PandoraPartyProject

SS詳細

一宿一飯の縁

登場人物一覧

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

 世の中最も大事なモノとは何だろうか。
 譲れぬ信義を持つ事か。果てなき夢を抱く事か――

「……これは不覚。とうとう路銀が尽きてしまうとは」

 ともあれレイリーは金銭の大事さを泊まれぬ宿の前で痛感していた……!
 困った。本当に困り果てた。鉄帝から幻想の王都まで旅をしている最中なのだが、遂に路銀がすっからかんである。厳密には割と数日前からそうだったのだが獣を倒し肉として。水場を見つけ野宿の果てにここまでは来た。
 しかしそれにも限度はある。
 野宿は場凌ぎになれど、体調と精神に取れぬ疲労が確かに蓄積。
 食料も水も安定した供給を得られる訳でなく――流石にそろそろマトモな寝床を得たい所で。
「武具を売ればそれなりの金にはなるだろうが……売りたくないなぁ。
 なによりそれも結局その場凌ぎにしかならんだろうし……」
 吐息を一つ。これの原因は何と思考すれば路銀稼ぎを考えていなかった事だろう。
 尽きたのならば稼げばいい、というのは理屈として分かる。分かっている……のだが、その肝心の『稼ぎ方』が思いつかない。どこへ行きどこで仕事を受ければ良いのか。
 知り合いでもいれば頼る所だが生憎と旅の最中にそう都合の良い事は無く。
 装備している鎧に視線を落とす。これは本当に手放したくないのだが、と……

「……あら、見ない顔ね? そんな所でどうしたの貴方?」

 その時。何かお困り? と、レイリーは背後より声を掛けられる。
 女性の声だ。思わず振り向いたそこにいたのは紫髪の――初見なる人物。
「宿ならまだ部屋は空いてるわよ。そんな所で立ち止まってないで中に入ったら?」
「……いやなんというか、その。そうしたいのは山々なのだが……路銀がなくてな」
「えっ?」
 言葉のトーンが下がっていく。鉄帝より南下して旅をしている事。
 そして遂に先立つモノがなくなってしまった事……順を追って彼女へと。
「はぁ……成程ねぇ。鉄帝の人はどうしてこう向こう見ずなのか、羨ましいわ。身なりの割にどことなく様子がおかしげだと思ったら、そういう事情だったなんてねぇ……」
「ああ、旅をしてきたのだがどうにもこうにもな……見ず知らずの貴殿にこんな事を聞くのもなんだが、いい仕事はないだろうか? 力仕事であればそれなりに心得があるのだが……」
「――そう、ねぇ」
 紫髪の御仁は顎に手を。目を伏せ、些か思考した後に。
「たしか、教会の方で人手を募集する依頼があったような気がするわ。なんでも力仕事を担当していた男性がちょっと体を痛めたらしくてね。代わりに仕事をしてほしいって依頼が……」
「なんとそれは丁度良さそうな仕事だ。では早速伺ってみると――」
「待ちなさい。もうすぐ日も暮れようって頃なのに、今から向かうつもり?
 明日の朝にしなさい。明日の朝に」
 しかしもう路銀が本当になくてな……と述べるレイリー。
 もはや生きるか死ぬか、とまでは言わないが駄目で元々だ。何がしか依頼を受ける事が出来れば御の字。駄目でもその時に考えよう――尤もそうなってしまった場合、避けようと思っていた野宿と言う手段しか残っていない訳であるが――
「だからこう……もう! 鉄帝の人ってのは本当どうして極端なのか……! こうして関わった以上見捨てるのもなんだわ。宿は一晩だけ私がなんとかするから――泊まりましょう?」
「しかしそれは……いいのか? それなら願ってもないことだが」
 嘘なんて言わないわよ。紫髪の御仁はそう言い手を引く様に宿の中へと。
 そして扉を開けた瞬間に感じたのは暖かなる空間。
 ここに至るまでに幾度とした野の宿では味わえぬ空気がそこにあった。宿での受付を手早に、慣れた様に紫髪の彼女は成せば。
「さ、部屋はこれで取れたから……まぁまずは腹ごしらえと行きましょうか。
 すぐそこで夕食も取れるみたいだし、そこで食休みしましょう――と」
 瞬間。ほんの少し言い淀む様子を見せる彼女……
 ああそういえば互いに名前を名乗っていなかった。これは失礼、と咳払いを一つ。
「私は――私はレイリー=シュタインという。今回の事……とても感謝する」
「レイリー、ね。ありがとう。私は『司書』よ……ああこれは、呪いよけの偽名だけど。
 このへんでは紫髪の司書って言えばだいたい私のことよ」
 席に座り、簡単に夕食の注文をして。
 改めて彼女の風貌をまじまじと見据えれば――とても『場慣れ』している気を感じる。
 宿の取り方、周辺の依頼状況の把握。それらは一定の土地に住み付いている者には不必要な能力である。宿は内向けの施設ではなく外からの為のモノ。何がしか日雇いの依頼というのは定職に付いている者にはまた不要であり。
 それらを『備えて』いる司書殿はもしや。
「ああ私は『旅人』でね。
 この世界に来てから髪は光るし、鉄火場に駆り出されるしで……もう碌な事がないわ」
「旅人――それはイレギュラーズと言う事か?」
 旅人、という意味はこの世で二つある。一つはレイリーの様に文字通り世を旅する者。
 もう一つは『この世の外』から訪れし者――ウォーカー。
 となればもしや幻想にあるという噂の。
「ローレットの、一員であったり?」
「まぁ一応ね。さっき言った教会の依頼ってのも本当はローレットに来てた依頼なのよ」
「む。となれば部外者たる身では受けれぬかな」
「――いや必ずしもそうではないでしょ」
 ローレットはイレギュラーズの集まりである以上に『何でも屋』の側面が強い。
 そこまで難しくないと思われる教会の手伝いにもイレギュラーズという特別性が必要なものか。『何でも屋』であるからそう言った依頼も舞い込んできているだけで。
「力仕事に自信があるなら問題ないでしょ。明日向かってみなさいよ」
「ふむそうだな……しかしイレギュラーズ、か」
 有名な存在である。話に聞いた事は勿論あるのだが。
「少し興味あるんだが……イレギュラーズってどんな人達なんだ?」
 千差万別、多くの者がいるとは聞く。
 特に外から訪れし者の姿は純種の基礎的な姿に当てはまらぬ特異な姿を持つ者もいるとか……ならば互いに持つ文化も違おう。如何なる者達が果たしてイレギュラーズなのか――
「さて、ねぇ。私も全員と知り合いじゃないから必ず『こう』だとは言えないけれど」
 運ばれてきた夕食。まずは杯を掲げて互いに乾杯を交わし。
「観光客と名乗る冒険者がいたり、笑い方のひきつった盗賊もいるし、綺麗な声を持つイルカの海種もいるし――人・獣・異形、多くが混沌肯定の下に成り立っている印象、ね」
 多くの者と出会った。多くの者と話した。
 交わした知識は幅広く。交えた縁も無数に輝き。
 時として命の危険が伴う危険地帯に駆り出される事があるのは――アレだが――
「でもね」
 杯を傾け、水を喉奥へ。

