PandoraPartyProject

SS詳細

安らかな眠りを

登場人物一覧

リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神

 夕立の前の暗さが、墓所を覆っている。厚い雲は空を覆い、大気は暑く、湿り気をはらむ。
 どこかで雷鳴が聞こえる。
黒衣の若者は友人から頼まれた墓所の清掃を終え、独自の祈りを捧げていた。
「生死は廻る車輪。霊よ、陽と夜の間をめぐり、幾たびの冬を越え、それでも、まだ終わりではない……」
 不満そうにざわめいていた霊魂らの気配が静まる。それを確認した若者――リースヒースは、ふと、霊魂の気配が構ってもらった幼子の安らかな眠りではなく、怯えに近いものになっていることを感じる。
 澄んだ音がする。鈴の音か、とリースヒースは呟く。誰か神官でも訪れたのか。しかし、その音は幻想や天義のものというよりも、豊穣の鈴に近い奇妙な音であった。
 思わずリースヒースは愛刀に手を伸ばす。汚らわしいものではないはずだが、どこか異質な感覚があったが故に。それにまるで一瞬で間合いを詰められたかのような――。
「ふむ、貴殿は生まれ変わりを信じるのですか」
 唐突な呼びかけはあまりにも静かな声。澄んだ鈴の音と共に右から聞こえる。
「何奴か。墓場荒しではなかろうが、弔いに来た者ともまた違う。御身の声は死者に近すぎる――」
 斜め後ろの鈴の音。振り返った先には、練達風の黒いスーツに身を包んだ男がいた。どこにでもいるような男であったが、瞳は見た目の年よりも遥かに老いており、定命が持ってはならぬ冷徹な公平さをたたえていた。それでいて、どこか新しい生き物を見つけた人のように興味をあらわにしている。男の周りはうっすらと明るく、夕立前の暗さが嘘のようであった。
 さてはこの者、己と同じ精霊種か、はたまたこの世の外からの『旅人』か。リースヒースが目を伏せて考えた数拍後、すぐ側から澄んだ鈴の音が再び聞こえた。
「貴殿の祈りに興味を持っただけのこと。司祭かと思いましたが、どうやらこの地の神に仕える者の祈りとは少々違いますので……貴殿は、神には祈っていない。興味深いことです」
 すぐ後ろに男が立っていた。どうやらこの客人、落ち着きのない性質らしいとリースヒースは思う。一瞬であちらこちらと飛び回る……。
「私は魔術師、司祭ではない。故あって死者の側に立つが……死者を使役するものではない」
 再び鈴の音。今度はすぐ目の前。男の底なしの瞳、墓所の奥に続くかのような漆黒の目が、リースヒースを覗き込んでいた。
「それにしては、妖術師の気配もしました。それも生死を欺く、降霊の技を好む類の者らの気配が」
 質問には正しく答えねばならぬ。千里眼を持つ苛烈な裁判官の前に引き出されたかのような感覚がリースヒースの体を襲う。元々感情に乏しいリースヒースであったが、宿命に見据えられているような感覚は身を震わさせるに十分すぎるもの。故に、嘘はつかなかった。相手の正体は分からぬが、嘘は己の命を奪うやもしれぬ、という直感があった。
「如何にも、隠し立てしても御身の目はすぐにまことを暴くであろう。私はかつて死者の敵であった――しかし、死者を強制的に使役する術はもはや使わぬ。今は影を友とし、死者と生者を見つめるのみ。我が愛刀にかけて、嘘はない」
 リースヒースは黒曜石の薔薇と紅玉の装飾がついた大ぶりの剣を叩く。男はしばし考え、
「ああ、合点がいきました……ならば、特にその件については問わぬことにしましょう。貴殿が『今』、盗人ではないならば、それで結構。この墓所には生ける屍はおらず、遺体はどれも善く安眠の中にいましたので……名をお聞きしても?」
 そうして、じっとリースヒースを見る。何時調べたのだ、とリースヒースは僅かな驚愕の色を浮かべ、男を見返す。あまりにも深いその黒い瞳は、何も返さない。
「リースヒース、親しき者はヒースと」
「ではヒース殿。私のことはシャーラッシュ=ホー、ホーとお呼びください」
「ずいぶん異国風の響きであることだ……」
 男、ホーは薄く笑む。『旅人』なのだろう、とリースヒースは思う。奇矯な振る舞いも人ならざる気配も、そのせいなのだと。常に試され、裁かれる寸前にいるような奇妙な感覚も、そのせいなのだろうと。
「ヒース殿、貴殿にとって、死とは、死者とは何か? かつて死者を奴隷のように扱ったものの、今は死者に侍り、守る側となった貴殿にとって、何か。じっくりと聞かせてもらいたいものです」
 純粋な好奇心からの質問故に、リースヒースは言いよどむ。様々な言葉を紡ぐことはできても、それはどれも真実ではなかった。贖罪ではないことは確かであるし、正義のためという輝かしい理由でもなかった。
「それは……私にとって、何時まで経っても不可解な分からぬものだ」
 故に、悩み悩んで最後に出て来たのはあまりにも恰好のつかない答えであった。
「死者が、生死が分からぬ故に、私は見つめ続ける。不可解さに魅せられ、その公平さと不条理さに畏れを抱く。数多の者達が紡いできた記憶の重さに頭をたれ、語り継ぎ、保護する役目を大事に思う。死者は我が師だ。死は我が教えだ――人であるためには、死を知らねばならぬ。人であり続けるためには、目を背けてはならぬと……知ってしまった」
 そして最後に付け加える。
「私は霊魂の流転を信じている。次の目覚めまで安らかに眠れぬのは、あまり、心地よいものではない――違わぬか」
「如何にもですね」
「ところで……御身は何者か。私の死生観に興味を抱き、死者の場所を知り、死霊術師を嫌い……あまりにも、定命にしては静かすぎる瞳を持つ者は――」
「『シャーラッシュ=ホー』ですよ」
 含みを持たせたアクセントが、何でもないことのようにホーの唇から放たれる。
 それ以上の説明は不必要である、というばかりに。人ならざる無自覚な傲然さを感じ取り、リースヒースは首を振って呟いた。
「その言葉には、私が知るべきではない異界の知識がぎっしりと詰まっているのだろうな……」
 言葉には何も返さず、ホーは猫が行うように、何もなさそうな場所をじっと見ていた。

 ホーと名乗った男はふと天を見上げた。釣られてリースヒースも天を見上げる。
 厚い雨雲から生暖かい雨がぽつりぽつりと降る。雷光が閃き、すっかり暗くなった周囲を一瞬照らす。あっという間に雨脚は強くなり、黒衣の二人はずぶぬれとなった。
「これではスーツが雑巾になりますね」
 癖のあるホーの黒髪はしっとりと湿り、頭に張り付いている。リースヒースはリースヒースで長い三つ編みの先から延々と雨が垂れている。
「ホーとやら。墓守小屋に行けば、タオルと湯と傘を貸すことができるが。後は、粗末ではあるが、茶と、朝摘みのラズベリーがある」
「ああ……。ご馳走になりましょう、ヒース殿」
 リースヒースの先導に合わせてホーがゆっくりと歩きだす。奇妙な澄んだ鈴の音が、移動に合わせてりん、りんと鳴り続けた。
 雨は強まる。むせかえるような土の匂いが、大気に広がる。
 霊達は眠り続ける、墓所はまた静かになった。

  • 安らかな眠りを完了
  • NM名蔭沢 菫
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月23日
  • ・リースヒース(p3p009207
    ・シャーラッシュ=ホー(p3p009832

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