PandoraPartyProject

SS詳細

突風は夜闇を駆ける

『ケーティルアの三厄、参上!覚悟は出来てんだろーな?』

登場人物一覧

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

 
 背後から聞こえるのは、破落戸の罵声だった。
「何やってんだ、あんなガキ一匹に!」
「くそったれ、ちょこまかと……ッ! ドブネズミはドブネズミらしくさっさと惨めに死にやがれ!」
 怒号、咆哮、怒涛の足音。走りくるのは屈強な男どもだ。捕まればどうなるか――考えるまでもない。それこそ罠にかかった鼠のように、水に沈められるか、皮でも剥がれて見せしめに吊るされるか。何にせよ、碌なことにならないのは明白だった。
 足元目掛けて飛んできた石付ロープを、間一髪で跳躍して避け、路地の端に積まれていた壊れかけの樽を足場に雨樋を掴む。錆びた雨樋が、ごぎん、と嫌な音を立てて、振り子のように折れ曲がって倒れた。その勢いで距離を稼ぎ、路地の暗い空を跳躍する。その音に驚いて顔を出した住人が、少年に文句を言おうとして、直後通過していった破落戸を見てやめる気配がする。だがそれも、走るうちにすっかり消えて、少年の背を追うのは、破落戸の口汚い言葉ばかりとなった。二階の窓から逃走劇を見た娼婦が、すっと窓を閉める。
 街路の灯りどころか、月の明かりも殆ど届かぬこの薄汚れた路地では、記憶と機転が頼りだった。地の利は彼にあった、路地は彼を育てた遊び場で、隅々まで熟知していたから。
 だからこそ、サンディ・カルタは走る。走り続ける。
 先程見たものを忘れぬように。
 ポケットの中のものを落とさぬように。
 彼らに捕まらぬように。
 そして――

 ●

 元凶はと言えば、おそらく『薬屋』の話だった。最近この街に来た者が、新しく薬屋を作ったのだと聞いたのだ。それも、何故か裏路地に。
 最初それを聞いたサンディの考えはと言えば、大体このようなものだった――「なんでわざわざ裏路地なんかに作るんだろうな」。裏路地など、新しくやってきた人間が居着くような場所ではない。それも、薬など。とは言え彼が思ったことと言えば、実際のところその程度で、それだけだった。薬に興味はなかったし、まあ、あって困るものでもないと多少は思ったのである。
 だが、その数日後、夜――つまりは、サンディがこうやって走り始める直前のこと。
 裏路地をなんとなく歩いていた彼は、その薬屋の近辺が騒がしいことに気付いて、『フラッと』寄ってみたのだ。そこで見たものと言えば、要するに、ろくでなしの楽園。
 所謂『ヤバいクスリ』で盛り上がる、酩酊の地獄だった。
 それを見張るのは、満面の笑みを浮かべて金が詰まっていると思しき革袋を抱える、薬屋の店主であった。
 コイツはやばい。サンディは即座にそう断じ、踵を返した。幸いまだ気付かれていない、ならばさっさと逃げるに限る。
 そこで、スマートに逃げられたのならば。
 多分、サンディは今頃、スラムの片隅に構えた自分の居室で眠れていたはずだった。
 裏路地に置かれた、何がしかの木箱。それに足を引っ掛けたのだ。上がるのは盛大な音。同時に散らばるのは、紙に包まれた粉と、乾燥した――何かの葉。誰だ、と薬屋が叫んで飛び出すのは当たり前のことだった。そして、破落戸が現れるのも。こういう場合、いない方がおかしい。薬屋と破落戸が何がしかを叫び、サンディは咄嗟に粉と葉を引っ掴んでポケットに詰めると、駆け出したのだった。

