PandoraPartyProject

SS詳細

清明、海辺にて、瞬きは三つ

登場人物一覧

松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
耀 英司(p3p009524)
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●三人
 いくたの、ひとたちが、しんでいる。
 ちはながれ、にくはちぎられ、おそれと、かなしみの、ひょうじょうをうかべながら。
「――――――あ」
「………………」
 その、ただなかで。
 ちにまみれた、かめんのおとこが、なにかをつぶやいていた。
「英司、様」
「……澄恋」
 ましろのきものが、ちでよごれるのもかまわず。
 ひとりのおんなが、それにちかづこうとして、とめられる。
「今は……駄目だ。行っちゃいけない」
「聖霊様、でも、わたしは」
 いしゃのおとこは、ただ、それだけをいう。
「英司様は、わたしたちの為に……」
「……分かってる」
 すくおうとしたひと。
 すくえなかったひと。
 だから、すくわなかったひと。
 みずからのけっかに、がんぜんの、ちとにくでよごれたこうけいに。
 だれもが、こころをいためていた。
 だれもが、こころをいたんでいた。



 それが、かれらのはじまり。
 だれかのきずをせおいたがり、じぶんのきずをせおわせたがらない、ぶきようなさんにんの。
 

●医師の男性
 ――時節は四月の初頭。『海洋』の人気無い海辺を、三人の男女が見渡していた。
「……この時期でも開いているビーチが在るんだな」
 ぽつり、最初に言葉をつぶやいた『ヒュギエイアの杯』松元 聖霊(p3p008208)に対して、残る二人のうち仮面の男性が努めて明るい声で言葉を返す。
「地元の人間の間じゃ結構な人気らしいがな。観ての通りあんまり広くないのもあって積極的に人を呼ぶのは控えてるらしい」
「……俺たちは此処に入って大丈夫なのか?」
「伝手が有るのさ」
 少しばかり深い声音でそれだけを返した男。
 聖霊には何となく、その仮面の向こう側の顔が意地悪い笑みを浮かべている気がした。

 それは、少しばかり前の話。
 彼ら三人は、とある依頼のメンバーとして共闘したことがあった。
 依頼内容は、単純と言えばそうだったのだろう。人飼いの牧場で買われている者たちを救い、飼う者たちを罰する。ただそれだけの。
 けれど。その目的の為に事に臨んだ彼らの結末は、無残なものであった。
 飼われていた者は狂奔に陥り自死し、飼っていた者は哄笑と共にそれを見届けながら死んでいった。生き残った者は些少とすら言えない数で、その様相を形作る発端となった聖霊たちは、その日から心に小さくない蟠りを抱えながら日々を過ごしていたのだ。
 ……そんなある日、唐突に聖霊の知人である仮面の男性から声がかけられたのである。
「ちょっとばかり海へ遊びに行かないか?」と。

