SS詳細
黒髪美人を怒らせてはなりませぬ
登場人物一覧
――ローレットに依頼は尽きない。今日も今日とて世界から依頼が舞い込むものだ。
迷子になった猫ちゃんの捜索から、凶悪な魔物の討伐まで。
より取り見取りと言えよう――
そして綾姫『ら』が引き受けた依頼は、ある窃盗団の追跡依頼だった。
『ホワイト・ボンド』と名乗る窃盗団はここ最近、高級な宝石などの類を中心に強奪を繰り広げているらしいのだ。白昼堂々行われる大胆不敵な犯行は彼らの名声……いや悪名を高め、窃盗団のメンバー入りする人物も増えているらしい。
故にこそ彼らのアジトを突き止め、一網打尽にしてほしいという依頼が舞い込んだ。
そして綾姫『ら』の調査の末にメンバーの一人を見つける事に成功し、正に今尾行中で、アジトを探し出さんとしている――
のだが。
「……買い出しを終えたのでしょうかね。どこかに戻る気配があります。此処からが重要な所ですよ……! 聞いてますか? ねぇ――嘉六さん?」
「んっ? あぁ。言われなくても分かってるぜ――この串焼きは絶品だ。タレが絡んで……いや塩も捨てがたいな。これはぁなんだ? 只の塩じゃねぇ……まさかこの味、鉄帝の北方だけで獲れると聞いたあの岩塩の一種か? おい綾姫も一つどう……」
「あの。何してるんですか?」
「何してるって、そりゃあ――命の燃料補給だ」
今尾行中って分かってますか……!?
満足げな笑みを浮かべている嘉六の両手は、酒と串焼きで塞がっていた――そう、先程から綾姫『ら』と強調していたように……この依頼、綾姫単独で行っている訳ではない。嘉六や幻介と共に行動し、窃盗団を追い詰めんとしているのである……!
が、嘉六は今尾行中だと分かっているのかいないのか実に楽しげな様子だ。なんで敵の買い出しを追ってると思ったら、味方も買い出ししてるんですかねぇ!? くっ、良い匂いがこっちにまでしてくる……!
堪え性のない嘉六は既に意識が食の方に移っているという訳か……んっ? あれ?
そういえば幻介の方は?
「……幻介さん? 幻介さん?
先程から耳に手を当てて何を……まさかソレ、競馬ではないでしょうね?」
「えっ、あ、い、いやこれは……そう偽装! そう尾行の為の偽装で御座るから」
「嘘つかないでくださいよソレ絶対趣味でしょう。ていうか偽装ならせめて静かにですね……」
「そんな、のっけから嘘だと決めつけるなんて酷いで御座る! 決して金がないので今日のレースで一発とか考えてな……あっ! ちょっと待っ今いい所……あっ、あっ、えっ、あっ!? アッ――!? なに!? 抜かされ、なぜ、どうし……拙者の万馬券がぁ――!!」
「静かにしてくださいって言ってるでしょうがッ――!!」
今尾行中って分かってますか――!?
神速の如き綾姫の往復平手打ちが幻介を襲う! ――えぇい、どこがカモフラージュだ! どこが! 全力全開で悲しんでいるではないか! それが演技だってんなら、さぞかし迫真の演技ですねぇ! えぇ! 感服しますよ!!
さぁご覧いただけたでしょうか。そう、綾姫と共に行動しているこの男達……
さ っ き か ら ず っ と こ の 有 り 様 ――なのである!
全く集中している様子が窺えない。少し気を抜くと嘉六の姿は消えていて、ふらっと露店に立ち寄って酒やら串焼きやら、酒のつまみになりそうな物を手にしている。幻介なんて『偽装! 偽装で御座るから!』などとのたまいながら、競馬新聞と睨めっこしイヤホンで中継聞いてる真っ最中だ。もう一度ぶちのめして差し上げましょうか。
若干――いや若干以上苛立ちつつある綾姫。
だがダメだ。此処で本気で怒り散らす訳にもいかない。
もしも尾行中の対象に気付かれればどうなるか……アジトには立ち寄らず、どこかで撒こうとされれば終わりだ。また一から調査のやり直しなど冗談ではない――!!
「分かりました。もういいです。串焼き食べようが競馬中継聞こうが構いませんから、相手に気付かれない様にだけはしてくださいね……こら! 舌の根も乾かない内からどこに行こうとしてるんですか! なんでそんなにふらふらするんですか!?」
「いや、そこのたこわさが俺を呼んでいて……まぁ待て待て。
腹が減っては何とやら。体もロクに動かねぇ状態で何が出来る?
