SS詳細
Slumdog Cinderella
登場人物一覧
- シラスの関係者
→ イラスト
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仕事をした日の夜はぐっすり眠り、翌日は遅めのブランチから始める。
通い続けているバーも私のルーティンも、娼婦仲間には筒抜けという訳だ。苦笑いするマスターにアボカドサラダを頼みながら、待ち伏せていた娘の中心に座る。
「ねぇカミカゼ! 逆ハーレムで男達を
「おバカ。買った相手の事なんて話せる訳ないでしょう?」
「「え〜」」
「おねーさんは栄養補給で忙しいの。ほら散った散った」
アボカドの刺さったフォークを振って追い払おうとするものの、彼女達はなかなか諦める様子がない。
それもそうだ。私だって、ただ大人しく灰を被り搾取されるだけの
床の上で剝ぎ取った仮面の
雨上がりの匂いが残る薄暗い路地裏。目深に黒い帽子を被り外套を靡かせ現れた彼。その瞳には唯一無二の強さがあった。
『
●
「あァ?」
不機嫌そうに荒げた声で返されたのは、今まさにその路地裏でカミカゼを押さえつけている男の声。乱暴をされている
「まぁ待て」
邪魔をされ不機嫌な男を諫める様に、リーダーと思しき男が片手で仲間を制する。それを見て『竜剣』シラス(p3p004421)は怪訝に思った。
治安が悪く、一般市民は寄り付く事すら躊躇う幻想のプリマヴェーラ通り。無法地帯のその場所で、ただの荒くれ者に上下関係があるとは考え難い。夜闇に目が慣れれば浮かび上がる、上等な仕立ての軽鎧。
つまりこれは――
ポーカーフェイスのシラスに、リーダーの男は表面だけの愛想笑いを浮かべて視線を落とす。
「そうだよ兄ちゃん。俺達は今から彼女と仲良くオタノシミだ。邪魔すんのが野暮だってのは分かるよな?」
「アンタ達には聞いてない。そこの女に聞いてるんだ」
「口を慎めガキ! このお方を誰だと……ぁ痛ってェ!!」
チンピラのお約束めいた台詞が中断されたのは、思い切り手を噛まれたからだ。歯形の刻まれた手に隙が生まれ、押さえつけられていた娼婦はその瞬間を見逃さず、艶やかな肢体を滑らせる様にスルリと拘束から抜けて出た。
「ッこの
「ッ……!」
女はシラスの方へと逃れた。ヒールが折れてバランスを崩し、体制を崩しそうになった瞬間――彼がその腕を無言で掴む。
「アンタが情報屋のカミカゼか。随分と危険なヤマに首突っ込んでるみたいだな」
「ご忠告どうも色男さん。それで貴方はこの状況をどう切り抜けるつもりかしら?」
狭い路地を塞ぐには、男が2、3人ほど並べば充分。前も後ろも退路が断たれた状態でも、シラスは動揺を見せるどころか自然体のまま立ち続けていた。
「貸しひとつだ。それで今晩、アンタを買う」
(……この子)
ただ者ではないとカミカゼが悟ると同時、男達は次々にシラスの方へと殴りかかった。
「調子に乗りすぎたなぁ兄ちゃん!」
眼前に迫る拳。その右腕を素手で打ち、鮮やかに軌道を逸らす。
「なっ!?」
その絶妙な力加減に、当たるはずの攻撃が何故かわされたか男は理解が追い付かなかった。動揺は隙を生み、シラスが懐へ踏み出す事も容易にしてしまう。
「アンタらが束になったところで、俺はそれの躱し方を何通りも知ってる。かかって来るだけ無駄だろうぜ」
古来、戦闘において姿勢は重要な役割を担う。次の一手を最効率でくり出すため、己が精神を戦いに集中させるため。
そういった物に親しんでいる者ほど、シラスのこの一見して脱力した構えは"無防備"と映るだろう。気づける筈もない――彼の呼吸が一切途切れていない事を。
……フッ、と。その瞬間は前触れも無く訪れた。自然な動作で突き出された掌へ瞬間的に力がこもる。柔から剛へ変わる瞬間くり出された一撃に大気の震える音がした。
(何が起こっ――)
男の巨体が浮かび、さらに追撃の一打が叩き込まれる。何人かを巻き込んで倒れ込む男。それが完全に沈むのを見届ける前に、シラスは振り向き背後からの刺客へ肘鉄を食らわせる。
「まだやるか?」
残った悪漢に視線を向けると、その男はカミカゼの腕を掴んで彼女の頭へ銃口を突き付けているところだった。
「く、来るなお前! 何なんだよ、御形さん並に強ぇじゃねぇか!」
言葉を続けようとした男の首に、ドスッ! と長い針が突き立てられる。白目を剥いてその場に倒れる男を跨いで通り過ぎながら、カミカゼは痕のついた自分の腕を労わる様に撫でた。彼女の艶やかな服のスリットーーその間に月明りが零れ、キラリと毒針を光らせる。
「ただの自衛手段にしてはえげつない武器だな」
「殺しちゃいないわ、気絶させるだけよ」
「さっき使わず大人しく捕まってたのは演技か?」
「そう何度も有効な手段じゃないもの。とっておきは最後まで取っておく物よ。ただし」
――本当にこれが最後なら、いいんだけどね。
パチパチパチ。
目の前で拍手をしている男にカミカゼとシラスは視線を向ける。殺意を向けるなとばかりに、彼は両手を上に挙げてあっさり降参してみせた。
「部下にここまで戦わせといて、アンタは何もしないのかよ?」
