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貴方と僕の帰る場所
登場人物一覧
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森の中で隠れるように建っていた廃墟。
そこには誰も近寄らないし、そもそも、その存在を知っているものは少ない。
さらに言えば好き好んで住み着く物好きも――いないとは言えないが――いないに近いからか。
荒れ果てているのは当たり前の話なのだろう。
それでもこの廃墟には人の音(と)がする事がある。
それは時々でもあるし、数日数週間あけての時もある。
手入れをされていない雑草道で、誘うように開いている獣道を通って。今日も珍客はやってくるのだ。
「……るぅ」
『静寂』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)も、その一人だ。
しかし他の誰とも違うところは、アルヴァはこの誰も寄りつかない外観を持っている廃墟を、人が住めるほどに美しく改築した事だ。それには幻想やローレットの力も借りた事だろうが、住むのならばそれなりに綺麗な方がいい。
今では蜘蛛の巣も、ねずみの足跡も無い程に――一人前の住居と言って申し分が無い程に様変わりしている。
キッチンで紅茶を淹れたアルヴァは、まだ手入れが終わり切っていない庭を見ながら口に紅茶を含んだ。
森の中であるのだから、別にそのままの自然であってもいいのだが……森は自由で奔放に成長してくれているので、いくらか日当たりは悪い。それだけは解消したい。
うっそうとはえる木々が風に揺れ、僅かな隙間から入る木漏れ日は悪くはないのだが――洗濯物が乾きにくいのは別問題なのだから。
「るぅ……ちょっとだけ、木の伐採」
あそこと、あそこの、枝を切れば日当たりはもっとよくなるはず。
やっとこの休日にそれをやる決心がついた日の事であった。
早速作業に取り掛からんと――しかし、面倒くささを隠せずに、とろんとした瞳を擦ったアルヴァ。
「――るう!?」
その時、背後から迫る影に突き倒され、腕を後ろに拘束されたのだ。あまりにも一瞬の出来事過ぎて、アルヴァはひっくり返した茶器にも目をくれずに身震いをする。一体誰が――。
「誰だ」
「だれ……るぅ、それはこっちの、セリフ……!」
上から降り注ぐように落ちてきた声は、クールな女性の声であった。
おかしい、この家には自分以外の人間はあまり寄り付かないはずなのに――、強盗にしては優しいし、泥棒にしてはあからさま過ぎる。いや、しかしこんな場所に来て考えられるのは強盗くらいか。どのみち、いい印象は無い。
床に顔を押し付けられているからか、女性の顔こそ見えないものの。第六感で命は獲られない――そんな保証は何故かあった。
さかのぼる事、数分前。
『ナインライヴス』秋空 輪廻(p3p004212)は、獣道を辿ってこの屋敷にきていた。正しくは、戻ってきていた。
しかし驚いたのは言うまでもない。何故なら、その理由は今から語ろう。
輪廻はこの――まだおんぼろだった頃に――屋敷に住んでいたのだ。
この世界に落ちてきて、右も左もわかっていない頃であったし、元の世界では死んだような――そう、それこそ亡霊のような自分には『その程度』の廃墟のような屋敷は合っていたのだ。
もちろん蜘蛛の巣や、ねずみの糞尿には困ったものであったが、寝る場所だけ確保し、その周囲だけ綺麗にしておけば雨も風もしのげるのだ、住むには問題は無い。
その想い出を、思い返せば思い返す程、数か月ぶりに戻って来た廃墟は立派に成長していた。まるで輪廻が別の場所を訪ねてしまったかと思うくらいには、様変わりしていたのだ。
故に、輪廻は警戒をした。
この屋敷には、自分以外の存在が手を加えているのだと――その相手が、輪廻にとって味方でも無ければ敵でも無いかもしれないし、敵かもしれないし味方かもしれない。
それ以上に、自分の屋敷を取られるのは気持ちがいいものでは無い。
故に、輪廻は自分の屋敷である場所に、忍び足で入り込んだのだ。
――時は戻る。
輪廻は、アルヴァを床に押し倒して、全体重を乗せて拘束している。輪廻もよくよく見れば、今己は年端も行かないような少年に、膝を乗せているのだ。この少年――一体、何者?
