PandoraPartyProject

SS詳細

それは誰の罪か、何の罪なのか

登場人物一覧

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
アルヴィ=ド=ラフスの関係者
→ イラスト


 布団に寝転ぶ。
 波紋が広がるようにじんわりと、一日の疲れが響いていく。
 目を閉じれば、ゆっくりと意識が落ちていく。
 身体に重みが掛かり、アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は目を開けた。
「……えへへっ、起こしちゃった?」
 くるりとしたブラウンの瞳をやや細めながら、にぱっと笑う、ぴくぴくと動く狼耳と一緒に、少女――ルリアが身じろぎする。
「今日も一緒に寝るのか?」
「駄目かな……?」
「駄目じゃない。ただ、お前はそれでいいのか?」
「うん、今までずっと離れ離れだったんだよ? 一緒に添い寝するぐらい普通だよ」
 そう言ってルリアが小さく欠伸を漏らす。
(この歳の兄妹が寝床を一緒にするなんてあるのか……?)
 なんていう問いかけは、既に何度もこなしてきた。
 そのたびに、同じような事を言われてルリアがいいならいいかと添い寝することになっている。
「それで、明日は買い物に行こうと思うんだけど、いいかな?」
 気付けば問いかけられていた。
「何の話だよ?」
「だから、そろそろ食べ物が無くなるから、明日買い物に行こうって!」
 少しばかりむくれ面になってルリアが顔を近づけて声をあげる。
「……あぁ、いいぞ」
「良かった……」
 ほっと表情を緩めてルリアが笑う。
 それを見ながら、アルヴァはこれまでの数ヶ月を振り返ってみる。

 腹違いの妹、ルリア=ド=ラフスと名乗るこの少女と出会ってから数ヶ月。
 現状、状況証拠のほとんどがアルヴァとの血縁関係を示していたこの少女は、甲斐甲斐しくアルヴァの世話をしてくれている。
 ルリアと再会する前は誰かに手伝ってもらうことはあっても、自分の事は自分でやってきていた。
 だから買い物や私生活のほとんどは独りで出来るのだ。
 そう言っても、このルリアは『でもたくさん買ったり、料理作ったりするときに不便じゃない? 大丈夫、私を頼って!』と自慢げに胸を張るのだ。
 だから、気付けば1人での生活から2人での生活に慣れてきつつある。
(……仲のいい兄妹、か。まったく、何を言ってるんだか)
 『仲のいい兄妹』――そう言われる日が増えてきた。
 そもそも、兄妹としての正しい姿なのかすら曖昧なこの関係をそう見る者がいるのだ。
 すり寄ってくるその姿は、妹というより、それこそ小型犬のようにさえ思えてしょうがない。
 なんてことを思いつつ、アルヴァはいつの間にか夢へと旅立っていた。

 翌日、寝床での約束の通り、2人で買い物をして、家へと戻ってくると、そのままの足でルリアは台所の方へと歩いていく。
「買ってきた物で簡単な物を作るね」
「手伝わなくていいのか?」
「大丈夫だよ! アルヴァは椅子に座って待ってて!」
 鼻歌交じりに小走りでルリアが台所に向かっていくのを見ながら、アルヴァはそっと椅子に腰をかける。
 うろちょろとしながらも、てきぱきと調理を熟していくその姿は見慣れてきつつある。
(アイツ、意外と料理の腕いいんだよな。母親がいなくなってからは独りで暮らしてたって言ってたし、だからか?)
 アルヴァのことを知るまで、ルリアは独りで傭兵紛いの活動をしていたという。
 寂しかった――そう言っていたこともあり、きっと、どこぞの傭兵団に入ったりも無かったのだろうとは想像している。
 ぼんやりと眺めながら、けれどどうしようもない手持ち無沙汰に、アルヴァはそっと立ち上がって台所へと歩き出す。
「俺でもやれることがあったら言ってくれ」
 後ろからそう声を駆ければ、少女が振り返り、首をかしげて悩んでいた。
 ゆるゆると触れる狼の尻尾が嬉しそうなのは、きっと気のせいではないのだろう。


