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良く会うひと
登場人物一覧
●日常風景I
風を切り、唸りを上げる鈍色が迫り来る。
『慣れた』瞬間とは言え――それは本質的に『慣れてはいけない』瞬間でもある。
だが、その刹那、口元を歪め、独特の三白眼に不敵な光を湛えたハロルドはやがて来る審判の時を甘んじて受け入れる。
――ガッ!
……やはり、響いてはいけない類の音がした。
硬質の何かが頭にめり込むその光景は残酷なシーンであり、痛ましい一幕であった。
「うぐっ……」と短く呻いて空中神殿の石畳にバッタリと倒れ込んだハロルドを返り血を浴びた一人の少女が見下ろしていた。
「……………」
冷めた金色の瞳は何かを映しているようでいて、何も映していないようにも見える。
修道服めいた衣装を身にまとう長い黒髪の少女は酷く儚く美しい。そして同時に虚ろであった。
「……よ、よし……これで次の『調査』に行ける……ッ!」
慣れてはいけない類の状況なのだが、やはり人は順応する動物だった。
ばったりと前のめりに倒れていたハロルドがぐぐっと顔を持ち上げて、腕立て伏せに近い姿勢で続いて体を持ち上げかけた。潰れた蛙のようだ――が適切な感想なのだが、少女――空中神殿の主にして、神託の少女たるざんげchangは加害者代表として何の感慨も抱いていないようだった。
――勇者ハロルド。
異世界よりこの世界に降り立った彼は愛しき聖剣『リーゼロット』の加護深き勇者である。
挫折を知り、己が手の限界を知り、それでも戦いに赴く一人の男である。
彼の生活スタイルが『何処かおかしくなった』のは何時の頃からだっただろうか。
誰が呼んだかハンマーマン、この世界の理に干渉する神託の少女の力を誰よりも欲し、求めた彼は己が力の構築の為、日々こうして頭をかっ飛ばされる日々を過ごしていた。
「ああ、くそ! このスキルでもないのか!」
混沌肯定RPGにより、自身の力を『ステータス』として把握出来る世界環境が、彼の飽くなき探究心に火をつけてしまったからなのか――それともこの勇者が特殊な趣味を持っているのかは知らないが、兎も角。非常な凝り性である彼が余人の誰よりもハンマーをかっ喰らう事となったのは偶然ではなく必然だったのかも知れない。
「統計からするとあと一つはパッシヴスキルが入っている可能性がある……
ちくしょうめ、もう一度ハンマーだ。ざんげ!」
「……私は別に止めねーでごぜーますけども」
額からダラッダラ流血するハロルドの周りには使い捨てのハンマーの残骸が既に多数転がっていた。
強敵と死合うよりも傷付き、疲れ果て、眼光だけは異様にぎらつく彼の有様は一種異常であるとも言える。
「大丈夫でごぜーます?」
「おう、ここまで来て引けるかって話だぜ!」
神託の少女にニッと笑う勇者というのはこんな場でなければかなり絵になる風景なのだが――如何せん、勇者の頭が壊れるか、少女の手首が壊れるかの勝負になっているのが頂けない。
悪乗りとその場の思い付きで『ハンマーなる呪い』を帯びたこの世界のリセットは、嗚呼、リセットは。
「うおおおおおおおお!」
――ガッ!
「でねええええええええええええ!」
――ドゴッ!
「開け、せめて一つだけでも! 前提だけでも!!!」
――ガスッ!
「何の成果も得られませんでしたああああああアッ!」
……………。
●日常風景II
「……ん……」
小さく呻いたハロルドが薄く目を開けかける。
世界は滲んでいて、頭の奥はガンガンと揺れたまま。
(……ああ、俺は……)
死んだ訳ではなさそうだが、意識は一度飛んだのだろう、とハロルドは自覚した。
(……ここは、空中神殿、今は……)
頭は少し持ち上げられていて、後頭部には独特の感覚がある。
あまり安定してはいないが、石畳程は硬くない。幽かな温もりが感じられた。
「――――」
急速に覚醒したハロルドが目を開けた時、彼の視界には自身を覗き込むざんげの顔が飛び込んできた。
相変わらずの超・無表情。此の世の全てに関心があるんだか無いんだかなんとも言えない無表情。
冷めたピザでも、もう少し温かいだろうってな位の風情だが、眠たげなその瞳はハロルドの顔を見つめており、彼が目を開けた時、必然的にその視線は絡んでいた。
――HIZAMAKURA――
「起きたでごぜーますね」
「……起きたが、こりゃどういう状況だ」
「何回目か忘れたですが、ぶっ倒れて動かなくなりやがりましたので」
「そうか」
「レオンに昔、介抱はこうするもんだって言われたので、そうしてみたでごぜーます」
「……そうか」
苦笑したハロルドの脳裏を過ぎったのは在りし日の聖女の面影だったのかも知れない。
殴られ過ぎてぼうっとするが、動くのも億劫だけに空中神殿の風景は良く見えた。
イレギュラーズは召喚の際、必ずここを訪れる。
各国へ移動する時、ワープポータルとして神殿に赴く事もある。
ハロルドではないが――覚悟を決めて頭を殴られにくる者もいるだろう。
だが、今日は――今日もと言うべきか。広い空中神殿は静まり返っている。
殆どの日、殆どの時間において店番の少女はこの場所に一人きりでいるのだろう。
何の疑問も持たず、孤独を孤独と知る事も無く――恐らくは。
ハロルドは詮無い考えに苦笑した。そんな自身に小首を傾げるざんげは不思議そうな顔をしていた。
余計なお世話と知りながら、これだけ殴られたのだから、とハロルドは口を開く。
「ざんげは、ずっとここに居るのか」
「はい」
「……何時から?」
「正確には覚えてねーです。ただ、ずっとここに居るでごぜーます」
「地上に降りたりはしないのか」
「降りた事はねーです。昔、レオンには何度も誘われたですが――
その時、私が居なかったらここに来た人が困るでごぜーます」
「そうか」とハロルドは頷いた。
答えは予想の範囲を出ず、表情を変えないざんげは『特にそれを厭うてすらいない』。
そこに横たわる病性と絶望は真っ当な感性を持つ人間ならば、そう想像するに難くは無かろう。
「……ここに良く来る奴はいたのか」
「昔、レオンは良く来たでごぜーます。
昔は特異運命座標も少なかったですから、一日中、私に色々喋ってたり」
ざんげは「最近は」とハロルドを指差した。
「ハロルドさんが一番来るでごぜーますね」
レオンもハロルドも『良く会うひと』。
空中神殿を風が吹き抜ければざんげの長い黒髪は風に流され宙に遊んだ。
それは静謐なる伽藍堂。虚無ならぬ虚無。神託の少女の務めは、そして――ローレットとは。
「そういえば」
不意に新しいハンマーをしゅっしゅっと素振りし始めたざんげは彼に問う。
「最後に預かったの、残ってるですが――今日はもう一発殴るでごぜーます?」
「おうともよ」
言わずもがな。
神殿にどんな時間が流れようとも――ハロルドが止まる事は無い。
――ズガッ!
「ケェェェェェェイオス・混濁たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
君の意識が混濁だー。
- 良く会うひと完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2019年06月07日
- ・ハロルド(p3p004465)