PandoraPartyProject

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遺されたたった2人の、交わらざるはずの――

登場人物一覧

アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)
航空指揮
アルヴァ=ラドスラフの関係者
→ イラスト


 その日のことを私は自分でも驚くほど明確に覚えている。
 梅雨時の雨模様が窓の外でしとしとと雫を降らせる、そんな日だった。
 獣種としての高い嗅覚が雨の匂いを敏感に覚えている。

 お母様を助けてくれてありがとう――とか。
 私を助けてくれてありがとう――とか。
 いいや――殺さないでくれてありがとう、とさえ思った。

 ――だってそうでしょ? お母様はいつも言ってた。
 あの人は私達を殺すために雇われたんだって!

 ――どうして、助けたの?
 ――どうして、私達を迎え入れなかったの?

 ――言いたいことは、色々あった。
 言ってやりたいことは、本当に色々あったのに。

 父のことになるといつも口を閉ざすお母様をなんとか説得して聞き出したその相手。
 その相手は、遥か幻想国にいた低級貴族だった。

 ――母が死んだ。
 そのことを父に告げるつもりなんて、全くなかった。
 正直、父の事なんて、忘れてさえいたんだよ。
 それは父の血なのか、あるいはお母様の地なのかわからないけど、私の身体はよく動いた。
 だから、あの時は私はただ生きることだけで精いっぱいだったんだ――

 自分とよく似た髪の色の獣種傭兵が大鴉盗賊団とも争った、なんて話を聞いたのはそんなときだった。
 その時だって、驚いたけどそれが血を分けた兄だったなんて知らなかった。
 兄がいることを、姉がいることを知っていたけど、ただそれだけだった。

 幻想王国で会った内乱で、その自分とよく似た髪の色の獣種傭兵がアルヴァ=ラドスラフという名前だと知った。
 その姉を名乗る魔種の名がニーア=ド=ラフスって名前だって知って――私はそこで初めてそれが兄だと理解した。

「やっと見つけた、アルヴィ兄様!」
 ――梅雨時の昼下がり、じっとりと湿気が籠るその日、私は、怪しまれる覚悟で精いっぱいの元気と一緒に声をかける。
 ――本当に、言いたいことはたくさんあったんだ。
 ――それだけは、本当なんだ。
 ただ、それを言うには初めましての彼が余りにもまともな状態じゃなかっただけで。


「やっと見つけた、アルヴィ兄様!」
「――はっ?」
 アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)がそんな風に声を掛けられたのは、適当に手に取った賊討伐の依頼を机に広げて吟味していた時のことだ。
 意味が、分からなかった。
 いや、意味が分かる奴がいるなら来てくれ。
 目の前に立って嬉しそうに、安堵するように満面の笑みを浮かべるその少女は、間違いなくの初めましてだった。
「お兄様、初めまして! ルリア=ド=ラフスです! いつか会いたいってずっと思ってたんだ!
 お兄様は元気にしてた? ……わけないよね。ごめんなさい。今何してたの?」
 口早に喋り出す少女は初対面だ。――本人さえもそう言ってるのだから、確実にそうだろう。
「うるせぇよ、アンタが妹だって? 寝言は寝てから言いやがれ」
 矢継ぎ早に話を進める少女――ルリアを突き放すように言って、資料に目を落とす。
 妹など――そもそも、そんなものはいない、はずだ。
 両親はローレットの手で討ち取られ、魔種に堕ちた姉すらも打ち滅ぼされた。
 じくじくと、戻らぬとはいえ傷口自体は癒えたはずの左腕が主張するように痛むように感じる。
「だいたい、あんた見た感じ14,5ってとこだろ? ホントに兄妹なら初めましてだってのもおかしいだろ」
「やっぱり、そう思うよね……うん」
 根拠はなく、それを証明する手立てはない――はずなのだ。
 驚いた様子を見せた少女は、しゅん、と狼の耳が垂らし、尻尾がくるんと丸まった。
 しょんぼりとした少女は、暫しの間言い淀む。
 数秒の沈黙の後、何かを思いついたように顔を上げて、ポーチから一冊の日記を取り出した。
「これ、お母様の日記! 本当はこういうのを見せない方が良いと思うんだけど、信じてもらえるなら!」
 かなり使い古された感のある装丁は一部がほころんでいる。
 意図的な傷でないことは鑑定眼を持っていなくても分かる程度には古そうだった。

「×月×日。
 昨日までの私は死んだことになりました。
 助けてくれたラフス様は暫くの間、私を手引きしてくださるようすです」

「○月○×日。
 やってしまった。私は、ラフス様としてはならないことをしてしまった。
 どうしよう、命が芽吹いてくれたらいいのに、でもなんともなかったらいいのに」

