PandoraPartyProject

SS詳細

踏み出した雨上がり

登場人物一覧

アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星


 鈍色の曇天が広がる空の下を並んで歩く少女たち。
「今日は一緒に頑張るでして、アクアちゃん!」
「……ん、うん。頑張ろう、ルシアちゃん」
 見た目こそ可愛らしく大人しそうな乙女の二人であるが、しかし彼女たちもまたローレットの特異運命座標イレギュラーズのひとりである。二人は活動的な特異運命座標イレギュラーズでもあり、その腕前も折り紙付きだ。
「だけど、ちょっとだけ、怖いね……」
「大丈夫でし! 今日は天気が悪いからそう思うだけなのでして!」
「そ、そう、かな……」
「わかんないでして! まぁなんとかなるのですよ!」
 はつらつと笑うルシアとは対照的に、不安げな心境がいまいち拭いきれずに居るアクア。
 今日は行方不明の子供たちを救出するという内容の依頼を受けたアクアとルシアの二人。年が遠く離れた大人なのであるならば恐怖もないだろうがしかし、ルシアやアクアはまだまだ幼い子供。ローレットの特異な年齢層からみてもまだまだ
 誘拐犯たちは子供たちを廃屋敷へと連れ去ったらしく、乗り捨てられた車と少しだけ開いた正門が二人を出迎える。
「……」
 まるでお化け屋敷か何かのようだ。ひ、と声が漏れそうになるのをぐっと飲み込んで。ルシアはアクアに笑いかけた。
「ちょーっと不気味ですけど大丈夫。きっとなんとかなるのでして!」
 きっと、だとか。
 なんとか、だとか。
(……曖昧)
 半端な言葉ばかりだ。年下にそんなことを期待した自分もバカだけれど、そうだとしても。
 やっぱり自分のことを守れるのは自分しかいない。だから、ルシアに期待もしない。そうすることでしか、自分の心を守ることもできないのだから。

 どうせ裏切るくせに。

 そんな思いが頭を離れない。きっと違うのに。そうじゃないのに。そう思いたくても思えない。生気のない冷たい瞳は光をうつすことはなくて。
 そんなアクアの様子を心配しながらもルシアは進んでいく。怖がることも不安になることもないのだと自らの手で示していくように。
 荒れ果て変わり果てたのであろう庭を抜けた二人を出迎えたのは大きな扉。ギイイ、とつんざくように軋んだ扉が音を鳴らす。
「……いくのでして」
「うん」
 あんまりにも静かすぎる。子供たちが誘拐されたのであれば何人かは泣いていたり叫んでいたり、何かしらの反抗の痕跡が見られたとしても不思議ではないのに、そんなものは最初から存在しなかったのだろう、誰かが埃を踏んでいったのだろう足跡以外に見つかるものはない。
「……子供の足跡がないのです」
「え……?」
 ぶわり、と。憎悪の炎が揺れた。
「ほら。だって、大きな足跡……でも、ルシアたちのものよりはうんと大きいのです」
 自分の靴をその足跡に重ねてみる。ああ、ほんとうだ、何倍も大きい。
「ってことは、子供は。別の、ところに、いる。の、かな……」
「あるいは、寝かせてこの屋敷の何処かに閉じ込めている可能性もあるのでして。それなら持ち運んだりするのも簡単なのです」
「なる、ほど」
 小さい子供であれば。眠らせたままであれば抵抗されることもないだろう。子供であるからこそできるわざだ。
 もっとも、それが正しいのかどうかなんて、実際にそのふたつの目で確認しないことにはわからないのだけれど。
 ともかく、そんなことはどうだっていい。子供たちの安全と、それから誘拐犯たちの捕縛。それこそが最優先の依頼であり目標だ。それが果たされないことには依頼報酬も貰えないし、そもそも依頼達成にすらならない。
「じゃあとりあえず進むのでして」
「うん、そうしよう……」
「何かあったらルシアが絶対に守りますのでして!」
 結局のところ、いってみなければ解らない。進んでみなければ確かめることも出来ない。
 ルシアとアクアは頷きあった。ルシアが前を進み、アクアがおどおどと後ろを確かめる。その形はずっと変わることはなかったけれど。

