SS詳細
C'est la vie la bête
登場人物一覧
まだ年若きビューレン卿が獣狩り用の兵を集めている。
そんな話が聞こえてきても、マルベート・トゥールーズは本から顔を上げなかった。
若い貴族が箔をつけるために狩りを行う事はよくある話で、特別、彼女の興味を惹くような話題ではなかったからだ。
街路に設置された日除けのテントとテーブル席は幾つかの飲食店の共用で、黒ビールと腸詰め肉を楽しむいかにも傭兵然とした風貌の男達と、シナモンコーヒーと年代物の古書を楽しむ上品な黒髪の乙女の席が、背中合わせに隣り合うことも珍しくはない。
「まさか『リシュタの獣』を狩りに行くなんて言わないよな」
「そのまさかだ。報酬もたんまり出るらしい」
外界への興味を一切削ぎ落したうら若き乙女は、その単語を聞くなり本の頁を閉じた。健康的な脚が蝶のように椅子から飛び立つ。
「行かないぞ。俺は金より命の方が大事なんだ」
「そう言うと思ったよ。いくら肉が美味いと言っても幻獣だからなぁ」
「ねえ」
突然声をかけられた傭兵二人は話を止め、逆光で表情の見えない女の黒い影を仰ぎ見た。
「その話、詳しく聞かせてもらっても良いかな」
●
「リシュタの森に住んでいるからリシュタの獣。地元の民は、ただ『獣』とだけ呼んでいるそうだよ」
「へぇ〜」
あまりにも単純な名は、地元の民が敢えてその獣に名を与えることを厭うているようにも感じられた。
赤色がかったアンバーの瞳が情報を咀嚼するように瞬きを繰り返す。変声期前の柔らかい少年の声は、無垢な表情と相まって初夏の爽やかさを思わせるものだ。
「貴族からは『とってもおいしい肉質の幻獣』と呼ばれているらしいよ」
「さすがにそれは冗談だよな?」
マルベートの愉悦を孕んだ視線は美しい魂と生命の輝きを持つ少年――エドワード・S・アリゼを見下ろした。
「さあ、どうだろう」
「え、本当なのか!?」
「ふふふ」
「どっちだか分かんねえ!?」
この快活な冒険者の少年が、雨の日にマルベートの住む黒睡蓮の館に迷い込んだのはまったくの偶然であった。
気まぐれの賽子が揃った結果、立場も信条もまったく異なる二人はそれでも互いに敬意と親愛を抱き合い、こうして時々会っては姉弟のように何でも無い日を過ごしている。
「獣についての文献を辿ってみたら、随分と昔から記述があったよ。目撃情報は数十年に一度程度。神経毒を使って家畜を襲う。身のこなしは素早く森の中で捕らえることは難しい。肉の味は至宝の如き絶品、故に或る貴族がその幻獣種につけた通り名が『すっごく美味い肉の幻獣』」
「さっきと微妙に違う!? いや大意的には同じだけどさ」
エドワードは眉間に皺をよせ、むむむと唸った。
「マルベートは、その『獣』を狩るつもりなんだよな?」
そう問いかけるエドワードの表情は真剣で仄かな困惑が見て取れた。そこには命を尊ぶ慈悲深き者の思慮と、自然界の掟を知る者の葛藤が滲んでいる。
「美味しい肉が目の前に転がっているというのに、狩らない手はないよ。もしかして可哀そうだと思ったのかい」
「……いや。ただのゲームで生命を奪うならともかく、食うつもりなら仕方ねえと思ってる」
ほんの少しの沈黙の後にエドワードは答えた。
マルベートはエドワードの頭を優しく撫でた。指通りの良い赤い前髪が、さらさらと指の間からこぼれていく。
「エドワードも私のことを大分理解してきたようだね」
「理解っつーか、マルベートは美味しいもん食べるのが大好きだからな!」
「うんうん、その通りだよ」
上機嫌でマルベートは頷いた。
「もちろん、私は君のことも大好きだよ」
「そっか、ありがとな! オレもマルベートのこと、大好きだぜ」
マルベートが身体を密着させるようにエドワードへと摺り寄ると、太陽のような笑顔が当たり前のように礼を告げた。
エドワードの表情には何の翳りも邪気もない。ただ澄み渡った青空のような爽やかな感情があるだけだ。
「それでさ、マルベート」
「うん」
「オレが縄で縛られている理由、そろそろ聞いてもいいかな」
遂にエドワードは聞いてしまった。
来訪するなり、自分が拘束された理由を。
「おや。素敵な景色と私の膝枕に何か不満な点でもあるのかな」