「△月××日。
 赤子がいるらしい。
 私のお腹にはラフス様と私の大切な子供がいるらしい。
 このままじゃ駄目だ。早く何とかしないと」

 数枚たったあと、1枚分ページが引きちぎられている。

「△月△日。
 何日か考えたが、この子を守るためにはラフス様の下を離れなくては。
 不貞の子と言えどこの子が狙われないとは限らない。
 ラサへ移ろうと思う」
 そこから先は、数日にわたって何も書かれていなかった。
 生々しく綴られた日記の内容を読むに、移動するのに集中していたのだろうか。

「△月×○日。
 娘が生まれた。私と同じ、狼の獣種だった。
 でも髪の色はラフス様と同じ。
 良かった、これなら逃げ切れるかも。
 名前はルリアにしようと思う」
 次に日記が再開された時には、少女が生まれていた。
(おいおい、マジかよ……)
 
 生々しい日記を閉じて、一つ息を吐いて――ふと思い返す。
 ――ルリア=ド=ラフス。
 彼女が騙る名前。それ自体、証拠になりえるものでもあった。
 両親も死んでいるはずで、姉が死んだ今ラフスの姓を名乗れる立場の者は殆どいない、と思っている。
 低級でも貴族であるらしいその名を彼女は騙ったのだ。
 どこで知った?――騙りではないのなら、その姓はある種の証拠にもなる。
 妄言などと言うには出来すぎている。
 根拠として見せられたこの日記帳を偽物と断定することは容易い――けれど。
(でもなんでそんなことをする?)
 嘘を吐いてまでアルヴァへと近づく理由がない。
 ローレットだから? イレギュラーズだから?
 ――いいや、そうだとしても選択肢にアルヴァを選んで近づく理由は薄い。
 救世者イレギュラーズとしてでなければ、なんだ。
 そう考えていけば、結局その答えはでない。
(……じゃあ、本当にアンタは俺の妹、なのか……?)
「……アンタの、母親の名前は」
 動揺がほんの僅かな声の揺れになる。
 日記帳をルリアへと突き返しながら、アルヴァは平静を装うと声を上げた。
「ミリア・オリーヴェだよ?」
 当然のように聞いたことのない名前が少女の口から零れ落ちた。
 聞いたところでその名前に意味がないことは自分の口から滑るように問うた時、直ぐに気付いた。
 実の母の名前なんて知らないし、それ以前に日記の書き方を見ればどうやらこの少女の母は。
(……親父の不倫相手の娘、なんだもんな。聞いても意味ないか)
 ほとんど意味のない名前を聞いてしまったあたり、本当に自分が混乱していることは理解する。
「兄様? どうしたの?」
 黙りこくるアルヴァを不思議に思ったのか少女が首を傾げる。
 さらりと落ちた青色の髪が自身や姉さんにも似ているような気がする。
 結局のところ、全ては状況証拠に過ぎない。
(本気で信じるわけじゃないが……でも状況証拠はそうみたいだな)
「……分かった、ひとまずはそういうことにしといてやるよ」
 眼を見開いて輝かせる少女はとてつもなく嬉しそうだ――だが。
「でも、信じたわけじゃない。だからその兄様ってのを辞めようか。
 アルヴァでいいから、マジで」
 認めるわけでも、信じたわけでもない。
 ――ただ、そうかもしれないなと、そう思っただけだ。
「わ、分かったよ、兄さ……アルヴァ!」
「……それで、アンタは何で俺のとこに来たんだ? 理由はあるんだよな」
「それは……その……」
 音沙汰もなかった知りもしない初対面の兄の下へ訪れるのに、理由がないわけがない。
「……て」
「は?」
「……寂しくて」
 今更――なんていうのは、アルヴァにしても思わず抑える程度には辛辣だろう。
 あるいは、この手で姉を殺すなんてことをせずに済めば、言ってしまえたのかもしれなかったが。


 実のところ、自分の事を兄だと言い放った少女の言葉の殆どを、アルヴァはまだ信じていなかった。
 だって、そうだろう?
 時が流れつつあるとはいえ、アルヴァが姉を――ニーアをその手にかけた事実を打ち消すにはまるで足らぬ。
 
 別の理由であったならば、もしかすれば――なんて思えたのかもしれなかった。
 自ら手にかけた実の姉、今でも最後の引き金を引いた瞬間を思い出してしまえるというのに。
 そんな理由で近づいてくる女を信用しろなんていうのは――それこそ無理という物だ。
(……アンタには悪いが、言ってることが本当かどうか、確かめさせてもらうぞ)

