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武器商人とミョールの話~めんどくさい子~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
武器商人(p3p001107)
闇之雲

「大人っぽいのがいいわ」
 開口一番、彼女はそうのたまった。
「できる女って感じのをね」
 ない胸を張っているさまがおかしくて、武器商人は思わず笑み崩れた。
「笑うことないじゃない」
 ぷりぷりと彼女は怒っている。これは相当なお転婆だと感じられて、武器商人はどうにも口元が三日月を作るのを止められない。
「しかしお誘いしたところで来るとは思わなかったよ。ミョール」
「だってどうしてもってあなたが言うから。ま、まあ感謝してるわ」
 どうしてもとまで言った覚えはない。だからつまり、結局のところ、彼女も期待していたわけだ。よくいえば清潔、悪く言えば地味な制服ばかり着ている孤児の身としては、私服を持つのはやはり夢物語になってしまう。なのにそのまさかを自分の好きなもの一つ選んでよいのと言われたら、それは純粋に嬉しかろう。特にミョールのように、プライドが高くて見栄っ張りなところがある子は、どうしても見た目を気にしてしまうから。
 というわけでさっきからチラチラとこちらをうかがっている彼女は、嬉しさと照れくささの合間を高速で反復横とびしているようだ。これはあまり視ないほうがよさげだと武器商人は判断した。お互いのために、前髪を引っ張って紫紺の瞳を隠す。
「あんたそんな前髪でよく転ばないわね」
 毎度の憎まれ口にも微苦笑が出るばかり。
「見えなくとも感じるから問題はないんだよ。それともあれかい、君の現在、過去、未来、ぜんぶ視てあげようか?」
 武器商人としてはかるく脅したつもりだった。不確定ゆえに希望を持てるはずの未来が歪められる、悲しみが苦しみがぶりかえしてくる、そんなのはごめんだろうと。しかしミョールはこくびをかしげただけだった。
「あんたって占い師なの?」
「もっとめんどうなものさ」
 おつむのめぐりはリリコやベネラーほどじゃないねと武器商人は結論付けた。そのぶん、行動で自分の道を築いていくタイプだろうか。ちょっとユリックに似ている。
「そういえばユリックとはどうなんだい?」
「は? なに急に。あんながさつなやつ嫌いに決まってるでしょ」
 ぜんぜん話聞かないし、ルールは守らないし、シスターの手伝いだってしないし、とミョールはぼやきはじめた。武器商人はその頭へ手を置く。
「いい子である自分に自信があるんだね」
「さっきからなによ、性格テストでもしてるの?」
「べつにそんなつもりじゃなかったよ。ただ、ミョールとはあまり話したことがないからね。どんな子なのか、教えてほしかったんだよ」
「なんでそんなことしなきゃいけないの」
「だってできる女の格好がしたいんだろう?」
「関係あるの?」
「あるよ。できる女ファッションはメイクで決まるんだけど、キミにはまだ早いだろう」
「そんなことないわ、メイクもしてみたい」
「すこし眉を整えて髪型を変えるだけで今は十分だよ。それ以上はキミの顔立ちだと、けばけばしくなる。そういうのは好みじゃなかろ?」
 むう……と眉をしかめるミョール。
 それでは服を見に行こうかと、武器商人は高天京の市街へ出かけることにした。

