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SS詳細

真昼のミラージュ

登場人物一覧

九十九里 孝臥(p3p010342)
弦月の恋人
空鏡 弦月(p3p010343)
孝臥の恋人

●散策日和
 再現性東京アデプト・トーキョー202X街『希望ヶ浜』。探求都市国家アデプト内にあるその街は、異世界からの旅人ウォーカーたる九十九里 孝臥(p3p010342)と空鏡 弦月(p3p010343)が住んでいた地と似ている点が点在する土地であった。
 ふたりが元居た世界――そこは悪魔と天使の存在する『地球』と呼ばれる場所だ。
 世界とは不思議なものだ。こんなにも自分たちの知っている地球と似ているのに、ここは似て異なる地。更に言えば孝臥と弦月が住んでいた地球とはまた異なる地球から召喚されたという者たちも沢山いるのだから、驚きだ。
 ――ふたりは不思議な偶然だと思っているが、実はそれには絡繰りがある。ふたりの地球とは異なる、多くの人々が召喚されている『現代の地球』――主に日本地域出身の旅人たちや、彼らに興味を抱く者たちが作りあげた街。それがここ、希望ヶ浜なのであった。
 故に、似ている点は多くある。今日は似ている場所探しをしてみようと弦月が提案し、孝臥とふたりで希望ヶ浜を散策していた。所謂デートでもある訳だが……ちらりと伺い見た孝臥の横顔は涼しいもので、そういった意識は全くしていない様子だ。
(もう少しくらい意識して欲しいんだけどな)
 期待しすぎても仕方がない。密かに募らせてきた思いを、弦月は孝臥に伝えてはいないのだから。
「見ろ、孝。こういう遊具は『あちら』にもあったよな」
「ああ、あったな。懐かしい」
 坂道を下りながら見つけた、芝の植えられた少し広めの公園。
 外からでも見える吊り下げられた遊具ぶらんこを指差せば、懐かしいと孝臥がわずかに笑みを見せる。こういった遊具は、もしかしたら世界や国を問わずどこにでもあるのかもしれない。
 ふたりが生まれ育った世界は、安全とは程遠いものだった。悪魔と天使が存在し、大陸と人口のおよそ半分が100年前に失われ、生き延びた人々は残された地で暮らしていた。しかし、人類滅亡の危機を首の皮一枚で回避しただけで、平和になったわけではない。依然天使も悪魔も存在し、恩恵を与えてくれる天使の庇護の下、人類は悪魔と戦い続けている。ふたりは対悪魔組織に所属し、日夜世界を守ってきていたのだ。
 それを考えれば、今見えている希望ヶ浜の景色はふたりが知っている世界とはまるで違うだ。遊具や物のかたちは似ているのに、天使も悪魔も居ない。人々が穏やかに日々の営みを、それが安全なものだと疑わずに身を置いている。――しかしそれは見せかけだけのことだ。と、ふたりはギルド・ローレットの情報で知っていた。
 ここには天使も悪魔も居ないが、『夜妖ヨル』がいる。
 ここ、希望ヶ浜では、夜妖を始めとした『怪異』と呼ばれるものは人知れずに闇に葬られているのだ。住まう人々は見ない振りをして目を逸らし、特異運命座標イレギュラーズや『掃除屋』と呼ばれる者たちが人々の『日常』を守るため、日々人知れず片付けているのが現状だ。悪魔は人類の敵であり、倒すべきものだ! と民間人にも認識されていたふたりの世界とは異なるが、戦う力のある者たちが弱き人々を守るために戦う……という点はよく似ていた。
 けれど、大きく違うのは。
(希望ヶ浜の人たちは――この世界の人たちは、俺に心無い言葉を浴びせない)
 人知れず怪異を始末しなくてはいけない希望ヶ浜は別として、各国の困りごとを解決する依頼をこなせば人々は感謝をしてくれた。ふたりが居た世界ではそれがではなかった。守られる立場の人間は、だと思っている。ふたりのような対悪魔組織の人間たちを『天使に逆らえない奴隷』や『自分たちを守ってくれる便利な生物兵器』としか思っていない者たちさえも居る始末だった。
 それでも孝臥が戦い続けてこれたのは九十九里家の叔父夫婦の優しさと、組織に感謝してくれる一握りの人、そして何より――。
 子どもたちが遊ぶ公園を眺める素振りを続けながら、孝臥は傍らの弦月へ視線だけ向ける。彼は足元に転がってきたゴム製のボールを拾い上げ、「すみませ~ん」と駆けてくる子どもたちへ明るい笑みを向けて投げ返すところだった。
(弦月の隣にいられるのなら――)
 いつも明るく、優しく接してくれる弦月に、どれだけ感謝を覚えて生きてきたのかわからない。いつしか友情は恋情へと変わり、彼の立場――名家である空鏡家の次男坊である弦月の身分を思えば、この恋は決して叶うものではないことを知っていた。友と呼んでくれた彼に劣らぬように努力を重ね、同僚として、戦友として、弦月の隣にあれれば、それで幸せだった。
「遊んでいくか?」
「ん?」
「熱心に見ていたから、孝が遊びたいのかと思ったんだが」
 九歳まで孤児院で過ごし、その後は九十九里に引き取られて悪魔と戦うための鍛錬に勤しんでいた孝臥には、子供らしく遊んだのは孤児院に居た頃までだ。
 孝臥の過去を知っている弦月には羨ましそうに見ているように見えたのかも知れない。そこまで考えて、孝臥は緩くかぶりを振った。
「ただ平和だと思っていただけだ」
「ああ、確かに。似ている物が多いが、こんな平和は俺たちの世界にはなかったな」
 ――戻りたいのか。
 そう言い掛けそうになり、弦月が口を閉ざす。