「不満はないけど疑問がすげぇ」
周辺には幻想的な湖が広がっている。清廉な景色を彩るように風が吹き、水面に浮かんだ至極色に輝く黒睡蓮が一斉に揺れた。
木陰に広げられたピクニックシートの上で少年は簀巻きにされ、柔らかな悪魔の太腿に膝枕されている。
その周囲ではマルベートの眷属たる狼達が思い思いの場所で寝そべったり、狩りの練習をしている。
「一緒にリシュタの獣を狩らないかと誘おうと思ったのだけれど、普通に誘ってもつまらないだろう? だから逃げられないようにしてから誘おうと思ってね」
マルベートは涼しげに微笑んだ。バスケットにつめこまれたサンドイッチを一つ取り出し、それを給餌するようにエドワードの口元へと差し出す。
「うーん、それを最初に言って欲しかったなぁ……」
どこか諦めたようにエドワードは言う。
「高級ハムみたいで可愛いよ」
「誉め言葉か?」
「最上級の誉め言葉さ」
マルベートの歓迎の仕方も可愛がり方も、エドワードにとっては斬新すぎるものだ。時折見せる人間離れした一面。それが彼女の生来の気質に由来しているとエドワードは薄々気がついている。
「おーい、モンパルナス!」
声をかけられた賢き狼は、主人と主の小さな友の元へと近づいた。交互に二人を見比べる姿は執事のように従順で、何かあったのかと疑問を抱いているようでもある。
「マルベートに言ってやってくれよ。恥ずかしいし、自分で食えるって」
「ダメだよ。今の私はお世話をしたい気分なんだから。大人しくあーんしてなさい」
主は上機嫌で、小さな友は困っている。
世話好きの狼はやれやれと首を振ると彼らの傍で身を丸めた。
狼は少年のことを気に入っている。
だが主人の命は絶対なのだ。
「モンパルナス~~!!」
悲痛な声が聞こえるが、本気ではない。
終わったら起こしてくれと言わんばかりにさっさと目を閉じると、巨大な尻尾で一度だけ地面を叩いた。
エドワードはこの頃、狼によく似たマルベートの眷属達の見分けがつくようになってきた。
それだけ姿を見せてくれる頭数が増えてきたのだと、嬉しさと同時に誇らしさも感じる。
警戒されていた当初の頃から比べると随分とした歩みよりだ。
最初に見分けがつくようになったのは、やはりと言うべきか。かつてエドワードを助けた巨大な黒い狼だった。
群れの序列では中ほどに位置しているらしい。
面倒見が良く世話焼き気質である彼は、仲間内から一定の信頼を勝ち取っているようだった。
湖にはまったであろうずぶぬれの仔狼の首根っこを咥えて歩くモンパルナスの姿は黒睡蓮の館周辺で日常的に見られる光景であり、かと思えば見晴らしが良くぽかぽか温かい日だまりで無防備に丸くなって昼寝をしているのも大抵彼だった。
時折一匹だけでエドワードの元にふらりと遊びに来ることもあった。逆にエドワードがマルベートの屋敷に遊びに来た時は、森の前でモンパルナスが待ち道案内を務めるのが通例だ。
気のせいでなければ彼の方もエドワードに友情に似た感情を抱いているのだろう。そういう自由なところはマルベートによく似ているなと、エドワードは密かに思っている。
「近づいて来たな」
夕暮れに染まり始めた森に狼の遠吠えが聞こえる。
不規則に宙へと昇る紫雷の光は、まるで狂騒の前奏曲のようだ。
マルベートの眷属たちは基本的に吠えない。彼らは視線で会話をする。
遠吠えは離れた仲間への合図に他ならない。
「よし、オレたちも行くぞ」
エドワードは緊張した面持ちで盾を構えて立ち上がると、傍らに控えていた闇へと声をかけた。
濃い森の影から、音も無く巨大なモンパルナスの体躯が現れる。普段は折り畳まれた黒い皮膜を広げ、黒狼はエドワードの隣へと並び立った。
「そうら、そっちへ行ったぞ! エドワード!!」
頭上から嬉々とした声がかけられる。
「えっ」
食事にテーブルフォークとナイフを使うのは理性の嗜み。しかしながら身の丈ほどもあるフォークとナイフを軽々と操るマルベートの姿の、何と狂乱じみたことか。
「こっち、来るのはやくない、かッ!?」
咄嗟にバックステップで後ろへと跳躍し、連続した爪撃を回避する。切り裂かれたマントの切れ端が、雪のように木立の間を舞った。