 天気は変わらず悪い。
 ぽた、ぽた、と。緩やかに雨が曇った窓ガラスを叩く。
「……雨」
「なのでして。逃げづらくはなったけど、追いづらくもなったのです」
 雨音は足音をかきけす。敵も、味方も。外のエンジン音が聞こえづらくなったし、自分たちがひそひそと話す声も聞こえづらくなったことだろう。
「……急いだほうが、いい、よね」
「そうですね、急ぐのでして!」
 と。決意を固めた瞬間のことであったか。
 アクアの嗅覚がかぎ慣れぬにおいに鼻を揺らす。あるいは、別の意味で――誘拐犯のものという意味でならば、かぎ慣れ覚えた匂いであったか。
 耳を、しっぽを逆立てた。荒々しく揺れる黒炎にルシアもその意味を――敵の襲撃であると、理解する。
 ルシアの腕輪が瞬いた。緊張感の走る空間とは真逆に、日曜朝に可愛らしい少女たちが変身するのと同じように。
「数が、多い……でも、全部殺せば、解決、なの」
 まるでそれが正しいことであるかのように。正義の皮を刃にかぶせて。
 ぞろぞろ、と。待ち伏せでもしていたかのように大柄な男たちがその姿を表していく。歳はまばら、背格好もみなりもまばらだ。だけれどもただ一つ共通していることがあるとするならば――二人の息の根を止めたいと願っていることだけだ。
「悪い人はみーんな纏めてずどーんでして!」
 にっ、と笑ってルシアが魔力を充填していく。『ろーどちゅう!』だなんて愛らしいポップな文字はその壊滅的な威力を教えることはない。
 ゆらりと幽霊のように近づくアクアは黒炎に稲妻を走らせて。戦いの火蓋が幕を上げた。
「はっ、ガキの女ふたりごときになにが出来るんだ?」
「お前ら、こいつらも捕まえて質に流すぞ。こいつは上物が罠にかかったな」
「もちろんです、親分!」
「ひひ、泣いて帰ろうったってそうは行かないぜ?」

 ああ、うるさい。
 きもちがわるい。
 こうやって、不特定多数の誰かを捕まえたのだろう。
 そうして、誰かが気付くこともなければ、今頃誰かに値した子供たちが質に流されていたのだろう。

