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行ってきますと、彼女は言った。

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星穹(p3p008330)
約束の瓊盾

 さて。

 この手紙を……書き置きを、見ることが出来ていると言うことは、これにかけておいた姿隠しの魔法が解けていると言うことです。
 何方が読んでいるのかは解りませんが、もしも……相棒なのならば、どうか気にしないように。良いですね。

 私は。久遠なる森の主たる魔種、偲雪に『呼ばれて』います。

 彼女のことは嫌いではない。
 皆が笑顔で居れば良い。幸せであれば良い。争いの種を生むだけの人間を見続けるなんて、楽しくもなんともない。
 恨んで、その為に誰かが誰かを殺さなくてはいけない。傷付いて、奪い合って。そんな世の中に生まれてしまった私達。
 きっと、そんなことをしなくたって生きていくことは出来たのに。
 これは、忍でなければ感じることの出来なかった考えでしょう。故に、彼女の話を聞きたいと思いました。
 正直な話をするならば。相棒や空を置いて反転することはできない。けれど……それでも、彼女の言葉を信じてみたいと。いえ、信じるという表現は適切ではないかしら。彼女の力を間近で見てみたいと思ったのです。
 運が悪ければ反転はしてしまうでしょう。その時は……相棒。貴方が私を殺してくださいね。
 読んでいる貴方が彼ではないのなら、そうするようにと伝えてください。

 何を書こうか悩んでしまいます。折角大きな便箋を用意してみたのだけれど、日記となにも変わりませんね。
 そうそう、日記のノートは破いておきました。……置いていきますので、見るならばどうぞご自由に。
 千切ったノートのページは勿体無いので何かのために持っていこうかと。何かに役立つと、良いのですけれど。

 うーんと。
 そう、ですね。
 少しだけだけ、お願いがあります。といってもふたつで、簡単なものになるかとは思いますが。……嘘かも。わがままになりそうです。

 まずひとつめに。どうか、私のことなど忘れてください。
 ひとの命は短くて、そして脆い。
 家族もなければ身寄りもない。こんな私を知ろうとしてくれて、ありがとう。
 いつも怪我ばかりしていてごめんなさい。けれど、見放さないでくれて、ありがとう。
 迷惑をかけることを、どうか許してください。

 そして、これはふたつめ。

 師走先生へ。
 育ててくれてありがとうございました。
 貴方から学んだものは、すべて私を作る糧となっています。
 不出来な弟子を、どうかお許しください。
 長生きしてくださいね。絶対に。

 空へ。
 真っ直ぐに育ってください。貴方の父は素晴らしいひとです。もしも鞘が顕現したのならば、お兄ちゃんとして支えてあげてくださいね。お母さんは、どんな時でも心からの言葉を伝えてくれる貴方のことが大好きです。どんな時も、貴方の幸せを祈っています。

 クロバ様へ。
 どうか無茶しいな相棒を頼みます。
 彼は止まりませんので、待った役が必要なのです。貴方ならきっと、彼のことを止められる。いざというときは、ブレーキになってあげてくださいね。
 貴方も無茶ばかりし過ぎないように、なんて。今更言わなくても解っているでしょうが。
 私の友人になってくれて、ありがとう。

 それから、ヴェルグリーズへ。
 相棒として支えてくれて、どうもありがとう。貴方には沢山の迷惑をかけてしまいますね。
 荷物は捨ててくださって結構です。手間ばかりかけさせてしまいますが、どうかご理解頂ければさいわいです。
 貴方が握ってくれたてのひらの温度も、抱擁のぬくもりも、何一つ感じることは出来なくなってしまった私だけれど。凄く嬉しかった。
 大切だ、という貴方の言葉を、ようやく信じられる気がしたのです。疑っていたわけではないのだけれど、なんて言い訳じみているけれど。貴方の長い人生において、私はずっとただの登場人物にすぎないと思っていたの。特別だとか、そういうのが、解らなくて。
 ……何も残せなくて、それから、無碍にしてしまうことになって、ごめんなさい。
 これはわがままなのですが。貴方が私にくれた優しさを、……もしも良ければ、空にもわけてあげてくださいね。
 それから、私の相棒になってくれて、ありがとう。とても頼りにしていました。とはいっても、話すことも出来ずに行ってしまうのは……不義理でしたね。ごめんなさい。
 弱い私ですが、貴方の盾として戦えたこと。心から、誇りに思います。
 幸せでした。心から。貴方と居たこの一年は、無味乾燥というに相応しかった私の人生に色をくれた。世界が変わりました。
 だから……ここに、沢山の感謝を残しておきますね。

 大切なひとだと言えるひとが出来た。
 大切なひとたちの笑顔が見たかった。
 大切なひとたちを守りたかった。
 大切なひとたちが傷付かなければならない世界が、嫌だった。
 醜いでしょう? ……でも、考えられることをやめられなかった。私の弱さです。
 花が落ちるように。戦場で死ねたのなら良かったのに。それをすることも出来なくなった。すべて、私の弱さです。
 だから、ずっと、強くなりたかった。
 叶うことは、なかったけれど。

 ようやく、書き置きらしくなりましたかね。
 書き置きなんてしたことがありませんから、良く解りませんが。
 無事に戻ってこられたなら、この手紙は捨てておきましょうね。恥ずかしいし。
 燃やしてしまいましょうかしら。まあ、捨てます。

 なんだか、不吉な予感がして。
 帰ってこれないような。或いは、記憶をまた失ってしまうような。
 もしもこれを記憶のない私に見せたとしても、何も解らないでしょうから、何も聞かないこと。いいですね。
 この不安も、焦燥も……全てまやかしだと、いいのですが。

 さておき、そろそろ終わりにしておきましょうかね。
 こんなにもつまらない書き置きを読んでくれてありがとう。それから、迷惑をかけてごめんなさい。
 願わくば。私を愛してくれたひとに、溢れんばかりの幸がありますように。
 それでは。行ってきますね。


 星穹

  • 行ってきますと、彼女は言った。完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月30日
  • ・星穹(p3p008330

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