PandoraPartyProject

SS詳細

武器商人とロロフォイの話

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 ごとごとと馬車が揺れている。石畳の上を進んでいるのだろうか。二人乗りの小さな馬車にしか見えなかったのに、中に入ってみると存外広く、ロロフォイがリリコと並んで座っても十分なスペースがあった。リリコはいつもどおり言葉少なに、でも親密さを隠しもせず向かいに座る人物と声を交わしている。
「……今日はおめかししてるのね、私の銀の月」
「せっかくのお出かけだからね。ゲストがいるならなおさらだ」
 そう言ってその人は前髪の下に透ける切れ長の瞳を機嫌よさそうに細めた。その人は紫陽花が染め上げられたアオザイをまとい、同じく紫陽花の刺繍が入った薄絹のストールを肩に羽織っている。長い銀髪は高く結い上げられ、三つ編みにした髪で根元をくるりと巻いてあった。
 ロロフォイがその人と会うのは初めてではない。けれど、孤児院の仲間を抜きにして面と向かって話したこともない。興味はあるし仲良くしたいけれど、ちょっと遠い人、そんな印象だった。名前はたしか……武器商人と言ったはずだ。それすら本名かどうかわからないけれど。
 ロロフォイは握った拳を膝の上にのせたまま馬車に揺られている。その拳の上にぬくもりがかぶさった。見ればリリコがその手を重ねていた。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫。銀の月は優しいよ」
「う、うん」
 ロロフォイは言葉を探して頭の中をひっかきまわした。えーっと、最初にまず挨拶、は馬車に乗る前にしたから……。
「えっと、お招き、ありがとうごじゃいましゅ」
 噛んだ。
 顔が赤くなるのが自分でもわかる。武器商人は嫌みのない笑顔を浮かべて、どういたしましてと答えた。
「リリコからキミの誕生日が近いと聞いて、何か気の利いたものをと思ったのだけれど、なかなか難しくてね。キミ自身に選んでもらうことにしたんだ」
「あ、ありがとうございます」
 誕生日ってことだし、たぶんプレゼントのことを言ってるんだろう。何かな。なんだろう。おもちゃかな。お菓子かな? ロロフォイはどぎまぎしながらリリコの手をぎゅっと握り返した。
 馬車が止まった。人々のざわめきが聞こえる。扉を開いて外へ出ると、そこは港町ローリンローリンから少し離れた場所にある大きな街の目抜き通りだった。振り返って馬車を確認すると、やっぱり二人乗りくらいの大きさだ。それを不思議に思う前に、武器商人がくるりと指先で円を描き、従者と馬車をカードにしてポケットへしまったから、ロロフォイはそれ以上考えるのをやめた。代わりに目抜き通りのほうへ顔を向ける。お祭りの日みたいに人がたくさんいて、ショーウィンドウの中にはキラキラきらめく小宇宙。そこに並んでいるどんな品物も、魔法をかけられたように輝いている。
「さァ、おいで」
 武器商人は二人と手をつなぐとするすると人ごみを通り抜けていく。早くもなく、遅くもなく、子ども二人のスピードにあわせた歩み。それでいて道行く人の邪魔にもならず、まるで向こうのほうから避けてくれているような錯覚にロロフォイは陥った。やがて武器商人が足を止める。ついたよ、と促されて一歩前に出れば、そこは子供服のブランドショップが並んでいた。落ち着いた店舗のショーウィンドウに飾られた、まるでメリーゴーランドみたいな色彩。華やかさは色とりどりのバルーンを空へ浮かべたみたいに。武器商人は優しくロロフォイの頭をなでながら言った。
「好きな服を買ってあげるよ。どれでも気に入ったのを選ぶといい」
「ほんとに!?」
 ロロフォイは降ってわいた幸運が信じられなくて大きな声を出した。
「ありがとう! ありがとうございます! ありがとう!」
 ロロフォイの着ている孤児院の制服はシスターの手作りだ。女の子ならパフスリーブのセーラーワンピ。男の子なら七分袖のセーラー服に半ズボン。色は白で、素材は綿。よく言えば清潔感があり、悪く言えばそっけない。充分糊をきかせてはあるけれど、何度も水を通した結果のややくたびれた感じもする。それが少しばかりロロフォイには不満だった。だから、新しい服、自分だけのまっさらな服、これ以上ないプレゼント! ロロフォイは浮かれて走り出し、だけどすぐに現実を突きつけられた。
 子供服のショーウィンドウを全部見て回るころには、彼はすっかりしょげかえっていた。武器商人のもとへ帰ってきたロロフォイは、うなだれたままごめんなさいと言った。
「どうもありがとう……うれしかったです」
「どうしたんだい?」
「だって、その……」
 高価いから、とロロフォイはつぶやいてくしゃりと顔をゆがませた。
「気にすることはないんだよ」
「ありがとう、それに、ボクがいいなって思った服、全部女の子の服、だったから」
