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猫が二匹
登場人物一覧
武器を構え、向かい合うように立っているのは二人の少女。どちらも小柄な猫のブルーブラッドであり、片やは混じり気のない純白であるのに対し、もう片やは銀の煌めきを帯びていた。
「さ、始めようか。もちろん手加減は必要ないだろ、スー?」
先に口を開いたのは銀の方、ニア・ルヴァリエだ。小盾に短剣、加えて軽装……身軽さ、素早さを是とする戦法が窺い知れた。
「うんうん、オッケー! いつでも来いだよー、ニアちゃん!」
もっとも、対面の白……スー・リソライトにとってみれば、今更という他ない。二人は友人同士であり、お互いの手札くらいお見通しだ。
一見すると小さな片手剣しか持っていないように見えるスーだが、その実、身に纏ったケープを用いたトリッキーな戦闘を得意とする。初見なら奇襲にも使えるが、ニアに対してはそうもいかない。
「いくよ!」
先制はニア。小盾に身を隠す形での突撃、アサルトアタックだ。初手としてはベターだろう。彼女はスーの手の内を知っているが、知っている程度で完封出来るほどスーのステップは甘くは無い。絡め取られてしまえば、乱され、透かされ、削り取られるだろう。それ故に防性を押し出した。巨漢の力自慢であればともかく、膂力で劣るスーに止められるほど甘い一撃ではない。
だが、相対するスーにも焦りはなかった。絡め取るのは確かに難しい、しかしそれならば。
「それっ!」
回避。至極シンプルな答えだ。ただ躱す訳ではない。スーはニアの目から自身を隠すようにケープを翻した。ニアの視界からスーの姿が消えるが、構うものかとばかりにニアは小盾を叩きつける。下手に止まれば、突撃が意味を失ってしまうからだ。たとえスーの実体が、そこには無いと分かっていても。
ケープを押し退け、開かれた視界の中にスーの姿は無かった。当然だ、彼女は振り払われるケープに潜んで身を躱し、ニアの背中に刃を突き立てようとしているのだから。
スーはルナティック……死を呼び込む踊り子だ。そのステップは、何も魔術的な意味だけに留まらない。ある種、武術の歩法めいた恐ろしさを秘めていた。その意味で彼女は熟練だ。
だがニアもまた、そう容易い相手ではなかった。両者は守りに秀でていたが、同じ守勢でも趣きは異なる。スーが躱し、透かし、翻弄することに長けているように、ニアは受け止め、あるいは流す、しなやかな盾としての技量を持っている。
片足で大地を強く蹴り付ける。ニアの小躯はそれだけで驚くほどの運動性能を見せた。前進の力が残っている中で、地面に背を向けるように身体を捻ると、その勢いのまま盾で以ってスーの剣を弾き返した。そこで終わったなら致命的な隙を見せることになるが、ニアの身体は突進の余力と剣を弾いた反動、加えて彼女には身に纏う風による補助もある。ニアはスーとの十分な間合いを作った後、地面を転がるようにして勢いを殺し切り停止した。その後、即起立及び構え。最低限の隙で窮地を脱してみせた。
「あちゃー。今のは惜しかった、あとちょっとだったのに!」
「やれやれ、怖いなぁ。けど、そう簡単には終わらせてあげないよ?」
「ふーん? じゃあ試してみようか……なっ、と!」
ふわり、という擬音が響きそうな身の運び方。しかしスーの接近は意外な程に速かった。一線級のイレギュラーズであっても引き離すのは難しいだろう、という程に。
