PandoraPartyProject

SS詳細

目的さえ達すれば

登場人物一覧

スザンナ・ウィンストン(p3p010592)
特異運命座標
板谷 辰太郎の関係者
→ イラスト
板谷 辰太郎(p3p010606)
“蠅”を拒み“蛆”であり続ける

「おっとぉ、これなんか楽なんじゃないのぉ? ……稼ぐなら効率的にって話だ」
 板谷辰太郎はいつものように気だるげな表情で、効率的な(もとい楽な)依頼を探していた。そんな彼の目に留まったのは、とある旅の商人の落とし物を回収してくるという非常に単純で分かりやすい依頼だった。
 雨宿りで使っていた洞窟で魔物に襲われて命からがら何とか逃げたということもあってか、非力な商人一般人である彼は怖くて洞窟に戻る気にもなれないらしい。
「落し物は高価な杖……ふーん、絵で見る限りだとデカい石なんかついてて本当に高そうだな。」
 この依頼を受けることにした辰太郎はうっすらと口角を吊り上げる。魔物との戦闘というリスクさえ気を付けていれば、杖の回収などということは彼にとっては造作もないことだ。まして、戦えない一般人の代わりにやる仕事なのだ。ある程度報酬も弾まれるだろう。そんな皮算用を頭の中で動かしていると、背後から耳につく甲高い声が一つ聞こえた。
「あら、奇遇ね! わたくしもその依頼を引き受けようと思っててよ?」
 振り向いた先で、サラサラの茶髪が揺れ勝気な蒼い目が合う。
 ついていきますわ、とスザンナ・ウィンストンは辰太郎との間に横入りする形で、ギルド職員に申し出る。
「あぁ、めんどくさいお嬢様が来た」
「めんどくさいって、どういうことかしら?」
 ため息をつきながら発する辰太郎に、スザンナはむっとした顔をする。
 今回もわたくしが代わりに助けて差し上げたのよ感謝なさいという気満々なのだろうということが、辰太郎には何となくわかった。
 使用人として彼女の承認欲求の高さは傍で見ている。嫌だと拒否したところで、「わたくしを誰だとお思いで?」と強引についてくることも、辰太郎は薄々察していた。
 ただ、できる限り報酬はたんまりもらいたい。辰太郎はスザンナを小馬鹿にした様子で、彼女に尋ねた。
「杖を拾ってくるだけならまだしも、魔物だって出るかもしれない。もしお嬢様に何かあれば、御父上が黙ってないめんどくさいと思うんだけど」
「あら、落とし物を回収したうえでその魔物を倒して差し上げれば、世のため人のためになるのよ? そうすれば、ウィンストン家が貴族としてより優秀だと、社交の場でも言えるじゃないの」
「依頼の内容は落とし物の回収なんだよなぁ」
 辰太郎のめんどくさいという本心は、どうもスザンナには見えていないらしい。そういう彼女が気にしているのも、人助けというよりも名声の方だ。
(やっぱり、そこまで聞き分けの良いお嬢様じゃないよなぁ……知ってたけど)
 彼は先ほどよりもさらに大きなため息をついた。こうなれば仕方ないことだ。いくらウィンストン家が使用人をいちいち挿げ替えるだけの余裕がないとはいえ、揉めるだのなんだのはさらに面倒くさいことになる。
「ハイハイ……わかりました」
「わかればいいのよ。使用人のあなたを主人のわたくしが助けてあげてるのよ? 感謝なさい?」
「あー、アリガトウゴザイマスー」
 辰太郎は棒読みの感謝を述べながら依頼の受付を済ませ、二人は早速洞窟へと向かうこととなった。