(――で、なんで追手が増えてんだ!)
 いや当然か。当然だ。今サンディは、商売の現場を見た上に、ポケットには彼らの『商売道具』を詰め込んでいる。増えない道理がない。肩越しに背後をちらりと見れば、最初追ってきた破落戸の他に、目に見えて手練れと思しき傭兵の姿があった。しかも武装している――ボウガン、剣、マスケット。銃はまずいだろ銃は! そう頭の中で叫ぶが、男たちに届くはずもない。発砲音――耳元を金属の塊が飛んでいって血の気が引く。
「くそっ!」
 地面を走っているだけではいずれ飛び道具のどれかの餌食だ。サンディはそう判断すると、何が入っているのかもわからない――おそらくはゴミ箱と思われる――路地裏の木箱を踏み台に、再び跳躍する。飛びついた雨樋は、先程のものと違って外れなかった。それを巧みに登ると、角部屋の窓を蹴り開けて飛び込む。部屋には幸い誰もいなかった、尤も、いたとしても、通らせてもらうだけなのだが。外からは包囲を命令する傭兵たちの掛け声。それにサンディはにやりと笑う。このまま建物から素直に出て行くわけがない。
 何のために角の部屋を選んで侵入したか。
 決まっている。部屋を斜めに横切り、窓を開けると、その目の前には、すぐ隣の建物だ。この『宿屋』が、隣の集合住宅と隣接しているのは知っていた。それこそ、猫くらいしか通れないような感覚で。殆ど目の前にある灯りのついていない窓を強引に開いて、サンディはそのまま身を滑り込ませる。暗い部屋には誰も居ない。そうして順調に扉を開いて、階段を下り、建物を出――
「いたぞッ!!」
 傭兵の一人に見つかり、サンディは走った。傭兵の声に反応して、破落戸や他の傭兵たちが即座に集まって来る。
(まあ、そんなに都合よく行くもんでもねえよな!)
「これでも食らいやがれっ」
 速度をできるだけ落とさないように、少年は手にした胡椒爆弾を追いかけてきた傭兵たちに投げつける。よし、命中。流石に傭兵は避けたようだが、破落戸は何人か直撃して悲鳴と共にこの逃走劇から脱落したようだ。しかし、傭兵たちは流石、統率が取れている――そんだけの腕があるならこんなシケた仕事してんじゃねえよ、とサンディは思った。ガキ一人追い回して、一体給金幾らなんだ。探しゃあもっと人に褒められる仕事があるだろうが。走るサンディの、ポケットの中で薬が暴れる。
 そんなに金になるもんなのか――これは。
 他人を食い物にするのは。
 そんなようなことを、少年は思った。
 頭部目掛けて撃ち込まれるボウガンの矢を風切り音で察知して紙一重で避け、屈むついでにサンディは近くにあった何かの木片を拾うと、傭兵の眼を狙って投擲する。傭兵の、銀色に輝く刃が、木片を弾いた。距離はまだ十分ある、だがこうやって迎撃し過ぎると、いずれは距離を詰められる――それがわかっていた。彼らの体躯は、サンディよりも遥かに良い。その上、運動能力も申し分がないと来ている。見れば、一度脱落したはずの破落戸も、いつの間にか戻ってきていた。
 サンディは頭の中に地図を思い描き、今自分がどこに居るかを確かめる。
 やれる、やれるはずだ――やらねばならない。踏み込む足に力を込めて、少年は駆ける。とっときの胡椒爆弾は残り二つ。そのうちの一つをもう一度投げて、路地を曲がる。投げナイフが、スラムの壁を削る音がした。
 それをもう一度繰り返して――
 現れたのは、壁だった。
 少し開けた袋小路。そこだけは、月の光が差して、少しばかり明るい。
 もう逃げられねえぞ、と傭兵がお決まりの言葉を吐く。
「……逃げる?」
 傭兵たちの言葉に、少年は肩を震わせる。理由は簡単だ、『上手くいった』からである。
「馬鹿言え、ここが俺の目指したゴールなんだよ」
 振り向いて、笑う。そして、驚愕に凍り付く傭兵たちの顔を少年は見る。
「な……」
「なんだ、こいつら……」
 月を背に立つサンディの、薄っすらとした影の両脇に、また別の影が、『二つ』現れる。その影は、一つは歪で、一つは陽炎を纏っていた。
「こっ――こいつら知ってるぞ!」
 叫んだのは、追手のうちの誰だったか。
「『三厄』だ――『地砕きのガイアン』、『灰塵のオミノス』――」
「よく知ってるじゃねーか」
 サンディが笑う。
「なら、噂も知ってるんだろうな」
 その肥大化した両腕で城門を壊したと言われるガイアン。
 炎魔術への適正が高すぎたために魔術学院を追放されたオミノス。
 その両名の噂を、やはり彼らは知っているようだった。
「それじゃあてめえは――」
「そうだ」
 サンディの合図で、二人の影が揺らめく。
「――『突風のサンディ』」
「ビンゴ!」
 そしてさよならだ。
 少年の言葉と共に、炎と巨腕の一撃が、月光に踊った。

 ●

「あの薬屋、捕まったそうだぞ。その用心棒も」
「麻薬の密売だろ? やべえよなあ」
 そんな会話を聞きながら、サンディはつい先程購入したばかりの林檎を齧る。
「捕まえた騎士は大手柄だなあ。流石だよ」
「証拠品もちゃんと抑えてたって話だもんな。偉いもんだ」
「スラムだからって悪人を放っておかないのは有難いね……」
 やがて会話する二人が遠ざかり、声が聞こえなくなる。二人は一介の子供に過ぎないサンディのことなど気にも留めない。それはそれでいいのだと思う、きっと。
(……しっかし)
 ガイアンとオミノスに叩きのめされた傭兵たちに、一応自分の噂を確認してみたのだが。
(トラブルあるところにサンディあり。厄介事を引き連れて、突然姿を現す――って、それ、なんかもっといい噂なかったのか?)
 何とも解せない。まあ、見栄や名誉のためにやっているわけではないのだが。娼婦も酒場も眠った昼間のスラムは、露店で賑わいつつも少しばかり静かだ。事件など何もなかったかのように、街はいつもの姿に戻っている。
 そう言う日々が、多分、サンディは好きだ。
 陽の下で齧る林檎は、蜜が入って美味かった。もう二つくらい買って来るかな。そんなことを思いながら、サンディはその場を後にする。
 そうして歩き去った少年を追うように――一陣の風が、くるりと渦を巻いたのであった。

 

  • 突風は夜闇を駆ける完了
  • NM名桐谷羊治
  • 種別SS
  • 納品日2019年10月26日
  • ・サンディ・カルタ(p3p000438

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