体調を万全に整えておくのも、依頼を遂行する側の責務だと俺は思うぜ」
「いやしかし流石に酒はどうかと思うのだが。酒は判断が鈍ろう?」
「いや競馬中継の方がどうかと思うが。どうして負けると分かっていて金まで賭けて?」
「負けるとは限らんで御座ろう! 見てろ、次こそは予想を的中させてみせる――!」
どっちもどっちですよ! 嘉六と幻介が交互に紡ぐ言に――叫びたくなる綾姫。
が、なんとか堪え、吐息一つだけを零して……前を向くものだ。
何はともあれ依頼があるのだと……! 注意しながら目標の後を付け、次第にアジトらしき場所……外からは只の一軒家にしか見えぬが、よく見れば全ての窓のカーテンが仕切られていて中の様子が全く見えぬ――怪しき場所を見つけた。
此処がアジトか否か。
確実な判断をする為に、アジトの近くの路地にて様子を窺わんとする綾姫達。
ここならバレなさそうだと。気配を殺して眺め……て……
「うぉぉぉぉ!! なぜ、何故またも外れて――!! 神は俺を見捨てるのか!!」
「まぁまぁ……そういう事も生きてればあるもんさな。それよりどうだ。
過ぎた過去は仕方ねぇ。酒で忘れようじゃねぇか――」
「むぅ……待て待て。だからいくら何でも酒だけは……」
「コイツは俺の奢りだ。
俺たち大人にゃ燃料ってモンが必要だろうよ? なっ? 此れも依頼の為だぜ?」
「奢り!? ハハハ――成程、そこまで言うのに断るのは失礼というもので御座るなあ? むっ……! この酒、よもやこの地の地酒……!? 斯様なまろやかさと深みがあるとは、なんとも侮りがたし……!」
「だろう? どうにもこの酒に合わせてか、つまみの類の味も調整されてるみたいでな。
そこの店主とさっき雑談がてら聞いてみたんだが、なんでも三百年の歴史があるとか」
「…………」
眺めて、いれば。
真面目に監視している綾姫の背後でどんちゃん騒ぎの嘉六と幻介。あの、貴方達本当に隠れる気ありますか――? イライラが募れば綾姫のこめかみに青筋が出現し始める――ていうかまたいつの間に嘉六は新しい酒を買いに行ったのだろうか? 気付かせずに行うとは天才ですね。存在ごと滅びればいいのに。
……あれ、おかしいですね。そういえばなんで我慢なんてしないといけないんでしょう。まず窃盗団とかいう連中よりもこの人達をぶちのめしてからの方がいいのでは。
割とガチ目にそんな事を想いつつも、辛うじての一線で耐え続ける。
我慢。我慢。お仕置きは後で。お仕置きは後で……
「……ッ! アジトに更に戻ってくる人たちが……!
間違いありません、アレが件の窃盗団のメンバーですね……!
さぁ二人共! 後はローレットに報告に戻って、他の人達と一緒に包囲してから――」
と、その時。
遂に(実質一人で)頑張る綾姫の努力が実を結んだのか、アジトに更に入り込む者達の顔を確認できた。間違いない、アレが目標の連中だと確信すれば――ようやく(なんでか三人いるのに自分しか働いてない気がする)この依頼も佳境だと思いて。
二人の方を振り向けば――!
「――ハハ。どうにも、此処で出会えたのも何かの縁……どうだお嬢さん方。
そこの店で少しばかり酒と一緒に遊ばねぇか――?
