきらぼうに、それでいてなんだかんだでやる気はある蓮の返答を聞いて、エマはよろしゅうと頷いた。

 そして、月日は流れた。
 3人とも護身術としてエマから魔術の手ほどきを受け、ニレンカムイの店員として、そして情報屋として働いていた。
「いらっしゃいませ! 今日は何をご注文ですか?!」
 翠の元気のいい声が店内に響く。
「翠、よく見てみなよ、必要なのは飲み物よりも情報って顔してるよ」
「そんなこと言ったってぇ、何か食べていってほしいじゃん!」
「こら! ケンカしないの2人とも」
「「はーい」」
 翠蓮姉妹の他愛のない姉妹喧嘩も、可愛げがあるものとして名物となっている。明るく天真爛漫な姉と、ちょっとこまっしゃくれて斜に構えている妹。
 そして、母親のように二人を慈しみ、時に優しく、時に厳しく見守る結月。
 情報屋としての仕事柄、夜妖に襲われることもたまにあるが、それでも3人はうまくやっていっているつもりらしい。
 ──もちろん、襲われてもなんだかんだ何とかなってるのは、裏でエマの手引きがあるから、ではあるが。
「そういえば、この前の夜妖、私がやられるって思った目の前で、ふっといなくなっちゃったんだよね」
「言われてみれば……あの時は、翠が蓮のことを助けたんじゃなかったかしら」
「いや、アタシがエマさんに教えてもらったヤツを打ってみたけど、ちゃんと狙いがさだまらなかったからなぁ」
 ──うーん、まぁ良いか!
 いつものように翠が笑い、蓮が溜息をつく。その様子を、結月が温かく見守っている。
「うん、ちゃんと今日も働いておりなんすなぁ。よろしゅう。翠と蓮はもうちょっと喧嘩しないように落ち着いてほしいところではありんんすが──ちゃんとわっちの言う通りいるのも分かりんしたし」
 店に滅多に顔を出さなくなったエマも、陰ながらその様子を見て微笑む。

 ──怪談喫茶ニレンカムイに、今日も慌ただしく、それでいて平和な一日が流れている。

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