PandoraPartyProject

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嘘だらけの楽園

アベルのゴリラによる関係者1人+PCトップピンナップ

登場人物一覧

アベル(p3p003719)
失楽園
アベルの関係者
→ イラスト

 それは、孤児院の『せんせい』達の部屋に置いてあったのだ。
『■■■■』。背表紙の色はもう覚えてはいない。どんなものであったか――記憶の中では其れすら朧気だ。
 その本を盗み見てからというものの幻想種の少年は持ち前のカリスマを遺憾なく発揮していた。
 その孤児院はラサより流れ着いた孤児が身を寄せ合うだけの小さな楽園であった。少なくとも、彼らにとっては飢えと茹だるような暑さより救われ、人間らしい生活を送れるだけではない、幸せの溢れる楽園だったのだ。
 ――彼は云う。
「凄い本だよ」と。
 その本の中身は何度となく改変されていた。最初に鉄騎種の少年の目には御伽噺の様に感じられた。
 異世界の死生観が描かれただけの教典。『■■■■』の初稿というモノは――カノン・フル・フォーレが市井に流したそれは――それ程迄に可笑しなものではなかったはずだ。しかし、それは幻想種の少年の中で自己流に解釈された。注釈を追加し、文言を追加し、『カノン・フル・フォーレ』が識るものよりも尚、発展した言葉の羅列。狂気の羅列。それこそ魔種の存在の証明だとでもいうように――幻想種の少年のカリスマによって歪にくみ上げられたのであった。
 発展した其れは『せんせい』達も取り憑かれた様に正しいものとして認識した。
 まるで空想の神様がいるかのように――始祖とした女がそれを推奨したかのように――歪に歪んだその言葉を信仰した。
 過激極まりないその言葉を信じ込み進行し続ける『せんせい』や孤児たちを眺める鉄騎種の少年と『エリー』は言いようのない不安を抱き続けることしか出来なかった。
 茹だるような暑さを凌ぎ、食事をし、貧困から逃れる様に生活するだけだったそこからめきめきと改善された待遇。それは『アベル』によるものだったのだろう。仕事も効率的になった事から『カイン』は狩人としての腕前をメキメキと上げた。
『アベル』と『カイン』。親友同士である彼らはよく語らい、そこには『エリー』の姿もあった。
 時折、『アベル』の下に『せんせい』が訪れては彼を崇めている様子にも『エリー』はあまりいい顔はしなかった。
「大丈夫かな」と小さく呟く声を『カイン』はよく覚えていた。
 大丈夫かな。その時は、彼女が姉の様に親しく考えてくれているからこそ感じた不安なのだろうとも思って居た。
「きっと大丈夫じゃない?」
「そうだといいけど」
「アベルも何か考えがあるんだと思う――」
 そう、言い聞かせたのだと思う。『■■■■』は決して残虐なる教典ではなかったのだ。それを読み返し思いだしさえすれば――この異様な空気も無くなるはずなのだと信じ込む様に彼はエリーとそう言葉を交わし合ったのだ。

 ――そして、その日が訪れた。
 鉄騎種の少年は何時もの如く狩りに出かけると道具を持って出かけた。
 いってらっしゃい、と幻想種の少年が微笑んだその笑顔にどこか違和感を感じたのは確かだった。
 鉄騎種の少年にとってはその日はいつも通りのはずだったのだ。何所かに引っ掛かりを感じたのは、彼なりの予感であったのかもしれない。
 鉄騎種の少年が離れている間、『アベル』の先導の元、彼らの家には――孤児院には火が放たれた。
 その様子を『エリー』は呆然と眺めている。どうして、と。
『アベル』はゆっくりと口を開いた。穏やかな、いつも通りの、説法を聞かせる声音で。
「大丈夫」
 囁くように。『アベル』は自己の解釈によってつくられた歪んだ教えを朗々と語る。
 それに否定的見解を述べるのは、きっと『エリー』だけだったのだ――
「そうだ」
「そうね」
「うん、云う通りだ」
「ああ、その通りにしないと」
 その場の誰もが、洗脳を受けたかのようにそれを当然だと受け止めていた。
 肉体とは枷だ。
 死こそ魂の救済だ。
 兄弟(こども)達は手を取り合って炎に飛び込んだ。「せんせい」と甘える幼子に頷いて孤児院の『せんせい』も炎へと飛び込んだ。
 肉の焼ける音がする。鼻を曲げるようなにおいに『エリー』は眉を顰めた。呻き声と泣き声が響き渡る。
 これは、地獄なのだろうかと『エリー』は声を震わせた。
「ア、アベル……」
 縋りつく様に、彼女は首を振った。駄目よ、やめて頂戴、これ以上は。
 繰り出された言葉に『アベル』は首を傾いだ。ゆっくりと『エリー』の首に手を駆ける。
 酸素が回らない、いのちの消える気配がする。厭だともがいた指先から力が抜けていく感覚を感じていた。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、どうして、そんな――「アベ、ル」
 ひゅ、と音を立てて一本の弓矢が『アベル』の胸を貫いた。
 目を見開く『エリー』はゆっくりと、それを見詰める。堂々と、弓が、その胸を穿っているのだ。
「カイン……?」
 振り返る。『アベル』は笑った。「間違えたんだね」とフランクな声音で、いつも通りの言葉をその唇が紡いだのだ。「おかえり、今日はどうだった?」と。
「……何、して……」
「さあ、カイン。キミが帰ってきたら二人一緒に―――」
 もう一度、その声を遮るように弓が『アベル』の頬を撫でた。鉄騎種の少年は幻想種の少年を理解できなかった。
 狩りから帰ってきた『カイン』が見たのは姉と、母と、大切だと慕った女性を殺そうとする兄弟の姿であった。
 震える指先から力が抜けていくのを見た時、『カイン』の指先は弓を爪弾いた。どうしようもない程に、堪えられなかった。『アベル』に向けて飛んだ一矢がどれ程の意味を持つのかは分からない。
「カイン……」
 穏やかな、そして悲しげな声を響かせて『アベル』は首を傾ぐ。
「生きる時も、死ぬ時も……ずっと一緒じゃなかったの、カイン?」
 その言葉に、『カイン』は頷けなかった。手を離せと威嚇するように声を震わせた彼に『アベル』ははっとしたような顔を見せて、泣き出しそうに目を細める。
「ああ、なんで……ボクよりもこの女を選ぼうとしたんだ」
 胸を穿った弓に『カイン』はぜ、ぜ、と何度も息を繰り返した。今、兄弟を反射的に殺したのだ。救わねば、と頭は理解しようとも酸素がうまく回らず足が動かない。どうすればいいのだと震える様にして『カイン』が一歩踏み出した時――
「カイン―――」
『アベル』は『エリー』の手を掴んだ。ぐん、とおんなの体が引き摺られる。
 その儘の勢いで炎に濡れた孤児院の中へと倒れ込む。肉の焼ける音、どさりという音と共に絶叫が響く。