「喧嘩売る相手の力量にも気づけず『待て』すら出来ない馬鹿どもを、部下にしなきゃいけなかった俺の気持ちが分かるか?」
「……いや。同情くらいはしてやるぜ、御形」
部下が口にした名前をシラスがなぞると、男は口角を微かに上げて、前髪の間に覗く第三の瞳を細めた。
「"ブロンドの髪" "小柄" "グリーンアイ"。俺の知る『カミカゼ』の特徴とそのお嬢ちゃんは掠りもしねぇ」
オーバーに嘆いて語る御形。その三つ目を向けられた瞬間、カミカゼは頬の古傷が熱くなるのを感じた。
「アンタまさか、あの事件の――!」
「同じ名を名乗れば
その姿はシラスと同じく自然体でありながら隙が無い様に見える。上等ながら使い込まれた軽鎧。丸腰に見えるがそれもブラフなのかもしれない。
シラス程の実力が無かったとしても、この手の輩は生き残るために手段を択ばない。今挑めば確実に
「分かってんじゃねぇか。やるね、兄ちゃん」
「そういうアンタも、趣味の悪い殺気の向け方してると思うぜ」
「ほめ言葉かそれ? まぁいい、そろそろ俺の増援が来るぜ。その前に逃げてくれると助かるんだが」
「乱闘の痕跡を消すつもり?! そんなの……ッ!」
毒針を取り出そうとするカミカゼを、シラスは片手で制した。
「俺への借りは今夜一晩。アイツの相手で終わらせる気か?」
淡々とした言葉の裏には、犬死を防ごうという彼なりの不器用な優しさが見える。そうでなければ、仇と思しき男に背を向けてまでカミカゼは生き延びる事を選ばなかった。
おまけにこんな
路地を抜けて襲撃者の気配がさっぱり消えた後、カミカゼはようやく肩の力を抜いた様子で先行する彼――シラスへ問いかけた。
「それで、竜剣様ともあろうお方が私に何の御用かしら?」
●
『ねぇ、XXX! 私、お客さんから『カミカゼ』っていう名前をもらったの!』
ブロンドの髪の小柄な女性。今しがた娼婦の仕事をはじめて果たした彼女はグリーンアイを潤ませながらも虚勢で笑顔を作ってみせた。
『異世界のニホンっていう場所から来た人なんだって。とっても優しい人でね? 初めてのお仕事があのお客さんでよかった』
私は知っている。彼女はその後、宿の裏で声を殺して泣いていた事を。
私は知っている。彼女が何処か、高貴な自出を持っている事を。
そんな事実は、この路地裏で何の意味も成さない。生き残るには狡猾さと知恵が必要で、おぼこい子が生き残れる場所じゃない。どうせ早く死ぬ。
……それでよかった筈なのに、私は迂闊にも彼女を『守ってあげたい』と思ってしまったのだ。助けてやれば、いつか見返りがかえってくるとか、そういうのを期待している訳でもないのに、
この不可解な感情が何なのか答えが明確になる前に、彼女は――夢見がちな弱い子のまま、何者かにむごい殺され方をした。
「だから彼女の名を名乗って、情報屋をする事にしたの。予想通り犯人は、殺したはずの『カミカゼ』が何故いるのか、探りに来たみたいだったけれど」
「予想に反して犯人は強くて、おまけに組織か何かに所属していたって訳か」
「話の早い子はオネーサン好きよ。だけど……ねぇ、どうして脱がないの?」
裏通りに入口のある安宿の一室。風呂上りの石鹸の香りを漂わせ、キャミソール姿で腕にわざとらしく胸を押し付けてくるカミカゼに、シラスは少しだけ眉を寄せた。
「言っただろ、用があるのは
勇者という地位を得て
「情報を流してくれるなら、対価に守ってやるよ」
「申し出は嬉しいけれど、据え膳すら食べてくれない男の子には――」
カミカゼの視界がまわる。ベッドに押し倒されたと気付いた時には唇に人差し指を押し付けられて、カミカゼは目を見開いた。
「無理すんなよ。くたくたなんだろ」
固まる彼女をベッドに置いて、身支度を整えるシラス。部屋から立ち去ろうと目深に帽子を被る彼の頬が、赤く染まっている事を、情報屋は見逃さなかった。
(あら、可愛いところあるじゃない)
おまけSS『とある三つ目の後悔』
「ひっどい顔ですねぇ」
「……帰って来るなりテンション下がること言うなよ、
本当に疲れたんだから、と御形は気だるそうに近くのソファへ沈み込んだ。ごろんと寝返りを打ち、上等そうなシャンデリアの方へ仰向けになると両手で顔を覆う。
「何で
組織に尻尾ふって適当にやって楽に生きるつもりが勇者様に睨まれるとか、予定外にもほどがあるだろ!」
「それで」
男の嘆きに淡々と返す眼鏡の少女は、アカデミックドレスについた埃を気にする事なく棚から本を引き抜いた。
こほこほとせき込んだ後、ページを捲って視線をそこへと落としながら話を続ける。
「あの娼婦をしばらく泳がせておくにしても、厄介な相手に目をつけられた癖にニヤニヤしてるのは……正直、どうかと思うのですが」
そう。男は嘆いていたのではない。その唇に弧を描き、悪辣な笑みに顔を歪ませていた。
ようやく本気で殺し合えそうな相手と、因縁を紡ぐ事が出来た――それは組織で楽に生きるより、御形にとっては大事な事だ。
「うるせぇ。出会っちまったならしょうがねぇだろが。竜剣、竜剣か……嗚呼、互いに
――次こそは、骨の髄まで殺しあおう。後悔が積もるその前に。