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愛人日記

登場人物一覧

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン

●聖逆戦争
「――――」
 全く言葉を選ばずに言うならば、その光景は余りに美し過ぎた。
「怯むな、『獣』は一だ――!」
 誰かが恐怖を誤魔化すかのように怒鳴っていた。
「助け、たすけ――」
 誰かが恐怖のままに悲鳴を上げていた。
「一人なんて、一人なんて……!」
『疾く暴く獣』の周囲には白翼を開く戦乙女達が舞っていた。
 唯一人この戦場に君臨する王を称えるかのように――文字通り『無敵』の彼を謳うように。
(――嗚呼、なんて)

 なんて、美しい。

 アリシス・シーアルジア(p3p000397)は全く魅入られていた。
 それが敵である事は分かっていたのに。
 それが聖書の予見する『獣』であると識っていたのに。
 どうしても目が離せず、一歩も動けず。
 唯、焼き尽くされ、蹂躙される仲間達の哀れな姿を眺めている他は無かった。
 積み上げ、継承し、練り上げた魔術師達の叡智が紙屑のようだった。
 青を基調にした貴族の装いに長く豪奢な金髪を靡かせて、切れ長の碧眼はあくまで涼やかなまま。
 まるで舞台の中から抜け出てきたかのような花形のスタアは多勢に無勢なる局面さえも一切顧みる事無く、圧倒的な『逆十字』の力を現世に顕現させていた。
「――ああ、一人残っていたのか」
「……どうやら、運が良かったようです」
「禍福は糾える縄の如し、か。戦乙女(ブリュンヒルデ)は戦意のないものを敵とはしない。
 どうやら君は随分前から戦う心算が無かったと見える」
 深く広く響くバリトンが耳に心地良い。
 アリシスは『敵』の――『獣』の語る声をもっと聞きたいと、そう思ってしまった。
「では、幸運ついでにもう少し。『獣』殿。お喋りに付き合う度量はお有りでしょうか?」
「構わないよ。魔術師君Little Fairy。私はこの世界を巡る因果の全てに意味を見出している。
 君が『彼等』と等しく塵にならなかったとするならば――この先もきっと嘘吐きな神の気まぐれに過ぎまいよ」
 聖書の獣が『神』を口にした事にアリシスは苦笑した。
 同時に余りにも美しく、恐ろしく、悍ましく、強大なそれが酷く人間らしい冗談を口にした事に興味を覚える。
『ヴァチカン』の主導するこの戦争は終末の獣を破る聖戦だった筈なのに、現れた獣はアリシスを強く惹き付けていた。
「……どうして『獣』と」
「教会の連中は私の存在が余程邪魔らしい。私の属性は『暴く者』。
 善悪の彼岸に拠らず、ただそこに在るモノを暴くに過ぎないが――権威主義にはたまらない冒涜と見える」
「順番としよう。君はどうして妖精郷に?」
「……流石は『暴く者』と言いましょうか。肯けますね、教会の危惧が」
 苦笑したアリシスは今一度男を見た。
 獣は友好的とも敵対的とも言えぬ中庸の侭そこに居た。
『神の思し召し』を一先ず無下にする心算はないように思われた。
「……古い、事故のようなものです。私が拐われたのに理由等無かったのでしょう。
 世界各地で行われる『妖精の悪戯』に意味を見出すほど、獣殿も暇ではないでしょう?」
「然り。では君の番としよう」
「この戦争の結末を――どう作る心算です?」
「この示威は世界の天秤を保つ必要なコストだ。実に虚しいが降り掛かる火の粉は払わざるを得まい。
 殉教者達は躯を並べ、神秘世界は『獣』への手出しを無用と知るだろう。
 残酷なシーンは愛好しないが、選別が必要ならば躊躇する程青くはない。回答になったかね?」
「少なくとも貴方に敗れる気が無い事だけは理解しました」
 成る程、アリシスは納得した。
 普通の者が吐いた言葉ならその荒唐無稽に失笑の一つも浮かべてしまったかも知れない。
 だが、多数の戦乙女を従える目の前の獣は十字軍さえ打ち破ってしまいそうに思われた。
(文字通り、次元が違いすぎる――)
 魅せられた事は、魔術師としての幸運だったと彼女は想う。
 人生の最後に疾く暴く獣ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンと邂逅した事は千の魔術書を漁るよりも重畳だ。
(尤も、これがお終いならば口惜しくもあるけれど――)
 アリシスは自身の魔術師性にこそ苦笑した。
 如何な善良とは言え、優先順位等とうの昔に壊れていた。
 友人を、家族を、知人の全てを、愛を、普通の幸福を失わせた『喪失』以来。
 呪いのように刻まれた銀髪紫眼が一人の少女を魔女へと変えたその日以来――
「では、私の番だ」
 友人同士のチェス・ゲイムをするような気楽さで殺戮の現場に君臨する獣は微笑む。
「何故、戦争に参加した? それは君の善性が故かね?」
「……」
「魔術師の責務か。それとも君は敬虔な神の使徒か。
 いいや? 喪失Missingを経てそこに到るは人間の業ではあるまい?
 獣は正直な回答を期待する事にしよう」
「……そうですね。『興味があったから』」
「ほう?」
「世界最高の魔術師に。
 神秘世界の闇に君臨する最強最大の獣、御身に。
 色々な『言い訳』を省けば最後はそこに行き着くのでしょう。
 貴方も私も魔術師――人の営みを外れた外道の類なれば、悪趣味な正義の塗固はこの一時を冷ましましょう?」
 認めてそう言ったアリシスは美しい。
「成る程」と破顔した獣はここでルール違反をした。
「それで――魔術師君。君はここで死にたいかね?」
 それは、立て続けの問いだった。