「――殺す」
 ぶちん、とどこかで何かが弾ける音がした。きっとこれは理性だ。
 とめどなく溢れる怨嗟の炎は男たちをじわじわと締め上げて燃やし尽くす。苦しいと泣けば救われたのだろうか。あるいは、助けてと叫べば未来は変わっていたのだろうか?
 そうじゃないから今子供たちが攫われているのだ。
 そうじゃないから今二人はここで戦っているのだ。
 別に誰が何をしたって止めやしない。少なくとも法に抵触しないのであれば。それから、誰かが傷つくことがないのであれば。
 我を忘れたように暴れだしたアクア。彼女を巻き込まないようにと射線をずらして愛らしいパステルピンクの魔力レーザーを放つ。屋敷を破壊しかねないほどの猛烈な威力が窓ガラスを叩き割る。
「アクアちゃん、落ち着いてほしいのでして……!!」
 威力だけであればどちらも落ち着くべきなのであるが。しかし、アクアは誘拐犯達を捕縛のみならず私的な暴力を振るって楽しむ――いや、楽しんでいるのではない。彼等の行いに触発されて、彼女もまた彼女なりのただしいを遂行しているだけなのだ。
「だめ、だめ、こいつらは絶対に、殺さないと……」
「それは依頼には含まれてないのでして!!」
 捕縛した無防備な敵に対して一方的に暴行を振るうのは、依頼人に対しての誠実さに欠けるし、ローレット自体への信用にも、ローレットの特異運命座標イレギュラーズとしての世間からの信頼にも関わる。そして、何より、アクアがただ理不尽に誰かを傷つける人間だと判断されかねない。それはルシアにとっても最悪のケースだ。よって、それをとめる義務がルシアには存在している。
 ルシアの大声に一瞬肩を跳ねさせたアクアは、緩やかにいつも通りの無味乾燥した何もうつさない冷たい瞳に戻ってしまった。そうこうしているあいだにも敵は増え続けている。
「人数が、多いのでして……」
「……っ、」
 だとしても。こんなところで折れる訳にはいかない。
 荒れた刃がアクアの服を、ルシアのスカートを裂いていく。水色と白のボーダーが。ピンクのチェックが顕になった時、男たちは下卑た笑みを浮かべていた。
「殺す……っ!!」
「おいおい、ぱんつが見えただけでそんななのか? さっきまでの威勢はどうしたよ」
「もしかしてぱんつがみられると恥ずかしいんじゃないっすか? や~んえっち!」
「嬢ちゃんたちに失礼だろ、お前達もぱんつを見せてやれ」
 誰が野郎のぱんつに興味を持つか。いや、それよりも。自分たちの恥辱がコンテンツとして消費されつつある現実すら腹立たしくて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「うるさいっ、うるさい、死ね!!」
「おーおー、取り乱しちゃせっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「なら笑かせてやれよ」
「腹踊りって最近のガキにウケるんすかね?」
「知るか、やってやれよ」
「嫌っすよ、腹筋割れてないのに!」
 二人を度々そっちのけにして遊ぶ男たちの頭がおかしいのではないかと頭にみるみる血が上る。絶対に負けることはないと確信しているからこその余裕だろう。実際、ルシアとアクアがただのか弱いだけの女の子であったのならば、彼等の言葉はその通りで飲み込むことが出来たし、まず善戦することすらありえなかっただろう。
 それもこれも彼女たち二人が特異運命座標イレギュラーズ、それもローレットに所属している腕のある特異運命座標イレギュラーズであるからこその戦果なのである。もっとも、今数の暴力に押されつつあるのだけれど。
「殺す!!」
「わかりやすくて結構なことだ」
 男のうちの一人。中年、大柄なひとりがアクアをじいと見据える。それは威圧感のある視線であった。アクアを試すような。ただ適当に弄び、からかい、そして売り払おうとしているだけの他の男とは違った。
(気持ち悪い……!!!)
 男の口元からは笑みが消えない。
「だが、単純はときに仇になるぜ、嬢ちゃん」
「……っ?!!」
 男の一蹴りがアクアを崩す。ぐり、と腹部に埋め込まれた蹴りは疲弊したアクアの意識を一瞬絶ち隙を生むには十分すぎるもので。
「こうやってガキをさらってきたんだ。わかるか、赤毛の嬢ちゃん」
「はな、せッ……!!」
「お前が隙を作ったんだ、離す訳にゃいかねえんだなぁ」
「このっ……放せ! ぶっ殺すぞ!」
 善戦していた。そのはずだった。だけど自分が失敗して今敵は自分を拘束している。
 アクアの細首に回された筋肉質な腕はきっちその気になればアクアの首など容易にへし折ることができるだろう。実際にしているところを見たわけでもないので勘に過ぎないが、それでも。アクアの背が震えた。
「で、だな。金髪の嬢ちゃんや」
「……」
「このまま戦ったってお前さんに分が悪いことくらいもう解ってると思ってる。俺たちもあんまり手荒なこたぁしたくねえんだわ」
 笑顔で、腕を首に回したまま。下手に動けばこいつを殺すことだってできる、という意思表示なのだろう。ルシアは男から目をそらせずに居る。
「それに、あんまり面白みもねえしな。そこで、だ」
「……?」
「このガキを見捨てるなら、お前は逃がしてやる」
 さらりと告げられる犠牲。アクアか。己の命か、どちらを捨てるか問われているのだ。
 アクアの口からは乾いた笑みがこぼれた。
(……そんなの、)
 そんなの、置いて逃げるに決まってるだろう。
 一旦体制を整えることも出来る。ルシアのみならず他の精鋭を連れてくることも出来るだろう。それに、アクアひとりいなくたって社会はちゃんと回って、組織して、動いていくことを、他ならぬアクアが一番に理解している。
 ああ、そうだ。そんなこと何回だってあった。
 絶対に味方だから、なんて生易しいだけの根拠もない言葉。どうやって信じたらいいのだろう。
(どうせ最後には皆裏切るくせに)
 ぎり、と歯がなる。食いしばりすぎて口が痛いくらいだ。泣きそうだ。でもこんなところでなんか泣いてやるわけにはいかない。じんと熱くなる目頭を、ぐっと歯を食いしばって耐える。そうでなければ涙がこぼれてしまいそうだったから。苦しいだけの過去が。辛くて、痛みだらけの過去がまたくすぶるのはもう嫌だったから。
 だから信じない。期待もしない。そのまま一目散に逃げ出してくれたほうがアクアにとっても楽だ。もう誰のことも、今度こそ信じなくて良くなるのだから。自虐的に笑うアクアの瞳を前髪が覆った、その時だった。
「決まってるでして」
 ルシアの声が響く。顔を見ることは出来なかった。わかりきった答えを聴くのが嫌だった。
 耳元で雨の音が聞こえる気がした。それから、雷も。それなのに、男とルシアのやりとりはノイズを取り払った音楽のようにその声だけが耳にしっかりと届いてしまう。耳をふさごうにも男に阻まれてしまうから結局ちゃんと聞くは目になってしまう。
 期待なんてしていない。わかっていた。わかりきっていた。あの子だってそうだった。だからどうせ、ルシアも。
(どうせ私を捨てるんでしょ)
 そんなこともうわかりきってる。だから早く何処かへ行ってくれ。もうわかっているんだから。
 顔を背けていたアクア。ルシアは息を吸って、それからよりいっそう大きな声で。自分の決意を確かなものにするように、叫んだ。

