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A special weekend for you.
登場人物一覧
ああもう、本当に。困り事ばかりを押し付ける
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隣に本人が住んでいるのに、とため息を吐いたのは幻介。
どうして『彼のことで話がある』と呼び出されなければいけないのだろうか。もしかして先日剣として彼を振ったせいだろうか。それならば甘んじて平手打ちのひとつくらいは受ける覚悟なのだけれど。
女難の相を掻い潜り別の女のところに行くのは如何なものかとは思わんでもないのだが、本日呼んだのは他でもない女――星穹の方だったので今日ばかりは仕方ない。
『いいですか、彼が寝ている時間か居ない時間に来てください』
なんて無茶ぶりも添えられて。これだから女というものは、困るのだ!
(……さて、呼ばれたはいいが、何をされるやら)
なるべく人目につかない格好でだとか、なるべく貴方だとわかられないようにだとか、注文の多い客だ。やれやれと肩を竦めながら、夏を思わせる爽やかなジャケットを羽織ってインターホンを押す。
「……ほら、早く上がってください」
「何だよ、無愛想な奴だな」
呼んでおいたのは星穹の方だ。扉を開けた星穹の装いはいつもの戦装束ではなく、家用なのであろう私服でお出迎え。なんだ、ちゃんと普通の服も持っているのか。なんてちょっとした心配も杞憂に済んだのは良かったが、星穹はその眼差しが気に食わなかったようで扉を薄く閉める。
「おかえり頂いても構いませんが」
「おいおい、呼んでおいてそれか?!」
「……はぁ。まぁ23点くらいはあげても構いません」
「可愛げのないやつ!」
どこからか殺気が流れ込んできた気もするが取り敢えず家にお邪魔する。
タワーマンションらしく広い室内には、ようやく揃えることにしたのだという真新しい家具たちが程よい具合に置かれていた。
明るい色の木々、柔らかい色で統一された家具達。モノトーン調で揃えるのだろうかと思っていた幻介にとっては衝撃で、思わず簡単の声を漏らす。
四人がけのテーブルは恐らくは彼女の相棒と、二人の息子を思ってのものだろう。どうやらなんとか上手くやっているらしい。
「おぉ……」
「何ですか、見世物じゃないんですよ」
「いや、ついな。お前のことだから白とか黒とか、あとはガラスのテーブルとか。あってもおかしくはなさそうだったからな」
「……それでも良いかとは思ったのですがね。折角ですので」
折角定住を決めたので。
宿ぐらしだった彼女から聞くことになるとは思いもしなかった。
「ま、定住おめでとうだな。あいつは?」
「依頼が入っているのを確認しています。で、今日お呼びした理由なのですが」
トレーにグラスを2つのせて。冷蔵庫で冷やしておいたのだろうレモンティーは、暑かった外をひんやりと冷やしていく。
「……彼の誕生日プレゼントの試食をして頂きたいのです」
「なんだ、そんなことか。別にそれは良いんだけどさ……星穹って、料理は出来るのか?」
「まぁ、人並みに。レシピがあればなんとかはなるでしょう」
「へぇ。もう作ってあるのか?」
「いえ、流石に直ぐ食べさせて帰すのは酷いでしょう。……まさかそんな人間だと?」
「さぁな!」
否、そうするだろうと思っていた。これまでの星穹ならば。
けれどそうすることもない。招いた客を持て成すだけの余裕も、配慮も。それから他社をある程度思いやる心も持ち合わせている。
それはただ殺戮を行うだけの忍だった星穹にはないものだ。だから、安堵する。友はきっと、幸せになりつつあるのだろうと。
「……丸くなったなぁ」
「は? 何が」
なんてことを言ってもきっと彼女には伝わらないだろう。けらけらとおちゃらける。
「なんだろう。シルエットとか?」
「どうやら死にたいようですね」
泡だて器で何かをがちゃがちゃと混ぜているキッチンからまたしても殺気が飛んでくる。何度目かの溜め息を吐きながら星穹の方を見つめれば、もうレシピは入っているのだろう、怪訝そうに幻介を見つめ返す。
泡だて器を使う以上はスイーツなのだろうけれど、まさか誕生日ケーキを一からホールで焼くわけでもなし、幻介は思い出したように声を掛けた。
「そういえば何作ってるんだ? ある程度は食べれるつもりだけど、メニューを知りたいな」
「ああ、そういえば。アレルギーなどはございませんか?」
慌てて腕を止める星穹に首を横に振って。もう面倒だとオープンキッチンに近寄れば、書き込みたっぷりのレシピを指で指される。
「うぃーくえんどしとろん……? 洒落た名前だな」
「ええ、私も本を読んでいて見つけました。まさか実在するとは思っていなかったので……作ってみることにしました」
「へぇ? 本に出てくるってことは、何かしら意味がありそうだな。ウィークエンドって名前もついてることだし」
「……まぁ、それは貴方自身で調べていただいて。こちらに来たということはお手伝いいただけるという認識で?」
「簡単なのならな。別に出来ないわけじゃねえけど、男料理だけだし」
「左様ですか。でしたらばこちらをそのまま白っぽくなるまで混ぜてくださいますか。私はその間にオーブンと粉の準備をしますので」
「お、おおう?!」
エプロンを投げられ慌てて身につけたかと思えば、ボウルと泡だて器を押し付けられる。テキパキと行動する姿は普段のそれで、ああ真剣なんだな、なんてまた心が緩む。本当に、真っ直ぐな女だ。
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室内に広がる焼き菓子の香り。柔らかな陽光がカーテンの隙間を縫って入り込む。
あの後は結局「甘い」の一言でキッチンから追い出され、他愛も無いやり取りで話が進んだ。
暇なのでアデプトフォンで検索をかければ、『週末を共に過ごしたい大切な人に贈るケーキ』だそうで。
(……口下手だけど、解り易い奴だな)
言葉には棘があるが、それでも誰かに向けられた心は酷く優しい。そんな女だ。
「すみません、お待たせしました。人に出すのは久々なもので、つい見目にこだわってしまって……」
「いや、全然。……おお」
「見目は、まぁ、食べ物でしょう?」
手をもじもじと不安そうに動かす星穹。パウンドケーキの型で焼いたのを数枚にカットしたのだろう、小さな皿に乗せて幻介の方に差し出した。
「いや、すげえな……これを渡すつもりなのか?」
「はい。まずいでしょうか……」
「いただきまーっす……ん、うまい。大丈夫だと思うよ、俺は」
「……そうですか」
ほ、っと。安堵したように肩を下ろす星穹。
「お前は心配しすぎなんだよな。もっと自信を持とうぜ、折角うまいんだから」
それは味の意味でも、技術の意味でも。
もっと自信を持つべきなのだ。本来ならば相棒たる剣が担うべき役目なのだろうが、今回はその剣のための招集である。ならば今回ばかりは幻介が担ったって構いやしないだろう。
何よりも、頼ることを知らなかった女が、初めて頼ってくれた記念すべき日なのだから。
「ま、俺に出してくれたってことは、最低限友達っていう認識があるって自惚れても良さそうだな?」
「……やはりゴミ箱に捨ててしまいますか」
「待て待て待て!! 食う!! 食うから!!!!」
がっと皿を持って立ち上がった星穹を慌てて食い止める。
そんなこんなで行われた試作と試食第一回。その結果はまずまずと言ったところ。
その証拠にお皿の上は何も残っておらず、部屋に残ったのは甘いバターの香りと爽やかなレモンの残り香。それから、二人の楽しげな笑い声だけが響いていたのだから。