「アルヴァ? どこに行くの? 私も着いてっていい?」
「来るなら勝手にしろ」
 素気無く告げても少女は気にしないとばかりについてきた。
 手掛かりは日記と意外にも良くついてくるルリアのみ。
 ほとんどゼロに近い。
 だから、いわゆる裏ルートとでも言える場所を虱潰しするしかなかった。
 顔を隠し、黒衣に包み、少年は行く。

 調査は数日、数週間を経て月を跨ぐ。
 ルリアはその期間も常にアルヴァの後ろを着いてきていた。
 多少の荒事、治安の悪い場所に突っ込みながらも、まるで気にしないとばかりに踏破する。
 その戦い方が素人のそれではないことに気づいて、彼女が今までラサにいたことを聞いた頃の事だ。
「お嬢さん、どこかでお会いしましたかな?」
 そう声をかけてきたのは、1人の老人だった。
 幻想の南西部にある小さな港町に訪れた時のことだ。
「……あぁ、いや、そんなわけありませんな。若すぎまする……ふむ?」
 不思議そうにルリアの身体を上から下まで眺めみる老人は、まるで人買いのようにすら思えた。
 そんな気はなかったはずなのに、身体が彼女の前に立つ。
「……」
 男が今度はアルヴァを眺めて、少しだけ考えながらも口を噤む。
「失礼した」
 ぺこりと頭を下げたまま、男はそれっきり何も言わなくなった。
 その様子は空気を読んだとかそういう事ではない。
 何かを知っていて――だからこそ見なかったことにしたようにしか見えなかった。
「俺の事を何か知ってるのか?」
「いいえ。何も存じませんな……」
 眼を合わせるどころか目を閉じて全く見もしない――その様子は明らかに不自然で。
 ――だからこそ、理解する。
(……ここかよ、コイツの母親を匿った町は)
 関わらない――それを示すその老人に、アルヴァは小さく乾いた笑いが零れ落ちた。
 老人は気づいてないのか、無視しただけか反応を示さない。
「ルリアだったっけ?」
「アルヴァ?」
「アンタは、俺の妹みたいだ」
「……やっぱりまだ信じてなかったんだね!」
 そう言ってルリアがあっけらかんと笑い飛ばす。
 まるで気にしていない――そんな様子だった。


「兄様、信じてくれてありがと!」
「だからその兄様っての辞めてくれ。慣れないしむず痒い」
 場所を変えて、酒場へと場所を移した後、嬉しそうに笑うルリアに、アルヴァは少しだけ息を吐いてあらめてそう言った。
「あっ、ごめんなさい。やっぱりアルヴァの方が良いってこと?」
「あぁ……」
「分かった! じゃあ、引き続きそう呼ぶね!」
 満面の笑みで頷くと、ルリアはそのまま声を漏らすように笑うのだ。
「良かった、信じて貰えて……あの、少し良いかな?」
 安堵したかと思えば、不安そうに目を潤ませる。
 ころころと感情の色が変わる。
「……父様って」
「死んでる……らしい」
「……そう、なんだ。なんで母様を逃がしたのか、とか。
 聞きたいことがたくさんあったのに」
 そう言ってルリアが俯く。
 日記の話を思い起こしてみるに、アルヴァたちの父はルリアの母を助けた後に関係を持ったらしい。
 ――どうして、そんなことをしたのだろう。
 暗殺目標だった女を助けて約束をほごにしたうえ、その相手と不貞をしてしまう。
 どういうつもりで――彼はそんな行動に走ったのか。
 アルヴァにもルリアにも分からない事だった。
「あんた、今何してるんだ?」
 アルヴァは答える者のない問いから意識を逸らすように問うてみる。
 本当に妹だと分かったこの少女のことを、アルヴァは気になりつつあった。
「んー、傭兵かなぁ? そうだ、アルヴァ! もしも私に手伝えることがあればいつでも言ってね!
 腕にはちょっと自信があるから!」
「そうか……でも無理するなよ」
 少なくともアルヴァの知る範囲ではこの少女だけがアルヴァに残された肉親になった。
「それから、魔種と関わるのも辞めてくれ」
 言うつもりではなかった言葉が口から出た。
「うん……アルヴァが言うなら、出来る限り関わらないようにしたいかな!」
 あははっ、と軽く笑うルリアは分かっているのだろうか。
 もう二度と、この手で肉親を殺したくないのだ。
 記憶を奪われ、たった数度の邂逅だけでしかなかった魔種ニーア=ド=ラフスを倒した後でさえ、未だに銃を撃つときに手が震える。
 ――だというのに、
 自分がどうなるのか、分からなかった。

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