 昼間に到着したということもあり、洞窟の入り口は人気こそなかったが存外明るかった。
 そしてさらに意外なことに、依頼の品は洞窟に入ってすぐのところに落ちていた。
 しかしいくら入り口近くで引き返せるとはいえ、辰太郎は警戒を怠らずに近くの岩場に隠れて様子を見ている。
 対してスザンナはというと。
「あら、分かりやすいところに落ちていたわね」
「いやいや……何があるかわかんないんだからもうちょっと考えましょうよ」
「でも、目的は早く達成したほうがいいじゃない!」
「あ、ちょっと……はぁ、これだからお嬢様は」
 辰太郎の忠告を無視して、スザンナは何も考えずに目的の物を拾い上げる。その様子を辰太郎はあきれた様子で岩陰から見ている。
「とりあえず目的のものは回収したわね。なーんだ、これじゃ肩透かしじゃないの」
(肩透かしって……あっ)
 辰太郎は声にこそ出さないが、余裕綽々、それでいて意外と単純に目的を達してしまってつまらないという表情のスザンナの背後から白い触手のようなものが伸びてきているのを認識した。
 危ない、と彼が声を発する前に、それはスザンナのくるぶしに絡みついて、彼女の足元を掬う。
 きゃっ、と転んだ拍子に彼女が声を上げるも、次の瞬間にはその触手は彼女の口を塞いで、洞窟のより奥まで勢いよく引きずり込んでしまった。
「あーあー、言わんこっちゃない。だから何があるか分かったもんじゃないって言ったんだよ……ったく」
 気を付けていれば回避できた事態。闇に溶け込み気配を消しながら、辰太郎は思わず舌打ちする。
 触手が地面を這っていった後を確認しながら、物陰に隠れつつ慎重に進んでいく。
 しばらく奥へと進んでいくと、開けた空間に出てきた。洞窟の中にしてはそこはとても明るい。
 空間そのものの視界が良好ということもあるが、その最たる理由はそこに鎮座している先ほどの触手クラゲの様な魔物が白く発光しているからだ。
 その周りには幼体だろうか、似たような小さな白いクラゲがふよふよと漂っている。
 そして無論、そこにはスザンナも囚われていた。
「うぅっ……離しなさい、このっ……
 全身を強く締め上げられているせいか、苦しそうな呻き声を上げて抵抗している。
 その手には、回収しないといけない目的の杖が握られていた。
 スザンナのギフトの効能もありすぐに薄くなっていくものの、彼女の白い肌にはところどころ締め上げられた跡が赤く見えた。助けるでもなく、辰太郎はじっと眺めている。
「板谷……早く助けに来なさいよ……」
 彼がすぐ近くにいることを知らないスザンナは半分涙目になりながら零す。ぎちっ、みちっと身体が締め上げられる音が聞こえ、ほどなくして彼女は意識を失った。
 カンっ、と軽い音を立て、杖が手から落ちた。
「本当に……手間がかかる。まぁ、はこれで達成したから良しとしよう。犠牲が出るのは仕方がないし、ましてそれが忠告を無視したものだったらなおさらだと思うんだよねぇ」
 気配を消したまま、スザンナを魔物の隙をついて杖だけを回収する。
「だって依頼品を持ってるのはお嬢様だったわけだし、回収するなら追いかけるしかない、その上危険な魔物もいた……これはそういうシナリオだよ」
 クラゲに絡みつかれて気を失った主人を尻目に、そう吐き捨てて辰太郎はその場を立ち去る。
 この時に誰かとすれ違ったような気がしたが、あとはローレットに戻るだけということで、敢えて気に留めることもしなかった。

 ──その後、暫くして。

「ん……うーん……」
 足首に痛みを感じながら、スザンナは目を覚ました。
 あたりは先程までと打って変わって薄暗く彼女を捉えていた魔物はすべて光を失っている。
 何が起こったか分からないという顔であたりを見渡すと、フードを深くかぶった人物が座っているのが見えた。
「ようやく目が覚めましたか……」
 状況から察するに、その人物が魔物を倒したのだろう。その瞬間、彼女はあることに気づく。
 ──回収したはずの杖が、ない。
 本来なら目の前の助けてくれたかもしれない人物にまずするべきは「感謝」だ。しかし、杖がないというその状況のせいか、彼女がしたことは真っ先に目の前の人物への「罵倒」だった。
「あなた、杖をどこへやったのかしら?」
「杖……何のことですか?」
「とぼけても無駄よ! あの魔物とグルになってわたくしのことを嵌めようとしたに決まってるわ!」
 ビシっとスザンナは指をさす。それこそ、悪党を問い詰める正義の味方のごとく。
「こんなことをするのは本当に悪漢の類よ!」
 彼女の悪漢という決めつけに、目の前の人物はあからさまに不機嫌な溜息をついた。そんな溜息もお構いなしに、彼女は続ける。
「この近くに仲間がいるんでしょ?! ほら、白状なさい! さもないと、ウィンストン家の名のもとに……痛ッ!」
 スザンナが詰め寄ろうとした瞬間、ピキッとくるぶしを刺すような痛みが走る。傷こそそこまで目立ってはいないが、自力で歩くことはできない。
 それならば、と、悪漢と呼ばれた人物は本当に気を悪くしたのか、彼女にかまうことなく踵を返した。
「助けが来るアテが他にあるのなら、私の助けは不要でしょう?」
 ──では、お元気で。
 そう言って立ち去ろうとした瞬間、スザンナは苛立ちを露わにして大声で喚き散らし始めた。
「板谷は何をしているの! ホント、使えない男。助けを呼びに行ったにしても遅すぎるわ!」
 板谷、という名に、その人物は立ち去ろうとした足を止めた。
「……今、板谷、といいましたか」
「ええ、そうよ。ウィンストン家の使用人でしてよ! まったくいつもボサッとして仕事も遅いんだから!」
「……成程。彼はまだそんなことを……申し遅れました。私は神前と申します」
 ぼそっと呟いた後、神前はスザンナをやや乱暴に担ぎあげる。暴れるスザンナを無視して、神前は出口へと駆けていった。