「アクアちゃんを返してもらうのでして!!」

 男も。アクアも。面食らったように驚いて。それから、は、と笑ったのはおとこのほうだった。アクアは、今見ているものが現実であるのか、ただのフィクションのような気がして、頭をがつんと殴られたような衝撃だけが残っていた。
「ほぉ、そりゃあ交渉決裂と見ていいのかい、嬢ちゃんや。今ならキレイに送り届けてやったっていいんだぜ?」
 あくまで男は優しい。そちらのほうが得であろうと諭すように。
 けれどルシアは折れない。と、と、と、と。音を立てながら、へろへろでよろけながらでも、アクアを取り返したいという気持ちだけで男の方に不用心にも歩いて行く。
「そんなのいらないのです。ルシアはアクアちゃんと約束、したのです……!」
「……っ」
 約束なんてしたつもりはなかった。
 だけれどルシアにとっては、どうやら違ったらしい。
 アクアの表情を、脳裏を支配する黒い影を払わんとしようとしたわけではない。ただ、彼女は彼女がそうしたいからそうしただけなのだ。
「ルシアは守るって。絶対守るって、アクアちゃんと約束したのですよ……!!」
 アクアは本気になんてしていなかったのに。ルシアは最初から本気だったというのだろうか?
 そんなの。
(ありえない……!)
 男に首を絞められたまま驚くアクアめがけてルシアは魔力を溜める。
「アクアちゃん!!」
「……!」
「ルシアとアクアちゃんでなら、こんなひとたちもやっつけられるのですよ!!」
 それは年齢ゆえの未熟さも無鉄砲さもあるだろうけれど。ルシアは間違いなく信じていた。二人でならば必ず勝てるのだということを。
 それはあんまりにも純粋で、身勝手で、まっすぐで。
「だから、絶対負けてなんかやらないのです!!」
 放たれる魔砲。曇天を切り裂く光のつぶて、その脈々たる流れ。
 敵がルシアを阻むべく襲いかかる。それはルシアの肌を裂き、服を破き、腕を傷つけ、足を挫くには十分すぎる人数だったけれど。それでもルシアは折れない。負けない。