間髪入れずに、踊るような剣技がニアを襲う。まずは上段振り下ろし……とはいえ通常の剣術とは違い、身体を回転させた勢いに乗せるような変速的な動作だ。盾を構えて受け止めるが、スーは押し切ろうとはせず、刃を滑らせて剣を振り切り、次へ繋ぐ。二の太刀は袈裟懸け、上段を振り抜いた勢いを乗せた強打。受け止められない訳ではなかったが、ニアは横合いから押し付けるように盾を合わせ、受け流した。受け止めることによる硬直を嫌ったからだ。舞うように……否、“舞いながら”剣戟を連ねるスーに比べたなら、ニアの戦法は堅実とすら言える。
強打の後、僅かな遅れを突くように短剣でスーを斬りつけた。彼女はバックステップを踏み、少しだけ距離を取るが、ニアは追うようにコンパクトな斬撃を重ねた。その度にスーは後退し、短剣は空を切る。それでいい。当てるのが目的ではない。
「……やるね、ニアちゃん」
「お褒めに預かり、光栄だよっ!」
スーが退がった先は壁際。袋小路とまでは行かずとも、動きを制限されるのは間違いない。ニアは無意味に剣を振るっていた訳ではない。細かい攻撃を積み重ねることで後退を誘ったのだ。明確に何処か一方へ追い込もうと思えば難しいが、少し下がらせる程度なら出来なくはない。……とはいえ。
「私も、誘ってたりしたんだよねっ!!」
一太刀目を繰り出したその時から、既にそれは始まっていた。舞い散る燐光、紡がれた舞踏。死の踊り子が導くのは、トワイライトステップ!
「ステップマジック!?」
気付いた時にはもう遅い。変調はすぐに訪れた。構える盾が、踏み締める足が、俄かに震え出す。ニアの鉄壁が崩された瞬間であった。
対するスーの行動は迅速。崩れかけた壁を決壊させるべく斬り込む。ニアは小盾と短剣を構え直すが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。盾を
持つ手は定まらず、短剣を構えても追いつかない。次第に傷が増えていく中で、それでもニアは耐え凌ぐ。
「この勝負貰った!」
数十秒の防戦の末、盾を弾かれるニア。その大き過ぎる隙にスーは待ってましたとばかりに突き立てる。全力攻撃、死を望む剣がニアにトドメの一撃を与えるべく振るわれ。
「やっぱり焦れたな、103歳児め!」
——風が吹き荒れる。吹き飛ばし斬り刻むような物ではない。だが緩やかでも確実に敵対者を滅ぼし、不吉を呼び込む風だ。
風奪い。ニアの行使する精霊の風。勝負を急いだスーは避ける間も無く受けてしまった。この数十秒の間にニアは不調から回生していたのだ。
不吉を纏い、怒りに心を乱されたスーは不利に構わずニアに挑むしかない。軽傷とはいえ数を刻まれたニアが欲するのは一撃の破壊力。すなわち、ブロッキングバッシュ。小盾をスーの胴体に強かに打ち付けた。
「……っあ!?」
ファンブル。避けられない不運がスーを襲う。普段であれば有り得ないスマッシュヒットは、彼女の体力を大きく削り取った。今までの攻防を含めたなら、余力があるとは言えない。
両者とも防性に秀でる者。それを理解していたからこそ、攻撃に重きを置いたのだが、慣れないことをするものではない。無理が祟った。
時が無い。お互いに悟っていた。無理は続くものでは無い。故に身体ごと、正面からぶつかり合い……。
「「まっけるかぁぁぁあああ!!!」」
もつれ合うように倒れ込み——酷く、酷く強く……壁に頭をぶつけることになった。
「「〜〜っ!??」」
もはや勝負どころでは無い。悶絶のものの大強打だ。二人とも肉体的頑丈さは持ち合わせていなかった。
「うぁぁぃ……ぃたい!?」
「いちちっ……もう、締まらないなぁ!」
「ううっ、ほんとだよぉ、実戦だったら笑えない……」
「模擬戦でよかったって思えばいいのかな。とにかく情けない、そしてイタイ……」
訓練がてらの模擬戦。非常に熱くなってはいたが、それだけの話だ。結果は引き分け。実力の程、両者の戦法を思えば順当とも言えるが。
周りには、注意した方がいいかもしれない。