PandoraPartyProject

SS詳細

闇が滲むから

登場人物一覧

咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年


 咲々宮 幻介は始末人である。
 元の世界でもそうであった。そして、『無辜なる混沌』であっても――その道理から外れる事はできなかったらしい。
「とある男を殺してほしい」
 依頼人の老人は、絞り出すようにそう告げると闇の中へと消えていった。否、幻介が闇へと沈んでいったのだ。
 闇から闇へ。
 幻介にとってはありふれたそのやり取りは、しかし今回ばかりは状況が違う。相手が違う。何しろ、その名は幻介が見聞きしたことのあるものだから。
「厄介な仕事を受けたものだな」
 取り繕った声は硬い響きを帯び、ひとつの邸宅の前で足を止めた。貴族でなければ、貴族か名を挙げた冒険者か、それとも■■■であろうか。何れにせよ、感情を無にしなければ殺せない。
 心というやつはどれだけ平生を装っても足元から忍び寄り、こんな筈じゃなかっただろうと嘯くのだ。殺したくなんかなかった、などとは言わせない。今まで築き上げてきた過去が背後から押し寄せ、彼の未来に滲み出しただけなのだ。だから最初から、逃げ場などというものは用意されてはいない。
 だからこそ。彼は、己の感情が凪いでいる間にと高床に伏す相手の胸へと命響志陲を振り下ろす。


「こんな時間に不躾じゃないか。名乗りもせずに殺しにかかるなんて」
 刹那、高床が盛り上がり鋭い木片が突き出される。咄嗟に身を翻した幻介は、あらぬ方向から飛んできた声と魔術にとっさに手を上げたが、遅い。
「お前は『オフラハティ』には耐性がなかったはずだな。精々藻掻いてのたうち回ってくれよ、幻介」
「俺の前に出てきたこと、後悔させるで御座るよ……セレマ」
 声の主、魔術師であり標的であり同僚であるセレマは、刀を納め再び鯉口を切る幻介の姿に苛立ちまじりに魔術を叩き込む。彼の言葉に滲んだ一瞬の淀みが、今は何より腹立たしい。
「ボクの名前を言い淀むんなら最初から突っかかって来るんじゃねえよ!」
「仕事だ!」
「そうかよ、何処の愚図にそそのかされたか知らねえけどご苦労なことだ!」
 セレマが苛立ちを示した理由はいくつかあるが、まずもって最優先に、幻介の態度が中途半端だったからだ。
 セレマにとって、彼はどこにでも居るイレギュラーズの一人だ。どうでもいい一人だ、と言い換えてもいい。依頼で隣を任せればそれなりに頼りになろう。正面切って戦えば……少しは面倒だろう。
 だが、今の幻介が振るってくる斬撃はそのどれもが腑抜けている。本来ならあるはずの切れ味と命中精度がまるで足りていない。尤も、それでもセレマの肉体を両断するに支障なく、然し乍ら、その肉体の再構築には幾許の支障もない。
「俺は殺せと言われれば殺す、それが仲間であってもだ」
「それにしては動きが硬いんじゃねえのか?! ボクの喚んだ犬ッコロに好き放題食べさせるじゃないか! なんだ、殺すなんていいながら犬の餌になりに来たのか!」
 硬い口調を嘲るように、セレマは駆け回りながら冗句を吐き出す。作り笑いに飾った口調。そのなかにただのひとつも「らしさ」がない。次々と生み出されるセレマの魔術(のろい)の数々は、そのどれもが厄介極まりない。避けることも容易ではない。されど、幻介であれば受け続けるほど愚鈍でもなかったはずである。
「その口を縫い留めることくらいは、造作ないぞ」
「残念だなぁ、縫われる前にボクはいなくなってるけどな!」
「減らず口を……!」
「だから何度も言ってるだろうが! その鈍らな技でボクを殺すなんて大言壮語だってさ!」
 屋内戦であることは、本来なら幻介有利に働く可能性が十分にあった。
 然し、現実は逆だ。
 彼の命響志陲は屋内で振るうにはやや長い。まして、普通に戦えば幻介の方が射程に有利。隠れ潜み、不意打ちを駆使し、そして闇を好む呪いを、親の顔など忘れる程度には見慣れたこの家で振るうことは、セレマにとってこれ以上なく『やりやすい』状況であったのだ。
 まずは四方八方に這い回る足を環境で潰す。
 振り上げる刀の余裕を地勢で潰す。
 そして、距離の不利を暗闇で潰す。
 幻介はここにきて、己の不覚を呪った。
 本音を言うならばたしかに彼は、セレマを殺すという行為に明らかな躊躇があった。気の迷いがあった。
 見知った相手の命を奪うのも、奪われるのも……過去から追いついてきた闇が滲むから。
「…………」
 ひゅ、と吸い上げた息が吐き出されるより早く、幻介は動いた。セレマが放った獣を身を低くしてすれ違い、真下から逆袈裟に振り上げる。鋭利な切断面が、年齢に程遠い綺麗な臓腑を曝け出すより早く、傷はなかったものとして処理された。
「ハッ、少しは興が乗ってきたか? それとも怒りに任せてか? どっちにしろ、お前はもう少しやる気になるべきだろうが! 自分の体を見てみろ!」
 挑発してくるセレマの声に、幻介は改めて己を見た。そして鬼気迫る笑みを向けた。
「酷いもので御座るな」
「そりゃあそうだろうよ! なにが仕事だ! そんなナリでボロボロになるまで食いついて、殺されるために来たようなもんだろうが!」
「殺されるために、で御座るか」
「違うのかよ!」
「いやぁ、殺されるのは御免で御座るな」
「だったら」
「然るに」
 幻介のひと駆けはセレマにぶつかり、動きを止めた。否、進む必要がなくなったのだ。
 何しろその背中からはざっくりと刃が生えている。貫かれたのだ、正中線を。
 耳元に口を寄せた幻介は、小さく一つ、二つと唇を震わせた。
 セレマは痛みへの苛立ちとしてやられたことへの痛切と、そして彼の口から吐き出された言葉への戸惑いとをないまぜにしながら、しかしその刃を受け入れた。
 ぐり、と抉る刃の冷たい感触は、しかしセレマの心をいささかも揺らすことはなかった。
「馬鹿野郎」
 その言葉が最後まで聞こえたかは定かではない。
 なにしろ、幻介はあろうことか毀れかかったセレマの胴から振り上げるように、愛刀を抜き放ったのだから。