 開いた口が閉じられるのを目にし、孝臥は少しだけ瞬いた。
(きっと弦も、今、俺と同じことを考えたんだな)
 平和な景色の中に、故郷を思っている。
 その思いは、孝臥の胸にちくりと爪痕を遺す。
 空鏡家で大切に育てられた弦月は帰りたいだろうに、自分は――と。
 ここには冷たい言葉を投げかけてくる人も冷たい目で見てくる人もいなくて、そしてただの同僚だった時よりも弦月といられる。ともに暮らし、出かければともに同じ住処へと帰り、日々の営みをともに紡いでいける。
 それは確かに孝臥の幸福ゆめであった。
 元の世界では、決して叶わない幻想ゆめだ。
(九十九里家の妾の子の俺と弦は釣り合わない)
 例え当主たる叔父夫婦が優しかろうと、孝臥は妾腹で正しい血筋とは言えない。その上、同性だ。名家は何よりも血筋を大事にする。家が途絶えぬ為に、血脈を遺さねばならない。弦月の空鏡家も、孝臥の叔父夫婦も、ふたりには器量の良い嫁をもらって欲しいと思っているはずだ。
 伝えられないゆるされない想いは、今日も孝臥の胸中で痛みを伴いながら渦巻いている。――まるで、守るべき人々や恩人よりも想い人ただひとりを選ぼうとしている孝臥を責めるように。
「弦、見ろ。店がある」
 自然と緩やかに動き出した足は、肩を並べる弦月合わせ、思考に沈みながらも運んでいってくれる。ぐるりと公園を廻るように進み、子どもたちの元気で明るい平和の象徴のような声を聞きながら、また違う坂を登っていっていた。
 少し下向きになりかけていた視線を、彼が指差す先へと向ける。そこには、昔ながらのレトロな小さな個人商店があった。近くに学校があるのだろうか。10代と思しき子どもたちが、店外に置かれたアイスショーケースからアイスを取り出し、「おばあちゃ~ん」と声を掛けながら店内へと入っていく。どうやら駄菓子や文房具、軽い日用品を扱っている商店のようだ。すぐに飛び出してきた子どもたちは「行こうぜ」と笑いあい、アイスを片手に駆け――すぐにふたりの横を駆け抜けていく。
 爽やかささえ感じる笑顔には戦いの悲惨さを知る気配は何処にもなく、組織の制服を纏っているふたりを見ても嫌そうな顔をすることもない。
「覗いてみよう」
「わ」
 つい子どもたちを見送るように小さくなっていく背中へ顔を向けていた孝臥の手を、弦月がぐいと引っ張った。
 ――突然引っ張るな、吃驚するだろう。
 胸が弾むのはそれだけではないことを自覚しながらも生真面目に注意してやろうと見上げた横顔は、眩しい笑顔。犬歯を覗かせながらまっすぐに前だけを見て、孝臥を光の下へと連れ出す、孝臥の大好きな明るい笑みだ。
「弦、俺たちもアイスを食べよう。弦はどれがいい?」
 あっという間に店へと辿り着き、手が離される。
 それを少し名残惜しく感じながらも、孝臥も横髪を押さえてアイスショーケースを一緒に覗き込む。
「このアイス、『あちら』にもあったな」
「ああ。パリパリするやつか。その隣のふたつに分けるのもあったような気がするな」
 細い四角のバニラにシマウマ柄のようにパリパリチョコが挟まれているアイスに、少し瓢箪に似たふたつがくっついたアイス。更にその隣には水風船のようなアイス。どれも知っている形だと笑いあい、ふたりはシマウマ柄のアイスを手にとった。
「ごめんください」
「外のアイスを買いたいのだが」
 からからがらがらと音を立てる引き戸を開けながら店内へと声をかければ、店奥から店番らしき老婆が顔を出す。
「あら、見ない顔ねぇ」
 老婆の視線はふたりの頭の先からつま先までを往復する。
 その瞬間、孝臥は僅かに息を飲み、体を強張らせた。……それ程までに冷たい視線と冷たい言葉は、孝臥に染み付いていた。
 けれど。
「旅行にいらしたの? 好いお天気ですものねぇ」
 老婆はおっとりと笑み、孝臥の手の中にある二本のアイスを見ると値段を告げるのみだった。
「ああ、そのようなものだな。好い天気だから冷たいものに惹かれてな」
「今日は暑いものねぇ」
「少し涼みたい気分なのだが、何処か良い所はないだろうか?」
「そうねぇ。店の左手に階段があるから、登っていくと神社がありますよ」
 弦月が小銭を差し出し、受け取った老婆がすぐに釣り銭を差し出してくる。素直に受け取り礼を告げると、「アイス溶かさないように気をつけて」と老婆が笑った。
「店内にあった駄菓子も、知っているものが多かったな」
 またどうぞの声を聞きながら店を出、ニッと歯を見せて笑う弦月に孝臥は浅く顎を引く。
 ふ菓子に卵ボーロ、にんじんという名のポン菓子、鈴カステラ、シガレット型のチョコレート、四角い箱に入ったチューイングガム、当たり付きのキャンディ、引いてみてのお楽しみな紐がついたフルーツキャンディ――……知っているものをあげれば切りがないくらいだ。
 もし先程見た子どもたちの時分に弦月と遊び回れるような間柄だったら、孝臥も普通の子どもたちのように一緒に駄菓子を買えていたのだろうか――考えかけ、思考を切り替える。過去の『たられば』を考えても詮無きことだ。
 それよりも今は、今のことを。
 こうしてふたりきりでいられるひと時は、いつまで続けられるのかわからないのだから。
「お、あったあった。これだな」
 アイスの包みを商店の前のゴミ箱に入れ、来た方とは逆側へと向かった弦月が楽しげに声を上げた。アイスに包みがくっついていて少し苦戦して遅れていた孝臥へ、おいでおいでと招く逞しい手のひらに導かれれば――。

