SS詳細
ゆめみるもの
登場人物一覧
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「あら、素敵な剣じゃない」
それが、彼――いや、彼女の最初の言葉であった。
この時のヴェルグリーズは既にイレギュラーズとして覚醒している。外で昼寝中になんの因果か質に入れられていた。ついでに目が覚めたのは購入後である。
購入者である彼女の名前はケイト、練達に名を馳せる一流デザイナーである。肉体はれっきとした男性であるが、女性的に振る舞っている。
というのも妹が夜道に襲われてから男性が苦手になったのだそうだ。自分自身も女性服に興味があったためついでに一新。つまるところ心優しくフリーダムなオネエなのである。恋愛対象も不定。今のところ恋の予定はないらしい。
美しいものが好きなだけの彼女がヴェルグリーズを手に入れたのは、ちょっとした感性の行き詰まりからだった。ひとめヴェルグリーズを見た時にビビッと来るインスピレーションが湧いた。そしてきっとこれは幸運の剣なのだと確信したのだという。
うっきうきで購入した後家で人間と化したヴェルグリーズを見たときは野太い悲鳴が聞こえたものだ。何回思い出してもウケる。
そんな素っ頓狂な出会いから数ヶ月ちょっと。友人としての関係を気付いた二人は、今日は依頼としてヴェルグリーズをケイトが呼んでいた。
「でアンタさ~ほんと、ぼふんって感じで変身しちゃうじゃない? もーアタシほんと困ったワケ! だってアンタ、目の前でコップが突如人間になったらどうする? アタシもう魔法にでもかかったのかと思ったわ!」
「はは、驚かせてしまったね。申し訳ないよ。でも、その割にはだいぶすっきりした顔をしていたような気がするけど」
「だってあんなの見たら閃かないわけないじゃな~い!! アンタデザイナー向いてないんじゃない?」
「や、やったことがないからなんとも言えないな……」
「無職になったら来なさい、いつでも雇ってあげるわ」
「俺のほうがきっと長生きするよ」
「あらやだ鉄騎種舐めんじゃないわよ! アタシの家系は代々しぶといんだからね!」
ケイティと呼ばれることを好むらしい。ケイトと呼ぶとものすごい眼光で睨まれたのを思い出しヴェルグリーズは柔く微笑む。
自分自身がインスピレーションを生むきっかけになれているのならば、それは幸いであるのだと。
「で、アンタを今日此処に呼んだのは別に話し相手が欲しいからじゃあないのよ。解る?」
「言われてないから俺にはどうしようもないだろう。ケイティがしっかり記載してくれたらもう少しお好みの手土産を持ってきたんだけどね」
「揚げ足取るわね~この剣! アンタは其処にいるだけでアイデアが降ってくるから自由にしてたらいいわ。喋るのはもう癖みたいなモンだから気にしないで!」
「うん、知ってる。にしたって最近は子供服が多いみたいだね。もうジーンズの飽きが来たのかい?」
ゴミ箱に投げられる丸められたデッサンのいくつかをわざわざ広げてみたヴェルグリーズ。何がお気に召さないのかはよくわからないが、デッサンの等身が縮んでいる。素材の書き込みから見るに子供服だろう、と判断した。中には赤ちゃん向けのものもあるらしい。
「あっそうよ!! アンタねえ子供出来たならなんで教えないの!! 祝電の一つかっ飛ばしたわよアタシ!!」
「……まさか、空に宛てて作ってたの?」
「そりゃねえ、アタシのミューズに恩返しの一つでもしないと死んでも死にきれないじゃない」
「さっき鉄騎種はしぶといって」
「言葉の綾よ! アンタってやつは!」
それでもなおペンを持った手は止まらず紙はいくつか山を作っていく。
デザイナーたるもの常に最先端を行くものかと思っていたけれど、こうも気分屋だと見ている此方にも飽きが来ない。
「俺話したっけ。教えた記憶が……」