●転寝
(……またか)
 アリシスの美貌は無意識の苦笑いを止める事は出来なかった。
 喧騒の酒場は真夜中に姿を変え、その賑やかさを増している。
 日頃から誰かに隙を見せるような女ではないから、こんな転寝はそれ自体が希少価値を帯びている。
(あの方のお顔を思い出す訳です)
『あの日』の事を夢に見る回数はそう多くはない。
 しかし、少なくとも何年かに一度、多ければもっと頻繁に。
 何を求めてそれを見るのかは分からない。想像もしたくない。
 しかし、目覚めた時、決まってアリシスの目元は濡れていた。
 とうの昔に擦り切れて、悲しい訳では無いのに。感情とは全く別の所で、身体が心を裏切っている。
「……」
 呑み途中だったコップを傾け、アリシスは苦い琥珀色を飲み込んだ。
 染み入るようなブランデーの味わいは無聊を慰める所か、彼女を虚しさで苛んだ。

 ――アリシス、琥珀の毒をくれないか。

(……お好きでしたものね、ディーテリヒ様も)
 奇妙な出会いから運命は流転して――アリシスは獣の弟子となった。
 彼に付き従い、この世の悪徳を目撃して、呑み干して、時には手を染めて。
 善悪の彼岸より先に魔術師として踏み込んだ日々は誰にも、何にも侵す事の出来ないアリシス・シーアルジアの黄金時代だった。
 主人は常に無敵であり、誰よりも優れており、全てを識っており、彼女の全てを満たしてくれた。
 この世の真理たる知識欲も、魔術の薫陶も――それから、男女の愛も。

 ――ディーテリヒ様、私は……

 ――成る程、熱病か。

 ――酷いお方です。私の気持ちは風邪等ではありません――

(嗚呼、全く――乙女ですか)
 苦笑が深まる。
 そういう心算があった訳ではない。
 唯、彼は猛毒のような男だった。
 あの美しい男に正面から見据えられればきっと誰でも魅了されてしまったに違いないと、そう思う。
 アリシス・シーアルジアは拐われた金髪の少女と同じように、魔性に魅入られてしまっただけだ。
 ただ、子供のはしかなる消失Missingと異なり何年、何百年経っても囚われたままだというだけだ。
 自身は彼の恋人足り得た訳ではないけれど、片腕の魔女とは見做されていた。
 成る程、当時の自分はそれにこの上なく満足していたように思う。
 永遠に続く時間、終わらない黄金時代。主人は無敵で私は彼と永く居られる筈だった。
 ずっと、ずっと、ずっと――この世の果てに神を嘲笑う獣の成就のその日まで!
(……未だに信じられませんよ、ディーテリヒ様)
 極東で主が死んだと聞いた時、思わず耳を疑った。
 悪趣味な冗談を告げたメッセンジャーを輪切りにしてやろうと思う程に憤慨した。
 あの獣が、美しい獣が敗れる等と。そんな不敬は許し難い侮辱以外の何者でもないように思われたのに。

