SS詳細
焔殿
登場人物一覧
●原初の火
それは最も根源的な破壊の姿であり、栄えへの道であった事は間違いない。
人間の世が火を知り、覚え、利用し発展を遂げてきたのは確かな話である。
どれ程に小生意気な科学が発達しようとも、傲慢な人間の意志が望もうとも。
原初の暴力そのものである炎は時に誰にも慈悲深く、誰にも無慈悲に全てを焼く――
『本人は望む望まぬに関わらず、何もかもを焼き尽くす事さえままあるものなのだ』。
「……どうして……」
焼け焦げた木材とタンパク質の臭いが充満している。
しとしと地面を叩く雨さえも時折爆ぜる残り火を冷ますには不十分で。
何の救いも無く、黒々とした残骸を横たえる『村だったもの』の中央でへたり込むようにした炎堂 焔 (p3p004727)は呟いた。
「どうして……」
多くの神が人と共に生きているこの世界。
森羅万象、万物は必ず神と共にあり、その神は多種多様な生命の姿を取っている――
炎堂焔は、炎の神と人の間に生まれた半神半人として生を受けた少女である。
肉体的な年齢以上に少女の情緒を残したままの彼女は実に朗らかで明るく苛烈には非ず、炎神とは思えぬ程の優しさに満ちていた。
――おお、焔! 朝早いな! 寝坊癖は直ったのか?
――野菜持って行けよ。カミサマでも飯位は食うんだろ?
――髪、やってあげるからおいで。折角可愛いんだからお洒落しないと駄目よ?
炎の神を祭る神殿の巫女である焔は時折訪れる人里とも上手くやっており、その周囲には何時も、幾つもの笑顔があった。
父母も、神社で寝食を共にする家族のような宮司達も、それから麓の村人達も。
彼女を取り巻く人々は彼女と同じく皆善良であり、幸福な彼女の世界は狭いながらも完成していた。
それなのに――
――どうして――
阿呆のように繰り返されるその言葉は焔の頭の中を渦巻き続ける唯一つに違いなかった。
発端は些細な、有り触れた事だった悲劇だった。麓の村を不届きな盗賊達が襲った事に起因する。
それは平穏の世界にも時折現れる悪党であり、食い詰め者やならず者を中心とした『さもない連中』である。
良くも悪くも覚悟も無い連中は、恐らく村の食糧や金銭を幾らか巻き上げよう、と考えた程度の話だっただろう。
だが、焔がへたり込む村はもう村ではない。
気のいい職人も、美味い野菜を寄越した農夫も、美人の酒場の女ももう何処にもいない。
命という命の果てた村には人型の原型さえも碌に残さない
「……っ……」
呆然と天を見上げた焔は思わずその顔と手で覆っていた。
彼女はあらゆるものを焼き尽くす炎の神、その御子である。己に力がある事は知っていた。
――悪い事はやめなよ!
だから単に――たまたまならず者の狼藉を目撃してしまった焔は止めようとしただけだった。
傷付けられた焔の――炎なる暴力の神性は荒れ狂い、全てを吞み込んだ。
守りたかったものも、別に殺す心算も無かったものも。
「……ぐす……」
泣いても何も戻らないが、涙を止めるのは難し過ぎた。
父が力を軽く扱う事を戒めていた事を思い出した。
誰かの為に、正しい事の為に使うなら、と焔は判断していたけれど。
「大人になるまで使うな」とは、全く別の意味だったのではなかっただろうか?
どれ程、そうしていた後の事だっただろうか。
「……焔」
静かにかけられたその声に涙に濡れた焔は面を上げた。
「……」
「……………」
唇が震える。戦慄く。
何の言い訳もしても言い訳にもならぬ。
悪意の無かった罪は丸い刃だからこそ、何より深く彼女の心を傷付けた。
「ボクね、ボクはね――!」
感情が爆発するかのような調子で声を上げた焔を父は強く抱きしめた。
それは優しいではなく、強いだ。彼と彼女の属性を表すかのような、炎のそれだ。
「
「……分かってる?」
「ああ……」
頷いた父に焔は目を見開いた。歯を剥いた。
彼に確かに八つ当たりをした。
「なんで!? 分かってるなら――分かってたなら、どうして止めてくれなかったの!?」
無駄だろう。言葉で『分かる』程、焔は大人では無かった筈だ。
仮に言い聞かせられていたとしても、この運命は変わらなかったに違いない。
だが、父は敢えて答えず娘をより強く抱きしめた。
誰かも褒めてくれた彼女の赤い髪の毛を優しく梳き、傷付いた焔を雨から覆い隠す。
因果は巡る。まるでかつて、同じ悔恨を抱いた事があるかのように――
- 焔殿完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2022年09月03日
- ・炎堂 焔(p3p004727)
※ おまけSS『頑丈』付き
おまけSS『頑丈』
「あのね、ボクね」
「何だよ」
「リアちゃんが大好きだよ」
「嫌な予感しかしないんだが?」
「頑丈だからね」
「エモい話じゃなかったのか???」