 黒夜を駆ける。
 幻想――レガド=イルシオン。
 この国は多くの闇を内側に抱え、その闇を見る事もせずに広がっている。
 その深すぎる闇はイレギュラーズとの交流を経て多少なりとも善きものへと変わっていきつつあるが、どっぷりと深い闇は容易く晴れるものではない。
 ――だから、騎士としての道を諦めた後、アルヴァ=ラドスラフという男は影になった。
 ちっぽけながらも盗賊や山賊といった階級によって奪われた金品を貧しい村々や孤児院、持ち主が分かれば強奪された者の下へと返却する。
 そうやって、自己満足の偽善でしかない義賊を続けている。
 影を走る。漆黒の外套は闇夜に溶けて、狙い澄ませた山賊のアジトへと飛翔する。
 そのやや後ろを少女が走って着いてきていることは何となく理解している。
(着いてくるなって言ってるはずだが、またか)
 溜息が零れ落ちた。
(……今んとこ、何の問題もない。アイツもある程度は自分の身を自分で守れるし、いざとなれば俺が護ってやればいい)
 それはある種の自信。
 ある種の傲慢、ある種の自惚れ、あるいは油断であったのかもしれなかった。
(……見えた。――なんだ?)
 事前に幾度かの下見はしていた。今の一瞬、何か違和感があった。
 理由の分からぬ違和感は捨て置き、意識を集中させる。
 ここのアジトに何人がいるのかも、どこに奪われた物があるのかもわかってる。
 (……だからといって、奪われた物だけ回収するわけないだろ)
 アルヴァは速度をあげた。
 ――狙うは壊滅。ただ奪われた物を奪い返すだけじゃ、こいつらはまたほかのところから財産を奪う。
 下手をすれば、奪われた人たちの下へ奪い返しに行く。
(そんなことにはさせるか。ここで終わらせてやるよ)
 飛び込むと同時、ランタンを銃でぶち抜いてやった。
 ガシャンという音とともに、アジトの中を照らす灯りがぶつんと落ちる。
 刹那、銃床を握り、思いっきり殴りつける。
 肉をへし折る音がした。
 襲撃に気付いたらしい盗賊どもの声が響く。
 その声を無視して、アルヴァは獣種の直感をフル活用して立ち回っていく。

 ――――だから、それはきっと不運だ。
 あるいは、それは自分の傲慢だ。
 自惚れだ。油断だった――イレギュラーズとして、ローレットに属して各地を転戦した。
 その戦歴は、必ずしも自分だけの手柄でないとしても、輝かしい物がいくつかある。
 ――ただの山賊風情を相手に後れを取るはずなんてないのだ。
 そういう自負が驕りになってどこかにあったのは、否定できない。

「あ、アルヴァ!」
 声がした。声色に多分の悲鳴が混じった、自分を呼ぶ声。
「――ッ」
 振り返りざま、銃口をそちらに向ける。
「なにもんだ、てめぇ。ひとんちにいきなり踏み込んできて、暴れてくれたな」
 男だった。大柄の、ボロボロな剣を握る男だった。
 その男に片腕で拘束されているのは、ルリアだった。
「離しやがれ」
「はん。人んちに勝手に入って暴れて、挙句の果てには命令かよ、いいご身分だ」
「俺はこう見えても気は長くないぞ。今すぐソイツを解放するなら命ぐらい助けてやる」
 銃を握る手が微かに震えているのは、なぜだ。
(……ルリアを撃つのが怖いのか、俺? いや、まさか……そんなはず、ない。大丈夫だ。俺ならやれる――)
 じっとりとグローブの下で汗がにじむ。
「くっ……しゃあねえ、ほらよ」
 一瞬、男が笑った気がしたが、次の瞬間にはルリアは拘束を解かれ走り出す。

 男がルリアを呼び、一瞬だけ少女が振り返り――刹那、鮮血が舞った。
「っ!!!」
「ぁぁあぁああああ!!!!」
 劈くような絶叫が響いている。
 白刃である。ルリアとて獣種、本来ならば奇襲など受けないはずだ。
 声をかけた男の白刃は、振り返りざま避けようとしたルリアを負い、その右目を切り裂いた。
「てめぇ!!」
「はっ、どうしたよ、ガキ。いう通り解放してやったじゃねえか!」
 凄絶に、愉快げに笑う男目掛けて駆ける。
 銃弾をぶち込み、滑るようにし肉薄して、銃床でアッパーの要領で殴りつける。
 僅かに体勢を崩した男から離れつつ、ルリアを抱き寄せた。
「何捕まってんだ、こうならないように家にいろって言ってたんだぞ!」
 叱り飛ばすようにそう言いながら、舌打ちする。
 その怒りは誰に対しての者か。
 油断し切った自分へのものか。
 間に合わなかったじぶんへのものか。
 一太刀を入れたあの男へか。
(今の一太刀以外、ほとんど傷がない……まさか、俺達がここに来るのが気付かれてたのか?)
 そうとしか思えないほど、ルリアの体や衣装に傷は見受けられなかった。
 周囲を見渡して、退路を見出す。
 周囲には敵ばかり。狭まる包囲に、アルヴァは離脱すべく飛翔する。


