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貴方は私の

登場人物一覧

鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
鏡禍・A・水月の関係者
→ イラスト

●突然の望まぬ再会

「ダーリン?! ダーリンだよね!」

 その耳に刺さる高音は、なぜか急に上転し空を仰ぐ形となった視界の下の方、真昼間の、人の往来も激しい幻想の大通りで仰向けに倒れこんでいる自分の胸の上から聞こえた。
 なぜ自分はこんな道の真ん中で倒れているのでしょう?
 いえ、それ以前に、なぜ、この声が、今ここで? かつて、数十年に亘って聞かされ続けた、彼女の声が……?

「やっぱりダーリンだわ! 変わらずに私好みでいてくれたからすぐにわかったわ! こんなところで会えるなんてやっぱり私たち運命の赤い糸で結ばれてるのよ!」

 混乱する自分を他所に捲し立てるその姿は、あの日と何も変わらない。

「あ、有栖さん!? なんでこんなところに……というか、突然ぶつかってくるなんて。とりあえず、降りてくれませ……」
「あら、いいじゃない! せっかく数年ぶりに愛し合う2人が世界を越えて出会えたのよ? それになによ有栖さんだなんて。そんな他人行儀なのはダーリンじゃないわ。」

 そういって無邪気に鏡禍の胸板に頬を寄せるかわいらしい姿とは裏腹に、彼の言葉を遮って有無を言わさず自身のペースで物事を進めご満悦なこの女性を鏡禍は嫌というほど知っていた。


●出会いは鏡の中で

 まだ鏡禍が混沌に来る以前。鏡の怪異として、人の営みを鏡面世界の向こうから眺めていた頃。彼女は突然、『こちら側』にやってきた。

「あら!? どうして私以外の人がここにいるの?」

 いや、むしろ彼女からすれば、自分の方が異邦者だったのかもしれない。

「私は有栖。ここは鏡の中のはずだけど、貴方はどうしてここにいるの? 名前はなんていうのかしら?」

 初めてあった時から、彼女の勢いは変わらなかった。あの日の気弱な鏡禍は、自分が見る人に脅威を与えるという鏡の怪異であるはずなのに、いるはずのない自分以外の鏡の中の住人に困惑し、ただただその圧に押されていたんだったろうか。

「あら、名前がないの? それにしても貴方の髪、暗いけれど光に当たると私の目と同じみたいに青く光ってとっても綺麗ね! 気に入ったわ! 貴方を私のダーリンにしてあげる!」
 
 遜色なく、これが彼女と鏡禍の出会いであり、鏡禍の煩わしい日々の始まりだった。

「ねぇダーリン! 貴方が外に出れないから、私が外のお話を聞かせてあげるわ!」

 彼女は優しいところもあった。

「ダーリン、大好きよ。」

 まっすぐに向けられる好意は純粋で、簡単に否定できるものではなかった。

「ダーリン聞いて頂戴! 夜に鏡の前でダーリンを見たって話してた女がいたけど、そいつ、ダーリンのことちょっと綺麗だったかもとか言ってたの。綺麗なのは当然じゃない、私のダーリンなんだから! でも私のダーリンに対して生意気よね! だから私が懲らしめてあげたわ!」

 けれど彼女は怪異である鏡禍から見ても異質だった。
 すべては自分を中心に回っている物語。
 気に入ったものは私のモノ。それをとろうとする者、気に入らないものは全ていらないモノ。だから壊していいモノ。
 自分も時に人を害することもある妖怪ではあるが、常軌を逸したその思考と行動を窘めたこともある。けれど彼女はなぜ自分が否定されるのかが理解できなかった。

「ひどーい! ダーリンは私の事嫌いなの? この世界にいるのは私とダーリンの2人だけなのよ? 貴方を愛せるのは私だけなの! 貴方が愛せるのも私だけ! それってとっても幸せなことでしょ?」

 瞳一杯に涙をためて愛する彼にしがみつき、ポロポロと雫を零しながら癇癪を起こす。
 そんな女の子然とした振る舞いに、なんど辟易したことだろうか。
 いい加減にしてほしいと告げたことも1度や2度じゃなかった。
 けれど彼女は鏡禍が強い態度に出て思い通りにいかないと、その度にその態度を一変させた。

「妾が愛してあげると言っているの。貴方に拒否する権利があると思って? 可愛がってあげるのに何が不服だと?」

 可愛らしい容姿はそのままに、けれど放つ圧は冷たく。手にした兎の人形は彼女にあまりに強く握りしめられ、ギチギチと嫌な音を立てていた。話は平行線で通じることはなく、鏡禍にとっては恐怖でしかなった。
 数十年。自身が弱り、存在が薄れていく時の中、それでも彼女との出口のない追いかけっこは続いた。

