PandoraPartyProject

SS詳細

だって、そう。キミはとても美しい。

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣



「待っていたよ、ヴェルグリーズ」

 商人ギルド・サヨナキドリ──多くの商人達が集い、客と取引をする超大型店舗。その最奥でヴェルグリーズはギルドの顔役と対面していた。武器商人、と周囲から呼ばれるソレは執務室のふかふかの椅子にゆったりと腰をかけてヴェルグリーズを迎える。ヴェルグリーズの硬質な色合いとはまた違う、艶やかな銀色の髪を揺らす姿は美しくも妖しいモノであったが、その姿は平素、観測される姿よりは幾分気安く見える。

「広告が気になってしまってね。商人殿なら安心して任せられるし」
「おや、アタシがおかしなことをしないとも限らないだろうに」
「少なくとも、完全に俺の害になるようなことはしないと信じているよ。商人殿が自らの口で誘ってくれたのなら、少なからず好意的な興味を持ってくれていると思っているからね」

 興味が無いなら捨ておくだろう? と尋ねるヴェルグリーズの言葉に、武器商人ソレは柔らかく笑顔を見せた。どうやら間違っていないらしい。

「順を追って話そうか。先ずは座っておくれ。……紅茶はお好き?」
「華やかないい香りがして素敵だよね。商人殿は好きなのかい」
アタシの小鳥が淹れたのは好き。この茶葉も最近、小鳥と一緒に紅茶の専門店で見てきて買ったんだ」

 そう言って武器商人ソレが指を軽く振ると、ふわりとティーポッドや茶葉が浮かび上がって1人でに紅茶が淹れられていく。おお、とその光景に感心しながらヴェルグリーズは応接用のソファーに腰掛けた。武器商人ソレも執務室の椅子から立ち、ヴェルグリーズの正面に向かい合うように座る。

「さて、キミ自身のことだから既に把握はしているだろうが……剣身の疵は刃の部分から斜め上に、中程へ向かって亀裂が走ってしまっている」
「……それは、つまり」
「そう、実用剣としてどうしようもなく致命傷だ。剣戟でもしようものなら、そこから剣身が折れてしまうだろうね」
「うっ……想像するのも恐ろしいよ。首が飛ぶ心地だ」

 ブルッと身を震わせたヴェルグリーズは、自身を落ち着かせるためにティーカップに注がれた紅茶を口にした。ほんのりとスモーキーで花を思わせる香りとまろやかな口当たり。少し独特ではあるが美味な紅茶だ。

「……そんな状態なら、確かに一般的な方法での修復は望めないだろうね」
「然り。今のキミは剣としては死に体も同然さ」
「……」

 嘆きの溜息が密やかに部屋の中を満たす。ヴェルグリーズも旅の中で多少なりとも鍛治の知識は得ているため、薄々と理解はしていた筈だった。……が、改めて他人の口から現実を突きつけられると心の中に重たいものが降り積もる。何せ彼は数奇な運命から『剣である』というアイデンティティを持つ精霊種グリムアザースである。その根幹に瑕疵が残り、『剣』という物が持つ役割が果たせなくなるとあれば彼自身に及ぼされる精神的影響は計り知れない。

「それでもキミが折れずに戦えているのは……特異運命座標イレギュラーズという認識と、その可能性がキミに対して働いていることがひとつ」

 端正な顔に暗い翳りを見せたヴェルグリーズに対して武器商人ソレは笑みを崩さず、紅茶を楽しみながらゆっくりと言葉を重ねる。

「そしてキミの『精霊種グリムアザースとしての本質が宿る部分』が剣身ゆえ、キミ自身が無意識に剣身同士を繋ぎ止めて最悪の事態を防いでいる、ということ……この2つが理由だね」
「でもそれは、最悪の事態の引き伸ばしでしかない……だろう?」
「なに、そう嘆くでないよ。言ったろう? "遊びの余地が生まれた"とね」

 それはヴェルグリーズが此処を訪れる直前、目の前の武器商人ソレと交わした言葉。彼は実用剣ゆえに。が、今そこに疵がある。隙間があるならばで埋めることができる。そのは呪いかもしれない、強さかもしれない、祝福かもしれない、弱さかもしれない。だから武器商人ソレはヴェルグリーズへ声をかけたのだ。自分の"お気に入り"に、下手なちょっかいをかけられたらたまったものではない。