「俺が居た世界じゃホワイトデーってのがあってな。義理だろうと三倍返しが義務なんだ。
 グラオ・クローネで貰ったチョコの礼もしてなかったし、折角だからと思ってな」
「……まあ、そう言うわけで。今日は皆で楽しもう」
 旅費を折半した仮面の男性と聖霊の言葉の向かう先には、平時と変わらぬ白無垢を着た鬼人種の女性が笑みを浮かべていた。
「はい、ご厚意に甘えさせてもらいますね!」
『三倍返しの贈り相手』が春の海を笑顔で見つめている様を、聖霊は荷物を下ろす傍ら気にかけている。
 ――彼の依頼にて。飼い手の倫理に染まり切っていた子供達を救うべく、自らと共に手を差し伸べた女性(ひと)。
 そうして、それが叶わず。狂乱に陥った彼らを、ただ手を伸ばすことしか出来なかった人。
「………………っ」
 歎息が漏れそうになるのを、聖霊は無理やり抑え込んだ。
 集まった面子ゆえに、嫌でも過日の依頼を、その結末を思い出してしまう。それを態度に出してしまえば、此度遊びに誘ってきた仮面の男性の気遣いを無下にすると理解していた聖霊は、だからその当人から声をかけられたときに平静を取り繕った。
「……アイツの傷は?」
「腕の傷は順調に回復してる。痕は、残ってしまうだろうが……」
 再度、鬼人の女性へと視線を遣る聖霊。
 波打ち際。褄を持ち裾を上げながら砂と波の感触を楽しむ彼女の姿は美しく。
 ――けれど、件の依頼でついた腕の傷を意図して隠している様子を理解した聖霊は、それを悲しげに見ていることを自覚していない。
「やるべきことをやったさ。アンタらは」
 浜辺の昼食を、バーベキューの準備を進める仮面の男は、聖霊に対して何でもないことのように声をかける。
「大勢が死んだ。結末は殆どが絶望で、救えた奴らは数少なかった。
 ……それでも、ゼロじゃなかった分。其処に希望はあったんだ」
 そういう神話もあったっけな。と苦笑を交えて独り言ちる仮面の男は、最後にただ一言。
「それに、もっと救えたはずの可能性を潰したのは、この俺だ」
『自らを悔いるくらいなら、俺を恨め』と。
 言外にそう零した仮面の男に、聖霊は臍を噛んだ。
 他者の心を重んじ、その為に泥をかぶり、自ら名乗る『悪』を一個の責任のように扱うこの男。
 ――それに対し、素直に感謝の言葉の一つも言うことが出来ずにいる、今の自分に対して。

●仮面の男
 誰かを殺したくはないと思っていた。
 その為なら何であろうとするから、『そうされるべき者』を誰か救ってくれと、彼は心の中で叫び続けていた。
 ――彼の依頼を経て尚、それを「滑稽だ」と嘲笑う自分が居る。
「救うことと殺すこと。その二つが異義であると、お前はまだ信じているのか?」と。

 時刻は昼前。浜辺にて少し早めのバーベキューを始めた彼らは、順調に減っていく食材を尻目に取り留めのない会話を繰り広げている。
「食べ終わったら、船で沖に出てみるか。流石にシュノーケリングまでは出来ないが……」
「良いんじゃないか? 海で食休みも悪くないだろう」
「はい、一休憩には丁度いいかと」
『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)の言葉に対して、医師の男性は何気なく頷く。鬼人の女性も燥いだ様子で返答を返した。
 海辺に着いて幾許か。来た当初は少し気鬱げにしていた二人の表情にも少しだけ穏やかなものが混じりつつある様子を見通して、英司は何処か安堵交じりに食事を続けていく。
 ――あの依頼の後、互いが互いに罪悪感じみた感情を抱き、言葉を交わすことも億劫になりかけていた自分たち。
 このままではいけないと思った英司が、適当な理由と共に誘ったこの小旅行は、少なくとも今現在は成功だと言えるだろう。
「癒え切らぬ傷を負わせた」と鬼人の女性に負い目を感じていた医師の男性は、海に着いて以降楽しんでいる様子の彼女の姿を見て幾らか表情を和らげた様子だし、その女性の側も過剰な紫外線対策で口論する医師の男性と自身を見て思わず笑みを零していた。
「………………」

 海に着いた後。医師の男性と荷物を広げていた時、彼は最後に英司へこう問うたのだ。
「お前の方は、大丈夫なのか」と。
 その時こそ何でもないかのように是と答えはしたが、英司はその言葉に意表を突かれた。
 傍らの医師の男性が自分を気遣ったことに対して、ではなく。
 自分が果たして平常なのかと。それを現在まで考えるどころか、意識すらしていなかった自分に対して。
 誰かを救うことを望み、誰かが救われることを望んだ。けれど同時に、それが叶わなかった時、自分が手を汚すことを躊躇うことも無かった。
 無論、『それ』を行いたくはなかった。救いたい者を殺し、殺したくない者を殺す。例の依頼で数十の子らの命を奪い尽くした英司の心は、そう言う意味では疾うの昔に限界を迎えていたのかもしれない。
 ただ、それでも――――――。

