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命の価値と、生きる意味
登場人物一覧
キラキラと光る水晶のような髪。
日に照らされて乱反射するそれを見上げる、自分。
自分の手を引いて、振り返るその人物を、ジルはよく知っていた。
当時は、たしか、『ママ』と呼んでいたのだったか。
「トカゲをしめられなかったのね」
しっぽにルビーのような石をもつトカゲをさして、ママは言った。
たしか『だって可哀想だから』と、そう応えたのだったか。
ママが優しそうな、それでいて自分を慰めるような顔をしたのは……たしか、自分がそのとき泣いていたからだ。
どうして殺さないといけないの?
当たり前に育ち、当たり前の倫理観を与えられたジルにとって、『生き物をむやみに殺してはいけない』という教えと『トカゲを殺さなければいけない』という事情の乖離を、理解できずにいた。
ママはかがみこみ、目線を合わせて、自分の頭を撫でる。
「生まれ変わりの話をしてあげる」
「生まれ変わり?」
「生まれ変わりっす」
アルギトカゲにストンとピックを刺して一瞬で絶命させると、ジルは慣れた手つきで身体を適切にばらしていく。
その様子を、たまたまローレット酒場で居合わせた別のイレギュラーズがビールジョッキを片手に眺めていた。
「トカゲがお花に生まれ変わるから殺してもいいって?」
「まあ、そんなところっす」
「そんな迷信を信じたってのかい」
「いやあ。ちゃんと理屈があるっすよ。いいっすか?」
ジルはトカゲのしっぽを切り離し、残る頭を丁寧に潰しながら隣に用意した土の壺へと入れていく。
「死んだ肉体は虫が少しずつ分解して食べて、それを排出することで土にするっす。
土は内包した栄養でおちた花の種を育てて、花を咲かすっす。
そうした花から虫が蜜をとって、ついた花粉を広げていくっす。
花がつけた身は動物が食べて、動物の肉体の一部になるんっすよ」
「ほう……案外まともだな」
「物理的転生説っす。トカゲも人も、死してやがて花や鳥や海や雲になる。誰も消えたりしない。
むやみに殺すなって言われたのは、その転生……というか化学変化をむやみに邪魔したり、滞らせたりすると巡り巡って自分たちの恵みをなくすからってことらしいっす」
「それで、その時アンタはどうしたんだ」
「泣き止まなかったし、ママも『泣いていい』って言ったっす。
『それは死を大切にすることだから』って。
殺してしまったなら、その命だったものを大切に巡らせる義務がある、って」
あらゆる命に意味があり、あらゆる生に価値がある。
それゆえ恵みを忘れずに、トカゲに針をさしなさい。
「けど……」
ジルはぴたりと手を止めて、少し弱った顔をした。
「こっちの世界に来て、最初に人を殺してしまったときは、迷ったっす」
人間の心臓にナイフを立てた、という話ではないが。
責任を分かち合ってグループを組み、そして盗賊や悪しきサーカスや狂気の兵団と戦い、そして死なせたとき。
それはもはや、ナイフが殺したのか自分の手が殺したのかという違いにすぎず、総じてそれは、自分の責任だとジルは考えていた。いや、感じていた。
「盗賊さんは殺したからって薬にはならない。虫が食べるにも多すぎるし、何より僕は『ただ殺した』……そう思ったっす」
最初に殺してしまったときの震えを、今でも指が覚えている。
もしかしたら自分は、母から教わった『殺した責任』を反故にしたのではないか、と。
「……それで、アンタはどうした」
「どう……うーん。強いて言うなら……『どうもしなかった』っす」
ぽかんとする相手に、ジルは火をつけた小さな薬鍋に特製のキラキラ粉とトカゲのしっぽを入れ、土からしみ出た薬液を注ぎ落としていく。
「いっぱい戦ったり、働いたり、遊んだり、喋ったり……いろんなことをするうちに、分かってきたっす。
僕のやってきたことは、『命を守ること』だったって」
人はいずれ死ぬ。花も鳥も、きっと水だっていずれ死ぬ。
けれどその生を、死を、価値あるものにするために。それを脅かすものを払いのける。
それが、ジルのやってきたことだった。
「いつ、どの瞬間にわかったのかは……ちょっと覚えてないっす。
けど、いつのまにか頭のなかがパーって明るくなって。空気がおいしくなったっす」
水気をはらい粉末状にもどしたトカゲその他を道具をつかってカプセルに注ぎ入れ、閉じ込める。
「だから、僕は奪った命も、殺した盗賊さんちもなかったことにはしないっす。
これからも、こうしてご飯を食べて、戦って、そして薬をつくっていくっすよ」
カプセルをハイと差し出すジル。手に乗ったカプセルとコインを交換して……ついでにもうちょっとコインを足して、相手は席を立った。
「ありがとよ。いい話を聞けた」
「毎度ありっす!」