「なぁに、新参気鋭のルーキーってワケでもないけど、アンタの情報は勝手に流れてくるわよ。仲いいんだもの」
「俺はつくづく友人に恵まれてるね」
「そーよ、感謝しなさい!」
けれども、ケイトが考案しているデザインの殆どは乳幼児向け。
そしてヴェルグリーズの子供はもう思春期ほどの背丈も体格もある。
「……あの、ケイティ」
「なによ、暇じゃないのよ」
「俺の子供、こんなに小さくない」
「…………それは何? 母親が巨大な種族とかそんな感じ?」
「いや、そもそも結婚とかもしてないんだ。奇跡の余波から出来たみたいな……?」
「その表現だいっっっっっっっっぶ曖昧ねえ。つまりアレ? あのー……奇跡の残滓みたいな?」
「そんな感じだね。さすがケイティ、物わかりが良い」
「良いワケないでしょおアンタそんな大事なことは先言いなさいよ!」
「だって聞かれてないし……」
「言葉の綾みたいなモンでしょおが! あーもうほんっと! 計画がめちゃくちゃじゃあないの」
「……計画って?」
「そりゃあアンタ一家を巻き込んでモデルにするでしょ? マタニティウェアは間に合わなかったけど、てかお腹でっかくなったのかすらも知らないけど、ベイビーちゃんから子供、紳士服にレディーズなんでも展開する最強のブランドにしようって計画よお!」
「相変わらず野心的で素敵だね」
「でしょ! アタシの夢は世界一のデザイナーなんだから」
興味があることには一直線になってしまうケイトはとびきりチャーミングというか可愛らしいというか。
けれど身長はヴェルグリーズよりも高いし、筋肉ももりもり。ありとあらゆる点で美しいものを愛し、そして美しいものを作りたいと志すからには美しく在りたいと願っているらしい。
夢と努力と情熱のひと。今や練達の百万ドルの夜景を眺めることが出来る高層ビルの一室に暮らすことが出来ている。それもきっと彼女の努力の賜物だろう。
いくつものトルソーが並び、布が並び、裁断用のはさみが並び、針が、糸が、メジャーが並ぶ。そんな彼女の部屋に来たことは何度もあるけれど、肝心なことを聞いていなかったように思う。
「そういえば、ケイティはどうしてデザイナーを目指したんだい?」
突然の質問。長い睫毛が揺れる。
「……そういえば、話してなかったかしらね」
「うん。聞いても?」
「勿論よ。……アタシの故郷は鉄帝なんだけど、寒くて寒くて仕方ないのね。そんなときに機能性と可愛さとか素敵さを兼ね備えた服がぜんっっっぜんなくて、アタシのママがすっごい霞んで見えたのよ。アタ生んでるんだからすっごい美人なのに勿体なくて残念じゃない? 姉さんも妹も輝かせたいけど、せっかくひらめいたんだもの、実現させて笑顔を見るのはアタシが良いじゃないの」
「……そうだったんだね。ふふ、そっか」
「なによアンタ! 笑ってんじゃないわよ気持ち悪いわね! どぎつい蛍光ピンクの皮のパンツ作るわよ!!」
「それはちょっと頂けないかなあ……」
因果を断つ剣だとか。血を啜る魔剣だとか。
様々な心無い身勝手な言葉を浴びてきたヴェルグリーズにとって、本音で話し合うことの出来る相手は、
何人もの主を見送ってきた。
何人もの主を斬り殺してきた。
まるで、そうあることが宿命かのように。
けれどケイトはそんな
「ねぇ、ケイティ」
「何?」
「俺の息子の服も頼んで良いかな」
「もっちろんよ、アタシに任せなさい!」
おまけSS『デッサン』
「アンタ、息子ちゃんの名前は?」
「空っていうんだ。銀の髪に星色の瞳だよ」
「へぇ、アンタにも似てるのね。いいじゃない、連れてきなさいよ」
「……と、取って食べたりしないよね?」
「アタシのこと魔女かなんかと思ってるのアンタ? はっ倒すわよ」
「冗談だって。今度連れてくるね」
「わかったわ。それまでにもっと息子のこと知ってぺらぺら喋れるくらいになってなさいよ!」