PandoraPartyProject

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巡る季節を共に過ごせたなら

登場人物一覧

ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
エト・アステリズム(p3p004324)
想星紡ぎ


 ――ピピピピピピピ

 嗚呼、そうだ。と、何度目かの目覚ましを止めて。ウィリアムは目を覚ました。
 星見の台の窓を照らすのは既に開かれたカーテンから差し込む陽光。鳥が窓越しに囀るが、ウィリアムがゆっくりと上体を起こすとぱたぱたと飛んでいってしまう。
「…………」
 ぼんやりとした目で思考を働かせる。
(あれ……カーテン、閉めて寝なかったか……)
 いいや、きっちりと閉めた筈だ。低血圧でぼんやりとする頭をうーんと唸りながらなんとか身体を動かしてベッドから動き出す。何回目かの目覚まし時計の鳴動。それでも早めに起きたほうだ。なんたって今日は――

「あ、起きた?」
「……エト?」

 愛しい人とのデートだからだ。
 夜空の髪をした少女は合鍵を使ったのだろう、ちょっぴりと申し訳無さそうに扉から覗く。
 むしろ申し訳ないのはこちらの方で、悠長に眠っていた。エトが気を利かせてカーテンを開けておかなければ、まだ暫くは眠っていたような気さえする。
 ので、目前の少女が申し訳無さそうにする必要はない。眠い頭をなんとか起こして微笑めば、不機嫌ではないと伝わったのだろう、ぽすんとベッドに腰掛けてエトは笑う。
「ふふ、来ちゃった。楽しみだったから……つい。嫌だった?」
「いいや……いや。おはよう、エト」
「うん、おはようウィルくん。朝御飯食べるよね? 美味しいかはわかんないんだけど、作っておいたの……」
「着替えてからそっちに行くよ。準備、頼んでいいか?」
「うん、任せて」
「ああ、任せた」
 ぱたぱたと掛けていく華奢な足。可憐なミニスカートの裾が揺れる。そんな短い丈を着ていたら他の男にまで見られてしまいそうだ、なんて朝から考えられてしまうほどには少女が愛おしい。
 本であったが故か濡れることが嫌いで、泳ぐことも出来ない。それなのに、揃いの水着を着て海に行こうなんて誘いにも花が綻んだように幸せそうに笑うものだから、弱ってしまう。
 一緒に出掛けたいと言い出したのはどちらからだったか。苦手な水のある場所ですら彼女は笑ってしまう。……ずるい。
 海に行くのだから下は海パンで十分だ。上にもパーカーを羽織り、軽く着替えとタオルを纏めれば準備は万端だ。
「ウィルくーん、だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫。おまたせ……おお、オムレツか」
「うん。このあいだ教えてくれたでしょう? 忘れない内にと思って……あ、でもでも、しらすを入れてみたの。和風っていうのかな?」
「へぇ……俺よりもすぐに料理上手になりそうだな。エトは?」
「わたしは食べなくても平気なの知ってるでしょ?」
「……でも、俺がそれは嫌だ。けど作ってないよな……あ」
「なぁに?」
「ほら。あーん」
「えっ、でも、わたしほんとに!」
「……ん」
「……私がその顔に弱いの解っててやってるよね!」
 ふ、と笑みが漏れる。手ずから作った料理をまさか恋人にあーんされるとは思うまい。
「どうだ?」
「……おいしい、と、思うけど」
「まぁこれで失敗してても俺は食べ切るけど。……ん、美味しい」
「それなら……それなら、いいんですけど!」
 ぷぅ、と頬を膨らませたエトは微笑ましい。人形のように端正な顔が己が起因で崩されていくのはなんとも言えない背徳を覚える。
 こうして二人は朝食を済ませて荷物をまとめて、海洋の海へと向かったのだった。


「わぁ、すごーい……!」
「おいおい、泳げないんじゃなかったのか?」
「そ、そうだけど……海見たら近寄りたくなっちゃうでしょ?」
「まぁ、気持ちはわからなくない……かな。それから、エト」
「なぁに?」
「定番っていうか……お決まりっていうか。なんつーか……その。笑うなよな」
「わぷ?!」
 エトの頭目掛けて羽織っていた星色のパーカーを押し付ける。
「……も、もー! 何するのよ!」
「やっぱり露出が高すぎる。二人きりならともかく……お前は、危なっかしくて目が離せないし」
「なによぅ、素直に言ってくれても良いんじゃないの? 貰ったのはいいけど……別に押し返したっていいんだからね!」
「……ずるいぞ。無理やり言わされたみたいになるけど……水着、よく似合ってるよ。ほんとに、そう思ってる」
「……よろしい。じゃあ着てあげる」
「日焼けもするからな。手ずからに塗られたいわけじゃあないだろう?」
 ふ、と悪戯っぽく笑ったウィリアムがエトを見やれば、ぷぅと頬をまた膨らませていそいそとパーカーを身に着け始める。ぽんぽんと頭を撫でてやれば、ひったくるように浮き輪をウィリアムから奪い取って、海に飛び込んでいったエト。
「あっちょ、おい……!」
「待ちませんよーぉーだ!」
 浮き輪からすぽんと抜けてしまったようだ。その背を追いかけて、ウィリアムも水面へと飛び込んでいく。

 ざぶん!