「思っていたよりも素早い奴でね」
枝の上から飛んだマルベートが翼を広げ、重力を感じさせない足取りで地面に降り立つ。
「さすが長年森で生きてきただけのことはある。しかし、思いがけないアクシデントは人を成長させると言うだろう? 臨機応変に行こうじゃないか」
エドワードは、生き生きとした悪魔的なマルベートの姿を見るのは初めてであった。
少女のように楽し気に笑う姿や小悪魔じみた妖艶な微笑みには見慣れていたが、獣の如き爛々とした瞳からは野生の躍動を感じる。
葡萄酒のような深い赤の瞳は、皮膚の下を流れる紅血色に染まっており、白皙の頬に付着した命の削り滓を舌で舐めとる姿は普段の領主めいた振る舞いからかけ離れている。
つまりエドワードの瞳には「綺麗で恰好良いマルベート」の姿が映っていた。
「猿? あ、いや牛? なんだこいつッ!?」
追い立てられ、傷ついたリシュタの獣が遂にエドワードの前に姿を現した。
白い霧の如き巨体に牛の顔。
狒々のような長い八本の手足。興奮した口元から泡のような唾液を吐き、開いた口からは長く鋭い牙が覗いている。
マルベートや眷属たちが傷つけたのか、霧のように白く長い毛は赤い血でべったりと汚れている。顔の中心に開いた赤く血走った一眼は眼前に立ち塞がるエドワードを敵と見なしていた。
「こいつを最初に食おうと思った奴、勇気があるな!?」
「そうかな。とても美味しそうに見えるけれど?」
「もしかしたら昔にもマルベートみたいな奴がいたのかもな」
「ははは」
エドワードは太陽のレリーフが刻まれた大盾を構え、上段からの爪を受け止める。
「おっと。言い忘れていたけれど牙と爪、それから血と唾液にも毒があるからね。くれぐれも触れないように」
「分かってるけど、さっ!? それって、言うほど、簡単じゃないぞ!?」
「がーんばれっ」
重量のある攻撃を時には躱し、時には受け止めながら、エドワードは叫ぶ。その汗と健闘ぶりにマルベートは甘い微笑みと声援をおくった。
「……マルベート。もしかしてオレを鍛えてくれてるのか!?」
荒い息のなか、はたとエドワードは顔を上げる。
「よーし、だったら頑張らないとな!!」
エドワードの纏う闘気が一際強く輝き始め、呼応するようにリシュタの森の獣が吼えた。その光景にマルベートは満面の笑みでうんうんと何度も頷く。
「ではディフェンスはエドワード、アタッカーは私達。モンパルナスはエドワードのサポートを頼むよ」
「頼むぜ、モンパルナス」
寡黙な黒狼は死角より飛び出してきた角兎の喉笛を噛み千切ることで小さき友人への答えとした。
モンパルナスは『饗宴の群れ』の中での戦闘力は高いほうではない。しかし、その攻撃力はイレギュラーズにも匹敵する。
「それでは諸君。若き客人を迎えた狩りを始めよう。貴重な『リシュタの獣』だ。すぐに殺さないよう、気をつけようね」
●
「うん、なかなかの量だ。前菜にはちょうど良い」
獣の肉が美味とされる原因の一つが、その体液に流れる強力な毒だ。この毒は神経を麻痺させると同時に旨味成分でもある。
リシュタの獣が放つ、強い血の匂いに惹かれて現れた森の獣や魔物たちを黒狼たちが楽し気に屠っていく。
これは狩りであり釣りでもあった。
暇そうにしていた眷属を数匹連れてきたが、どの個体を連れて来ても結果は変わらない。『饗宴の群れ』を構成する悪魔の眷属は、一匹が一騎当千の兵である。
数刻もあれば街や村を蹂躙できる実力を持つ彼らがこうやって森の中で長々と狩りをしているのは、遊んでいるからに過ぎない。
「まだ未熟で若い個体を狩りにつれ出して、連携や個々の能力を鍛えるのも、統率者の役目だからね」
マルベートは目を細め、リシュタの獣と奮闘を続けているエドワードを見やった。
青い果実の目覚ましい成長を間近で見るのも統率者の密かな楽しみなのである。
「でも、そろそろかな」
「わぷっ」
二メートルはあろうかという白い毛皮に覆われた剛腕が、先ほどまでエドワードの隠れていた藪を薙ぎ払った。
飛び散る小枝や土砂を目くらましに、リシュタの獣は短い脚で立ち上がる。
「マルベート!! あ、あいつ、二本の足で立ったぞ!?」