アタシが好きにしていいのだったら──それ、直せるよ?」

 さながら蜜のような甘い誘いの声。菩薩のような慈愛とも、悪魔の誘惑とも思えるような言葉に対して……ヴェルグリーズは苦笑した。

「したことない体験だからちょっとおっかなびっくりだけど……商人殿なら大丈夫だろう?」
「──ヒヒ。ちょいと意地悪だったね」
「最初に安心して任せられるって言ったじゃないか」

 けろりと声の調子を戻した武器商人ソレはどことなく上機嫌だったため、ヴェルグリーズは自身の見解の正しさを確信する。ヴェルグリーズは基本的に人の善性を疑わない性格だが、そのことを差し引いても武器商人ソレと何度か依頼を共にするうちに、『護り刀の様に気に入っている』という言葉が嘘ではないとわかるくらいには言葉を交わしたつもりだった。(最も、ソレが此処まで『素直』な性質を維持しているのは比較的最近のことであり、そのことにソレの番も大きく関わっているということはヴェルグリーズも知り得ないことかもしれないが)

「それで、商人殿はどんな"遊び"を俺に施してくれるんだい?」
「んー……ちょいと視させておくれね」

 武器商人ソレは首を傾げて少し考え込んだ後、自身の長い前髪をかき分けけながらヴェルグリーズに近付いて彼の瞳を覗き込んだ。穏やかな鋼銀の瞳を覗き込む、鋭い菫紫の瞳。底の知れない深い色合いに、ヴェルグリーズはまるで自身の人生の些細な秘密まで見透かされてしまうような気がして、反射的にソファーに背中を押しつけるようにして後退りする。

「ふむ……ふむ……なるほどねぇ。であれば……」
「……しょ、商人殿?」
「少しお待ち」

 時間にして1分ほどだったろうか。何かに満足したのか、納得を得たのか、武器商人ソレは何度か頷くとツカツカと別の部屋に足を運んで行った。ヴェルグリーズは気まずい間が終わったことにホッとして、大人しく帰りを待つ。

「おまたせ」

 やがて武器商人ソレが戻ってきて、今度はヴェルグリーズに手招きをした。ヴェルグリーズはそっとティーカップを置くと、ソファーから立ち上がってソレの先導に従う。

「どこに行くんだい?」
「あそこで修繕を行っても良かったのだけれど、どうせならふさわしい場を設けようと思ってね」

 ヴェルグリーズが尋ねると、武器商人ソレは具体的なことは言わずにただ楽しそうにそう答えた。扉を何枚もくぐり、階段をいくつか昇り降りした後、いつの間にやらずっと薄暗い階段を降りている。

「来た時も思ったけれど、この建物は広いね」
「広いよ。曖昧だからね」
「……何が?」
「何かが」

 やや要領を得ないものの、考えるうちに階段の一番下に辿り着いた。武器商人ソレが扉を開けると急に、サァッと明るくなって思わずヴェルグリーズは目を細める。

「此処、は……?」

 そこは地下にも関わらず広い空間の上方には青空が広がっていた。練達にもドーム状の天井の内側に『空』を映す施設があったとヴェルグリーズは記憶していたが、此処の青空には雲がひとつも無くいっそ恐ろしくなるくらいの晴天だった。その一方で地面には浅く一面に清らかな水が張られており、

「此処がキミの修繕のために設けた場。さ、ヴェルグリーズ。"おいで"」

 疑問に思うことは山ほどあったものの、どことなく力の籠った武器商人ソレの言葉を聞くとヴェルグリーズは自然とソレの傍に寄って本来の──全長70cm程のシンプルなブロードソードの姿に変化した。武器商人ソレは恭しく剣に変化したヴェルグリーズを両手で掲げ持つと、ゆっくりと足元の水をかき分けるようにして進む。静謐な空間の中に響く、水の音。数えることゆうに100歩。そうして奥に佇む黒い簡素な台座にヴェルグリーズは横に安置された。

(あ、これは……)

 安置されたヴェルグリーズは直感的に理解した。。この台座は、鉄でできている。

「──【祖には鉄。因には剣。縁には別離。】」

 高すぎず、低すぎず。武器商人ソレのゆったりとした声が詠う様に言葉を紡ぎ出す。すると台座を中心に金、銀、白、青、赤を中心に色が付いた、合計7つの美しい金属質な光が波紋の形を描きながら生じていくのが剣の姿のヴェルグリーズからも確認できた。7つの光の波紋はどことなく生物的にのたうちながら、ヴェルグリーズと武器商人ソレの周りで絡み合い、複雑な紋様を描き出していく。