「―――――――!」

 誰の名を呼んだのか。『カイン』はもう、憶えて居ない。
 手を伸ばす。脚を動かせと脳が指令を送っている。走りだそうとその身を乗り出した刹那、孤児院の柱が音を立て倒れた。
 ずん、と身を引き摺られるような音がする。炎に撒かれ倒れていくそれで孤児院は倒壊した。

 ――――
 ――

 深緑に会ったとある孤児院の集団自殺はその奇怪な情報から一種のオカルトの様に扱われていた。
 それを耳にして、苛立ったように鉄騎種の少年は掌でぐしゃりと『手配書』を握りしめた。
 彼は――カインと呼ばれた鉄騎種の少年はその事実を忘れぬように、『アベル』を名乗り生きていくと決めた。
 兄弟(アベル)と姉(エリー)。
 その二人を失った事を忘れぬようにとその名を己の名としていたというのに。
 これはどういう事であろうか。
『楽園の東側』は、『アベル』が教祖として崇められる忌まわしきそれは活動し、あろう事か『アベル』が生きているのだ。
 アベルと呼ばれた幻想種は呼声に惹かれて『兄弟』を求めた。
 まるでカノン・フル・フォーレが『恋心』で焦がれ泣いた様に。思いを焦がれ、自身の欲求に生きていくのだというかのように。
 鉄騎種の少年は手配書にかかれたカインの文字列にアベルと描いた。一寸した落書きだった。自身の名を、間違えるなという気紛れと、腹いせを込めた。
 それは教祖の許へと送り届けられたのだろう。
 
「ああ、ならボクが『カイン』だね」

 彼は笑う。
 それは、一人の少年がアベルになった物語。そして、一人の魔種がカインになった物語。
「教祖様」
 そう呼ばれた声に彼は楽し気に笑った。
「今日からボクは『カイン』だよ。ああ、よかった。『もう一度やり直せる』!」
 あの呼び声は何処から聞こえたのかは今は分からない。
 楽園。ボクらの楽園。美しい緑の園。不幸を詰め合わせた砂の国より逃げおおせた楽園。
 きっと、その楽園の東側から聞こえたのだ。『■■■■』を市井に流したあの女の声は。
「ボクは『アベル』と一緒に死ぬんだ。
 病める時も、健やかなる時も、ずっと、ずっと、一緒だ。兄弟というのはそういうものだから」
 くすくすと嬉しそうに笑った彼の声に、背後に佇んだ片翼の飛行種は首を傾げる。
「ああ、『エリー』。楽しみだね。きっと君も『再会を喜んでくれると思ってる』」
「……はい」
「君の事を護りたくってボクに弓を放ったんだ。『アベル』は。
 なら、ボクと二人だけで死ぬなんてきっと『アベル』は淋しがるよ。全く、ボクの兄弟は淋しがり屋だなあ」
 悪意はなく、只、それが当たり前かのように彼は笑った。
 屈託もなく、子供のような笑顔を浮かべて。
「『エリー』と『カイン』と『アベル』の三人で死にたいなんて!」

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