「豊穣で『できる女』というと、やっぱり宮中へ使えている女御かなあ」
「宮中? お城?」
「そうそう。そこでの服装が、まあ、豊穣ではもてはやされているね」
「それがいいわ」
 瞳をきらめかせてミョールが言う。
「そうはいってもなかなか大変だよう?」
「ファッションは我慢だって聞いたわ」
「いい言葉だね」
「武器商人も身なりには気を使っているの?」
「着たい服を着てるだけだねぇ。でもいろんな格好をするのは好きだよ」
「へえー、それでそんなに様になるものかしら。やっぱりタッパがあって痩せてるからかしら」
 ミョールはうらやましそうに武器商人をみあげた。武器商人はクスクスと笑いながら道を曲がり大店へ入った。店の面構えに反して、中は狭く、しんと静まり返っている。そでに控えていた使用人が武器商人の姿を目にするなり立ち上がって深々とお辞儀をした。
「武器商人さま、ご足労いただき誠にありがとうございます。すぐに旦那様と奥様を呼んでまいります」
 座布団を並べられ、茶と茶菓子を出された。茶菓子は紫陽花を模したねりきりだった。
「あんたって何者なの?」
「サヨナキドリという商会の顔役をやっているよ。いちど遊びに来てごらん」
「へっ、サヨナキドリって、あのサヨナキドリ?」
「おや知っていたのかね」
「そりゃあ、名前くらいは聞いてるわよ。混沌中に支店がある新進気鋭の商人ギルド! ねえ、なんでも売ってるって本当?」
「なんでもは売ってないね。誰かが望むものを売っている。君が商品から選ばれるかどうかは君次第だ」
「なにそれ」
 ぷっと頬を膨らませるミョール。会話が途切れた。その折を待っていたかのように、音もなく年老いた夫と妻が現れる。この店の社長と専務だと教えてやると、ミョールはほけらっとふたりを見、武器商人を見た。いきなり偉い人が現れたので困惑している。
「ご無沙汰しております武器商人様」
 夫婦はおだやかに人好きのする微笑みを浮かべながら、武器商人とよもやま話という名の情報交換をし、最後に用件を尋ねた。武器商人はミョールの頭を撫でながら口を開いた。
「この子が十二単を着てみたいと言っているものでね。試着させてやってくれないか」
「武器商人様の紹介とあらば、喜んで」
 頭を下げる夫婦がいったん奥へ引っ込む。そのすきにミョールは囁いた。
「十二単ってなに?」
「宮中での晴れの装束だよ。なにかの儀式がある時に着る特別な衣装だと思ってもらっていい」
「たとえば?」
「成人の儀とかね」
 クスリと笑いながらミョールを覗きこむと、少女は難しい顔をしていた。
「あたしにはまだ早いってこと?」
「子どもでいられる時間は少ない。もうすこし楽しんでいたっていいんじゃないかね?」
「いやよ。だって誰も頼りにならないもの。自分だけじゃなくて大切な人の身を守るためにはあたしは早く大人にならなくちゃならないのよ」
「大切な人がいるのかい?」
 瞬間、火が付いたマッチのようにミョールは顔を赤くした。
「ベネラーの話はしてないでしょ!」
「我(アタシ)もしてないよ?」
 完全に墓穴だった。ミョールは顔を覆ってうつむいている。耳まで赤くなっているその姿に、かわいいねえと武器商人は頬を緩める。どうもこの子はつつきがいがあってよろしくない。近くにいると延々とからかってしまいそうだ。
「……今の話、だれにも言わないでよ」
「言うもんか。我(アタシ)はこう見えて口が固いんだよ」
 そこへ老夫婦が色鮮やかな衣装の数々を持ってやってきた。
「わあ」
 目を奪われたミョールが歓声をあげる。
「本日は桔梗の重ねにいたしました。お嬢様がこの体験を通して、お健やかに育つことをお祈りしております」
 そう言って頭を下げる老夫婦に、ミョールは期待を隠せなかったのだが……。
 さあそこからが大変だった。
 小袖を着て、長袴を着るところまではよかった。そこから単へ袖を通して帯を締められ、袖を通して帯を締められ、袖を通して帯を締められ、じゅんぐりに帯を抜いて襟元が綺麗に重なるよう細心の注意を払いながら着せつけられる。そのあいだずっと棒立ちでいなくてはならない。水を飲もうにも汗が出るからと止められ、ミョールはしだいにしおれた顔になっていく。ようやく裳を付けるころには、ぐったりと疲れ切った顔をしていた。
「重いわ、これ」
「ファッションは我慢だろぅ?」
「ていうか、動けないー! 立ったり座ったりとかむーりー!」
 皆さんそうおっしゃいますと老夫婦も苦笑いで応じたのだった。

 店からの帰り道、武器商人はミョールを連れて甘味処へ寄った。
 店の前の長椅子で番茶と一緒にみたらしをほおばる。涼しい風が吹いていて、ミョールもすこしは元気になったようだった。
「お城の人があんな恰好で暮らしてるなんて思わなかったわ」
「『できる女』をご所望だったから、よかれと思って」
「さすがにもっと動きやすい服がいいわ」
「ところでさっきからチラチラしてるのは、気に入ったからかい?」
 向かいの店は着物屋だった。それもイレギュラーズの服装にインスピレーションを受けたらしい、フリルやリボンのたっぷりついた。傾向としてはリリコのよそいき服に似ている。
「そ、そういう、わけじゃ……ないけど……」
「ああいう服はいまじゃないと似合わないよ。着るなら今だよ」
「な、なによそれ、誘惑してんじゃないわよ」
「誘惑なんかしてないさァ。おすすめしてるんだよ。妙な意地をはるのは止めにしておいたほうがいいと思うがね」
「……ちょっとだけ、見てもいい?」
 もちろんだよと武器商人は微笑んだ。
「何色がいいだろうね。やっぱり赤かね。キミのウェーブのかかったふわふわの金髪にはオレンジの入った赤がよく似合うだろうね」
「私、動きやすいのがいいわ。走ったり飛んだりできるようなやつ」
「だったら袴も買おうね。この桜の模様の入ったやつなんかよく似合うんじゃないかね」
「かわいい! すてきね、いいわね」
 いつのまにか頬をバラ色にしているミョール。すっかり夢中だ。女の子がかわいいかわいいしてるのはかわいいねえと武器商人もほっこりする。
「女らしさを出したかったら上からショールを羽織るのもありだよ」
「うん、うん、いいじゃない!」
 姿見の前ではしゃぐミョールは年相応のかわいらしさであふれていた。桜模様で揃えた一式を買いこみ、袋を持ってやろうとすると、ミョールは小さな声で「ありがとう」と言った。
「きょ、今日は、本当に、ありがとう。嘘じゃないわよ。……あんたのことすこし誤解してたみたい」
「誤解?」
「だってあんまりあんたが自然にあたしたちの輪へ入ってきたものだから、警戒していたの」
「そうかい」
「気にしてる?」
「いんや全然。キミみたいな子も必要さ」
 武器商人はぽんぽんとミョールの頭を撫でてやった。

  • 武器商人とミョールの話~めんどくさい子~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月04日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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