「明確に誰かのために戦えるというのを掲げられるローレットは、悪くないわ」

 そして一拍。杯をテーブルへと起き、口の端を司書は拭う。
 ローレットは『何でも屋』であるからして基本は『誰ぞ』の為の組織だ。
 誰かから依頼を受け、誰かの為に動き、誰かの為の結果を出す。
「性に合っている……と言うのかしらね。こういうのは」
 でなくばローレットに籍など置き続けまい。そもそもからして、イレギュラーズは『必ず』ローレットに属する訳ではない。時として悪も容認する根幹は、信義の違いから属さぬ旅人をも時として生み出す。
 しかしそれでも司書は――自らの意思でローレットにいるであれば。
「ま、私の話はともあれ。旅をするならもうちょっと計画性を立てておく事ね。次もタイミングよく私というか、誰かがいるとは限らないんだから」
「あぁ。肝に免じておく……この度は本当にありがとう。
 司書殿の言う通り、明日は教会に行ってみようと思う」
 世話になった――そう言いながらレイリーは司書ともう一度乾杯を。
 見れば外はもう暗くなっていた。彼女がいなくば、さてどうなっていた事か。
 ともあれ好意に甘えさせてもらうとしよう。レイリーもまた杯を傾け水を飲み……
「……んっ?」
 傾きと共に視線を上へと向けた時、そういえばとふと思った。
 彼女の名。司書と言う名。呪い避けの為の偽名と言っていたが。

 自らの恩人たる彼女の本名は――なんなのだろうかと。

●時は流れ
 幻想の王都、メフ・メフィート。多くの建物が立ち並ぶその中にて。
「司書殿」
 ある日、紫髪の彼女は背後より呼び止められた。はてどこかで聞いた声だと――思えば。
「――貴女。あの時の」
 レイリー。ある街の宿で出会った騎士姿の鉄騎種。
 王都に来ていたのか。あの出会いの日からは、それなりの日数が経っている筈だが。
「ああ。実はあれから、また旅をしている途中にな覚醒してな……空中庭園に辿り着いた後降りたのが王都だったし――司書殿に会いたいと思ったんだ」
 覚醒。つまりは彼女もまたイレギュラーズという存在になったという事か。
 以前はそうではなかった。しかし空中庭園に召喚されたという事は、事実なのだろう。
 純種であろうと誰もがあそこに呼ばれる。レイリーは今や、司書と同じ存在になった訳で。
「ところで」
 まぁそれはいいのだと、レイリーは司書へと近付き。

「司書殿の本当の名前はなんというのだろうか――? 司書は、偽名なのだろう?」

 そういえばあの時聞かなかった。初対面であるのも理由の一つだが。
 恩人の名前も知らないというのは些か気にかかる。
「駄目よ。偽名は呪いよけの為なんだから――ましてや計画性がない人には特に教えられないわ」
「そこをなんとか……!」
 イレギュラーズになったとて、と司書はのらりくらりと言葉を躱す。
 本名は勿論あるのだが、司書と名乗るのには理由があるのだから。
 紫髪の、誰にも彼にも司書と呼ばれる女性。

 彼女の名は――イーリン・ジョーンズ。

 未知を愛し、既知になる快楽を知る女。
 レイリーと縁が紡がれた……一人である。

  • 一宿一飯の縁完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2019年10月15日
  • ・イーリン・ジョーンズ(p3p000854
    ・レイリー=シュタイン(p3p007270

PAGETOPPAGEBOTTOM