「命の危機を感じると、ああやって樹に登るんだ」
マルベートは表情を変えず、今日の天気を告げる調子で言い放った。汗と泥に塗れたエドワードは、枝や草むらで切った掠り傷はあれど、獣から受けた傷は無い。偉い偉いとマルベートはエドワードの髪を両手でまさぐった。
「さっきもそうさ。森の中では飛び道具を使うような敵がいなかったんだろうね。天へ近づけば追っ手から逃れられていると信じているのさ」
マルベートは無邪気に笑った。
夜の帳が落ち闇の餓狼が本来の残忍さを現す。
リシュタの獣が今まで生きていられたのは、血抜き代わりに暴れさせるためだ。それが終われば過程は調理段階へ移行する。
「食材が皿の上から逃れられると、本気で思っているのかい」
マルベートが指を鳴らすと枝の間を渡っていたリシュタの獣が力を失ったように地面に墜ちた。
巨体が落下した振動で森が微かに震え、広がっていく血だまりの上を黒き獣の群れが覆いつくす。時折聞こえる弱弱しい断末魔は弱肉強食が行われている証だ。
「ふぅ」
エドワードは地面に座った。
狩りとは、戦闘とは、こんなにも疲れるものだったのか。
「お疲れ様。獅子奮迅の働きだったじゃないか」
マルベートとモンパルナスが、エドワードの活躍をねぎらうように寄り添った。
――いつか大人になって全ての景色を見終えたら、マルベートに食われるのも良いかもしれねぇなぁ。
「ん?」
マルベートがエドワードの内心を知れば、まだ人生の終わり方を決めるには早すぎるよと諫めたかもしれない。
しかし一つのエンディングの形として受け入れるほど、エドワードはマルベートのことを尊敬していた。
「いや何でもない。さすがに疲れたぜー」
「ふふ。泥だらけじゃないか。肉を解体をしている間、そこの川で水浴びをしておいで」
近くの魔物は全て片付けたし、と告げるマルベートにエドワードは慌てて首を横に振った。
「いや、オレも手伝うよ!? それに着替えも持ってきてねえし」
「いいから、いいから。着替えなら私のを貸すよ。モンパルナス、エドワードの護衛よろしくね。ついでだから洗ってもらうと良い」
上機嫌なマルベートの傍らで、のんびりとモンパルナスは頷いた。
「焼くのは手伝うからな!」
ついてこい、と言わんばかりに歩き出した黒狼の後を追いかけながらエドワードはマルベートを何度も振り返った。
「いってらっしゃーい」
手を振るマルベートは礼儀正しく、品行方正な笑顔のまま見送っている。
「ん、何だい?」
獲物の処遇を聞くべくやってきた眷属の一匹が、やけに上機嫌な主に何故かを尋ねた。
「いや、覗きはしないよ。覗きは。食べたくなっちゃうからね」
●
「ふん、ふふん」
肉の焼ける香ばしい匂いと灰色の煙が月夜へと昇る。
そこにちょっとしたスパイスと香草、鼻歌と愛情をふりかければ完成だ。
赤々とした焚火の上に設置された本格的なバーベキューコンロの上で肉汁滴る塊を、マルベートは慣れた手つきでトングを操りひっくり返した。
「知ってた……」
「うんうん、よく似あってるよ」
マルベートが持ってきた着替え、と聞いた時点からエドワードは薄々気がついていた。
渡された着替えが女性物のメイド服であるということに。
「どうしてメイド……」
「館を出る時に手近に置いてあったからだね」
「そうかぁ……」
消えていくエドワードの語尾に無力感と諦念が滲んでいる。
「はい、お待ちどうさま」
エドワードの皿の上にリシュタの獣だったものが乗せられる。
あの獰猛な幻獣が、こんなに美味しそうなステーキになるとは。
湯気と香気のたつ肉を眺めながらエドワードは未だに信じられない気持ちでいた。
「しっかしスゲー量になったよなぁ。本当にオレたちで食いきれるのか?」
骨や内臓を別にしても、見上げる程の分量がある肉の山をエドワードは見上げた。
「少しはお土産に持って帰るけど、大丈夫だよ。骨も内臓も残らないから」
小さなパンに作っていたソースの味を確認しながら、マルベートが頷く。森の中を駆けまわった眷属たちも毛繕いをしていた顔を一斉にあげ、余裕ですといった表情をエドワードへと向けている。
「さぁ、まずは肉本来の味を楽しむために塩胡椒だけの味付けだ。召し上がれ!」
