PandoraPartyProject

SS詳細

氷炎の交錯

登場人物一覧

焔宮 鳴(p3p000246)
救世の炎
冰宮 椿の関係者
→ イラスト
冰宮 椿(p3p009245)
冴た氷剣

●冰宮 椿(p3p009245)をとりまくはなし
 神の救いを信じない者は一定数存在する。"彼女"もまたその1人であった。
「だから妾が救うのよ」
 穏やかな声音で少女がうたう。自分は全ての母なのだと。全ての神なのだと。自らに従う教徒は須らく神の使徒であるのだと。
「そなたたちの行いが、ゆくゆくは人々の救いを齎すの」
 鳥が舞う。神の存在を広め、使徒を集め、人々を救わんが為に。
 けれど外には危険が沢山ある。そこに大切な可愛らしい小鳥を放つことが出来ようか。
 ――だからね、安全なそこにいて頂戴。

 可愛い小鳥が知るのは、安全で小さな世界とりかごの中だけで十分だ。


●焔宮 ■(p3p000246)とであったあとに
 高い場所に設けられた小さな窓――あれにはどうして格子がついているのだろう?――から光が差し込んで、瞼の裏を明るくする。小さく呻き声を上げた少女は、ぼんやりと目を開けて天井を見上げた。
 光が降り注いでいる。眩しくて目を細めてしまうけれど、窓には飛ばなければ手が届かないからどうしようもない。
 暫くして、そろそろ起きなければと上半身を起こす。さらさらと布を滑らせたように、銀糸の髪が垂れた。
 冷たい水で顔を洗って、それから大した量もない服から今日着る物を選んで着付けて。丁度運ばれて来た朝ごはんを黙々と1人で食べる。
 ご飯を食べて、遊んで、お昼寝をしたり、お母様から所作を教わったり。今日だって変わり映えのないいつもの1日だ。

 ――変わり映え?

 まるで変わることを望んでいるかのようではないか。が来たあの日のようなことが起こらないか、とでも言いたいように。それに気づいて少女は表情を曇らせた。
 これまでは遊んでいた時間が、次第に物思いに耽る時間へ変わった。お昼寝はただ布団へ横になってぼんやりする時間となった。
 けれど考えていることはどんな方向へ行ったとて出口はなく、ぐるぐると少女の頭の中で回っている。いつまでも、いつまでも。
 短い時間だったけれど、■の言葉に嘘は感じられなかった。果たして少女が言葉の真偽を判じることができるのか、というと……できるわけもないから、またひとつ考え事が増えているのだ。
 けれど物心ついてから言い聞かせられてきたことを、そう簡単に覆そうというのも難しい。例え外に出ようとしたとしても、不意に考えてしまうだろう――本当に、危険ではないのかと。
 しかし外で起こりうる"危険"がどのようなものかも、少女は知らない。知らないのだと今、気づいた。

 どこまでも広がっている青い空。
 四季折々に見られる木々や花畑。
 指先が赤くなるほどに冷たい雪。
 海の近くから運ばれてくる潮風。

 あの子がそれを語った時、どれもが未知の言葉だった。格子窓の向こうに見える青が空というのだと、あの子の言葉で知った。花も、木も、雪だって見たことがない。海というのは大きな大きな水溜まりで、飲むとひどくしょっぱいらしい。潮風というものはベタベタしてしまって、けれど青い空の下なら気持ち良くも感じられるのだと。
 言葉でしか教えてもらっていないから、想像することしかできない。ああけれどひとつだけ、自分の目で見られるのだと少女は上を向く。
 格子のはまった、小さな窓。外から悪いものを入れてしまわないように、悪いものにつばきが見つからないようにしているのだと言われて、問うたその時はすとんと納得した。
(あの頃はまだ、どうしてとよく言っていて)
(それがなくなっていったのは、ちゃんと答えをもらえたからで)
 今、同じ言葉を返されたら、どうだろうか。少女は少し俯いて、それからまた顔を上げる。
 視界に入った小さな、小さな空は。まるで自分の知る世界の大きさを表しているようだった。