 ――ざあああああああああ。

 記憶の一場面のように、眼前の光景と、耳の奥とで木々が囁くように鳴いた。
 ふたりの眼前には、長い石段と大きな赤い鳥居。両端を木々に守られるように覆われ石段は高いところまで続いていた。
 記憶が――リフレインする。
 視界がちかちかと瞬くようだった。
「なぁ、孝。似てるよな」
 はく、と空気を食んだ薄い唇が「ああ」と遅れて返した。
 いつかの任務の帰り道、ふたりで見つけた神社の石段に似ていた。
 きっと似たような場所は多くあるのだろう。けれど、此処より似たところを見たことはなかった。
「段数はかなりありそうだけど、どうする?」
 弦月がいたずらっ子のような笑みを浮かべて聞いてくる。孝臥の答えなど解りきっていると言った表情だ。
「行こう」
 アイスを食べきってしまいそうだけれどと付け足せば、ハハッと声を立てて弦月が笑う。
 いつだって明るく楽しげに笑う弦月の笑顔は、孝臥にとっての太陽のようだった。

●木陰と白い月
 ――元の世界に帰る術がないと知った時、これほど嬉しいこともないと思った。
 弦月は、石段を上りながらそんなことを考えていた。実際には帰る手段がないだけではあるが、それでも今すぐ帰らなくてはいけないという状況にはなり得ないのは、弦月にとって僥倖と呼べるものであった。
 さやさやと葉を揺らす木々が作り出す影の中、石段をひとつひとつ上りながら肩越しに後ろを見遣る。弦月の想い人――孝臥は辺りに視線を向けながらしましま模様のアイスを噛り、先を行く弦月の後を着いてきていた。
 木々へと向けられていた視線が、長いまつげを持ち上げ弦月へ向けられる。ぱちりと視線が合ったことで見ていた事が知られ、弦月は自然さを装って少しの間足を止めて孝臥が並ぶのを待った。
「美味いな」
「そうだな、こういった味も『あちら』と変わらない」
 溶けたアイスが手元を汚さないように孝臥が垂れ始めた雫を赤い舌を覗かせてすくう。ぺろりと舐め取るその様に、弦月の喉が大きく揺れたことに気づかぬままに。
 孝臥が『あちら』のことを考える時だけ、弦月はほんの少しだけ不安を覚える。
(孝は悩んでいる。いや、ここに召喚された時からずっと、悩み続けている)
 そしてその悩みを隠していることに弦月は勘付いている。
 孝臥の前では明るく人当たりが良い青年として振る舞ってはいるが、実のところ弦月は冷淡な人間である。心を許した者にしか本音を話さないし、その者を傷つける存在を許さない。空鏡家という名家で育ったせいだろうか。権力や跡取り問題が頭上でやり取りされてる世界であったため、勘も良い。そのため、孝臥の気持ちには気付いているし、孝臥に悪意を抱く者たちの心の内にも勘付いていた。
 故に、此方の世界に来た時は大層喜んだのだ。
 恩人や守るべき人々、そして想い人を秤にかけて揺れる孝臥とは違い、弦月にとっては権力にこだわる空鏡家の人間も自分たちは守られて当然と思っている民も等しくどうでもいい存在だった。孝臥への人々の態度を見て、とうの昔に見限っていたからである。
 孝臥が傷つきながらも必死に守っている民たちは彼へと冷たい言葉を浴びせ、空鏡家の人間は孝臥の生まれを嘲笑った。家の者たちから『付き合うに値しない人間とともに行動するのは感心しない』と幾度もを受けた。特に弦月が孝臥に向ける好意に薄らと気付いた者たちなど、彼の性別やその他の取り留めのないことまで、全てを否定した。
(――考を否定する者も世界も、こちらから願い下げだ)
 愛想を尽かした世界から離れ、今は想い人といつでもともに在れる。これを幸せと呼ばずして何と言おうか。