「ぷはっ! はぁっ……はぁっ、エト!」
「はぁっ、ふふ、あははっ!」
 ぱっと顔を上げて水面からエトが浮いてくるのを待つ。心配したんだぞ、とか。危ないだろ、とか。そんな怒ってしまいたいような気持ちは、太陽のひかりをきらきらと浴びて輝くエトの笑顔を見て全て消え去った。
「……ふっ、何笑ってんだよ」
「ウィルくんだって! 口角すっごい上がってるよ?」
「そうか? ……ま、そんな日もあるさ。何せお前とデートだからな」
「わたしも! ウィルくんとデートできて、すっごく嬉しいよ」
 海は苦手だけどね。とつけたして。うんしょと浮き輪の穴に細い体を埋めて、ウィリアムに目配せする。それが意味するところは、『浮き輪を押して』だろう。
 ウィリアムの小さな姫君はとびきりわがままで、それから甘えん坊なのだ。外でこそツンケンしているけれど、心根は誰よりも優しくて寂しがり屋で。
 そんな彼女が選んでくれた自分だから、せめて彼女が笑顔でいられるようにと願って。叶えられる範囲のことならば手助けしたいと思うのだ。
「ウィルくん、ごーごー!」
「あぁもう揺らすなって、危ないぞ!」
「ふふっ、もしかして怖い?」
「怖いわけあるか、むしろお前が落ちて沈むほうがずっと怖いけどな?」
 細い脚がすらりと伸びる。浮き輪の上で日傘を差しながらウィリアムに微笑みかける姿は優雅のそれ、ただしウィリアムが支えなければ転覆してしまう軽いボートの上。屈託なく笑う彼女とは裏腹にウィリアムは少しだけ肝が冷えるような心地で。だけれども、そんな不安を払拭するように、エトはウィリアムの頬を撫でた。
「もし落ちちゃっても、ウィルくんが助けてくれるでしょう?」
「そりゃあ勿論。お前を一人で死なせはしないさ」
「ふふ、でしょ! だから信じてるの。大丈夫!」
「……そうかよ」
「うん、そう!」
「……はぁ」
「ちょっ、ウィルくん、スピード上がってる!!」
「さぁて、どうだろうなっ!」
 きゃあきゃあと波打ち際にエトの歓声が上がる。
 海で泳ぐだけが水着の楽しみ方ではない。波打ち際で砂の城を作って、木陰でゆっくりして。隣接したお店なんかを見てぶらぶらしていたら、一日はあっという間に終わってしまう。
 真っ青な空に濃紺が滲んでいく。きらりと溢れる星のパールが麗しのベルベッドをきらめかせた。
「エト、こっちだ。足元には注意しろよな?」
「もう! わたしだってもう子供じゃないんだからね!」
「はは、どうだか」
「もー! からかわないでよ……っきゃあ!」
「っと……ほら、言わんこっちゃない」
「もー……」
 ぷんすこと歩いていたら砂浜に足を取られて転びかけたエトをキャッチするウィリアム。抱えたかき氷も無事で、二人はそっと胸をなでおろす。
「……ありがと」
「ああ」
「それにしても、もうこんな時間かぁ……」
「だな。早いもんだ」
 ゆるゆると満喫していた筈なのに、どの瞬間もが輝いていたように思う。それくらいに楽しんでいたのだ。
 隣りにある温もりは手が届くはずなのに、触れたら壊れてしまいそうで迂闊に触れることが出来ない。だから、そっと手を握るだけで今は収めておこう。
「……俺さ、エトとこうして夏を、色々な季節を一緒に過ごせて幸せなんだ」
「うん? どうして?」
「お前は……なんてことない風に言うけど。物語の中は、同じ季節や時間が繰り返されるだけだったと思うから。新しい毎日を一緒に過ごして、新しい季節を一緒に迎えて。寒いとか、熱いとか。そんな他愛も無いことにはしゃいでるエトをみるのが……俺にとっては、さいわいだったんだ」
 なんてことないと笑ってしまうけれど。本当は生まれた瞬間から他人の人生を演じていた少女にとって、混沌の世界はどれほど輝いて見えたのだろうか。
 その気持ちをウィリアムが知ることはない。同じ人生を歩むことは出来ないからだ。けれど、同じ未来を一緒に歩くことは出来る。
 繋いだ手のひらに、そっと指を絡める。ふいに隣を見れば、エトは困ったようにウィリアムを見つめていた。
「だから……これからも一緒に居てくれよ。俺の一番星」
「……っ」
 かぁぁ、と頬に熱が集中していくのを感じる。どうしてそんなことを言えてしまうのだろう、この人は。
 瞬く星々。煌めく月、水面。
 美しいものは他に沢山あるのに、ウィリアムから目が離せない。
 だから、そっと両の手でウィリアムの手を握り、エトもうなずいた。
「うん……ウィルくんがおじいちゃんになっても、ずっとずっと一緒にいたい……って、思ってる」
「……まぁ、そんなの数十年は先だよ」
「も、もー! 比喩ってあるでしょ!」
「はは、そうだな」
「からかわないでよ、本気なんだから!」
 だから、今だけはこうやって笑い合おう。
 世界にどれほど美しいものが溢れて輝いていたとしても。一番に貴方を見つめるから。
 そのこころに。温度に触れる度に。愛おしさを感じることが出来るから。
 繋いだ手のひらから伝わる異なる体温。それが、たまらなく愛おしく思えて、仕方がなかった。

 だから来年も、こうして手を繋いで。二人で海に来よう――

  • 巡る季節を共に過ごせたなら完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月05日
  • ・ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243
    ・エト・アステリズム(p3p004324

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