『大丈夫だ。アンタらが居ればな』
 ……言葉には出さずとも、英司は、それを医師の男性への答えとして心に抱くこととした。
 自らが身を堕とすことで、他者を救うべき者が手を汚さずに済む。
 自らが罪に窶すことで、罪知らぬ真白は罰を受けずに済む。
 それこそが。
 それこそが、自分が未だ自分でいられる、数少ない理由なのだと。
「さて、船を出すとしようか」
 食事を終え、後片付けを済ませた後、英司は自らの船へと最初に歩き始める。



 汚れないようにと願う。代わりに自分が汚れるからと。
 傷つかないようにと願う。代わりに自分が傷つくからと。
 けれど、若しそれすら叶わず、自身の傍に居る人たちが完全に悲嘆と悲哀に塗りつぶされるようなことが在れば。
 ――その時は、己れも底の底まで共に落ちてやろうと、そう誓ったのだ。

●鬼人の女性
 自らの傷に心を痛め、その治療に尽力する医師の男性が居た。
 自らが手を汚すことを恐れ、その代わりに他者の血に染まることを選んだ仮面の男性が居た。
 ――嗚呼、自分は結局、誰かに救われてばっかりだと、そう思ったのだ。

「なあ、帰る前に花火でもしないか」
 ……昼過ぎに小型艇が海へ出た後、他愛も無い会話をしたり、ただ忘と海を眺め続けたのち、気づけば時刻は夕暮れを越えようとしていた。
 仮面の男性は荷物の中から花火を取り出し(本人は「聖霊に貰った」と言っていた)、それを綺麗に等分して医師の男性と『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)に渡していく。
「……浴衣に着替えてくればよかったですかね?」
「気温は兎も角、流石に時期的に早いだろう。尤も、この花火もそうと言えばそうだが……」
 首を傾げる澄恋に、苦笑交じりで返す医師の男性。
 だろうな、と頷く仮面の男性は、それでもその後に小さく言葉を足す。
「けどな。花火には鎮魂の意味もあるんだ」
「………………」
 鎮魂。
 それが誰に対してのものか。言葉にせずとも理解した二人は、ただ黙って花火の準備を始める。
 こうした小型船の上で花火を行うと言うのは危険であることを理解した上で、仮面の男性も様々な準備をしていた。耐火シートを床に敷き、火消し用の消火器を傍に置いて、それぞれ手に取った花火に火をつけ始める。
 静かな花火だった。
 魂鎮めという言葉が脳裏に在るからだろうか。用意した花火の中には小さく可愛らしい火花を飛ばすものや、煌々と輝く盛大な花火も存在したが、彼らはそれに思い思いの表情や小さな笑い声を零すことは有れど、言葉を交わすことだけはしない。
 三人で分けたこともあり、用意した花火が尽きるのは早い。それでも、それらを使い切るまでの僅かな間に、空は夕暮れ過ぎから星月の覗く夜天へと変わり切っていた。
「それじゃあ、帰るとしようかね」
 最初にそう言葉を発した英司は、その場での花火の片づけを行ったのち、船の操縦席へと一人向かっていく。
「……澄恋」
 それを見送った澄恋へと、医師の男性が声をかけた。
「腕の傷はどうだ? 今日は結構動いただろ」
「泳いで直接傷に海水が触れたわけでもありませんし、大丈夫ですよ」
「……それでも、傷が熱を持ったら危ないからな」
 そう言って彼は手荷物から慣れた様子で携帯医療キットを取り出しては、澄恋の腕に手を添える。
 一瞬だけそれを拒みかけた彼女を、しかし医師の男性は許さない。
 ――白無垢の袖で隠した内側。腕に巻かれた包帯には、薄らと血が滲んでいる。
「……やっぱりか」
「痛みも大してありませんし、大丈夫ですよ」
 大丈夫。それを、この男性の前で何度口にしただろうか。
 誰かを救おうとすることを自然とするこの医師の男性のように、自らもまた、あの依頼にてそれに続こうとした。
 彼ほどに足りない志を、己の肉を食い千切ると言う行為で補って。
 結末が悲劇で終わっても、澄恋はそれを後悔などしていない。
 けれど、眼前の彼は、この『代償』を見るたび、まるで己が原因であるかのように表情を歪めるのだ。
(――「貴方の所為じゃありませんよ」と)
 言葉を掛けられたら、それを受け入れて貰えたら、どれほど楽だろう。
 それを決して自らに許さない彼だからこそ、澄恋はこの想いを言葉にすることなく、ただ何度も、同じ言葉を繰り返すことしか出来ないのだ。
 ……「大丈夫ですよ」と。ただそれだけを。