 どれくらい走ったか。どれくらい飛んだか。
 アジトを後にした2人は、しかし、まるで読まれていたが如く開けた場所に包囲を受けていた。
 装いは様々、装備も点でバラバラ。だがどいつもこいつも飛び道具が見える。
「おい、立てるか? 大丈夫じゃないだろうが、もう少しだけ頑張れ!」
 舌打ちする。
 それは相手になんてはずはなく。
 自分の油断にだ。自分の傲慢さにだ。
 ――あぁ、まったく。こんなことになるのなら、もっと強く言っておくべきだった。
「もう鬼ごっこは終わりかよ、ワン公」
 せせら笑うように男が笑った。
 だが、実際のところ長い間のこいつらとは戦えない。
 そんなことよりも、まずはルリアを治療しなくては。
「へへっ、お前さん。あれだろ? 巷で話題の義賊って奴だ。
 まっ、俺んとこに目を付けたのが運の尽き。てめえのことを嫌いな貴族様が俺に情報をくれてね」
「……その調子でベラベラ情報を話してくれるのは構わないけど、聞いてやるつもりはないね!」
 跳躍と飛翔。
 そもそも、開けたこの場所に来たのは、脱出に一番都合が良いと踏んでいたからだ。
 まだだ。まだ退ける――そう、思っていたのに。
「やろうども、あの小娘をぶち殺してやれ――」
 男の命令が一つ。
 一斉にそいつらの飛び道具がルリアに狙いを絞る。
(俺にとっての弱点がこいつだとバレてるのか――)
 考えるよりも先に、身体が動いていた。
 抱き寄せるようにしていたルリアに覆いかぶさるように、アルヴァは身を翻す。
 銃弾が、矢が、魔弾が、一斉に体中を貫いて、内臓を抉ったどれかに口から血が溢れ出す。
 ぴちゃり、と、それがルリアの顔にかかる。
「悪い」
 そっと、右手でルリアの顔にこびり付いた血を拭おうとして、視線がかち合った。
 切り開かれた彼女の右目、混乱に瞠る開き切った左目。
「お、おにぃ――あ、る、ヴァ……ァ、ぁっ……」
 喉で絡まった血に思わず咳き込んだ。
「――大丈夫だ、俺ならパンドラで回復できる。
 それより、アンタだ。直ぐにその右目、直してやるから――」
 ――そう言った自分は、笑えていただろうか。


 傷を負ったルリアを抱えて飛び、この家に戻ってから既に数時間。
 ルリアの治療――いや、傷喰みによる右目の修復は既に終わっている。
 詳細は省き、治療と銘打って少女の右目を修復した頃には、ルリアは疲労からか気絶してしまっていた。
 アルヴァは銃床に傷の増えた愛銃を手入れしながら、自然とサイトを覗き、ゆっくりと手を下ろす。
 覗いたところでもうどうにもならぬ。
 だというのに、自然とそうしていた自分に自嘲の笑みがこぼれた。
「…………アルヴァ」
 小さな声がする。
「起きたか?」
 ベッドに寝転ぶ少女へ、アルヴァは手を伸ばす。
 口に入りそうな彼女の髪の毛をそっと払ってやろうとした手が、
 ぎゅぅ、と目を伏せた少女には、きっとその仕草に躊躇したように思えたはずだ。
 まさか、距離感が掴めなくて空を切ったなど思われるはずもない。
「無茶すんじゃねえよ、お前はただの人間なんだから……」
「……ごめんなさい、助けてくれたんだよね……?」
「目の前で傷ものになられちゃ目覚めが悪いだろ」
 笑ってみせた声は、どこか渇いていた。
「……ありがとう」
 ぽつり、声が漏れている。
 その視線がアルヴァを見上げる。

 ――そんなに綺麗な眼で見るな。

 目上の物に叱られて、けれどその言葉にある種の安堵を覗かせるルリアの瞳は良く澄んでいる。
 それはまるで、憧れのような――あるいはもっと熱っぽい潤みをもった感情のように見える。
 最早光を照らさぬこの右目を、覗き込まないでほしかった。
 心には守り切れなかった後悔と、そんなことを後悔する羽目になるぐらいに自惚れたた己への嘲りが囀っていた。
「水を取ってくる」
 そういって立ち上がり、足を台所へ進める。
 ドアノブを握る手が再び空を切った。
 けれどそれはルリアには見えては無いはずだった。
(慣れるまでは注意しておかないとな……)
 取りづらくなった遠近感に、内心で溜息を漏らして、ドアを開けた。


 それから数日が経った。
 ルリアとの生活で変わったことがいくつかある。
 2つ、やらないようにすることが出来た。
 まず1つ目は――
 解放の時の光景がフラッシュバックするからか、トラウマになったらしいその行為にルリアは悲鳴を上げて蹲って、見えているはずの右目を抑えてしまう。
 2つ目。彼女の顔に触れる事。
 ぎゅっと目をつぶって怯えられてしまう。
「ごめんね、アルヴァ……もう勝手について行かないから、だからまだここで一緒に暮らしたりしたい」
 隣に寝転び、そう震える声で言った少女を無碍にすることなんて、アルヴァには出来ようはずも無かったのだ。

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