「いっただきまーす!」
マルベートの言葉でエドワードは仄かにピンク色が残った肉へとかぶりついた。長時間獣と戦い続け、お腹が減っていたのだ。
炭の香ばしさと岩塩の旨味、それを通り過ぎると肉の脂が持つ甘味が一気に押し寄せてくる。
「何だこれうまっ!?」
気がつけば舌の上で溶けていた肉に、感動とも驚嘆ともつかぬ叫び声をエドワードはあげた。
「マルベート、この肉、めっちゃくちゃ美味いぜ!?」
「そうだろう? ここまでの品ともなると、私も調理のし甲斐があったよ」
それに満面のエドワードの笑みの輝かしいこと。これも見たかったものの一つだとマルベートは腕を組み、深々頷いた。
「何せ『すっごく美味い肉の幻獣』だからね」
「結局どっちが本当の通称なんだろうな」
マルベートの肉はエドワードのものよりも殆ど生に近く、赤色の断面を晒している。それを一口齧り、マルベートは思わず「うわっ」と小さく呟いた。
「どうした?」
手で口元を覆うマルベートにエドワードは問いかけた。
「これは確かに美味しいね。いくらでも食べられそうだ」
声に僅かな驚きを乗せたマルベートにエドワードはニッと快活な笑みを見せた。
「何せ『とってもおいしい肉質の幻獣』だからなっ」
「ふふふ」
「じゃあ次はオレが焼くからマルベートは座っててな!」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお手並み拝見といこうか」
「任せとけ! えっと、ワインはどうする?」
「早いけど貰おうかな。今夜は楽しい夜になりそうだ」
月光の下、エドワードから恭しく差し出されたスキットルをマルベートは受け取った。
主人の視線を合図に眷属たちもまた、肉へ口をつけはじめる。
!?
!!
あちこちで巻き起こる、混乱に近い衝撃。
それを通り過ぎると、勝者である獣たちは無心で内臓や骨、肉を喰らい始めた。
「はは、分かるぜ。その反応。美味すぎてビックリするよな?」
狼たちの反応をエドワードは楽し気に見守っている。炎に照らされて、活き活きとした笑顔が太陽のように煌めいていた。
マルベートはそんなエドワードを見ながら葡萄酒を一口、飲み下した。臓腑にじわりと広がった満ち足りた余韻は今夜の肴が美味いおかげだろう。
「わっ、お前らも肉、焼いて食うのか? え、違う?」
今日の狩りでエドワードを仲間と認めたのか、眷属がちらほらやってきてはエドワードに肉の塊や骨を押しつけている。
食え、食って強くなれ。
黒狼たちはそう言いたいのだ。この輝きに魅せられたのは自分一人ではない。仮にもマルベートの眷属を名乗るのならば審美眼も確かでなければ。
「もしかしてオレにくれんのか~? 嬉しいぜ!! でもちょっと多すぎかなっ」
愉しみを愛でながら白い月が笑う。
そして黒い夜の下で行われた小さな饗宴に乾杯した。
おまけSS『幻獣バーベキューレシピ』
全体イメージ
「楽しいジェヴォーダンの獣(食用)」
リシュタの獣
牛+蜘蛛+狒々的な一つ目の幻獣
部位によって色んな肉質が楽しめます
獣もそこそこ美食家なのでお肉が美味しいです
・リシュタの獣…一頭
・ゴレの岩塩 少々
・海洋産の胡椒 少々
ソース
・赤ワイン
・生姜
・香草
・肉汁
毒は火を通すことで無害化されますが、あんまり食べ過ぎると神経が麻痺して呼吸困難で死にます。
マルベートさんと饗宴の群れ以外が生で食べたら死にます。ご注意ください。
もしかして:グルタミン酸のような何か
――それらは闇の奥底から音も無く現れる。
その獣に獲物だと定められたら命を諦める他はない。
血に濡れた漆黒の瞳と毛皮は悪魔に忠誠を誓った証。闇夜を切り取った翼で大地を駆ける。
それらの爪は臓腑を千切り骨を砕き一片たりとも敵の存在を許さない。
それらの姿は巨狼の姿を模した悪魔の配下。
それらの躰は弓矢さえも通さぬ鋼の肉体。
それらの群れは終焉を齎す軍勢。
それらの牙は魂すら喰らい尽くす暴食の化身。
それらの名は『饗宴の群れ』
(お肉おいしい……)
(お肉おいしい……)
(お肉おいしい……)
(骨たのしい……)
(人の仔が小食すぎて心配……)
闇の下僕、即ち悪魔の手下なり。