 決められた帰還ルートを通り、小型船が夜の海を走る。
 船を持ってきた仮面の男性以外に操縦できる人間が居ない以上仕方ないとはいえ、ここに来るまで船を運転し、遊び、また帰るために船を操作する彼は少しも休まないで大丈夫なのかと、澄恋は心配になって操縦席に顔を出した。
「英……」
「……気休めにはなったか?」
 自分よりも早く、背後の澄恋へと声をかけた仮面の男性に、澄恋は一瞬当惑したが、直ぐに柔和な笑顔を浮かべて応える。
「……ええ、有難うございます」
 ――沈黙が、流れる。
 船の駆動音、海を走る音。静かな星月が見降ろす夜闇の最中でそれらは酷くノイジーなはずなのに、何故だか澄恋は今の情景に穏やかさを感じている。
 振り返ることをしない、操縦席の仮面の男性もそうなのだろうか、或いは、そうであって欲しいと、澄恋は考えた。
「……あの依頼のあと、英司様に、言いたかったことが在るんです」
 ぽつり、言葉を、想いを零す澄恋。
 過日の依頼。飼われていた子供達を殺したあの依頼。
 全てが始まる前に、澄恋が彼へと呟いた言葉。

『わたしは、あなたがこの依頼にいて良かったと思っています』

「……あの、言葉は」
「俺も、それには同意見だったよ」
 仮面の男性は、淡々と言葉を返した。
「俺が居て本当によかった。全部、全部引き受けられるから」
「………………っ」
 澄恋が、医師の男性が子供たちに向けて行った説得。
 それが失敗した際のツケを、代わりに自分が背負ってあげられる。そのように答えた仮面の男性に、澄恋は「違う」のだと言葉を返そうとした。
「良いんだ。俺は……悪役でいることを、選べたんだから」
「……わたし、は」
 掴みかかろうとした澄恋は、しかし彼の言葉に力を失くし、その背へと額を預ける。
 ――――――「大丈夫ですよ」。
 医師の男性を前に、そう告げるしかなかった自分と同じように、表情の見えない仮面の向こうから、ただ「良いんだ」と応えた彼。
 あの時、医師の男性が自分に向けた表情を、感情の意味を、澄恋は己の身を以て痛感した。
「……泣くなよ」
 知らず、仮面の男性は船を止め、自分へと振り返っていた。
 嗚咽の音を聞き取ったのか。彼は澄恋の瞳から零れる涙を見て、ただ静かに言う。
「……この涙だけは、拭い去るのがもったいねぇな」
 そして、あの医師の男性と同様、澄恋の片腕をそうと手に取り、袖向こうに隠された腕に触れる。
「世界で一番、美しい肌だ」
「………………」
「この手が汚れなくって、良かった」
 澄恋は、
 その言葉に、また再び泣くことしか、出来なかったのだ。

●そうして、ひとつ
 おんなじきずをもったひとがいた。
 おんなじくるしみを、もったひとがいた。
 さんにんは、たがいのことをおもいやって、じぶんひとりがきずつけばいいと、そうおもいつづけている。
 あいてをつきはなすつよさも、きずをわかちあうよわさも、てにすることをえらべぬまま。
 だから、きっと、これからも。
 さんにんは、きずつきつづける。おたがいのきずを、かわりにせおおうとして。

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