 それがあの日、混沌に召喚されて、やっと終わりを告げた。
 解放された。


●強くて弱い僕だから

 ……はずだったのに。

「ねぇねぇダーリン。せっかくの再会なのにぼーっとして、私寂しいわ。もっと強く抱きしめ返してくれてもいいのよ? 私が許すわ。」

 目の前の彼女は、あの日と何も変わらぬ容姿で。何も変わらぬ調子で、自分に愛を囁く。
 いや、違う。

「もう、黙ってないで何とか言ってちょうだい? もしかしてこんなよくわからないところにいたから、おかしくなっちゃったのかしら? また鏡の中に連れて帰らなきゃダメかしら。」

 まるで自分を所有しているかのように振る舞う。それはかつての自分にとっての恐怖で。
 けれど。

「いい加減にしてくれないか、有栖。ベタベタしないでくれって、何年も、何十年も言ってきただろ。」

 今の僕にとって、それはもう過去だ。
 僕の態度に目を丸くして黙り込む彼女。けれど、次の瞬間、彼女はあの日と変わらない表情を浮かべる。
 あぁ、あの笑顔だ。猫を思わせる瞳に、不気味な三日月型の口元。少女の可憐さなどない、僕と同じ、怪異の笑み。

「やっと昔の貴方に戻ったわ、嬉しい。でも、久しぶりに触れ合う愛する人に対して冷たいわ。ねぇ、そう思わない? アーン、私、悲しいわ。」

 そう手にする兎の人形へ語り掛け、「ウンウン」と兎の首を振って頷かせて見せる。大仰な仕草で両手で顔を覆って泣いて見せるその姿は、通りがかる人がその場だけを見れば庇護欲をそそったかもしれない。
 けれど、白昼の往来で女の子が男の上にのしかかってそんなことをしている光景などかえって近寄りがたいものだろう。

「思うわけがないだろ。僕は君のダーリンじゃないんだから。」
「あっ。」

 そういいながら上に乗る有栖の肩を掴んで押し除け、これ以上相手のペースに乗られないようすぐさま立ち上がる。

「……鏡禍のくせに。妾がわざわざこんな場所で見つけてあげたって言うのに。」

 あの日と同じく、怒りで様子の変わる彼女。だが、鏡禍の琴線に触れたのはそこではなかった。

「……どうして僕の名前を知っている?」

 それを動揺と取ったのか。再びあの不気味な笑みを浮かべた有栖は、こともなげに語る。

「あら? 当然じゃない。ダーリンのことなら何でも知ってるわ。だって、私は水月・有栖。貴方と同じ姓よ? 素敵でしょ?」
「水月を名乗っていいのは君じゃない!」

 それは鏡禍のミスだった。
 いや、今の彼にとって。大切な誰かができた彼にとっては、愛する彼女以外にその姓を語られることは許せないことだったのだろう。だから、仕方のないことだったのかもしれない。
 それでも。

「……君じゃない?」

 有栖の変化に、鏡禍はハッっとし顔を上げた。
 そこにいたのは、あの日、鏡の中で逃げ続けた、自分が恐怖を覚えた歪な物語の集合怪異の女の子ではなく。
 
「妾がいない間に、どこの誰と手をつないだというのかしら? 鏡の中でしか生きられないか弱い妾の鏡禍の癖に。」

 憤怒の女帝だった。
 数十年の彼女からの逃避行がいっきにフラッシュバックし、思わず一歩足を退けさせようとする。
 でも、ダメだ。

「……君には関係ない。」

 今の自分は、特異運命座標だ。
 愛する人がいて。
 守りたい人がいて。
 守るために、戦う力を持つものだ。

 たとえ相手が自分にとって過去の恐怖の象徴であったとしても。もう自分はあの日のままではないから。
 そうやって、しっかと地面を踏みしめ、まっすぐと彼女を見据えて言葉を返す。その姿は、あの日にはなかったものだろう。

「……フゥン、そう。」

 その姿を、彼女はつまらなそうな瞳で、けれど面白そうな口元で見やると。

「大丈夫よ、ダーリン。貴方は私の愛するダーリン。でもここにきて壊れてしまったのね。壊したのは誰かしら。大丈夫よ。すぐに直してあげるから。すぐに、ね。愛する人の為なら私、なんだってできるのよ。でも私もここにきてまだ日が浅いの。だから知らないこともいっぱい。そうだわ、いろんな人にお話をきいて、またダーリンにも会いに行くわね。それまで……待っててね?」

 ウフフッ……そう笑いながら、優雅に、それは本当に優雅に踵を返し去っていく彼女を、鏡禍は呼び止めることができず、ただ茫然と立ち尽くし、しばらくして我に返ると、ただひたすらに駆け出して行った。愛する彼女の元に。

 彼女は強い。だから大丈夫。そう繰り返し自分に言い聞かせながら。
 迂闊にも彼女の存在を悟られ、彼女を危険にさらしてしまうかもしれない自分のふがいなさを。そもそも、どうしてあの頃、彼女を拒絶し、縁鎖を断ち切ることができなかったんだろうと、取り返すことのできない後悔に苛まれながら。今もまた、彼女を止めることができずにただただ立ちすくんでいた弱い自分を許せず嫌悪しながら。

 ごめんよ。〇〇〇。
 必ず僕が守るから。
 守れるように、強くなるから。
 だから今だけは、君の元に走らせて。君の笑顔を見せて。

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