「っ、アクアちゃん!!」

 伸ばされた手のひらはあんまりにも小さい。当たり前だ。ルシアはアクアよりも年下の小さな女の子。きっとこれからの未来も幸せに包まれていることだろう。
(私とは違って、いじめられることもないんだろうな)
 あまりにも一方的で、自己満足で。ああ、なんて眩しいのだろう。
 きっと助けられると信じて疑わない。それはあまりにも一方的な善意であり押し付けのすぎる救済願望だ。
 けれど。
 アクアにとってそれは、まるで化学反応のように必然的に、手を伸ばさざるを得なかった。
 あの子なら信じてもいいかもしれない、なんて。裏切られた後のアクアは初めて思ったのだ。
 だから。
 諦めない。
 アクアはその腕に歯を立てた。するどくて硬い、反抗の意志を男のその腕に刻む。

「……っ、ってえ!」

 けれど男は笑っていた。アクアがようやく見せた反抗の意志に煽られるように。
「お前ら、やれ!!」
「はい!!」
 吠える男たち。ルシアを。アクアを。もはや売るのではなく、ただただ破壊せしめんと。息の根を止めるために、彼等は武器を取ってふたりに襲いかかる。
 けれどもう二人が怯むことはなかった。突き進むアクアをカバーするために走っていたルシアだったけれど、今はもう違う。アクアがルシアの超火力を最大限に出せるように立ち回り、そしてルシアはアクアのサポートを受けてその持ち味たる絶対的な火力を屋敷へと知らしめる。もう迷う必要はなかった。
 アクアの首をしめていた男以外のすべてを捕まえたふたりはくたくたになってへたりこむ。もっとも取り逃がしたことに気付く余裕なんて無い。無数の男たちを倒しては捕まえ、倒しては捕まえ。
「あとは、誘拐された子をみつけないと……」
「でも。疲れちゃった」
「応援を呼んで、少しだけ休憩するのです」
「うん、そうしよう」
 アクアが座った横にルシアも並んで座り込む。この戦いの前に隣に座ったときはやや怪訝そうな顔で見られたのに、今はアクアがそんな顔をすることはない。
 ルシアこそ気付いていないけれど、ルシアはアクアの傷ついた心と、その心にうまれた壁を打ち壊したのである。
 いじめられて、裏切られて。ただ傷つき、ひとを恨むだけだったアクアが、こうして穏やかにしっぽを揺らせるまでになった。おずおずとルシアを見つめるアクア。声にするのも言葉にするのも怖い。怖いけど。だけど、伝えなくちゃいけない気がして。だから、勇気を振り絞る。
 ぎゅ、と握った手のひらは緊張気味に。声も震えて。上手く話せる気はしないけど。それでも。
「……あの、ルシアちゃん」
「はい!」
「助けてくれて、ありがとう」
「えへへ、どういたしましてなのですよ!」
 嬉しそうに笑うルシア。アクアの見せた素振りにも素行にも引くことはなく、屈託なく笑顔をみせてくれる。そんなルシアにたまらず抱きつけば、ルシアも嬉しそうに抱きしめてくれる。
 人のぬくもりなんていつぶりだろう。こうやって抱きしめても、抱きしめられても怖くないのはいつぶりだろう?
 絶対に味方だから。過去に刻まれたトラウマ。ルシアは意図せずそのトラウマに触れ込み、その壁を少しだけ壊してしまったのだ。
 きっとこんな結末、神様だって予想していなかったに違いない。
 ……少なくとも。いまこうやって、ふたりが肩を寄せ合う未来を予想していたかもしれないけれど。それだって、もっと遠くの未来だったかもしれない。けれどそれは今日、夢でも幻でもなく、真実としてここにある。
 二人の少女が、抱きしめあって。ゆっくりと眠る現実が。
 曇天は晴れた。曇った窓ガラス越しにきらめくのは雨粒。ガラスに付着していた汚れを拭き取って、本来の美しさへと戻すもの。
 空にもう雷はない。虹がかかっていた。
 そしてその日、ようやくアクアは。誰かとともに眠る温もりを思い出したのであった。

  • 踏み出した雨上がり完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月03日
  • ・アクア・フィーリス(p3p006784
    ・ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869

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