なぁにこんな別嬪さんに金を払わせるなんてしねぇよ。男の矜持に賭けてもな」
「然り然り。麗しい華があらば、手を出さぬはむしろ失礼で御座るからなぁ」
「えぇ、どうしようかなぁ……お兄さん達、そんな事言ったら本気にしちゃうよ……?」
なんか、その。街娘達に声を掛けてた。
誰が? ほのかに酔っぱらった様子の嘉六に幻介が、だ。
えぇ。なんとも可愛らしいお嬢さんたちですね。相手方も満更ではなさそうな顔をしています……もうちょっと放って置いたらいつの間にかこの男共二人、街娘らと共にどこかに消えていたのでは――? そう、思えばこそ。
刹那。何かの『糸』……いや『緒』が切れる様な音がし、て。
「ぬぁ!? 待て……綾姫なにを……!!?」
突如、抑えられる嘉六の――尻尾の付け根。
や、やめろ! 其処は少しばかり弱ッ……と思いて振り向けば。
――憤怒の形相に包まれた綾姫が其処にいた。
いや憤怒、だけでは正確ではないか。
だって彼女の口端は笑みの形に吊り上がっている……ともすればまるで笑顔の如く。
「貴方達……ホントにいい加減にしていただけますか……?」
「え、あ、あの、綾姫殿? これはちょっとした冗談の類で……」
「いかん、まずいぞ! この目は本気だ――今すぐ逃げねぇ、と、ぐぁ!!」
直後。尻尾の付け根を抑えられたまま、更なる握力をもってして掴まれる嘉六、を。
綾姫が膂力だけで――後方へと投げ飛ばした!!
凄まじい勢いと共に、窃盗団のアジトの扉へとぶち込まれる嘉六。更に幻介も服の裾を瞬時に掴まれ同様の未来を二秒後に辿る――頭から突き刺さる勢いがあらば、木製の扉なんぞ軽くブチ破られるモノ!
「な、なんだなんだ敵襲か――!? うわ」
当然斯様な事態に至れば窃盗団側も気付く、のだが。
「反省してくださいね? ええ本当に――反省してくださいね?」
「待て待て待て待て綾姫殿!! 洒落にならな、うわ」
もうそんなのは関係ない。だって、アジトの前には。
巨大な大剣を顕現せしめ、今まさに振りかぶっていた――綾姫が居たのだから!
薙がれる。窃盗団だけでなく嘉六や幻介も共に。
ていうかもう窃盗団とかどうでもよくて、後者二人の方を主に!!
一閃すればアジトが両断。
二閃すればアジトが四分割。
三・四・五と続けば、うわぁああ!
「ま、まずいで御座る! これはマジで殺られるのでは!!?」
「いや。幾ら感情が振り切れた状態とは言え理性は在る筈だ……俺は綾姫を信じる!」
「逃しません――天誅ッ!!」
「天誅とか言ってるんで御座るが!!? ぁああああ――!!」
全力全開。剣撃……の、峰がまずは嘉六の脳天に直撃し、続けざまに幻介にも。
――ぁ。これガチ目だ――
意識朦朧。最早酒の酔いなんぞどこかに飛び消え、声を掛けていた街娘達もどこへやら。
やがて、轟音が消え失せ静寂となり。
石畳の上に――二人が並んで正座させられる――
ちょっとでも姿勢を崩そうとすれば再び剣の峰が飛んでくる状況下で。
「二人共――なんで私が怒っているのか、分かりますね?」
「そういう主語のない質問は卑怯だと思うで御座、あ、いやなんでもないです」
「分かった――俺達が悪かった。許してくれ。もう金輪際ふざけないと誓うから、な?」
「ホントでしょうね? ホントに反省しましたか!?」
――おうよ(で御座る)。
はぁ、と吐息零す綾姫。あぁ窃盗団のアジトは派手に吹き飛びもう跡形もない……
今回の依頼、一応追跡だけの筈だったのだが――まぁもう(色々疲れたし)いいか。
そんな思考をする綾姫。
その背後で――正座させられていた二人は――
――マジで? マジでやるんで御座るか?
――あぁ。今やらないで、いつやるってヤツだぜ!
目配せ一つ。完全に隙だらけの綾姫の、背後から近寄り……
「――隙ありっぃぃぃい! ハハハ! 油断したな綾姫――!!」
「ッ! ちょ、小学生ですか貴方達は――!!」
彼女の袴を、まるでスカートの様に――捲り上げる!!
それは言うなれば学生服のスカートに悪戯をする男子の様に……
えっ? そういう事が可能な構造の袴を着てる綾姫が悪いって? うん、そうだね!
「ははは――! ところで嘉六殿! 俺達は今からどこに逃げれば!」
「知らねぇ! とにかく逃げろ逃げろ! 追いつかれなければ俺達の勝ちだ!!」
「成程、これが天才的発想――! あっ! 背後から鬼と化した綾姫殿が」
再び投擲される剣撃。今度は峰じゃないぞ。本気だぞ? あ、やべぇ幻介が転んだ!
轟く悲鳴。二人が綾姫に追いつかれたかは、さて。
後日。路地裏に打ち捨てられる様に転がっていた二人の姿が――物語っているかもしれなかった。