 しかし、何度振り返って考えてみても、召喚のタイミングは悪かった。
(あのタイミングで――とは)
 温めてきた思いを今まさに孝臥に想いを告げよう……としたその瞬間、ふたりは見知らぬ場所――空中神殿に立っていたのだ。できればもう少し待ってほしかったような気もするが、あの時一緒に居たからこそこうしてともに異世界にこれているのだから、あまり不満には思わないが。
(想いは側にいる限りいつでも告げられる。問題はいつ告げるかだが――)
 此方での生活が落ち着ききった頃のほうが、孝臥にとっても良いだろう。
「頂上だ」
 思考に耽りながら石段を登っている間に、始めに思った通りアイスは食べきってしまった。
「ラムネも買ってくれば良かったかもしれないな」
「帰りに立ち寄って買おう」
「そうだな」
 石段の頂上にある石造りの鳥居を抜け、ふたりは境内へと入っていく。
 向かって正面に社殿、社殿へ向かう手前の右手側に手水舎。社殿の左隣に小さな社務所が見える。境内に立つ木はしめ縄の巻かれた大きな立派な木のみだが、敷地を囲むように生えている木々が大きく枝葉を広げているせいか――それとも神のおわす土地故か――石段を登る前の地面よりも爽やかな涼しさがあった。
 ざあ、ざああ。
 木々が鳴いて、風が吹き抜ける。
 大きく煽られた長い髪を孝臥が押さえていた。
(確か、任務帰りに見つけて立ち寄った神社でもそうしていたな)
 元の世界への未練はなく、思い入れもないけれど、孝臥に関する思い出だけはいつであろうとも特別だ。
「んっ」
「どうした? ああ、土が入ったのか」
 小さく息を呑んだ孝臥が目を眇めている。先程の強い風で土が目に入ったらしい。
 擦るなよと言いおくと視界が不明瞭になっている孝臥の手を引いて、水を借りようと手水舎へと向かった。
「ほら、考。俺の手に顔を近づけて」
「ん、すまない」
 綺麗に手を洗ってから柄杓に龍の口から湧き出る水をすくい、柄杓から片手で水をすくって孝臥の顔へと寄せれば、孝臥も片手で前髪を押さえ、残る片手で弦月の肘辺りに手を置いて身体を支えながら弦月の手へと顔を寄せた。
 ひやりと心の臓が少し跳ねるほどに冷たい水は、弦月の温かな手のおかげで少し温くなっている。顔を寄せた孝臥が瞳を水に晒し、パチパチと瞬く度にくすぐったさが弦月の手に伝わってきた。
「取れそうか?」
「ああ、大丈夫そうだ。ありがとう、弦」
 顔を上げた孝臥の顔は、水滴でキラキラと輝いている。目尻に溜まって残る水滴を指先で払ってやれば、この陽気ならすぐに乾くだろうと、こちらの気持ちも知らずに孝臥は明るく、それでいて美しく笑った。『あちら』では、どれだけ民が醜かろうと、どれだけ家の者等が汚かろうが、凛と姿勢を正して真っ直ぐ前を見つめ美しく綺麗だった孝臥。初めて会った日に一目惚れをしたのだが、ともに過ごす内に彼の内面も知り、ひたむきな彼の姿を一番近くから見て、より好ましく思うようになった。弦月は孝臥以上に美しい生き物を知らない。
「折角だから、お参りをしていこう」
「……そうだな」
 己が叶えられる願いならば自身で成し遂げる弦月だが、今日ふたりで希望ヶ浜の住宅街を歩いて回って浮かんだ願いは――己では成し遂げられぬもの。ならば神に縋る他あるまい。
 孝臥も手を洗うと、ふたり揃って社殿へと向かう。
 幾らかの賽銭を賽銭箱へと投げ入れ、大きな真鍮製の鈴から垂れる鈴緒すずおを引いてカラカラと御鈴みすずを鳴らすと、ふたり同時に二礼二拍手一礼をした。それぞれの心の内で神へと挨拶をし、願いを強く思う。