「貴方は何者か、何が目的なのかしら?」
「……るぅっ」
アルヴァにしてみれば、聞かれた問の意味のほうがよくわからなかった。
此処は廃墟だった。
それを綺麗にして住んでいた。
それだけだ。
なのに突然入り込んできた女は――やっと、目の端で見えたが仮面をつけている女性であった。これを不審者と呼ばない理由は一切無い。故に、アルヴァは問の答えをすぐに切り返す事は難しかったのだ。
「るぅっ……痛っ」
「答えないならこうするわ」
刹那、輪廻はアルヴァを組み敷く力を強めた。アルヴァの喉から苦しい音が響き、青色の耳が垂れる。
アルヴァも上手く問に応えを返すことは難しく、結果輪廻の力量は時間と比例して上がっていた。今では、抑えられている場所には痕が残っている事だろう。
しかしアルヴァも抵抗の色を見せる。
「るぅっ……強盗に教える事なんか……無い……っ」
絞り出したような声であったが、その瞬間、輪廻は仮面の奥で瞳をぱちくりとさせていた。
「強盗? どういう事かしら」
「? 強盗じゃ、ない……?」
まるで繋がらなかった点と線が、繋がっていくようにキーワードを拾って。二人は答え合わせのように示し合わせていく。
「ええ、だってここは私の家よ。後から来たのはそっち」
「るぅ……先住者……さん?」
「いいえ、今も私の家のはずだけれど……」
「る?」
お互いに、お互いの頭の上にハテナマークが浮かんでいた。
輪廻はアルヴァが家泥棒だと思ったし、アルヴァは輪廻を強盗の類かと疑った。
しかし、冷静になって話を進めていくにつれて、輪廻がアルヴァを拘束する意味が薄れていくのであった。
ふ、と。
「成程、ねん?」
輪廻の手から力が薄れ、そしてアルヴァの上から退いた。
アルヴァは反射神経のように俊敏に動いて、一旦輪廻から距離を取る。矢張り、妙齢の女性のようであった――ゆっくりと仮面を外した輪廻の顔を見て、整ったその表情にアルヴァは瞳を反らす。抑えられていた場所が痛むのだ――そう簡単に、例え美しい人であったとしても、赦すには少し時間がいるのだ。
やっと互いに相手の姿を確認しあった所で、輪廻はふふ、と口元を袖で覆う。勘違いで酷いことをしてしまったと、詫びた後にゆっくりと説明をしていくのだ。
「どうやら勘違いをしていたみたいねん♪ ごめんなさい」
「るう?」
「どうやら私がいない間に、住んでいたようね。私が長い間、家をあけていたのがいけなかったわん」
「るぅ……」
単純な勘違いに、敵意は無いと感じたアルヴァ。
「先住者さんが、いたとは知らずに、勝手に、ごめんなさい」
「いいのよん。よかったら一緒に住みましょう、こんな綺麗にしてくれたんですもの」
「るぅ……一緒?」
「ええ。私の寝床には入らない約束をしてくれたら、このまま住んでいて構わないわん♪」
和解できたであろう空気に、輪廻は握手――と手を差し出す。
「名乗るのが遅れたわねん。私は秋空輪廻。これから宜しく、ねん♪」
「るぅ……アルヴァ」
そしてアルヴァと輪廻の手が結ばれた。
最後まで輪廻と目を合わさなかったアルヴァであったが、しかし輪廻が魅惑の曲線美を持った身体の女性と分かれば、青色のはずの獣耳の先が少し赤く染まっていた。
前途多難な日々はこれから始まる――その、出会いの物語であった。