 ――本当だと知った時、アリシスは人目も憚らず号泣した。

 妖精の居場所に連れ去られ、天涯孤独になった時にすら泣かなかったのに。
 もう二度とあの手に触れて貰えないのだと知った時、もう二度とあの声に名前を呼んで貰えないのだと分かった時。
 アリシスには泣く以外の方法が残されては居なかったのだ。
 とうの昔にそんな可愛らしさは枯れ果てたものと思っていたのに。
『黒のミスティリオン』は結局、ずっと昔のアリシス・シーアルジアのままだったのだ。
(……酷い、お酒だわ)
 取り分け酷い夜にアリシスは席を立つ事にした。
 酒を呑む程に噎せ返りそうな位の感傷を制御できなくなる事を理解していた。
「……お、綺麗なねえちゃんじゃねえか!」
「……」
 そんな彼女に酔客が声を掛けた。
「一人で呑むなんて辛気臭いぜ。俺達と一緒にやらねえか。な、悪いようにはしねえからよ!」
「……………」
 目を伏せたアリシスは不快感を噛み殺し、男を無視する事にした。
 席を立ち、その脇を抜けようとして――
「待てよ、なあ。姉ちゃん!」
 ――細い腕を掴まれる。
「……離して下さい」
 努めて冷静に、低い声で。やや剣呑としたアリシスの雰囲気に酔客は気付いていない。
 気を大きくさせる酒はどうやら生命体の危機意識さえも鈍くするものらしい――
「なあ、いいじゃねえか。ほら、大方アレだろ。彼氏にでも振られたんだろう?
 悪い思い出なんて忘れちまえよ。俺達がいい思いさせてやるからさ――」
「――
 凍りつくような零下の威圧に震えた男の手が緩んだ。
 二度はない、という言外の魔性に男はへたり込むように尻餅をついた。
 フラッシュバックするのは頬に触れた掌。
 エスコートするように腕をとった上品な所作。
 閨の熱。甘い毒を含んだ邪な睦言――
「……っ……!」
 悪酔いが酷い。
 アリシスは駆け出すように酒場を出た。
 痛い。痛い。余りに痛い。
 毎日思い出す訳ではない。鮮度はかつてとはまるで違う。
 だからこの位大丈夫な筈なのに。
(痛い、痛い、余りにも痛い――)
 獣の牙が心の臓から抜けてくれない――

●獣
 私は至上の観測者である。
 この世に遍く流転する運命、人間の選択の全てを愛し、肯定する者である。
 この世界の行く末を見守り、歩みを止めんとする人の傲慢を挫く守護者である。
 私には一人の弟子が居た。
 非常に美しく、優秀であり、瑞々しく、そして傷付いた黄金の果実であった。
 彼女は私に多くを与えてくれた。
 実務者としての補佐。
 結社の管理に、研究の助手。
 試した事もない薫陶の経験。
 真綿が水を吸い込むように彼女は私の手解きを吸収した。
 私は至上の観測者である。
 人間の選択を、欲望を愛し、肯定する者である。
 ありとあらゆる可能性を、歩みの先に歓喜する者である。
 彼女が私に男女の愛を欲した時、私は少しだけ逡巡した。
 彼女のように強く、優秀な者でも人間的情実に支配されるのかと驚いた。
 同時に恐ろしい程の興味が沸いたのも覚えている。
 彼女は全てを糧にする。私が彼女に全てを与えたなら、私は彼女の全てになるのだろう。
 そんな時、そうだ。例えばそんな時、私が消失したならば彼女はどんな顔をするのだろうと。
 二度目の妖精症候群は黒のミスティリオンに何を与え、何を奪うのか――
 この世界が魔王の座に塔の選択を求むるなら、私の終局も望む望まぬに関わらず近かろう。
 なればこそ、私は彼女が愛おしくなる。
 残念な事に、私は喪失の先を見る事は出来ないけれど――

 ――アリシス、琥珀の毒をくれないか。

 ――はい、ディーテリヒ様。あの、私もご一緒しても?

 ――構わないよ。では、アリシス。この美しくも悍ましき世界に。

 乾杯。

  • 愛人日記完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月06日
  • ・アリシス・シーアルジア(p3p000397
    ※ おまけSS『くぅ疲あいじんにっき』付き

おまけSS『くぅ疲あいじんにっき』

「ちょっとこの男ひどすぎません?」
「知ってたでしょ」
「知ってますけど酷すぎませんか><」
「知ってるでしょ」
「知ってますけど、これはひどい……」
「まぁ、冠位愛人にピッタリの展開じゃないですか」
「……一応確認しておきますけど、これわざとやってる系ですよね?」
「愛着がないわけでもないけど、わざとだろうね」
「く、クラウス系……」
「バーリー系とも言う。尚、レオンもディルクも同じような事する模様」
「さ、さいあくすぎる><。」
「でも可愛かったでしょう?
 こういう超然とした女の子がらしくない所を見せるのが良いんだ。
 それが俺の仕事なんだ」
「職人技みたいなノリで……!」
「アリシスさんはリースリット様のキャラで多分一番瑞々しいんじゃと思ってるよ、俺は」
「これ見るとあまり否定できない気もします……」

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