 ――この世界で、弦とずっと一緒に居られますように。

 ――この世界で、孝とずっと一緒に居られますように。

 ふたりの願いは同じように見えて、異なる。
 孝臥は守るべき人々と弦月との生活を秤に掛け、その言葉の通りそう思っている。されど弦月には、『』が頭に着くだろう。
 、帰る手段はない。
 しかしこの無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスと呼ばれる世界を受け入れられずに練達という国を作った人々は、『強制召喚を打ち破り、元の世界に帰還する事』を目標に日々研究に打ち込んでいる。
 その研究が、大願が実を結んだ時――きっとふたりには選択の時が訪れる。
 故に弦月は、その選択すらなければ良いと、帰る手段が見つからない未来を願うのだ。
「ラムネを買っていこう」
「そうだな」
 頭を上げた孝臥が柔らかく微笑む。孝臥の瞳の中の弦月も、真昼の月のように朗らかに笑っている。
(いずれ選択の時が来ようとも、万が一孝の心が離れていようとも――手放す気などないけどな)
 彼が嫌がっても、自分の側に留め置くだろう。
 ――けれども、そうならないことを祈ってはいる。孝臥とて愛しい人の顔を曇らせたい訳ではないのだ。
 心内なぞ露知らず、弦月の笑みに安堵するように笑みを濃くする孝臥が愛おしい。
 行こう、と歩き出した孝臥の後を追い、ふたりは神社を後にした。
 似ている場所探しを続けるために。

  • 真昼のミラージュ完了
  • GM名壱花
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月16日
  • ・九十九里 孝臥(p3p010342
    ・空鏡 弦月(p3p010343

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