 ――それは、唐突なことであった。否、起きるべくして起こったと言うべきなのか。
 大きな嵐が過ぎた部屋の隅で少女は小さくうずくまっていた。身を守るように縮めて、震えて。
 ごめんなさい。おかあさま、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 空気のような音が、常よりも辿々しく震えている。いたくてかなしい、悲哀に満ちたこえ。
『お母様、つばきは外に行ってはいけないの?』
『ええ、外は危ないことが沢山あるのよ。急にどうしたの? 以前聞かれてから、しばらく聞いてこなかったと思うのだけれど』
 以前は、純粋な興味だけだったから。今は――知ってしまったから。
『あそこから見える青が、見てみたいのです』
『あの窓の……? ここからでも見えるでしょう?』
『でも、外ならもっと、』
 広い青が見えるのでしょう?
 その言葉は少女の喉に張り付いた。代わりにひゅぅっと空気を呑む。
『……どうしてそんな興味を持ってしまったのかしら』
『――ぁ、』
『母が危ないのだと言っているのに、聞けないのですか?』
『っちが、』
『違うのよね。それなら――いったい誰が、そんな話を吹き込んだのかしら』
 笑っている。目の前の母は確かに笑っている。そのはず、なのに。
(こわい)
 ああけれど、このままじゃ■が来たことを話さないといけなくなってしまう。きっと■が怒られてしまう。外の事なんて気にしなければこんなことにならなかったのに。
『……ち、ちがわない、です。つばきが、つばきが興味を持っただけです! お母様、だってつばきと同じような人がとんでいくのが見えたから……!!』
 嘘じゃない。こんな状況で嘘をつけるほどの余裕なんて欠片もない。数日前に格子窓の近くまで飛んで、確かに見た光景だ。この部屋から万一にも連れ出されないようにとつけてもらっている鎖が、ギリギリそこまでは伸びるのである。
 少女が叫んだ瞬間。目の前の母はすぅと表情の色を失くした。それからは――思い出すのをやめよう。
(わすれてしまえたら)
 憔悴しきった少女は、光の差す格子窓へ視線を移す。あそこからの景色も、あの子と出会ったことも、世界のことだって全部、全部忘れられたら。

 そうすれば、母と以前のように戻れる。幸せな世界に戻れる――椿は、格子窓を見つめながらおもむろに翼を広げた。


●ちかづいて、まじわって、はなれていく
 ああ、忌々しい。
 妾の可愛い小鳥に余計なことを吹き込んだ者がいる。しかも予想では、そう簡単に消すことのできない相手だ。
「柊様」
 そう、目の前の幼い少女。まだまだ若く未熟ながらも焔宮の血をその身に受け、役目をこなさんとする姿はそこらの大人より大人びて見える。
「それでは、私はこれにて」
「――お待ちなさい」
 制止の声をかけたなら、さらさらとした金髪が揺れて、瞳がこちらを向いた。そこに見え隠れする感情を柊は見逃さない。
「何か言いたげに見えるのだけれど」
「……何のことでしょうか」
 見破られていることを分かった上で、■は曖昧に濁して見せる。此処に居るのは■個人としてではないのだから。
「言う気が無いのなら構わないわ。けれど――この先、妾の小鳥に会わないで頂戴」
「小鳥……?」
 一瞬眉を寄せるも、■ははっと気づく。あの座敷牢に囚われていた少女のことだ。つまるところ、■と少女が会っていたことがバレたのである。
「可愛い小鳥には安全な場所で、幸せに過ごしてもらいたいの」
「だから、閉じ込めておくと……?」
「大切にしまいこんでいるだけよ」
 その言い方に下火だった怒りの炎が燃える。きっと■は柊を睨みつけた。
「それは、あの子の意思を尊重しているの……? 何も知らず、知らせず、尊重していると言えるの!?」
「いつだって親の意思は身勝手なものなのよ。子供にはまだわからないかもしれないけれど」
 ぐっと言葉に詰まる。その一瞬の間に柊は使用人へ、■を見送るように告げて背中を向けてしまった。
(大きく口出しはできない……でも……)
 あのままにしてはいけない――そんな大きな不安が、■の心を占めていた。


●なにかわすれてしまったみたいだけれど
 ぱちりと目を開ける。窓から差し込む光は昼頃を指し示していて――お昼寝ではなくて、完全に寝過ごしたことに気づいた少女が飛び起きる。
「っ……」
 その瞬間、身体に痛みが走って少女はうめいた。
 いたい、いたい。なんでいたいんだっけ。わたしは、つばきは――。
 不意に声をかけられ、ぱっとそちらを振り向く。部屋の外に朝餉らしい膳を持ったいつもの人がいた。
「目覚められましたか」
 その人は膳を上げながら、少女が高い位置にある窓まで飛んでいって落っこちたのだと告げる。打ち身程度で済んで、傷跡も残らないだろうと。もうあそこまで飛んではいけませんよ、とお小言もついてくる。
 そうだったのか、と少女は納得した。動かすと痛む体を気遣ってか、膳は布団から上半身を起こした状態で食べられるように準備されている。
 用意された遅めの朝ごはんを食べながら、少女はふと思考に波紋を落とした。
(どうして……昨日のつばきは、飛んでいったのでしょうか)
 落ちた時に何処か打ったのか、記憶が曖昧だ。その少し前まではお母様が来ていたような気が、した、のだが――。
(まあ、思い出せないものはしかたありませんね)
 しゅわり、と疑問は泡沫に消ゆる。今日はゆっくりお昼寝でもしようか。身体の痛みが良くなったら、鞠遊びをして。あとは何をしようかと思いを馳せる少女の脳内に
 "直近の忘れている記憶"に気を取られている少女は、毎日同じことばかりをしていることもあって、もっと前の記憶を掘り返す余地もない。

 ――とある少女に出会った記憶が失われている、なんて。
 ――世界は大きく知らない事で満ち溢れている、なんて。
 ――それを知る為に日々格子窓まで飛んでいた、なんて。

 忘れたことすらも気づかずに、以前と同じ1日を繰り返すのだ。

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