PandoraPartyProject

SS詳細

『筺』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣

 ――それは信じようと、信じまいと……。

 お気軽な文言で、お気楽に発信される都市伝説を眺めながら愛無は「どうだろうか?」と水夜子に問い掛けた。澄原家が所有する屋敷は現在は水夜子の調査用ハウスとしてイレギュラーズに広く開放されていた。彼女一人で棲まうには広すぎる洋館には生活感は皆無で、様々な怪異情報を集めた書架には少し広めの執務テーブルが置かれている。
 ソファーに腰掛けた愛無が読み上げたのはインターネット上にごろごろと転がっている都市伝説の一説だ。水夜子は「ふうん?」と呟いてから彼女の体には贅沢すぎる風体の椅子からゆっくりと立ち上がった。
「ありがちですね。雑居ビルのエレベーターの怪談……まあ、学校の怪談然り、希譚の神の成り立ちを想えば怪異がそこに存在しても違和感はありませんでしょう」
「で、どうだろう」
「ええ。その『どうだろう』というのは一緒に体験してみないかという実に素敵なお誘いですね。ええ、構いませんよ。
 愛無さんも『そういう死にたがり』で『生き急ぎ』な女は嫌いじゃないでしょうから。準備をして行きましょう。04:44という数字は実に曰く付きと言われやすい」
 その時間に恐れる者が多ければ多いほど、それに纏わる怪異も現れそうだと笑った水夜子のアメジストの眸は怪しい色を帯びていた。

 再現性東京アデプト・トーキョー、希望ヶ浜。その片隅に存在する雑居ビルは一階が学習塾、二階にはネイルサロンとエステが存在して居るらしい。三階から五階は空室で六階には名を聞いても業務内容も分からない企業のオフィスが入っているらしい。明け方過ぎにはしんと静まりかえった雑居ビルへと歩を進めてから愛無はエレベーターへと滑り込む。
 淡い灯に照らされた小さなの中へと乗り込むのは愛無だけではない。遠足にでも来たのかという雰囲気の水夜子も一緒だ。行き先を推さぬままのエレベーターの開閉ボタンは薄い色、閉を押してから一先ずは誰にも出会わなかったことに安堵した。
「何だか、イケない事をして居るみたいですね」
「まあ、用事がない者は立ち入るべからずがこういう建物の常識だからね。不法侵入と言われればその通りだ」
「確かに?」
 ジィ――と音を立てた監視カメラは壊れているのだろうか。録画をする気配もなく警戒している振りをするだけのオブジェクトとして存在して居た。
 数字を押す順番は決まっているらしい。4と押して、3、そのまま5、6、2、1、そして4に戻る。エレベーターはごうんと動き出して4階に止まった。
 先を見通すことの出来ない暗闇が広がったフロアが開かれた扉の向こう側に見えた。閉ボタンを押して1度下がる。水夜子は髪先をくるくると触りながら「何が出ると思います?」と問うた。
「さあ。噂なら死後の世界に繋がっていると言うが。水夜子君は死後の世界、詰まりはあちら側についてはどう考える?」
「どうでしょう。死とは概念そのものではありますが、肉体からの解放のみだというならば生と死は大した違いはないのかも知れませんね。
 そも、死者への弔いさえずさんに行い、神性を付与した存在を山ほど見てきました。通常の幽霊なる存在さえも『私達が想像し、創造された存在』であるのかもしれません」
 3階に止まり、のんびりとエレベーターが5階へと進む。上下するエレベーターの稼働音と二人の呼吸だけが響いている。
 愛無は「そうか」と返した。彼女が最もぶった様子で告げる死の概念。どうにも、彼女の死生観は緩い。まるで、肉体から解放される事を『死』と呼ばず、二度目の人生とでもいうかのような有様だ。
 5階に止まり、1度上昇。6階へ。そのままごうん、と音を立てたエレベーターは2階へと運ばれて行く。
「こうして、上下して、喪われるのは人間の有する感覚でしょうか。いつの間にか特別な場所に行き着いて仕舞うかのような奇妙な違和感。
 幽霊なんてモノが存在して居ようが居まいが、スリルを味わうようにして不法侵入を犯してまで、曰くのある時間にビルを動き続けるのですから」
「確かにそうだ。けれど、もし、本当に存在したらどうしようか。それは食べられるものだろうか。それともいとも容易く君を取られてしまうのだろうか」
「さあ、どうでしょう? 怖いなら手でも握りますか? 私、結構体温が低くってひんやりして気持ちいいのだそうですよ」
 ほら、と差し出された手を握りしめた愛無は「ああ、本当だ」と呟いた。都市の怪異は『人が作り出した』と言わずに入られまい。1階に着いたエレベーターは外気を存分に取り込んだ。朝の気配に混ざり込んでいた奇妙な膚寒さ。その感覚こそが次の『本命』に辿り着いたときに怪異が出たと認識させるものなのであろうか。
 ごうん、ごうんと音を立てて4階へと辿り着いたエレベーターから水夜子は愛無の手を引いてゆっくりと歩き出した。暗視なんてイレギュラーズが有する技能はこの際必要はないのだと水夜子は懐中電灯を手に廊下を進む。外から見ていた雑居ビル、情報として有していたフロアの位置関係。其れ等を照らし合わせても『此処まで長い廊下はなかったはず』だ。
 かつん、かつんと足音を立てる。二人分の呼吸。それから――
「愛無さん、後ろを見たくはありませんか?」
「見たいかどうかと問われれば、見ても恐ろしくはないけれどね」
「んふふ、そうですか。私も見たいかどうかで問われれば、見てみたい気もしますけれど、こういう時って見ちゃダメなのがセオリーなのですよ。
 例えば、後ろを見ない、窓を見ない、上を見ない。そうやって人間を枷に嵌めて、行動を狭めていくからこそ恐怖は生み出されていく。
 此処の噂はどうでした? 後ろを振り返ってはなりませんか? それとも、伽藍堂のフロアの空いた部屋を覗いてはならないですか? 天井を見てはいけない?
 よく考えたら、不思議ですよね。1階の学習塾も、2階のネイルサロンもエステサロンも。普通に活動しているのに3階から5階が空室だなんて」
「そうだね。『4階だけが怪異の住処』なら3階と5階にも入居者が存在して居ても可笑しくない」
「ええ。可笑しいですよね。どうしてなんでしょう。わざわざ、3階と5階が空室である意味とは何でしょう?」
 水夜子はくすくすと笑ってから、フロアをぐるりと一回りしてから振り向くことなくエレベーターの位置へと戻る。下へと戻る呼び出しボタンを押してから懐中電灯を消して彼女は暗闇の中で愛無の手を握っていた。
「ひんやりしているでしょう?」
「ああ。そうだね、君の手を離していないから、とっても冷たいよ」
「ええ。愛無さんと手を繋ぐだなんて、とっても素敵な経験をさせて頂いておりますから――ええ、けれど」
 到着したエレベーターに滑り込んでから水夜子はわざとらしく振り返った。
 愛無はふと、彼女の手を握りしめていなかったことに気付く。

 ――そして、無人のフロアである筈の4階から何かの笑い声が聞こえて、エレベーターの扉は閉じられた。

 これは後日の話だ。水夜子と共に遊びに行った雑居ビルには3階までしか存在せず、3階には6階にあると認識していた筈の相変わらず名前を聞いても業務内容さえ良く分からない企業がオフィスを構えていたのだった。
 あの日歩いたのは――?

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