 だからいいんです、ありがとう、男がスカートをはくなんて変だから。ロロフォイの口元がきゅっと締まり、何か大きな塊を飲み込むように喉が動いた。武器商人が口を開こうとしたその時、リリコが強引にロロフォイの手を握った。そのままずんずんと歩いて行って、ある店の前で止まった。
 そこには一着のワンピースが飾られていた。薄い黄色、ひよこ色をしたハイウエストのAラインワンピースだ。腰のあたりに斜め掛けされた白いリボンがいいアクセントになっている。よく見ると、スカートの端には手の込んだ花の刺繍が入っていて、雑踏が光を反射するつど、さざ波のようにきらめいた。
「……これ、絶対、似合う」
 リリコはちょっと怒ってるみたいだった。そんな彼女を見るのは初めてだったから、ロロフォイは目を丸くした。
「……着たいものを着ればいいと思うの。私も私の銀の月もそんなことで笑ったりしない」
「ほんとに?」
 リリコがこくりとうなずいた。翠のリボンがいっしょになって揺れる。
「そうだとも。「好き」なものが一番さ。我(アタシ)にキミの「好き」を応援させておくれ」
 武器商人がそう語りかけると、ロロフォイは期待に頬を染めてワンピースを見上げた。
「あのね、ボクもね、これ、いちばんカワイイなって思ってたんだ」
 そう声に出すと、彼は意を決して店の中へ入っていく。武器商人とリリコもその後に続いた。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか」
 ぱりっとした制服を着た店員が物腰柔らかに三人を出迎えた。
「表のあのワンピースを試着したいんだが、いいかね?」
「はい、こちらのリボンのお嬢様でしょうか」
「いいや、男の子のほうさ」
「かしこまりました」
 さすがは高級ブティックの店員。何か思うところはあったかもしれないが、おくびにもださずワンピースを持ってきた。試着室の中から現れたロロフォイはそれはもうかわいらしかった。お日様色の柔らかそうな金髪とひよこ色のワンピースはすてきな組み合わせだった。成長途上の細い体がワンピースの中で泳いでいる。そんな少年が喜びに瞳を輝かせ、頬を初々しく染めて立っているのだ。店員がにこにこしながらパニエを持ってきた。
「お客様、こちらもお召しになってみては? スカートがふんわりいたしますよ」
「うん、着ます!」
 パニエをはくと、ワンピースはドレスに変わった。
「……くるっとまわると楽しいよ」
「こう?」
「……うん」
「ほんとだ! スカートがまあるく広がって、とってもカワイイ!」
 リリコもいっしょにくるりくるり、ふたりのスカートが広がり、触れ合う。店員たちは目尻をさげっぱなしだ。色めきたって次から次へと小道具を持ってくる。
「お客様、こちらのヘアアクセサリーはいかがでしょう。黄色のリボンとパールの組み合わせがお似合いかと思われます」
「お靴も試着してみてはどうでしょうか。このシューズはきっとよく映えますよ」
「その靴、もっと髪と似た色のほうがいいんじゃないかしら」
「あら、それをいうなら、あなたの用意したタイツ、もっと薄いほうがいいと思うわ」
 リボンの髪留めに、シルクのタイツ、ぴかぴかのエナメルシューズまでそろった。もうその頃には、その場にいた誰もがロロフォイが男だとか女だとかどうでもよくなっていた。なんて言ったって、ちっちゃなモデルを飾り立てるのは楽しくてたまらないし、しかもそのモデルはどれを勧めても喜んで身に着けてくれるし、なんでも似合っちゃうのだ。
「カワイイは最強だねぇ」
 武器商人もロロフォイの七変化を慈しみの目で眺めながら嘯いた。
「いかがでしょう、お客様」
 店員から自信満々に声をかけられ、武器商人はひとつうなずいた。目の前には抜群にキュートに変身したロロフォイが誇らしげに立っていた。
「ではそれを一式。プレゼント用に包んでおくれ」
「かしこまりました!」
 元の地味なセーラー服に戻ったロロフォイはリリコと武器商人に連れられ、ずらりと並んだ店員に見送られて店を出た。
 帰りの馬車の中で、ロロフォイは紙袋を抱きしめながら幸せそうに言った。
「武器商人さん、今日はありがとう。あのね、ボクね、やっぱりカワイイものが大好き!」
「それでいいんだよ。自分の心に正直に、ね?」
「うん!」
 上機嫌のロロフォイの横で、リリコもうっすらと笑みを浮かべていた。翠のリボンが満足げにひよひよ揺れている。
 やがて馬車は孤児院についた。ありがとうともう一度叫ぶと、ロロフォイはまっすぐ入口まで走っていく。その背を眺めながら、でもね、とリリコは武器商人と視線を合わせずにこぼした。
「……私とロロフォイ、どっちがかわいい?」
「それは答えられない質問だ、リリコ。エメラルドとシトリン、どちらが美しいか聞かれるようなものだよ」
「……そう」
 若干すねた風なおもざし。頭上のリボンがぴこぴこせわしなく揺れている。まだまだお子様だねと武器商人は笑みをかみ殺し、お気に入りの子の頭を撫でた。

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