「【七つの宝に地母の花、天女の雲紗を以って楽園を開かん。】」

 武器商人ソレが詠唱を重ねると、水辺のあちこちに丸い光が降り立って、何かを生み出していく。剣の姿のままのヴェルグリーズが横目に見えたのは桃色の花……儚くもどこか神性を帯びるそれは、水の上に急速に、大量に咲き誇る蓮華の花だった。

《なっ……!?》

「【其は別れを識るもの。其は別れを齎すもの。其は無量へと安寧を願うもの。】」

 ヴェルグリーズは気が付く。だんだんと上空が明るくなり、強い光が差し始めていることに。地下へ潜ってきたにも関わらず、だ。彼は思わず、今は存在しないはずの瞼をぎゅっと瞑った。

「【願いは楽園を呼びて其の身に帯びさせ、楽園来たりてはすなわち万のけがれを断ち切らん。】」

 上空の大光量のせいか、他の要因か、ヴェルグリーズはその剣身からだに熱を感じていた。とりわけヒビの入った隙間から、何か入ってくる様な心地がしてわけのわからぬ内にヴェルグリーズは叫ぶ。

「【鉄の内に綴じよ、鉄の裡に延びよ。汝が名は──】」

 閉じた瞳を突き抜け全てを包み込んでしまう光の中で、やがてヴェルグリーズの意識は溶けていってしまった。



……ヴェ……リ……ズ……。
 誰かが呼ぶ声がする。
ええと、誰だったか。待っていてくれ、今──



「ヴェルグリーズ」
「──!」

 ハッと意識を取り戻したヴェルグリーズは、気がつくと人の姿を取って浅い水辺で仰向けになって寝転んでいた。雲ひとつ無い青空と桃色の蓮華の花、そして銀の長い髪を揺らして顔を覗き込む武器商人ソレがヴェルグリーズの視界に映っている。祭壇が消えた以外には周囲の変化が見受けられないため曖昧ではあるものの、どうやら意識が朦朧としていたのはほんの数分かそこらのことだったらしい。

「ご機嫌は麗しいかな?」
「……そう、だね。特に変な感じはしないよ」
「そいつは重畳」

 ちゃぷ……と起き上がると、ヴェルグリーズは自身の首筋に触れた。意識が遠のく前はヒビ割れていたそこが今は塞がり、古傷の様にほんの僅かだけ盛り上がった感触を指先に伝えている。試しに鏡の様に澄んだ水面を覗き込んでみると、その違いは一目瞭然だった。水面には怪我をする前の様な滑らかな肌が映っている……が、ヴェルグリーズはふと違和感に気がついた。それはともすれば見逃してしまいそうなくらい些細なものだったが、光の当たり具合でうっすらとした桃色の痣の様に浮かび上がるそれは……

「……蓮華?」
「キミが無事に鉄を取り込んだからね、疵の部分はちゃんと継がれて補強されているよ。痕跡も完全に消してしまうのが修繕としては最良なのだろうけれど、紋様というのはある種のまじないになるからね。気に入らなかった?」
「いいや。"あの疵があった"という証が残るならありがたいよ。剣としてはあの疵に恐怖を覚えたのは確かだけれど……俺にとって、忘れたくない戒めでもあったから」

 疵を負わされた時のことを思い出したのか、ヴェルグリーズはもう一度そっと蓮華の紋様を撫でた。

「……そういえば、代金はどうすればいいんだい?」
「金品は不要だよ。"対価"は既に貰っているからね」
「え? 何か渡したっけ……?」

 不思議そうに首を傾げるヴェルグリーズを眺めて武器商人ソレは満足そうに目を細める。彼の青みがかった刀身は水を象り、薄く刻まれた蓮華の紋様は美しく映ることだろう。そして、それを見る機会はすぐに訪れる。彼は特異運命座標イレギュラーズなのだから。

 この日から、ヴェルグリーズは新たな概念祝福にして呪いをその身に帯びることとなる。『別れるもの』にして、因果を断つ剣を振るう者。因果を、執着を、宿業を、それらを断ち切った"先"に来迎せし概念。

──すなわち、『浄土』を。

  • だって、そう。キミはとても美しい。完了
  • NM名和了
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月04日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・ヴェルグリーズ(p3p008566

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