SS詳細
花火から線香の匂いがする。
登場人物一覧
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花火は、再現性東京で作られたのがいいというので、奮発したのだ。
「打ち上げ花火って自分で用意できるんだー!!」
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)は、目をキラキラさせていた。
「デラックス五連変色乱菊――だって。何か、書いてある字が絵みたいですごい」
アーマデル・アル・アマル (p3p008599)にも馴染みがない字面だ。この世界だとカムイグラが一番近いのだろうか。
「まずは小さいところを試してみよう」
と、アーマデルが言った。
実際、親指の先位の小さなのに火を付けたら、自分たちの背丈より高く華やかな火柱が上がって、降り注ぐ火の粉に悲鳴を上げることになった。
「間合いを取らなくては。レンジ管理は大事だな」
「うん。――ひょっとしてこの手持ち花火っていうのも結構なんじゃ」
「なら、俺の前に立つな」
色彩感覚を強化している二人に火薬の匂いがしみこんでいく。
銃火器は使わない二人にとって、この匂いは戦場で血肉の焦げた匂いと共に嗅ぐことが多い。
だが、素朴な小さな火の匂いは、遊ぶのが仕事の子供時代を持っていない二人にとっては悪くないものだった。
二人でやるにはいささか買い込み過ぎた量を、ふざけて何本も持ったり、ずらりと並べて片端から着火して次々消費する。音と熱と色と戯れて、喉が痛くなるほど笑った。
風が少し強くなった。夜は陸から海に向けて吹く。名に恥じない火の玉を見せてくれた打ち上げ花火から細く上がる煙が海にたなびいていく。
手持ち花火から噴き出す赤い光が流れて真っすぐ飛ばない。
火花が足元に吹きかかって、ランドウェラは慌ててよけた。
急に心細さが募ってきた。
数瞬前まで笑い転げていたのに、急に冷えた何かが忍び寄ってきた。
「そろそろ潮時かな」
アーマデルが言うと、ランドウェラが頷いた。
「うん」
仕草が存外稚く見えるのは、本人が自分を製造されて10歳と認識しているからだ。情緒が成長するにはそれなりの年月がいるのかもしれない。
日々、見慣れているのよりはるかにささやかな火薬や炎も、日常の中では脅威に感じる。
いや、脅威なのだと思えるようになったのだ。それなりの時間をかけて。
力ない者たちの、この世界のごく普通に生きている人たちの「日常」にい世界から来た自分が寄り添えるようになったのだ。前のところはいざ知らず、ここではこれが「普通」。
混沌世界の中で圧倒的少数のウォーカーは、ごく薄い連帯感のようなものが湧くことがある。機会が積み重なれば友情となり、夜に一緒に花火をするくらいにはお近づきになるのだ。
「――全部やっていこう」
後始末をして、あとはもう帰るだけとなったとき。
アーマデルが急にそう言って、体に巻いていた布を広げた。ムササビのようだ。
「風さえぎるから、火を付けてほしい」
残りはあと一種で、このまま燃えさしと一緒に捨ててしまっても構わない量だ。水につけてしまえば危なくもないだろう。大体、そろそろやめる頃合いと片づけを始めたのはアーマデルなのだ。
「いいけど、これ、柔らかすぎて怖いな」
最後に残った花火はくたくたとしてどこに火を付けたらいいのかわかりにくい。
「ひらひらした方じゃなくて、火薬の方に直接つけるんだ」
この花火は再現性東京で作られたもので、アーマデルのいた世界にあったものではない。さっきまでさんざん遊んでいた打ち上げ花火だって、どこに火をつけるのかわからずに、二人で説明書きに首っ引きになっていたのだ。何かおかしい気がする。
それでも促されるまま、アーマデルが作った風のないところにしゃがみ込み、花火に火をつける。
「ぶら下げるように持ってくれ。静かに」
言われるとおりにすると、溶岩のように溶けだした火薬の玉から、しか、しか、と、来航のような細い光が現れては消える。じじじじじ――と細かく振動する火薬の玉の震えがランドウェラの指にも伝わってきた。
アーマデルはじっと花火に視線を注いでいる。
花火はすぐに燃え尽きた。
「次」
「まだやるの」
「全部やる」
もはや、やろう。ではなく、やるだった。
「アーマデルも持ちなよ」
「消えてはいけないから、ランドウェラにやってほしい」
別に消えてもよくないか。というか、やらないという選択肢はないのか。と、ランドウェラは思う。
やってもいいが、なんだかここはとても心細い感じがして、どちらかと言うと早くここを去りたい感じがするのだ。
「火をつけて」
なんでだかはわからないが急に態度を硬化させるアーマデルにランドウェラは少しだけ鼻白んだ。
さっきまで、あんなに楽しかったのに。何かしてしまったのだろうか。
風はさらに少し強くなった。夜は陸から海に向かって風が――海の方から吹いてきていた。 風が変わっていた。いつからだ。ランドウェラにはわからない。気が付かなかった。アーマデルの顔を見た。アーマデルの顔は静かだった。何かを隠している後ろめたさとかそういうのも感じられなかった。ただ、静かにランドウェラに当たらないように風を遮っていた。
「火をつけろ。一本をできるだけ長く続けられるようにそうっと」
重ねられた言葉に、ランドウェラはうなずき、花火に火をつける。なぜか手がかくかくと震えた。
「ランドウェラ殿。心配はいらない」
アーマデルはそう言った。何がしんぱいいらないのか聞いてはいけない気がしたし。聞いたとしてもここでは話してくれない感じがした。
全ての花火をし終えると、アーマデルはうなずいて、風よけに使っていた布をランドウェラの頭からかぶせた。
「なに?」
別に寒くはない。
「今日、さよならするまでかぶっていてほしい」
訳が分からないが、何か理由はあるのだろう。ごみの後始末をして、海を後にした。
海が見えなくなり、人がたくさんいるあたりに紛れる。人の喧騒に肌が慣れない。
すれ違いざま、横目でちらっと見ていく人が多いことにランドウェラは気が付いた。
海風やら煙を浴びたから場違いな匂いがするかもしれない。さりげなく鼻をひくつかせるが自分ではよくわからない。アーマデルに訪ねてみようと思った時――。
「おや、久しいね。こんなところで。遊びに行った帰りかい」
ふいに声をかけられて、ランドウェラは少し驚いた。アーマデルが、どうもとか、ご無沙汰ですとか受け答えをしている。アーマデルの知り合いらしいその若い男は情報屋だという。
「このあたりにカムイグラの寺院みたいなのあったかな? こっちのお兄さん――はじめまして――から、とても上質なお香を焚きしめた匂いがするね」
海で花火してきました。と、アーマデルが答えると、男は、へぇ。と言った。
「そういうことか。お兄さん、今日はアーマデルと一緒でよかったねえ」
何がと尋ねる前に、男は。じゃあね。と、去っていった。
アーマデルは照れたような顔をしている。
「――こんぺいとう置いてきた方がよかったようなこと?」
ランドウェラは、そういう風に聞いてみた。霊っぽいのいるなと思ったらその場所にこんぺいとうを置いていくようにしているのだ。
「いや、今日は置いてきちゃ、かえってダメだったこと」
アーマデルはそう言って、もう大丈夫とランドウェラの頭から布を取り去った。
急に、塩と火薬の匂いが帰ってきた。