「……以上が此度の『始末』の顛末に御座れば」
「そうか。……死に顔はどうだった。酷い顔をしていただろう?」
「とても。己が殺されるなどとは一つも思っていない醜い顔で御座った」
 夜は更け、どころか、徐々に明るみを取り戻しつつあった。
 幻介の報告を夜を徹して待ち続けたその老人は、彼の報告を聞くと笑った。笑いながら、しかし声は嗄れていた。笑うという行為それ自体、行う猶予を体が許さぬのだ。
「滑稽、滑稽……! あの日私をだまくらかした憎き男が、特異運命座標などと嘯いて表舞台に現れることは憎くて仕様がなかった! よくやってくれた! 報酬は約束通り! 望み通り――」
 そこで、老人の声は唐突に途切れた。笑みを浮かべたまま、何かに伸ばされた手は虚空をかくばかり。
 老人は一代で財を成した富豪であり、嘗てセレマにその人生の成功が傾く程度には身包みを剥がされた過去があった。
 それから今まで、天寿を全うするなかで再び財を成して復讐を望んできた人生には、一体どれほどの薄暗い積み重ねがあったことだろう。
 相手を殺したことを喜び、恨みつらみを全うしたことで魂を明け渡した彼の人生は、果たして何の意味を持ち合わせていたのだろう。
 復讐にすべてを窶した彼のもとを離れた妻娘について、最後の最後まで財産分与の話一つ預けぬままに周囲への精算と調査費用、そして依頼費に回したその妄執の姿といったら、事情を知る者達が見ればどのように悪罵を連ねたものか分からない。
 だが、彼は死んだ。クソみたいな人生に見切りをつけ、自分を騙した詐欺師を道連れにあの世への一本道をあるき出したのだ。

 彼は手伝いの女ひとり置かず、否、置く余裕もないくらいに零落して死を迎えた。ハリボテの財産の上で最後に願ったのが復讐だったというのは、なんとも……そう、なんとも哀れだ。
「……哀れなもので御座るな」
「本当にな。もう少し楽しい人生くらいあったろうが」
 簡素な、ただ木の枝一本で死を表現された墓を前にした幻介。その隣に歩み寄ったフード姿は、舌打ち一つしてからその墓に唾を飛ばした。
「余り死人に鞭を打つものではないで御座るよ……セレマ殿」
「ハッ、ボクが死んだなんて現物も見ずに信じた馬鹿には丁度いい末路だよ」
「確認するまで生きていた保証もないで御座ろうな」
「で? なんでボクを殺したことを偽装しようなんて考えたんだよ。もう少し賢い男が相手だったら実際危なかっただろうが」
 セレマの不機嫌そうな問いかけに、しかし幻介は「さあ、どうしてで御座ろうな」とはぐらかす。
 その返答に返されたのは、頭部に食らいつく黒い獣の姿であったが……。
「そういうのは、ちゃんと答えるモンなんだよ。はぐらかしてばっかりだと、そのうち何も残さず死ぬぞ」
「経験談で御座るか?」
「それ以上喋んな」
 それ以上喋れば、きっとまた。
 お前の過去がお前の未来に、闇として滲むから。

  • 闇が滲むから完了
  • GM名ふみの
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月22日
  • ・咲々宮 幻介(p3p001387
    ・セレマ オード クロウリー(p3p007790

PAGETOPPAGEBOTTOM