──その頃。

「目的の物は回収したさ」
 回収した杖をローレットの職員に手渡しながら、辰太郎は今回の依頼について報告していた。
「……まぁ、お嬢様は残念ながら魔物に襲われて死んじまったがね」
 洞窟の入り口で杖を見つけたが、何がいるかもわからない危険な状況下で自分の警告を無視したスザンナが魔物に連れていかれたこと。助けようと思って後を追いかけたが、すでに遅く、彼女は食われてしまっていたこと。つまり、スザンナが死んだ、という嘘の報告を。
 そう顔をしながら、報酬を受け取ろうとしたその時──勢いよく、扉が開いた。
「勝手に殺すのはやめてもらえないかしら?」
 甲高いお嬢様の声──スザンナの声が響く。
 たった今、目の前で彼女が死んだと報告を受けた職員は目を白黒させている。
「えっと……これは、どういうことでしょうか」
「あぁ、今回の依頼で魔物の生態サンプルの回収依頼をうけてました。こちらがそのサンプルです」
 神前は職員にサンプルを手渡すと、話を続ける。
「その時に、たまたまそこのお嬢さんが魔物につかまっていたので、ついでに回収しておきました。それはもう、元気よく悪態ばかりついてましたが」
 神前に担がれたスザンナは乱雑に辰太郎の方に投げられ、ギャッと悲鳴を上げた。
「ここまで運べば十分でしょう? 後はあなた方の問題……私はこれで失礼しますよ」
 神前はそう言い捨てると、スザンナと辰太郎の双方に冷たい視線を向けて立ち去った。
 後日、職員の計らいで内々での大目玉で済んでいたものの、本件は大問題となった。
 忠告を無視して突っ込んだスザンナも当然だが、何よりも虚偽の報告を上げて報酬を独占しようとしていたのだ。
 もっとも、2人が心の底から反省しているかどうかは全く別問題なわけだが。
「あー、これは想定外だったな」
 辰太郎は一しきり怒られてローレットを出た後、今度こそ本当に残念そうに溜息をついた。

おまけSS『そういうヤツなんですよ、彼は』

「まったく、私はサンプル回収に来ただけだったというのに……とんだ災難でしたよ」
 夕暮れ時、神前は軽く背伸びをして身体をほぐしながら家路についていた。
「それにしても──この主人にしてこの使用人あり、といったところですね……それにしても悪漢って」
 スザンナの言葉を思い出しながら、神前はフードを取った。
「私、女なんだけどなぁ……まぁ良いけど」
 本当に今回の一件はたまたまであり、神前が通りかからなければスザンナは死んでいたであろう。それに──。
「多分、あのまま虚偽の報告の後に彼女が生きていたと分かれば……殺されていたでしょうね、彼女」
 自分の扱いも手荒で、かつスザンナの態度が悪かったこともあり見捨てて戻ろうとしたのは事実だ。そこについては非道・冷徹といわれても仕方がない箇所ではあるのだが。
「あの男は……やることは本当にクズの極みなのに、舐められるのだから余計にタチが悪い」
 弱者を下に見て、蔑む。そういうやつらは基本的に金ヅル・貯金箱であって人としては見ていないし、人であっても、使えるものは使うし使えないと分かれば切り捨てる。
 ──板谷辰太郎という男は、そういう男だ。
「なぜ助けたんだか──これも腐れ縁というものですか……あぁ、実に、無様ですねぇ……」
 彼女はフードをかぶり直し、溜息を一つ吐いて家路を急ぐことにした。

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